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2:大理石の道をゆく

キィ、と屋敷の豪奢な扉が音をたてて厳かに開かれる。


ランチたちは辺りに気を配りつつ、いつも通りの気品漂う上流階級然とした様子を装う。

それを雇い主に提案し、今一緒に行っているのは他でもないランチだった。

彼女曰く、


”この地に踏み込んだクソや、、いえ、愚か者に鉄槌を下すのです。

そのようなアホ、、いえ、屑野郎に、私共の、、特に(・・)旦那様の格と言うものが言わずとも分かるとは思えません。

だとすれば、、これ位の演出、必要でしょう?”


ちなみに、言うまでもないとは思うが、、怒れる女性の琴線には早々にと触れるものではない。


と、まぁ、

そんな経緯も含み、何故かランチまでもまるでどこぞの令嬢よろしく、随分と高圧的な品位を醸し出し、優雅に彼女の雇い主の三歩後ろをついていく。


ガラガラと音をたて、ランチたちが通った後には、辛うじて保っていた形をあっけなく崩していく木々の姿と、傷一つない大理石で舗装された道だけが残った。

これだけでもこの地ですら、先程までの地震には堪えきれない物がほとんどであることに、ランチは何処かほっとするような、憤るような、良く分からない気持ちになる。

そうと分かった瞬間、また一つランチの機嫌が下がった。


(なぜこの私が何処のミジンコの骨とも分からないヤツのために、こんなに気分を害さなければならないのか。一々私の怒りに触れてくる阿呆なんぞは雇い主だけでたくさんだというのに。全くもって不愉快だわ。)


ふんっ!と息を吐きだし、またしてもランチの機嫌が降下していく。その様子に、前を歩く彼女の雇い主は急に気温がぐんと下がったわけでもないのに、突然の寒気に襲われていた。


(っ!ううっ、ふ、震えが、、)


雇い主が突然ガタガタと震えだしたのを、はたと目に留め、ランチは首を傾げる。


(あら、お腹でも下したのかしら?)


(でも何でかしら、、今日の朝食はいつも通り食事への冒涜のようなオソロシイものだったようだし、、、)


(、、後は、、まさか、風邪?)


(いえでも、彼の種族が風邪なんて引くのかしら、、今まであさった図書室の本にはそんなこと一言も、、、_____)


「おい、そろそろいいんじゃないのか。」

(ううん、そうね、、まだ私、奥の赤い禁書棚は見てなかったわね。その奥の青い禁書棚は見たのだけれど。)


「おい、ランチ。聞いているのか。」

(だって、一番大事なものは普通、一番掘り当てにくいところに保管しているものと思っていたのよ。)


「おい、お前聞いてないだろ。おい。」

(なのに開けてみたら吃驚、まさか自分の種族の秘密とかよりもあんな物が大事だなんて、、呆れるあまりに、一週間開いた口が中々閉じなかったわ。)


「お前な、、今まで散々言いたい放題やりたい放題やってきていたのは、見てきて分かってはいるが、、主人の言葉を聞いてすらいないとは、、一体どういう了見だ!っておい聞け!」

(でも男の人ってみんなそういうものなのかしら、、)


「おい!ランチ!!きっ、貴様、聞けと言っているのがわか「漏洩=絞首刑の書類よりも自分の秘蔵コレクションの方が大事だなんて、、、」えっ」


ザクッ、と前方からこちら__つまりは大理石の道__側に倒れている巨木の残骸を踏み抜く音がし、ランチは、ん?と訝しげに発掘当時の脱力感のあまりに下がっていた視線を上げる。

ランチが顔を上げた先には、ランチの装う品位を多少なりとも下げる、雇い主の高貴もなにもない姿があった。

その情けない姿に、ランチの眉が顰められる。


「、、、旦那様?」


ランチの低い声に、雇い主はビクリと一度だけ肩を揺らしただけで、それ以降ピクリとも動こうとはしない。雇い主の奇妙な挙動に、さしものランチも苛立ちを抑えきれそうにないな、との考えが頭をよぎる。舌打ちを何とか堪えながら、ランチはもう一度だけ、もう一度だけよ、、と自分に言い聞かせもう一度声を上げる。


「旦那様、何をしておいでですか。」

「っ、いやっ、その!、、、ランチよ、、」

「何でございましょう。」


やっと喋ったかこの木偶め、、と、彼女の雇い主は地を這うような声を聞いた気がした。

今この場にいる者はランチと彼以外にいない。ランチと向かいあった今、何故か聞こえた背後からの聞こえはずのない声に、彼はまたぶるりと正体不明の悪寒に体を震わせた。


「そ、その、だな、、今、何と、、?」


雇い主の言葉に、一瞬彼女はきょとんとする。何のことを言っているのか分からない、といった顔だった。その表情に、彼女以上に混乱する羽目になるのは雇い主である。いつもの彼女なら、こんな事態にはならないし、第一思わず、と言った体で言葉を零すなんて彼女の失態を、彼は今まで一度として見たことがない。普段とは一つも二つも違う彼女の様子に、彼の混乱は更に拡大していく。


(は、、は?まさか、、ランチが?あのランチが、うっかり(・・・・)?)


彼は改めてという風に、もう一度ランチを見下ろす。彼よりも随分と低い彼女の身長からすれば、彼が彼女を見下ろす格好になるのは当然のことだった。相変わらずの透き通るような白い肌に、大した紅も引いていないだろうにリンゴのように赤い唇。


(元より白いとは思っていたが、ここへ来てその白さに拍車がかかっているな、、)


(それに、今は気品がどうとか言って纏め上げてキャップに隠してしまっているが、、)


何かに誘われるようにして、ふらりふらりと足が動いていく。そして、操られるように、雇い主(イアン)はゆらりとその長い手を持ち上げていく。


「、、?旦那様?」


突然珍妙に顔を固めて、心なしか大量の汗をかき、誰が見てもお貴族様になんて見えなかった雇い主が、まとしても突然、様子が変貌した。どこかフラフラと定まらない動きをしているように感じるのに、その磨き上げられた鈍い光沢を放つ革靴の歩みは、まるで宮殿を我が物顔で歩く王族のよう。ゆっくりと、気づかない程にゆっくりと上げられていく腕は、どうしてかランチを捕えようとしているかのように、威圧感と絶対の力強さを感じさせる。そして___


「だ、旦那、さ、、ま、、?」


それが今、ランチの眼前まで迫っていた。これまで生きてきて、一度として感じた事のない訳の分からないまでの圧力に、舌が縺れ、思うように動かなかった。情けないことに、自分の雇い主に声をかけることすら、ランチは躊躇してしまう。

それでも、負けてたまるかと、無理やりに彼に目を合わせてやろうと覚悟を決め、何とはなしに喉を咽下させた。

ぐっ、と力を籠め見上げたランチの目は、彼__雇い主__の目を見た瞬間、大きく見開くこととなった。

ランチは、その瞬間に、覚悟もなにも全てが粉々に砕け散っていくのを感じた。


(目が、、目が、離せない、、)


___そして、そして彼の目は、美しいペリドットに飴色を垂らしこんだような、澄んだ緑。さらさらと風に一本一本が攫われていく金糸のような髪が、その淡い緑を時折隠し、地上の者とは思えない雰囲気が一層深くなる。

ランチがイアンに目を奪われている間にも、彼はゆっくりと、だが確実に彼女へ進んでいた。

そしてとうとう、彼の腕が彼女の頭に触れる。


(ほら、、)


何がなんだか皆目見当もつかず、それでもどうにか思考を止めないように、止めないようにしていたランチは、さっきまでのイアンに負けず劣らずの大混乱に陥っている。取りあえず、逸らせない目はそのままに、訳も分からずとっさに体を固くして身構える。


「、、イ、アン、、様、、?」

「っ、、!」


しゅるり、とリボンの解ける音が頭の後ろで聞こえた。


その直前に、イアンが一瞬目を見開いたような気がしたが、目の前で起こっていることで手一杯なランチにはそこへ思考を回す余裕はない。すぐにそう感じたことすら記憶の彼方にやられ、目の前の男のことで頭がいっぱいになり破裂しそうになる。


(何か、何かしなければ。)

(なにか、、何を、、いや、なんとか何か言わなければ、、!)


口を一文字に結びなおし、はく、と口を開いた時。


ばさり、


今まで眩しい金糸でいっぱいにされていた世界に、突如見慣れた銀色が飛び込んだ。


「え、」


銀色が再び去った後には、変わらぬ金色と、見たことのないイアンの柔らかく微笑む姿があった。


「ほら、、綺麗だ、」

「っっっ、、!!」


ボンッ、と自分の顔が熱くなったのが分かった。







_______________________





鼻息荒く、顔を真っ赤にして怒る彼女の後ろ姿を、俺は眺めていた。


先程までは俺がつい彼女の色が見たくて、解いてしまったキャップのリボンのせいで、彼女のいつもの勢いと良く回る口が封じられ、随分と穏やかなやり取りをしていた。

しかし、残念ながら彼女はすぐに、なぜか真っ赤になって怒りだし、俺の手からキャップとリボンを引ったくり、ぷいっとそっぽを向いて髪を纏め直し始めてしまった。

全くもって残念だ。あんなに綺麗だというのに。

彼女のあの美しい色を黙ってゆっくりと眺めていられることなんて、この先いつあるというのか定かではないというのに。というか、そんな奇跡がこの先実現することが一体あるのだろうか。もったいない。

あぁ、もったいない。本当にもったいないことだ。


それにしても、さっきは随分驚かされた。

まさか、彼女があのタイミングで俺の名前を呼ぶなんて、それこそ一生の内にあるなんて思いもよらなかった。


再度、眉間にしわを寄せてテキパキとその髪を仕舞込んでいる彼女を見た。


「、、、もう一度、、呼んではくれないかな、」


つい独り言が零れてしまった。

この言葉には俺自身も驚いたが、そうだな、、それも良いかもしれない。

次の機会があれば彼女に聞いてみることとしよう。ああ、もう行かなければいけないらしい。面倒なのだが。まあ、彼女がいるならば、大抵のことはそれなりに集結するだろう。あと彼女、怒ると、、その、怖いからな!

そうとなれば、さっさと済ませて屋敷に帰って昨日仕入れたワインでも飲むとしようか。








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