表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

善悪

 一文字源次郎を「ハンティング」するため、五段ハンターたちが動き出した。まずは一派の下っ端から排除していくことになる。

 一文字源次郎の一派は主に「殺人犯」で構築されており、殺した人数によってランク付けが行われていた。もちろん、その時点で三十人ばかりを殺害していた一文字源次郎は別格として頂点に君臨している。

 五段ハンターは曲がりなりにも国家試験を通過してきた人間である。警官や軍人と同じような特殊技能訓練も受けている。感情に任せて襲い掛かってくる相手をしとめるのは、そう難しいことではなかった。

 変な話ではあるが、殺人の数をこなしている人間というのは、狂人なりの「理性」を獲得してくる。つまり、冷静で、手強い。ハンターたちがやられることも少なくなかったが、浅野慶介と高井弘樹はお互いに助け合いながら生き延びる。

 一文字源次郎の近くには五段ハンターの死体の山が完成しつつある。眼前に現れた二人の若者のどちらを頂点に据え置くか、ニコニコとしながら考える。

 浅野慶介は、圧倒されていた。

 自分は心を無にすることに長けていると思っていたが、それでも確実に恐怖が重圧として迫ってくる感覚があった。勝てないかもしれない。そう思ってしまった。

 一文字源次郎にしてみれば、そう思わせたらもはや「勝ち」と言ってよかった。「負けるイメージ」を一度でもしてしまった人間は、どうやっても「勝てない」からだ。

 浅野慶介は動くことが出来なかった。

 しかし高井弘樹はそうではなかった。

 すばやい動きで一文字源次郎の背後を取ると、ナイフで襲い掛かる。しかしそれは呆気ないほどあっさりと防がれ、形勢はあっという間に逆転する。

 一文字源次郎は高井弘樹を殴り倒すと、そのうえに馬乗りになった。いつものように首を絞め、いつものようにナイフを頬に当てる。

「助けてくれ」

 至上の言葉が吐き出され、一文字源次郎は興奮を抑えられない。ナイフが頬を滑り赤い血が流れる。

「血がなぜ赤いか知ってるか」

 一文字源次郎は荒い息遣いで高井弘樹に問うた。

 高井弘樹は答えられない。涙目になるのも止められなかった。自分はここで死ぬ。その想いに支配される。

「それは俺を興奮させるために他ならない」

 ナイフが振り上がった瞬間、浅野慶介は体の呪縛を解かれた。恐怖よりも、正義感が勝った。「助けなくてはならない」という感情に支配されると、体が軽くなる気さえした。

 彼は生粋の「正義のヒーロー」だった。

 重圧がなくなったとは言え、一文字源次郎もまた生粋の「悪人」である。経験値がまるで違う。激しい攻防も、瞬く間に一方的に変貌する。

 そしてすぐに、先ほどの高井弘樹と同様の体制に追い込まれる。

 それでも浅野慶介は焦らなかった。むしろ冷静だったといっても良い。

 首を絞められる。

 ナイフを突き立てられる。

 それでも慌てない。

 慌てないことこそが勝機だと彼は思っていた。

「泣け」

「喚け」

「乞え」

 様々な言葉が頭上を通過する。浅野慶介は無心だった。

 一文字源次郎は「これ」を初めて見た。自らの欲する言葉を言わず、自らの欲する表情をしない。これまでの殺人の中で、こんな人間はいなかった。

 殺人という快楽において「これ」は最も忌避すべき状況だった。最も退屈で、最も嫌悪すべき現象だった。

 このままこの男を殺してもそれは「殺人」とならない。一文字源次郎がそう考えたのは、彼が狂人であるからに他ならない。

 そして、彼が「どうすれば精神的に服従させられるか」を考え、隅でむせ転がる高井弘樹の存在を意識したその一瞬に、浅野慶介は落ちていた瓦礫で一文字源次郎の喉下を強打した。

 精神的優位に立っている人間には油断が生まれ、往々にして不測の事態に見舞われる。彼は自分を過信しすぎていた。

 浅野慶介に捕縛され、一文字源次郎は警察へ引き渡された。

 それは世紀の大悪党にしてみれば、呆気ない末路だった。


 傍らの高井弘樹に肩を貸してやると、彼は苦しそうにしながらも、

「お前は、本当のヒーローになったんだな。ほら、アプリ。もう反映されている。お前だけが唯一無二の、正義のヒーローだ」

 友人の存在に深い感銘を受けた。

 ように思われた。

 それは、一文字源次郎よりも呆気ないラストだった。

 高井弘樹は一文字源次郎の落としていったナイフで、親友を刺したのだ。

 浅野慶介にはこの事態が理解できなかった。

 身体の制御を失い地に落ちていく自分を止めることが出来ない。薄れ行く意識の中で、最後に聞いたのは、

「さて、ヒーロー殺しはいくらだったかな」

 そんな、親友の声だった。


「悪」は常に「正義」を意識し、時には「模倣」するものである。

2014年5月に書いていたらしい話を発掘しました。

なぜか結末部分が書かれておらず、なおかつ今じゃ書かないような文体だったのですが、せっかくなので「こんな感じにしようとしていた気がする」と思い出しながら仕上げてみました。加筆はしましたが特に修正はしていないので、ちゃんと話が繋がっているのか不安です。

と同時に、がんばれよ過去の自分、と思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ