八十八話:暴虐尽くす金剛石 その3
中空を舞い上がる一本の木片…
紛れもなく、それは俺の使っている木剣の刀身だ。
俺の手元には本来あるはずの部分が無くなった木剣の残骸が握られていた。
「は?」
予想外の出来事に声が出て、突き刺した体勢のまま動きが止まる。
だって…構えてから打ち出した木剣は的確にアイツの腹に打ち込めたんだ。
丁度狙い通りみぞおちの下、衣服の上から的確に狙って…
勿論防御なんてされなかった。
それでいて刺さらずに、逆に半ばから折られたのだ。
…何が起きたかを把握出来たが、それを俺の頭は納得しないでいる。
この木剣でも薄い布切れなら余裕で貫通するくらいの力はあるはずだ。
服に魔力付与したって、たかがしれている。
それでも抵抗は強くなるけど刺さるくらいはするはずだ。
断じて折れる事はないだろう。
じゃあ衣服の下に何か着込んでいた…のか?
でも、腹筋の形が浮かび上がっているタイトな服に何か仕込めているとは思えない。
だとしたら…一体どうやって?
「死ね」
…ってヤバイ!拳が!
相手が何をしたのかに意識を集中しすぎて、反応が遅れた。
咄嗟に避けようと後ろに下がったけど…遅かった。
「ハッ…」
パラスケヴィの拳が俺の胸当て越しからとてつもない衝撃を体に伝えてくる。
叫ぶ声でも無く、ただ肺の中から空気が抜け出る音が口から出てきた。
その直後、重力が後ろにあるんじゃないか?なんて思わせる速度で弾き飛ばされ、弾むボールの様に地面をバウンドし、転がっていく。
「っ!ぅっ!」
肺から空気が抜けたせいか、殆ど声が出てこない。
それと同時に激しく上下左右視界が動き、自分の状況が分からなくなってくる。
というか体が思ったように動かない。
…酸素が足りないんだろうな。
止まろうにも、勢いを殺せる様に体が動いてくれない。
結局、壁につよく背中を打ち付けてようやく止まれた。
遅れてくる痛みが飛びかけていた意識を繋ぐ。
「はあ…はぁ…は…」
そのままもたれかかる様な体勢で荒い呼吸を繰り返す。
空気の吐きっぱなしと痛みで体は重いし、視界が霞むし…最悪だ。
暫らく指一本動かさないで休んでたい気分だ。
でも…まぁせめて目だけでも動かして状況を確認するんだが…
ってかこれで、小手を光らせない程度の魔力を纏った一撃なんだよな。
本当、コイツの全力だけは避けて良かった。
で…確認したところ、どうやら拳を打ち込んだ所からパラスケヴィは動いていない。
ってか足に魔力を集中させ、近くに落ちている折れた木剣の刀身を思い切り踏み砕いたようだ。
ズンッ!と重い衝撃が走り、地面に靴が少しめり込んでいる。
ほんと、どんだけ馬鹿力なんだか。
いや、これ魔法か…?
ってかさっきから手で物を握る感覚が無いと思っていたら、どうやらあの一撃を貰った時に手が緩んで松明と折れた木剣の柄を落としたみたいだ。
パラスケヴィと俺との間に両方とも落ちている。
丁度、お互いの真ん中くらいだ。
ついでに感知も展開させていた状態が維持できずに、いつの間にか切れていたようだ。
そっちは多少集中力がいるし、意識が飛びかけてたのが原因だけど。
…と、ここでパラスケヴィがこちらに歩み寄り始めた。
「よぉ!俺の拳の味はどうだ?」
ここに来てそんな言葉を投げかけてくるか。
まぁ随分な一撃だよな…
素直に褒めてやることなんてしないけど。
「身体、といい、随分と、硬いん、だな、驚きだ」
まだ息の整わない途切れとぎれの言葉で、そう返答しておく。
さりげなく拳じゃなく身体と表現したのは、コイツが何か漏らすんじゃないかと期待して、だ。
そうでなくても冥土の土産~なんて言えば喋るだろ。
兎にも角にも、あの正体不明の防御方法を何とかしないと勝目どころか逃げることさえままならない。
「ははっ!そうだろ!
これが俺様のとっておきの魔法、金剛体って奴だ!」
「こん、ごう、たい?」
悠長に近づいてくるパラスケヴィと受け答えしながら、真理理解を発動させる。
対象はもちろん…こいつの状態だ。
[[魔法:金剛体]で強化された状態]
纏った魔力で金剛体の魔法を発動させた状態。
全体的に防御力が得られ、中でも風を扱う魔法には特に強くなる。
衝撃などはしっかり伝えるが魔法と体は一応独立しており、魔法が割られても一緒に皮膚も砕けるような事はない。
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[魔法:金剛体]
使用者の任意の肌の表面を魔力を消費している間持続的に金剛石状に変化させる魔法。
このような魔法は鎧を着ず、薄着で過ごすような民族に好んで使われる傾向がある。
また纏った魔力を変化させている都合上、肘や膝に関しても動きに不自由なく防御力が得られる。
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思わず笑いたくなるような結果だ。
全身ダイヤモンドを纏ってるなら…そりゃあ蹴っても刺しても硬いわな。
ってかこんな魔法があるから好んで接近戦してたのか。
こんなの…厄介なんてものじゃないぞ…
ダイヤモンドって衝撃に弱いとは聞くけど…それでも割るためにはハンマーか何かいるだろう。
それに割ったとしても、一緒に肌が砕けるような事もないんじゃ、下がってもう一度かけ直せばいい。
実質、攻撃なんて有って無い様なものだ。
本当、とんでもない魔法だ。
ってかだから…最初から勝ったつもりでいたのか?
「そうだ!魔力で俺様の身体を金剛石に変えて…って熱っ!」
ここで、舌の回る口は得意げに語るあまりに足元を見ずにいた事により遮られた。
足元の松明の熱さに驚き、一歩下がって悶えるように熱がっている。
こいつ…やっぱ馬鹿だな。
この部屋の二つある光源の一つだぞ?
見落とすって…どれだけだよ。
「チィ!邪魔くせぇな!」
そう言って、松明を迂回してこっちに歩み寄ってくる。
蹴ってどけたりとかはしないようだ。
無駄な所で律儀な奴だ。
で、それから十数歩…
パラスケヴィはこちらの数歩前に立ち、指の骨をボキボキを鳴らしている。
しかも段々、パラスケヴィの右拳に再び光が宿ってき始めた。
マズイ…な…
こっちは体を動かすのも辛い状況だ。
壁を支えに、かろうじて立ち上がれるくらいのダメージを負っているのに対して、向こうは余裕ぶって一撃叩き込もうとしてる。
本当に…さっきの言葉が冥土の土産になりそうだ。
鈍ってきてる思考をフルで回し、何とか窮地を脱する手段を思案しようとするが…何も出てこない。
「ふんっ!」
そして、どうやらそれよりも早くタイムリミットが来たようだ。
片手で締め上げるようにして首から持ち上げられ、そのまま宙吊りの状態になる。
こっちも両手で握るように馬鹿力な片腕に対抗しようと力を込めるが…微塵も緩む気配が無い…
万力で締め上げるように首に力が込められ…繋がっていた意識が再び遠のいていく。
掠れて来た視界ではもう片方の…パラスケヴィの右腕は天井に飛ばしたミラーボール状の明かりよりも眩い光を放っている光景が映る。
恐らくだが…さっきの連撃の時の両腕の魔力を合わせた分よりはるかに多いだろう。
少なくともさっき以上の威力はあるって事だ。
…あんなのモロにくらったら、ミンチでもなってしまいそうだ。
だけど、必死に抵抗してもコイツの拘束は緩む気配さえ…ない。
「ハハハ!無駄だぜ!」
せめてもと暴れてみるが、蹴りが胴に入った所で効果は薄い。
精々靴越しに硬い感触が返ってくるだけだ。
それでいて抵抗しているだけの体力も既に尽きているから、腕も上がらなくなってきた。
力も緩み、両手が力なく…重力に沿う様にだらりと落ち、腰のベルトとポーチにこつんとぶつかる。
そんな俺の様子を見て、何処か嬉しそうに奴は嗤う。
「俺は優しいからよぉ…
さして苦しまないように、意識の外で決めてやるよ!」
どうやら、このまま絞め落とすつもりらしい。
このまま絞められるのは相当な苦しみなんだがな…
だが、そんな事を呟く余裕さえ無い。
サァ…っと意識が遠のいていく感覚が体を巡っていく。
だけど…まだ…
「さて…そろそろか…?」
(まだ…死ねない…)
男女の区別も大人と子供の区別もつかない、ひどく中性的な声が頭に響く。
更にそれをなぞる様に、自分が一字一句同じ言葉を放っていた。
声にならずただ口が動いただけかもしれないが…それでも確かに自分の口はそう動いた。
遠のいていく意識と薄れた感情と…動かない身体。
死が近づき自分の存在が極限まで薄くなっていく中、心の奥底で全く変わらない物があった。
それは自分の中に有って、自分では無い何か…
土人形から貰った…感情の群れだ。
さっきまでは気にさえしなかったそれに混じってる、生きるって意志。
自分自身のと混じり合い体を支配していく。
まだ…僅かに動く俺の腕が腰のベルトから短剣を逆手で抜き放つ。
親方から貰った、あのプニル鋼で作った短剣だ。
これを振るうために今出せるだけの力を腕に込める。
これを突き立てるべく送れるだけの霊力が腕から短剣へと送り込まれる。
今の自分の全てを掛けて、腕が音もなく動く。
「あ、がぁ!」
一瞬の後に浮遊感を感じ、地面に落ちた。
見れば苦痛で歪むアイツの顔と、左の上腕に深々と付けられた刺し傷。
魔法なら霊力で…そんな一縷の望みに賭けた訳だが、どうやら俺の一撃は予想を上回る成果を出した。
向こうは拘束を解くどころか、左腕をだらりと下げている。
と、ここで完全に限界が来たみたいだ。
あの時、オークファイターの時と同じだ。
「ガァァァ!」
パラスケヴィが叫び声と共に右拳を打ち下ろして来たのが最後に視界に入る。
動くように意識をしても、もう体を動かしたのかさえ分からない。
避けることが出来たのかさえ分からないまま、意識と感覚が沈んでいった。
~BAD ENDING~
っていうのは嘘です。
まだまだ元気に続きます。




