プロローグ
「これは一体どういうことでしょうか?」
王都の中心から少し外れた居住区で、妙齢の女性の不自然なほどよく通る平坦な声が響いた。虫けらにでも話しかけているのかと言わんばかりに、その声に感情はない。
「これは、一体、どういうことか、と私は聞いているのですけれど?」
しかし、よく聞けば言葉の端々にはしっかりと、これ以上ないほどの感情が散りばめられている。王都の建物は多くがレンガで作られており音がよく反響するので彼女の声は、この辺りの住人全員に聞こえているのだろうが、それを理解した様子はない。
「ねえ、私の声が聞こえているのかしら?」
「すみませんでした」
彼女の前には男が座っていた。四肢を地面にはりつけて項垂れた頭に女性の足が乗っているものの彼は諦めた様に謝罪の言葉を口にする。
よく見れば男の体はボロボロだった。何か戦場に出る生業のものなのか鎧を着込み傍には立っている女性とほぼ同じ大きさの剣がたてかけられている。
恐らく普段は戦士として立派な姿を晒しているのだろうが、今は鎧も所々擦り切れて、なぜか時期外れに凍りついていた。
「ごめんなさい。まさか、こんなに時間がかかるとは思ってなかったと言うか……一応は隊長にも帰っていいかお伺いたてたんだけど却下されて」
圧倒的強者に出会った獣のようにガタガタ震えながら、言い訳を述べる姿は情けないことこの上ない。
「その、ね?俺も全力で殲滅して全力で走って帰って来たわけですよ。情状酌量の余地はあるんじゃないかなーなんて」
「情状酌量の余地?」
冷たい声が響いた。同時にぐしゃりと男の顔面が大地と接吻とかわす。
「私はね、何も理由もなく門限を決めている訳ではないの。危険な仕事をしているあなたに、美味しいものを、出来立てで食べて欲しい。それを…それを……」
ビシリと何かがわれる様な音がした。男が恐る恐る顔をあげれば女性の周りに可視化するほどの魔力が渦巻き、それに触れた地面を構成するレンガが悲鳴をたてて割れていく。
同時に冷たい風がふきつける。今日はまだ雨季も終えたばかりで、太陽の照りつける猛暑日のはずだが霜が降り立ち体から体温を奪いさる。
女性の顔を見た。相も変わらず感情が欠落したように表情がないが、その目が充血してほんのり赤く染まっている。
「私の気持ちも知らず、48秒も遅れるなんて!!」
それくらい許してやれよ!
あちこちの家で心の叫びが聞こえた気がしたが、もう遅い。
白銀の大瀑布が男に襲いかかった。