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プロローグ

 両の手に振動が届くたびに、一つの命が消えていく。

 標的自体は、自分が最初に撃った初老の男であったのだが、その男を葬っただけで終わりと言うほど、事は簡単ではない。



「生きてここから出られると思うなっ!!」



 一人、また一人と倒していく中で、自分と対峙する男の一人が怒りのままに怒声を上げる。

 そんなことは分かっている。

 そんな返事の代わりに引き金を引くと、その男もまた、周囲に倒れる男たちの後を追う。

 一人で何人を倒したのか分からなかったが、自分の方も正直に言えば重傷。

 体中の至るところから焼けるような痛みを感じていて、それもジョジョの来つつある。

 すでに身体から痛みという感覚は消え失せ、耳に届く乾いた音はどこか遠くで鳴っているかのような錯覚を覚え始めている。

 そんな中で、静かにこちらを見据えてくる一人の男と視線が交錯する。

 暗がりの中、ひどく冷たい目を自分へと向けていたその男は、周囲の粗暴な男たちとは異なる様子で自分を見つめている。


 そんな男に対し、向けた銃口。


 乾いた音と静かな振動が発したと思えば、男は左の額を掠めた弾丸に対し、一瞬だけ口元に笑みを浮かべると、静かに手にした銃を自分に向けた。

 

 一瞬の静寂。


 男に向けられた銃口の先に広がるのは、その筋の男達の怒りに満ちた表情ではなく、この場に居ない一人の冴えない男の姿。


 だが、自分にとっての本当の敵は、彼らではなくその男であったのだ。



◇◆◇



 成り上がりが潰されるのは実に簡単なことだった。


 出る杭は打たれるが如く、政界の風雲児ともてはやされた若手政治家を巻き込んだ収賄事件。

 それまでワイドショーに引っ張りだことなっていた若手政治家は一転、民衆の敵として紙面を賑わす立場に転落。

 それに付随するように、彼に近い人間達は次々に地位を失っていった。



「お前が消えれば、すべては丸く収まる。奥さんやお子さんが辛い思いをするのは嫌だろう?」

 

 小物じみた笑みを浮かべてそう口を開いたのは、自分と異なる派閥に属していた同僚。

 今では自分に上司として命令を下す立場であったが、提出した覚えのない辞表とともに差し出されたのは二丁の拳銃。

 それを見て、“使い慣れた”という感情を抱いてしまうのは、若手政治家に近い派閥の構成員として汚れ仕事もやってきた身であるが故か。

 そんな立場である以上、当然のごとく収賄事件への若手政治家の関与がでっち上げだと言う事も知っている。

 だが、今それを表に出したところで、頭の弱い大衆が受け入れるはずもない。

 だからこそ、黙ったまま静かに時を過ごすつもりであったし、時が経ってもそれを公開するつもりもなかった。

 そもそも、公開したところで、自分がやってきた悪事も明るみに出るのだからはっきり言って割に合わない。

 第一、政治家に対する忠誠心もないのだ。


 実際、外面と威勢が良いだけの小者。

 派閥にいたのは、舅――つまり、妻の父親が若手政治家を支える事務官僚であったからだ。

 すでに舅は省庁を去り、田舎に雲隠れを決め込んでいる。自分に対しても、家族を連れて逃げて来るように言い渡されていた。

 だが、本音を言えば、青春を捧げてようやく掴んだ職を投げ出すのは惜しかったのだ。

 そもそも、自分をそこまで危険視することまで考えもしなかったと言う本音もある。


 そんな小さな欲と油断が逃げをうつ事を逡巡させてしまい、待っていたのがこの結果。

 同僚が下した命令を考えれば、とてもではないが生きては帰れないことは分かる。



「私、いや、俺が消えても義父や妻を放っては置かないんじゃないですか?」


「局長は逮捕を退けることを条件に逃げをうった。下手な博打をする度胸も無し、君が死ねばつまらない野心は抱かないよ」


「それで、手出しはしないと? そんな約束、誰が信じるというんです?」


「君が信じる信じないは関係が無い。他に選択肢は無いと思うがね」


「…………っ」


「それに、君がその気になれば私はここで死ぬ。つまり、私もそれなりの覚悟をもってこの場に居るわけだ」



 舌打ち混じりに同僚を睨み付けるが、彼は顔を強ばらせつつも、さらに言葉を続ける。


 約束が反故にされることなど、人生にあっては当然と思う以外には無い。他者を蹴落し続ける以外にこの世界では栄達はないのだ。


 そこに、信用というものなど存在していない。だが、彼が口にしたことは真実でもあるだろう。


 特段、有能とも言えない男である。それなりの覚悟。と口にしたのは、自分を説得できなければ、今、自分が座っている椅子は簡単にひっくり返ると言う事だ。


 “代わりなどいくらでもいる”。この世界に入って、幾度となく聞かされてきた言葉だ。

 


「それに、君にはわずかに時間を与えた。奥さんたちに手を出したらどうなるか。それなりの脅迫材料を用意出来るんじゃないかね?」


「……さてな」



 さらに言葉を続ける同僚。


 命令の決行は、明日夜半。今からならおおよそ一日の時間的余裕はある。それなりの手を打つ事ぐらいは造作もない。



「……良いだろう。今更、惜しむような命ではない」


「そうかね。私も、君の悔し涙を見られて満足だよ。それじゃあ、行きたまえ」



 そう言われて、涙が頬を伝わっていることに気付く。


 たしかに、努めて冷静に振る舞ってはいたが、、悔しくないはずもないのだ……。


 学生時代のほとんどを勉強に費やして、進んだ先に待っていたのは、いくらもがこうとも代わることのないシステムとくだらない人間関係。


 それなりに上手くやってはきたつもりだったが、どうやら自分は相当に自尊心が高かったようだ。


 それを自覚すると、どうしても知りたくなったことがある。



「最後に一つ、聞かせてくれ」


「何か?」


「俺は何故、お前なんかに負けた?」



 実際、目の前の男を自分は軽蔑し、見下し続けていた。


 上役に媚びを売り、時には自分に汚い仕事を押しつけてそれを横取りしたり、上司に功績を譲ったりしながら、とにかく上役とのパイプを作り続けた。

 それに対し、自分は目先の職務を全うし、失態を減らすことで信頼を得ていった。

 礼儀は尽くしていたが、媚びへつらうことは無かったし、本心から頭を下げるに値する人間など、数えるほどしかいなかったが、それでも若手の中では早い出世だったはずだ。


 だが、結果として自分は“死”という最悪の結末を与えられ、同僚は出世街道へと乗りだす。

 能力面でも職場内での立場や立ち振る舞いでも自分の方が上だったはず。それが何故なのか、今更プライドを気にする必要もない以上、聞いておきたかった。



「簡単さ。お前は自分の為に生きようって気概が無さ過ぎたのさ」


「何?」


「お前は一人で何でもこなしてしまうだろ? だから、自分を高めることばかりに意識が向いて、他人を蹴落とそうとしたり、勝ってやろうという気概を持つことがなかった。だから、自分を守ることを疎かにしてしまったのさ」



 肩をすくめて、自分の問い駆けに答える同僚。


 たしかに、出世争いや派閥抗争などを冷ややかな目で見ていたことは紛れもない事実である。

 それに、他者を守ることは考えても自分を守ろうなどと言うことは考えもしなかった。

 実際、攻撃されても返り討ちにする自信もあったのだが、結果はご覧の有様である。



「ま、組織のトップなり№2辺りの替えが効かない存在になれば、勝手に周りが守ってくれたかも知れんがな」


「……結局、俺はどうすれば良かった?」


「今、言っただろ。自分の欲望に正直に生きれば良かっただけだ。まあ、性格的に事務次官を目指すのはきつかっただろうし、政治家、いや政治屋なんかも無理だろうな。いっそ国の構造自体を変えてやるってぐらいの気概を持っていれば違ったんじゃないのか?」

 


 そこまで言うと、同僚は顔を背けて、もう行けとばかりに手を振る。


 自分の態度を以外に思ったのか、案外真摯に答えてくれたモノであったのだが、どうやら、自分の欠点は存外に分かりやすかったらしい。



「そうか……。だが、今の俺の姿は、未来のお前かも知れんぞ?」


「そう言う負け惜しみを、もっと早く言えていれば結果は違っていたかもな」



 お互いに、背を向けながらそう口を開き合う。



 それはまさに、自分達が行き着く先が異なる様を如実に語っていた。



◇◆◇



 昨日のやり取りを思い浮かべながら、眼前で銃口をこちらに向けた男と同僚の姿が重なる。


 お互い、自分に対して引導を渡そうという姿が一致したのだろう。


 男にとって、自分が先ほど殺した老人が目の上の瘤だったことは知っている。そして、その取り巻きたちが忌々しいことも。

 そのため、自分と老人が一緒に消えてくれることは、男と同僚にとっては利害が一致する。

 そして、老人もまた、自分と同様に収賄事件の真相に関する鍵を握っている。

 出された結論は、簡単なモノだった。

 自分と一緒に消してしまえばいい。家族が守られる以上、損をするのは老人と取り巻きだけなのだ。


 そこまで考えると、額に感じた何かに押されるような感覚。

 乾いた音が遠くで鳴り響いた事に気付いたときには、ゆっくりと身体が後方へと倒れこんでいく。

 同時に、全身を包み込んでいた痛み消えていくのだが、痛みは消えても、身体の自由は効かない。


 ――これが死か。


 倒れ込んだ先にあった芝草の感触を感じながらそう思う。


 やがて、その感覚も遠退きはじめ、酷く冷たい何かが全身を包み込んで来ることが分かる。


 そして……。



「生まれ変われるなら、自分に正直に生きてみるか……」



 ハッキリと口をついたそんな言葉を最後に、自分の意識は闇の中へと沈んでいった。

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