5:愚か者の末路
作中に出てくる「イッヒ」は要するにコーヒーです。
ガタガタと勝手に震える歯が煩い。
そして、そんな自分でたてる音にさえ俺は時折、ビクリと肩を揺らす。
もうすでに最初の勢いやら自信やらなんやらは諸々全て吹き飛んでいる。
なぜかって?
おいおいおいおい、、そんなこと聞かなくたって分かるだろう?
それは勿論、
この男が、、この俺の目の前に立って見下ろす貴族が、
この上もなく怖いからさ。
学の対して無い俺だって分かる。
目の前の男が、たかだか一庶民の俺なんかが目に入ることすら許されない程の、お高い身分だってのはな。
そんな男が連れているメイドが、唯のメイドなわけがなかったってことも分かっていれば、こんなことにはならなかったってのに、、
いやきっと、それ以前に、俺がこの地にマヌケにも足を踏み入れた瞬間からこの結果は決まっていたんだろうさ。
、、、いやいやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待てよ?
(いや、なんで俺自分の自問自答にこんなにツッコミ入れてるんだ、、)
、、まあ、なんだ、というか考えてもみろよ、あんなおっかないメイドが実在すると本気で考えたことがあるやつがこの世の中にいると思うか?
そんなこと日常的に考えてる奴、絶対マトモじゃないね。
対して誠にありがたいことにこの俺はマトモだ。
この場合についてだけ言えばそれも全くありがたいとは言えないけどな。
まあ、そんなこんな俺が現実逃避に余念がない中も、勿論事態は順次振興中だ。
「、、さて、」
ほぅ、
眼前の美しい男が溜息を漏らして笑う。
すげぇ、
溜息つきながら笑うって、なんて高等技術!
流石お貴族様、そんなハイテクは俺には到底再現不可能だぜ、、恐るべし、超上流階級、、
というか、こいつホントに真っ当な生物か?教会の天井の端の方にいる女神A、Bとかじゃねぇの?
え、いや、それ以前に、男?男なの?コレが?え、ホントに俺と同じ性別?
溜息つくときとかなんか、周りにキラキラしたナニカが飛び散っていくんですけど。
エフェクト?エフェクトなのか?あの?あの紙の上のイキモノしか放つことを許されないとかいう不思議効果とかいうあの??
間違いねぇ、、こいつは世の婦女子たちが騒ぎ立てるあの伝説のイキモノ。
イケメン だ。
くっそ、でもどう考えたって下町の王者(笑)と謳われる俺でもコレには勝てねぇだろ!
、、、おい、誰だ勝手に俺のモノローグに(笑)とか付け足したヤツ。
やめろ。やめろよ、可哀想だろ!俺が!
、、、とかなんとか(阿保なことを)考えていた時が俺にもありました。
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イアンは目の前で一人で顔中に汗をかきながら百面相している男を見下ろしながら考えていた。
(この下男は一体何がしたいんだろう、、)
と、
そして、
(一体この下男は何処の家の者なのだろうか、)
と、
凄く気になるが、イアンが今この場でその質問を直接男にすることは許されない。
イアンのメイドの視線(殺気とも言う)によって。
どうして雇用主であるはずの自分が被雇用者に殺気を浴びせられているのだろうと、思わないこともないが、そのようなことを考え、更には彼女の目の前で口にする勇気はイアンにはない。
と、いうより、それをやっていしまう程イアンはバカではない。
巨人だって学習するのだ。(全異世界の巨人の皆さんごめんなさいコイツ←が選りすぐりのバカなだけです。)
ただし発想力と分析能力が一部危機的に足りないだけで。
さて、そろそろランチの視線()が恐、、、イ、イタイ。
何故だろう、何も言っていないはずだというのに、イアンの背に冷たい汗が流れた。
嫌な予感が禁じ得ないイアンは、身の危険を感じ、己の身の安全の早期確保のためにも、さっさと本題に入ることとする。
「私は一体何のために、このような手間をかけたのだろうか。」
イアンが言い、ランチの指示通りに首を傾げ、口角を上げる。
完璧である。
イアンは確信した。
しかし、その慢心が言外にチラついたのか、すぐさまランチの鋭いさっ、視線がイアンに突き刺さる。
(すいません、すいません、すいませんっ!)
やります、ちゃんとやりますから、と心の中で必死に謝り倒す雇用主。
対して、
ほぉ、と内心心底蔑んだ視線を雇用主に注ぐ被雇用者。
その内心の光景を、分かりやすく描写できるとすれば、大層シュールな光景であろう。
はた目、威厳溢れる上級貴族とそれに使える忠臣、と言った様子なだけに。
ともかく、内と外双方の平穏と安全のために、イアンはどうにかこうにか引き攣りそうになる表情筋を押さえつけ、平然としているように見えるよう、貴族な体裁をなんとか整える。
自ら動くことなどなく、全ては仕える者たちが主人の機敏を察し、主人が口に出す前にすでに全ては整えられていることが、当然。
それが貴族。
イアンの現在の姿は、まぎれもなく大貴族の風体をなしていた。
本来、
最上級貴族の一角を担うイアンの家もそういう物である。
実際はどうあれ、現在、イアンの巨王から賜った屋敷に召使が一人もおらず、雇われの家政婦が一人だけ、という状態にあることの方がおかしいのである。
一般的に考えて、そのような実情があることなどありえない。
貴族階級の流儀としても、延年と流れ続けてきた慣習としても、そのような貴族が、まして国の誇る家柄であるにも関わらず、鷹揚に受け入れられる内実ではない。
本来ならばその土地、その屋敷、その実務内容から、相応と考えられるの運営費が国から送られ、
その内で貴族というものは領地を運営し、職務を正しく全うする。
その額はおよそ少ないとは言えず、
勿論、家政婦一人の人件費と屋敷の維持費と領地運営だけに消えるものではない。
余りまくりである。実際。
勿論、国の重責を担う貴族として、イアンは着服などしていないし、横領、不正もしていない。
ただ、ランチを雇ってから執務室の奥の部屋に置かれたやたら巨大な金庫に、日々、無駄な費用が溜まっていくだけである。
普通に考えて、そんなことになっている領地の運営費など、別に安くもないのだから、削減されてしかるべきである。王城に届けられる決済書から、税務官等が無駄を削除し、相応の額に運営費を調整し、それを巨王に申請し、受理されれば良い話だ。
が、その調整が、一向に見られない。
いや、実際、調整はされているのだ。
ただ、調整しても余るだけで。
税務官、巨王、その他諸々のマトモな思考回路をしている公務員たちには、受け入れられないだけで。
彼等は、毎度毎度、イアンから報告書諸々を受け取る度に、別にそこまで節制しなくたって、、と思うのである。
それで結局は、そこまで言うなら、、と多少運営費を削るものの、あまり変わらない費用をイアンへ送っているのである。
だが、彼等が考えたことが本当なら、イアンは虚偽の報告書を国に提出していることになるのだが、、
それがれっきとした犯罪行為であることは、誰もツッコまないのである。
案外、本当に巨王も現在のイアンの家の実情は把握しきれていないのかもしれない。
一国の主でさえも、そう簡単には全てを知りえない大地、ここは、そういう土地なのだから。
と、まぁ、ランチが不幸にも踏み入れ、かつ不運にも捕獲されてしまった何やら色々と短くは語れないイアン治める領地の話はここまでにするとしよう。
話は戻って、イアンと偽メイドとチャラ男についてである。
現状、チャラ男は恐怖による情緒不安定にて失神寸前。
イアンは首を傾げたままピクリとも動かず、偽メイド作成、不審者対策対応マニュアルの該当ページを思い出している真っ最中である。
そして噂の渦中の偽メイドはというと、
『人が阿保みたいな処理能力を発揮して作った『ジャ〇アンでもわかる! これが貴族のお手本だ!~領地不審者対応編~』をその無駄スペックな愉快脳に叩き込んで差し上げたというのに!』、、と、
さっぱり状況に適した対応が出てこないことへ着々とイライラを募らせている。
未だ、臣下の礼をとったままイアンの傍に侍る偽メイドの、見えないはずの眉がピクリと吊り上げられた瞬間、
イアンの背筋が不思議なことに誰がするともなく瞬時にビシッ、と伸びた。
間違いなく己は配下によって危機に陥っていると即座に理解したイアンの思考回路は、残念なことに日頃の経験値によるものである。が、イアンの鍛え上げられた機器察知能力(ランチ限定)は、
何故か更に、どこかの頭の可笑しい料理長の顔をした妖精が、自慢の透き通り輝く二対の羽をバタつかせながら此方に振り返ってくるという恐怖の映像を脳裏に映し出した。
(おいやめろ!勝手に他人んちで放映開始すんな変人!!金とるぞ!)
まっ! 偽メイドの忍耐のゲージMAXはすぐそこよ!
(じょっ、じょわ、って、、じょわって、!!!)
わーにん! わーにん!
(ぐっふぅ、、)
狂気の料理人は イアンに 料理人の心意気を 放った !
イアンは 100000の ダメージを 受けた !!
イアンは 瀕死の 状態に 陥った !
(主に自分の脳内幻覚のせいで。)
ちなみに、イアンの脳内妖精は顔は忠実に本人を再現しており、その体が愛らしいデフォルトでお約束な姿であることと相まって、
より一層イアンにダメージを与えている。
また、妖精の声は全く可愛くない男気溢れる低音ボイスである。
哀れ、イアンは自主的に精神に大ダメージをおってしまった。
しかも、その原因が己のたくましい想像力と高スペックな記憶能力によるものであり、
その事実がイアンの悲壮感をより、それはもうより一層際立たせているのである。
さて、そんなことより、
何度も言うがイアンは現在、不審者を優雅に悠然と、威厳のある貴族として締め上げようとしている真っ只中である。
内心はどうであれ、その貴族に相応しい態度でもって、イアンは事を為さねばならない。
内心はどうであれ。
何故なら勿論、偽メイドの素敵な視線が背中に突き刺さっているのだから。
よって、課せられた職務を全うせねば、イアンに穏やかな夕食はない。
そういうわけで、
イアンは顔が引きつるのを何とか留めていると、自分の今日の夕食へと考えが至り、はっとした。
(な、、何てことだ、、今、ランチの期限を損ねれば、今日のメニューが前菜から食後のイッヒまで、イッヒ豆を除くありとあらゆる豆による豆づくしのフルコースになってしまうっ!!!!!)
イアンはこれまでにないほどに自分が震撼しているのを感じていた。
尚、普通に考えれば、流石のランチでもまだ食後のイッヒまではイッヒ豆を使わずになど作れる筈がない。
だいたい、イッヒ豆を使わないならそれはイッヒではなかろうに。
そんな言葉を、脳内妖精がボヤいていたが、幸か不幸か今のイアンには届いていない。
そして、イアンは今夜のディナーのため、
必死にその一応は高スペックな脳を叩き、ランチ作・マニュアルから必要事項を叩き出す。
(うむ、マニュアルの『チュートリアル:戦いは家を出る前から始まっている!』と『1章 〜まずは獲物をおびき出しましょう〜』はもう終わったから、次は2章だな。)
『ジャ〇アンでもわかる! これが貴族のお手本だ!~領地不審者対応編~』
『 2章 〜獲物を捕獲しましょう〜 』
(まず、ひとーつ!)
【 STEP 1 .獲物の動きを止めましょう 】
『貴族たる者、いついかなる時も優雅に厳しく美しく!
捕獲までの間に、獲物が自由を得ているなど言語道断です。
全く美しくありません。
獲物は発見次第、即座に身動きの取れないようにしましょう。
方法は様々です。
配下を使い、物理に物を言わせての体の自由の剥奪も良いでしょう。
ですが、この場合、暴力を使用することになるため、少々優雅さに欠けてしまいます。
ですので、オススメはこちら。
先ほどの方法は、力による支配ですが、貴族たる者威厳がなくてはなりません。
真に威厳ある貴族たれば、他人の力に頼らずとも、本人の持つ威厳だけでの支配も容易いこと。
武力を使わず、己の貴族たる覇気によって、獲物自身に体の自由を放棄させましょう。
他者を恐怖によって支配する、それこそ真に貴族に最も相応しい姿です。 』
(まぁ、このステップに関してはほぼランチがやってくれたな。)
イアンは目の前で今にも、白目を剥き泡を吹いて気を失いそうな男の姿をまったりした気持ちで眺めた。
(、、、哀れな、、よりにもよって、ランチに絡んだりするからだぞ、下男よ、、)
余分にまったりしてしまった所為なのか、だんだんチャラ男が可哀想になってきた。
(む、何だか親近感が、、?)
男のあまりな姿に、何だかこれ以上は良い気がしてきたので、もう止めてあげようと、イアンは次のステップに移ろうとする。
(よし、では次のステッ)
ぶちぃっ、
ひぃ、と口から音が溢れてしまいそうになった。
そっと、イアンは斜め後ろの音の発生源と思しきランチを伺う。
その瞬間。
ぞわっ、
気配を探っただけだと言うのに、探った瞬間には得体の知れない恐怖がイアンを絡め取っていた。
見れば、ランチからは主人公にあるまじきどす黒い炎が立ち昇っている。
ピシリ、とイアンは固まった。
(うむ!よし、さぁ最初のステップの仕上げをするとしよう。うむ!)
急いで恐怖に固まった表情筋を解すと、イアンは貴族モードに切り替える。
(さて、ランチの偽名は何だったか、、)
出来るだけゆるゆると視線を動かしながら、男から視線を僅かにランチへと移す。
初めの時とは違い、その表情からは一切の柔らかさが抜け落ちる。
(あぁ、そうだ、)
「ディシー、説明しろ。」
色のない声が、抑揚なくランチに落とされる。
「は、」
その声の冷たさに、思わずランチはぶるりと身震いする。
そういう指示だと分かっているというのに、体は勝手に防御反応として、ランチに危機だと知らせてくるのだ。
「この者は旦那様の領地に許可なく侵入し、国土と私有地を破壊。また、旦那様の建設された庭の一部と屋敷の器物破損、及び破壊未遂を行っています。」
普段を知っているだけに、ランチは頭上の雇い主の、気高い貴族としての品格が余計に優れていると感じられる。
勿論、元々イアンは生まれは由緒正しき血筋ある。イアンにその素養が育まれていて然るべきであり、現在その所作には、普段を知らずとも充分に品位を感じられる。
ふ、と金糸に縁取られた、淡い緑の宝石が陰る。
静かに細められた瞳は持ち主の憂いを雄弁に語っていた。
「、、、そうか、」
場の空気は完全にイアンが支配していた。
イアンが口を開けば残る二人の意識は自然と彼に行き、イアンが口を閉ざせば口を閉ざし息を潜めて次に口を開くのを待った。
しんと鎮まり返り、辺りにはそれぞれの髪を風が僅かに攫ってたてる音と、葉が揺れる音だけがささめく。
「ディシー」
「はい、旦那様。」
ざわり、と木々が揺れた。
イアンは足元の男に視線をやることもせず、口を開く。
「お前はアレの書類を揃えろ。」
「仰せのままに、」
ランチは既にとっている臣下の礼から、更にもう一度スカートを持ち上げ、礼をとる。
それを視界の端で確認すると、イアンはす、と視線を前へと戻す。
よって、
「ひっ、!」
当然、その冷えた視線は彼の目の前の哀れな男に突き刺さることになる。
「失礼ですが、旦那様はどうなさるので?」
ランチがすました顔でイアンに聞く。
心なしかニヤついているように見えるのは気のせいである。
そんなランチに対し、イアンの瞳は相変わらず鋭く冷えたままだ。
「私は愚か者を締め上げる。」
何故か遠くでランチの悲鳴がが聞こえた気がしたが、残念ながらイアンには届かなかった。
その悲鳴が、黄色めいていたことは気のせいである。
今後の投稿は未定です。