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1:被雇用者VS雇用主


ピィ――――――――、ぎゅるぎゅるぎゅるるるるるrr……


バカデカい、、じゃなかった巨大で尊大な麗しい館の、悪趣味の限りを尽くしたかったであろう、それはそれは美しい執務室で、何やら地獄の怪鳥の世紀末を告げるがごときうなり声と鳴き声が響き渡った。

ランチはその音を聞きながら、流れ落ちる長すぎる銀髪を後ろへなでつけつつも手を止めようとはしない。


「あらぁーー、今日は本当に見事な鳴きっぷりですことぉーー」


はっきり言おう。棒読みである。

その様子に、音の発生源は状況が未だ芳しく、、と言うか自分の望む方向へ向いていないことを悟る。その事実から、彼は眉をしかめる。ここから先、己がとるであろう行動へと思い当たり、心中荒れ腐っているのである。彼の想像がそこまで至るや否や、ぐぅ、、と喉の奥が低く唸り声を上げる。そのままで、もう一度彼を現状に追い込んだ、、いや、現在まさに追い込んでいる不届きな輩に視線を投げつける。と言うか普通に睨みつけた。もしこの場に野兎でもいれば、その威圧感と垂れ流される乱雑かつ理不尽なまでの魔力に、恐れおののき身を震わせた挙句に失神もしくは息が止まって死ぬことであろう。

まあ、そんな軟弱かつ繊細な生物はこの地になど住めやしないが。

そういうわけで、偉大な()彼の威圧感と+αたっぷりな睨みを今現在一心に受けているはずの当の本人と言えば、、


「あーー、疲れますこと疲れますことぉ。こんなに一般的かつ常識的な私共人間には理解しがたい敷地面積を、たった一人のこの矮小な人間めが掃除しているんですものぉーー。仕方がないこととは存じ上げておりますが、しがない人間ごときの私めには荷が重いものですわぁ。ああ、でも、わたくしお暇を頂こうにも、お暇許可申請書は出せませんわぁーー。なぜって申請書は偉大な()雇用主サマのサインが必要ですのぉ。わたくしめの雇用主サマはサインなんてこまごまとした繊細なものお出来になりませんものぉーー。仕方がありませんわねぇ。ええ。仕方ありませんのよぉ。おほほほほほほ。」


これである。


「きっ、貴様ぁ!!ランチ!!!」

「何でございましょう」


とうとう耐えきれなくなった彼が叫ぶも、ランチはすげなく平坦な声でぴしゃりと言い放ち、相手にもしない。もうすでに言ったが、そう、ランチのセリフは疑問符がつくにふさわしく、こちらから投げかけるソレだ。だというのに、その語尾が上がり疑問符が浮かぶことは終ぞなく、仕舞にゃ切って捨てるようにすら感じられる。

それを彼もひしひしと感じているのか、うっ、、と相変わらず顔を憎々しげに歪めながらも息を詰まらせていた。ぐうの音も出ないとはこのことである。先も書いたように、この世は弱肉強食である。

まあ、一般の常識ある職場環境雇用状態であれば、雇用主VS被雇用者なんてバトルは勃発しないし、勝者=被雇用者なんて方程式も成立しないのだが。

それが成り立っているのだから、彼とランチの雇用環境がうかがい知れるというものである。

雇用主に被雇用者がどうして勝てるのか。それは身もふたもない言い方をすれば、彼の自業自得である。

だいたいにして、彼はランチに感謝こそすれ、ランチに偉ぶることすら肩身が狭いどころではなく人としてどうなのソレ、、と後ろ指さされたって文句の言えない立場なのである。

彼はランチを非正規手段をもって雇い、その後の職場環境において問答無用でその職場もとい彼の館付近へと縛り付けたのである。しかも、彼女には彼のそれらの暴挙によって取り返しのつかない生涯へと身を落とされたのだ。

その上、彼が彼女を雇った理由は、

彼には一切合財の生活能力がない。つまるところ自活など出来る訳がない。

だと言うのに、彼のお貴族様的ありとあらゆる理由により、領地として与えられたこの地で一人自立して自治せよとの仰せを受けた。

そんなこんなな彼だったが、使用人を雇おうにもできず、仕方なく考えた手段で雇用できる人間の中の一人だから。

という理由である。

ついでに言えば、この地の決定的かつ絶望的生活条件に雇用される寸前にいち早く気づいたランチが、使用人予定者全員を先導して逃げおおせたところで、彼が追いかけてきて他の人間を遠くへ逃がし終えた彼女だけしか見つけられず、首根っこ引っ掴んで連れてきた。とお粗末な経緯も含まれていたりする。


要するに、彼には彼女が必要不可欠で、彼女は本来不本意な状況で雇用されているのである。

あと、彼は世間的にも道徳的にも、大変後ろめたいことをしでかしている。


ここまで説明すると、ではなぜ彼女は大手を振って逃げられる現状の中逃げないのか、という疑問が浮かんでくる。

これは彼女の個人的理由とこの地の’例の条件’も大きいが、残りは余りにも哀れな彼の生活を見て、溜息しか出てこなかったからである。



本当にしようのない男である。



「そ、その、、ランチよ、、」

「、、、はい。」

「おっ、おおっ、聞いてくれるかっ!」

「、、、、、大変不服ながら。」

「その間は何だ!その間は!」

「あぁどうもすみません。近頃怪鳥の鳴き声が昼に喧しくてですね、、耳が悪うなったのでしょう。」

「なぁっ!、、う、ううぬ、、」

「何か」


文句が言いたくて言いたくて仕方がないと顔に大きく書いてある彼に、ランチは冷たい一瞥でもって迎え討った。

どこかでゴングが鳴った気がした。言わずもがな、彼のK.O.を知らせるゴングである。

彼は誤魔化すように咳ばらいをして、再びランチに向き直った。


「今日こそ、昼はひよこ豆以外のスープが飲みたいのだが、、」

「申し訳ありません。旦那様。私の至らない腕前では、旦那様の昼食のスープにはひよこ豆のスープしか出せませんの。」

「い、いや、、ひよこ豆をニンジンとかジャガイモとかに変えるだけでいいんだが、、」

「申し訳ございません。」

「ぐっ、、だっ、大体お前、料理苦手とか嘘だろ!昼食のスープ以外は全部王宮シェフ並だろうが!」

「お褒めに預かり光栄です。」

「ううっっ、、!うううううううううううううう、、、だっ、だから!昼食のスープに豆を入れるなと言っている!!」

「かしこまりました。」

「だから!豆を、、!、、、え?」

「承りました。明日の昼食からはスープを地鶏をメインにしたコンソメにいたします。」

「なっ、なんと!本当かランチ?!」

「はい。そして、今までは燻製肉とフォアグラを添えさせていただきました鳥の胸肉のパテを、こってりことことあっさり豆のなんちゃって肉パテ、ぎっしりひよこ豆の腸詰添えにさせていただきます。」

「それ変わってないだろ?!!」

「あらぁ?耳が、、」

「くっ!!貴様ぁあ!!ランッ、」


ドォオオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!


突如、耳を劈くような地が裂けたような轟音が轟き、立っていられなくなるほどの地震を伴って、地鳴りが猛烈な勢いでランチたちのいる館に近づいていた。


「うおぉっっ?!!?」

「きゃあっっ!?」


前後左右が訳が分からなくなるくらいの揺れの中、椅子に座っていた彼はともかく、捕まるところなど手に持っていたモップ以外にない部屋の中央に立っているだけのランチは、揺れに耐えきれなかった。蹲ろうにもグラグラと絶えることなく揺れ続ける大理石に、蹲る隙さへ与えられない。支えにしたモップはどこかへと転がっていき、ランチの体は大きく傾いた。


「っ!!!!」


床に、叩きつけられる。ランチがそう覚悟したとき。


「っ、クソッッ!!!」


だんっっっっ、



どうしてか、床を革靴が蹴り上げる音がした。



次の瞬間、ランチの視界は滑らかな萌黄色のシルクで覆われていた。

彼だ、そう思った。

冷たい大理石になると思われたソレは、暖かくたくましい体だった。

痛いほどに締め付けられる大きな両腕は、普段ならムカつくだけなのに、今はとてもランチをホッとさせた。ふんわりとシナモンのような甘辛い香りが香った。どことない清涼感さえ感じさせるその香りに、どくどくと走っていたランチの心臓は落ち着きを取り戻していく。

まだ揺れは一向に収まる気配を見せない。しかし、ランチは既に落ち着いていた。抱き留められた姿勢そのままに、ランチは手を握りしめ、うまく力の入らない体に鞭打つ。


立たなければ。人にいつまでも寄りかかっていては駄目だ。


それしかランチの頭には無かった。一刻も早くこの状態から脱して、私の仕える、私が守るべき、雇用主を守らねばならないのだから。ランチはそれだけを、まだ頼っていたい、まだ縋っていたい、守られていたいと、そう叫ぶ弱気な自分を必死に押し殺し、足に力を入れる。


「旦那さ「まだじっとしていろ、ランチ。」


心臓を握られるような気がした。

ランチは、この男にはもしかして自分の心の弱さが見えているのではないかと、錯覚しそうになった。


「し、しかし旦那様、私は使用人でありまして、旦那様を守るべき人げ「もう少し待てと言っているだろう。まだ揺れが収まっておらん。」


どうしてこんなに自分が今一番欲しい言葉を当たり前のように与えてくれるのか。

本当に彼には私の醜い弱さが見えているのではないのか。


弱さを見抜かれている。このことはランチに魅惑の響きをもって囁いた。なんて楽なことかと目を奪われ茫然自失となりそうになる。しかし、それとほぼ拮抗して、ランチの中には屈辱と羞恥が荒れ狂う。この男に、他人に、そんな自分の汚い面を曝したのか。恥ずべき弱さを、甘えを、一人では立っていられないと、そう、知らせたのか。そう考えるだけで、ふつふつと見当はずれな怒りさえこみ上げる。

それでも、今、ランチの身分は彼の使用人。

彼の指示には従わねばならないし、彼の言ったことは間違ってなどいない。まともに考えて、彼とランチでは体の頑強さが違う。今は、彼に守られ続けることが、ランチのするべきことだった。それが、彼女の仕事だった。

ランチは全ての感情を押し込め、表情にも心にも、再び本当の平常を取り戻す。







ぱらぱらと、木っ端やら土埃が収まり、地震も収まった館は、ランチに驚きをもってその強度を知らしめた。


「、、、何です、コレ、、」

「何か言ったか?」

「、、、いえ。」


もう何も言うまい。ランチは色々と諦めた。


揺れが消え、恐る恐る目を開け彼の腕から抜け出したランチの目の前には、多少花瓶が割れていたり絵画やインテリアが傾いていたりするものの、揺れる前と、ほぼ全く変わりのない館の姿だった。

この地にきて色々とあったが、まだまだこの地は未知奇々怪々に包まれているらしい。一々驚くことなかれ。きりがない。

ランチ自分が荒んでいくのを遠い目をしつつ黙って見守っていた。


「さて、旦那様。」

「、、なんだ」

「散策いたしましょう」

「え?」



(この落とし前、、しっかり元凶にしはらってもらおうじゃないの。)


おほほと笑うランチに、何かうすら寒いものを感じた。とは彼女の雇い主の談である。


_______________________




っくしゅっ!!


どこかで、哀れな男が一つ、盛大なくしゃみをした。

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