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虹色の灯~短編集~

サンタクロース~紅い髭老人~

作者: 鈴藤美咲

  俺の名はサンデ=クロニ=ロース。普段は北の国で三世帯住宅で暮らす爺さんだ。趣味はハーレーダビットソンを週末に集う仲間と鶴と亀がフォークダンスするのを眺めながら、ヒューチャーロードをツーリングする。その時に受ける風は堪らなく最高だ。


  だが、冬になるとその道は豪雪で積み上がり、指をくわえて春を待つしかない。ガレージで啜り泣きするハーレーダビットソンにはすまないと、思う始末だ。


  そんな、俺のもうひとつの……。いや、これは職業と言うべきだろう。


 一夜で満天の星の下を翔る。それでもって、夢をばら蒔く。その時だけ、俺はこう呼ばれる。


 ーーサンタクロースさんへ

 

  『超合金ルーク=バース』をお願いします。


  ーーおかむらせいいちよりーー


 ネットワーク回線で俺宛にメールが届く。


 今テレビで放送している特撮ヒーローモノの主人公の人形か?

  そういえば、孫のタクトに誕生日プレゼントに贈ったが、あっという間に飽きられて玩具箱で余生を送っていたっけ?


 使い回し。


  外れている腕は《どんぐり戦士コノーミ》のナッツグローブが、ぴったりとはまった。


 包装は百円ショップで購入したラッピングシート。仕上げに『せいいちくん、キミは必ず英雄になれる日が訪れる。何故ならば、キミが英雄像を願っている。たくましいキミの未来、俺は信じている ~サンタクロースより~』と、記入したクリスマスカラーのメッセージカードを添える。


 

  そして、俺が出動する時が来た。



「父さん、気をつけて」

 息子のロウスは、不安げに俺の顔を見て言う。


「心配するな。たった一晩だけの〈仕事〉だ。家の中に戻って、一家団らんの続きをするのだ」


「最後の〈仕事〉頑張って」

「ああ、来年は、おまえ達と必ず聖夜を過ごす」


 ーー行くぞ! ハーレー、ダビット。


 それこそ、ハーレーダビットソンのもうひとつの姿、トナカイだった。因みにソリには《ソン号》とプレートを荷台の側面に張り付けている。


 ーーきよし、この夜。紅い髭老人、サンタクロースがおまえ達に夢と希望をばら蒔きに参る!


 シャンシャンと、鈴の音を響かせて真っ赤な服を身に纏う俺は相棒達と飛翔する。


 夜空に紅い閃光を解き放し、マッハと加速を増す。俺も歓喜の声を高らかにさせ手綱を握り締める。


 それと同時に頬が濡れていることに気付く。


 明日から本当の髭老人として過ごすこと。一年に一度だけとはいえ、星空ツーリングに別れを告げる。名残惜しさが胸に刻まれる。


 ーー免許証は返納するのだッ!


 仲間とツーリングしてる最中カーブを曲がり切れず、見事にスピンして近くの大木にクラッシュした。それから息子のカミさんは、俺の顔を見る度、喧しく言う。


 それも終りか……。あの風とも会えなくなる。


 ーーダンナ! 俺達は消えない。いつでもダンナの中で風を薫らせてやる。


 それはハーレーの声だった。ダビットも叫んでいた。


 俺は顎髭に滴る雫を振り払う。


「ああ、頼むぞ、相棒達よ」


 思い出と共に“光”に夢という名のサプライズを詰めて、荷台から節分の豆のようにばら蒔いていく。



 ーーメリークリスマスッ! メリークリスマスッ! メリー……。げほ、がは、ごほ………。メェー、メ、メリ、はぅわっ!! はっーくっしょいっ!!!!


 俺は噎せて舌を噛み、さらにくしゃみを連発しながら翔まくった。


 荷台にぽつりと残る《夢》俺が横着してリサイクル品したブツ。


 直接届けよう……。


 相棒達はブーイングの嵐をするが疲れはて、渋渋と賛同する。


 

  【岡村】


  どっしりとする門に、大理石の表札。

  高くそびえる塀の隙間から見える超豪邸。例えるならバッキンガム宮殿だろう。


 大富豪に生まれながらなんと言う《願い》を俺に依頼したのかは解らないが、今更却下なんて出来ない。


 さて、どうやって届けよう。


 ぐるりと、屋敷を見渡す。防犯カメラとガードマンでセキュリティはばっちり。と、思いきや、野球場並の広さの庭には、チワワとポメラニアンがくんくんと、鼻をひくつかせながら散歩していた。


  しかし、可愛らしさに危うく惑わされるところだった。


 雲に隠れていた満月の光を浴びて、それらは巨大な獣の姿に変えて闘いをおっ始めた。一体は毛並みをふさふさと靡かせる百獣の王の獅子。もう一体は、腹のポケットに〈黒猫とラッコ〉を突っ込む何処かの誰かの呟きサイトで使う《グレートマザー》という、いつも眠そうな目をしている縫い包みだった。


  犬がどっちも猫?

 

  そんなことはどうでもいい。

 

  前足を上げてずしりと、俺達目掛けてやって来る。間一髪で逃れるものの、俺の褄先を僅かに踏みつける獅子。相棒達はポケットから飛び出る〈付録〉二体にどっちも頭突きを喰らってしまった。


 避けて、逃げるが精一杯の状況の最中、俺の足元にどすりと、長さ2m厚さ10㎝程の鉄骨が突き刺さる。


 ーーダンナ、ガムテープで紙切れが張り付けてある!


 ハーレーは角で其れを剥がし、俺に差し出す。

 ベトベトの粘着と悪戦苦闘して、開いて見る。

 誤字、脱字は気になるが内容はこう記されていた。


 ーーーー僕、嬉しい。サンタさん、後でこっそり取りに行くから、矢印の処に置いといて。


 俺を夜更かししてまで、待っていたのか? この豪邸の仕組みを知ってて、こんな大掛りなメッセージをーー。


 迷いはもはやなかった。


「相棒達よ。俺にその背中を預けてくれ!」


 ーー了解っ!


「うぉおおおおうっ!」

  俺は叫びながら塀を飛び越える。センサーに反応してジリジリと、非常ベルがあちこちから鳴り響く。


  相棒達は迫り来るガードマンを足蹴り、頭突き、はたまた角をへし折る程なぎ倒していく。


「ワンッ!」

 俺は飛び掛かる獣に半ば、ふざけて吠える。すると情けない鳴き声で蜘蛛の子を散らすように、逃げた。


 それらを突破して豪邸内部に侵入する。

  其処でも難関は待ち構えてた。


 ーーーーこの階段昇るべからずーーーー


 と、段ボールの立て札。しかも、雑な字で書かれている。


 とんちが好きな少年の物語のパクり……。溜息と脱力感が襲う。


 ーー降りるンだよ!


 ダビットの目から鱗のひと言。すぐ側にエレベーターが設置されていた。それも、地下一階のみのボタン。無駄な設備だ。と、思いつつもそれに飛び乗る。


 その他にも魔物だ、ご家庭ロボット〈ソルトくん〉だ、ある《国》の女王様等と遭遇するが、短編だからそのエピソードはカットすると作者の都合を泣く泣く承知して、俺達はようやく《夢》の依頼人にご対面する。


「まだ、眠れなかったのか?」

「ああ、あんたを呼び寄せたのは俺だ。年甲斐もない、俺の願いを聞き入れてくれた」


「念のため名を訊く」

 目の前にいる何処から見てもドスケベさを滲ませる青年は、こう叫ぶ。


  「岡村晴一……。中間管理職だ!」


  職業はどうでもいい。兎に角、目的を果たさなければならない。


  俺は、岡村晴一に《夢》を差し出す。


「サンキュー」

「晴一、おまえの現実は厳しいだろうが、側にいる愛する者をけして失うな」


  俺は奴の後ろでもじもじと、指先を絡める女性と目を合わせる。


「サンタさん、あなたは私にも《夢》を届けてくれたのですね?」

「サービスさせて貰った。礼を言われる程の事ではない」

 俺は翻し、窓へと靴を鳴らしていく。


「さらばだ……。青年」

「さらばだ、夢宅配人!」


  俺はピザ屋か? と反論したい思惑を押し込めて、空中でいつの間にかソリと連結して待っていた相棒達のもとへ途中窓枠に足を引っ掛け膝を強打して激痛に耐えながら飛翔していった。


  再び鈴を鳴らし夜空を駆け抜ける。


『いーし、やーきいもーーぉお』


『ほんわか、ふっくら、たいやきよっちゃんいかがかなぁあ』


  地上ではどうやら今日は流石に商売上がったり、的はずれの加工食品を移動販売している輩がいるようだ。


  ーーぐぅううう……。


  ーーくんくん。


  腹の虫を鳴らすハーレー。甘く香ばしい匂いに赤い鼻をひくつかせながら俺を怨めしそうに見つめるダビット。

 

「好きなだけ食え」

  ハーレーに焼き芋、ダビットにはたい焼きを今日の報酬代わりにご馳走することにする。

 

  ほくほく、ばくばく。どっちも旨そうに食べる様子が幸せそうだ。

 

  少しばかり寄り道をしたものだから、我が家に着く頃には空は碧と茜のグラデーションでうっすらと染まっていた。


 ーーダンナ、あんたと駆けずり回った銀色の春は忘れない!


 ガレージに入る相棒達はそう言うとあちこちをへこませ、錆びついたもとの姿、ハーレーダビットソンに変わった。


「俺も、楽しかった」

 朝日が眩しいと、目を眩ませ、シャッターを降ろしていく。


 老体……。さすがにそう、自覚してしまった。


 程好い眠気も襲って……。だが、まだ《あっち》に行くつもりはないっ!

 俺は頬をビタビタと、掌で叩きまくり、手招きするべっぴんさんから逃れる。


 ふと、リビングに脚を運ぶ。長椅子にタクトが分厚く布団を被せて寝息をすぴすぴ、吹いていた。


  テーブルには切り分けたクリスマスケーキ、美味しい揚げ鶏、息子のカミさんがレンジで調理する〈なんちゃってご馳走〉がそれぞれの皿に盛られて、ラップされていた。


「あいつらめ」と滲む涙を掌で拭い、タクトの寝顔を見つめる。

 天使の微笑みとも言えるその顔。


  俺は今まで他所の子供達にばかり《夢》を配っていた。まだ、五歳の孫。此れからはその埋め合わせをしていこう。勿論、息子夫婦ともだ。


 物音を立てれば折角の安眠を邪魔してしまうと思い、抜き足差し足忍び足で退散しようとすると服の裾を引っ張る感触がする。

  振り返るとタクトの伸ばす腕ががっしりと握り締められいて、離すことを諦める。


 出遅れで俺も聖夜を祝おう。

 タクトの横に腰を下ろしていく。


 〈ご馳走〉と一緒に置かれるクリスマスカードを開くと、メロディーが奏でられる。


 其処に記されるメッセージを何度も読み返し、開いては閉じてを繰り返す。


 ーーお疲れ様父さん。


 ーーご苦労だったロウスの父君。


 ーーめべいさへゲ※☆♭Ωα薬しみししどレ〇


 最後の文章はタクトだろう。覚えたての字を懸命に書く姿が、目に浮かぶ。


 《おじいちゃんクリスマス楽しんでね》


 そう、綴った筈だ。


 楽しむさ、おまえ達親子とさ!


 出来れば次は女の子を頼むぞ、ロウスのカミさん。


 名前は《アルマ》と俺が名付けたい。


 サンタさん、俺にその《夢》を届けてくれよ…………。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今週はクリスマスに因んだお話を読み漁っていて、この作品に行き当たりました。 ユニークな切り口の小説ですね。 軽妙な文体も効果をあげていると思いました。 ハーレーを駆るサンタクロース、想像する…
[良い点] ハードボイルド路線主体でありながらも、 所々に笑い所をが散りばめられており、 緩急の効いた作品のように思えます。 屋敷の罠やリドルまで綿密に考えられているようで 文字数よりも読み応えを感じ…
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