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3: 駆ける亀裂



(ったく、もう!!)


旦那様こと彼女(ランチ)の雇い主、イアンにメイドの三大トレードマーク、キャップのリボンを引き解かれたのは、かれこれ十数分前になる。

つまりはその間、ずっとイアンの三歩後ろを静々と、ランチはついて歩いていたわけなのだが。

先程のランチの胸中から察するに分かるだろうが、その間、ランチの怒りボルテージが下がることは1㎜だとてありえなかった。ようするに、ランチは件の十数分間、ずっと怒りっぱなしなのである。

勿論現今も、その御怒り継続時間は絶賛記録更新中だ。


元々キャップはメイドとしての戦闘服の一部なので、今__いるとするならば地震の元凶をぶちのめすまで__を除いて、家政婦と執事を半ば兼任している状態の普段は、する必要がない。よって、別にここから帰れば、ランチはキャップを被らなくとも困りはしないのだ。


ここまでぐだぐだと言い募ってきたが、つまるところは、ランチは決めようとしているわけである。

そう、


(二度とキャップなんて被るものですか、、!!)


ランチは己が今、まさに決めた決定事項に燃えていた。

生涯貫いてやる、、!とまで燃えていた。


正直そこまで思いつめられても困りものである。

この件の元凶ことイアンには、そんなに彼女が決意に燃えるほどの大それた行動のつもりは微塵もないのだから。被害者と加害者の温度差が激しすぎると、双方の人間関係が危ぶまれるのは世の常である。

というか、この件に関して言わせれば、そこじゃない、と声を大にしてまずは伝えたいところである。


さくり、さくり、と霜の交じりはじめた足元に、ひんやりとした涼しさを感じながら、イアンはランチの前方をきって歩いていた。

今後の生活が危ぶまれているとは露ほども気づいていないイアンは、それでも足元の霜だけではないゾクリと背中に冷たい汗をかくような冷気は感じ取っていた。


(こ、この止まらない冷や汗は、、)


少しでも身動きにぎこちなさが現れれば、すぐさま冷気が首まで這い上り首をゆっくりと絞られそうだ。

というか、実体験である。

イアンは滝のように流れる汗に気づかないふりをした。

全部気にしていては、身が持たないのだ。悲しいかな、これもイアンの実体験に基づくものなのだが。


必死に冷や汗を無視していたイアンだったが、ふと、それにしても、、と思い始めた。


(なんでこんなにランチは怒っているんだ?)


パキパキパキ、、


「あ、」

「え?」


イアンの気が完全に他所にそれた瞬間、当然のようにイアンの右足の乗った大理石が粉砕されていった。

それにイアン本人よりも早くに気づいたランチが小さく声を上げる。目にも留まらぬ速さでイアンの右足から、四方に走っていくその亀裂に、とくに考えることもなく、ランチはそれを指して口を開く。


「旦那さ」

ガキィィインッッッ!!!!!


四方八方に駆け巡った亀裂は、ランチが口を開けるまでの間に既にすべての大理石に至っていたらしい。ランチが口を開いた瞬間、耳を劈くような聞き取れるギリギリの超高音が、ランチたちの耳を貫いた。

そして、イアンの足元には大理石が抜け落ち、奈落が大口を開けていた。


「なっ、」


イアンの姿が、一瞬にして消えた。


ランチがもう一度口を開く間もなく、その一瞬を、ランチはまるで何時間のように感じた。その短いはずの長い時間で、ランチは茫然と見ていた。

見ていることしかできなかったのだ。

ランチには、イアンが裂けた地面に飲み込まれていくのを、何十倍にも引き延ばした遅すぎるくらいの時間の流れの中で、一コンマずつ、見せつけるかのように見せられているようにすら感じられた。


「っ、あ、、」


イアンが地面の裂けめに消え、数分経って、ランチの口から漸く零れたのは、そんな声とも言えない音だけだった。


「、、だ、旦、那、様、、、」


どうしよう


「旦那、様、、!」


どうしよう、


よろよろと、老人のように震える足を、縺れそうになりながらもなんとか動かして裂け目に向かって足を動かしていく。


「っ、旦那様っっ!!!」


転びそうだった。それでも、そんなことをランチは気にしていられなかった。

そんなことを気にすることなど忘れていた。

そんなことを考えるに至る前に、ランチの足は走りだしていた。


どうしよう。

どうしたら、どうしたらいい。

どうして、どうして旦那様がっ、、!

どうして、、



「旦っっ、!」


、、私が、


「っ、!!」


私が、外になんて連れ出したから、、?


その考えに至って、心臓を握られるようだった。

普段気になんてしたことのない心臓の脈打つ音、前髪が風にさらわれる音までもがくっきりと聞こえてくる。遠くの方で木の葉が揺れる音までもが風に運ばれて聞こえてくる。


「、、なにか、」


「なにかしなきゃ、」


なにかしなくては、


なにかしていなければ、そう思った。何かに没頭してでもしなければ、今にも視界が白んで降りてきた霧と一緒に溶けてしまいそうだった。

真っ白になりそうな頭を必死で働かせて、視線だけはどうにか脳の命令を忠実に聞いていた。

その証拠に、こんがらがっている思考回路とは別に、視線だけはイアンが落ちた直後から、ずっと忙しなく辺りを探っていた。

そして、


「あ、」


見つけた。


イアンが消えたインパクトが強すぎて、よく考えていなかったが、よくよく考えれば可笑しな点はいくつでもあった。


まず一つ。どうして急にイアンの足元の大理石だけが粉砕したのか。

そして二つ。どうして大理石の亀裂が全方向へとすぐに走ったのか。

三つ。どうして亀裂=崩壊だったのか。

四つ。どうして道を作っていただけのはずの大理石が割れただけで、地が裂けたのか。

五つ。これが最大の疑問点だ。

あの時、大理石の道の上にいたのはイアンだけではなかった。なのに、どうしてイアンだけが落ちたのか。

いや、もっと正確に言えば、どうしてイアンの足元だけが崩れたのか。


これら五つの不自然な点からすれば、そのすべてが偶然とは間違っても言いきれない。

というより、ランチから言わせれば、そんな奇跡的な偶然のオンパレードなぞあってたまるか。いや、あるか阿保が!

と言った心境である。

いやはや、巨人宅の家政婦は、今日も今日とて口が悪い。


そうなってくると、今の今まで登っていたらしい血がサァーーッッ、と引いていくのをランチは感じていた。というか、それまであんなに騒いでいたのがバカバカしくなってきたのである。


だいたいにして、さっきはあえて議題に上げなかったが、巨人という種族は一様にして揃いも揃ってもれなく全員、余すところなく戦闘狂いだという。いくらこちらの国(巨人国)王宮(戦場(物理))から遠く離れてしばらくだと言え、その戦闘センス、スキルともに生涯忘れようとも血に染みついているが故に忘れられない巨人ぞくである。しかも、それも腐っても王族の血筋。あり得るだろうか、いや天と地がひっくり返ったってあり得ない。(反語は便利である。)

要するに、ランチが言いたいのは、

あの戦闘バカ集団筆頭の端くれが、あまりにも想定外で突発的な事故だったから咄嗟に反応できなかった、、、なんてことがありえると?んなわけあるか!!!!

である。


つまるところ、ランチは悟ったのである。

心配などするだけ損だ、と。

そんなものは犬にでも食わせてしまえ、と。


だいたい間違ってはいないが、それでいいのか、家政婦、、とは物申したくなる。


とまぁ、一連の思考を巡らせたランチだったが、その目は死んでいた。

地震直後の屋敷とか大理石の道とかで色々とすでに思うところはあったが、屋敷どころか、そこに住んでる主人の方がよっぽどトンデモなのだ。

時々忘れそうになるが、ヤツら__巨人なる生き物__は、なんてファンシーな生物なのだろうか、、と思考が明後日の方向に飛んで行って帰ってこれなくなりそうになる。

そこまで考えて、さて、とランチは及び腰になりかけていた姿勢を元のように、ピシッと美しく背筋を伸ばし、足を優雅に揃え手は恭しく腰の前でそっと重ねた。

まさか何時までも先程までの情けない姿をさらし続けるわかにはいかないのだ。

なぜなら、


(敵は眼前にあり、、)


足元には霜が降りて、元は緑に染まっていたはずの大理石の道の脇の芝は白く染まり、透き通った光が幾重にも差し込んで美しい景色を描いていた大気は、急速に濃くなっていく霧に覆われ十数メートル先の木の輪郭すらぼやけていく。

もう数分黙って立っていれば、恐らくランチの顔すらその霧に飲み込まれて目と鼻の先でも、そこにいることが分からなくなるだろう。それほどに深く、濃くなっていく霧の中、周囲の水分に反射して、ランチの銀髪がキラキラと瞬く。その輝きが、ランチの口元を辛うじて濃霧の中で浮かび上がらせていた。


ランチのしなやかな弓のように弧を描く唇が、一瞬、不敵に歪んだような気がした。


くつり、

小さく鈴の鳴るような笑い声が霧のなかで響いた。


「ふふ、、、そろそろ姿をお見せください。お客様。」


ランチの凛とした声が霧の中で、確実に反響しながらもスッ、と通った。

楚々としているはずなのだが、相手を切って捨てるようなどこぞの令嬢よろしく高圧的な響きを持つその声だった。

しかし、霧と影に隠れた相手にも確かに届いていたらしい。


がさり、


ランチの言葉に反応するように、イアンが消えた裂け目の更に奥、大理石の道と芝を挟む木々の中から、木々の揺れる音と共に人影が現れた。


「おやおや、」


どこか笑みを含んだような男の声が白い視界のなか響く。


「俺はどうやら、随分と恐ろしいご婦人とお会いしたようだ。」


男の声は随分と若い。ランチ(の見た目年齢)と同じくらいだろうか。

そして軽い。下町に降りないこと早15年と少々と経って、ランチもあまり大きな声では言えないが、それでも分かる。

こいつぁ軽いぜ、とランチは思った。

にしても、懐かしい、、とランチは久方ぶりに若干遠い目をした。ついでに涙も零れそうである。


(この軽さ、、)


あれほど所せましと互いにひしめき合っていた霧が、出たときと同じように、今度はゆっくりと引いていく。


「ご婦人はどこの御令嬢かな?」

「メイドにございます。」

「えっ、何だって?」

「名のある主人にお仕えしております使用人にございます、お客様。」


(、、なんて懐かしいっ、、!!)


霧は順調にその白さを失っていき、既にお互いの肩を過ぎた辺りの高さまで見通せるほどになっていた。


「ま、まさか、、、本当なのかい?」

「はい。」


ランチは、一寸前の謎の感動などすっかり忘れて、ランチの身分など、彼女の服装を見れば大概想像に容易いだろうに、、と思いながら悟られない範囲で男の声のする方に白い眼を向ける。

はっきり言って失礼である。

そんなことをランチが考えているなど男は露程も想像していないのだろう。辛辣なランチの内心とは裏腹に、至極機嫌の良さそうな声で再びランチに声をかける。


「いやはや、これは驚いた。すっかり勘違いをしていたよ。こんなに美しく品の良い女性が、まさか一介の使用人とは。」

「私などはお気になさらず。」


(これよ、、!これこそ宿場町有体なちょっと頭が貧相かつ軟派な男!!)


楚々と目礼しながらも、ランチはまたしても新たな謎の感動を噛みしめる。


(ああ、、なんて庶民な響きなのかしら、、!)


「そういえば、お客様。」

「ん?何だい、メイドどの。」

「こちらへはどのようなご用件で?」


ん?と無駄に整った笑顔でランチに視線を送ってくる男に、ランチは多少ながらも苛立ちを覚えた。


「お客様、」


ランチの額の隅の方で、何やらぶちぃっっ、と太い管が切れるような不穏な音がしたが、笑顔の男は気付かない。


なに気取ってんだこのスケコマシ、ネタは上がってんだよ。

無駄なことしてないでさっさと薄情せぇや。


ランチの顔には既にこの二文がくっきりはっきり大きな文字で書かれている。が、そろそろ察しているころだとは思うが、それでもやっぱり男は気付かない。

また、ランチの額付近で何かが引きちぎれる音が聞こえた気がしたが、触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず。危ないと分かっているのなら、近寄らないのが吉。これも世の常である。


「お分かりになられていらっしゃらないご様子なので、差し出がましいながら、私がはっきり申し上げましょう。」

「何かな?」


また、何かが引きちぎれる音がするも、やっぱり男には気が付く様子が見られない。

ココで気が付いておけば、もしかしたらまだ傷が浅い内に家に帰れたかもしれないというのに。

哀れ、奇しくも男は自ら首吊り台へと駆け足で上っていくこととなっていた。


「お客様。」


ランチは笑った。

一切微笑みもしなかったランチが、とうとう笑った。それはもう、何の屈託もない笑顔であった。

それは、見る者を同じく笑顔にしてしまうような、陽光の中にいるような眩しい笑顔のはずだった。

しかし、そんなものは幻だ。

実際、ランチのその笑みを見て、顔を緩める脳みそスカンスカンはそうそういないだろう。

いるのは、表情をピシリと固めて、全身からだらだらと滝のように冷汗をかくことになった哀れな犠牲者だけであろう。

そう、例えば、ランチの琴線に悉く触れ、彼女の目の前に今現在立っている哀れな男とかである。


「ご、ご婦人んんんんっ???」

「お黙りなさいませ」

「」


男が歯をガタガタ言わせてなんとか声を絞り出したような気がしたが、ランチは取りあえず黙らせることにした。


「さて、お客様。」


にぃいっ、とランチの口角が釣り上げられる。


あなたのような方(・・・・・・・・)が、何故ココ(・・)にいらっしゃるのでしょうか?」




凍てつくような鋭いスモーキークォーツが男を貫いた。

すいません、結構長くなりそうだったので、ここで一旦切ります。

中途半端ですが、ここからまた一展開ありますたぶん。

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