九話:城の窓から
話にも一段落ついて夜も大分更けてきた。自分は昼間で寝ていたからそうでもないがラルはうつらうつらと船を漕ぎ始めたので今日はおひらきにする事にした。
「それではテツ、また明日。」
「あぁ、しっかり休めよ〜」
ラルとは年齢的には殆ど変わらないはずなんだが……ドジッ子っぽい雰囲気から大分年下に感じるんだよなぁ。
そんなラルを部屋の外に出るまで見送った後、ふと扉の横の本棚に目が移る。
この部屋の内装って来客用の豪華な部屋って感じよりむしろ使用人用、しかも実用性一点張りって感じなんだよな。寝ることには拘っているのか巨大なベッドは置いておくとして、事務作業用のデスク、二人向かい合えば手狭になる円卓そして存在を強く主張する窓とクローゼット、内開きのドアの死角にある本棚。
窓の存在感が強いのは強風のせいだ、そろそろ五月蝿いから閉めようかな…学ラン着てると暑いから閉めないけど。
ちなみに照明には普通にスタンドを使っている、どういう原理なんだか…
まだ寝付けそうにはないので本棚から適当に本を引っ張り出す。
基準は知識として参考になりそうなものが中心だな。
まずは一冊目『大陸と種族 一巻』
まずページを開いてみると世界地図っぽい大きな図が見開きで簡単に描かれている、メルカトル図法だろうか?上と下の大陸は妙に長い。
おまけに地図の四分の一、右側の真ん中は未探索地域となっている。
それは置いておくとして未発見地域を除いて大陸としては大きな大陸が中心に、周囲をそれよりもやや小さい大陸がいくつか囲む様に存在し後は諸島が各地に点在している感じだ。
大きな大陸の周りの大陸達はそれぞれ人大陸、獣大陸、魔大陸、竜大陸等々、住んでいる種族が偏っているそうなので多い種族名をとった大陸名を暫定的につけたそうだ。
ちなみに複数の大陸が人大陸やら獣大陸に分類されるので中央の大陸、まんま中央大陸と呼ばれているみたいだな…。そこからの方角をつけて呼ぶみたいだ。
そこまで読んだら後は中央大陸の国々のガイドブックだったので本棚に戻す。
ちなみに二巻はなかった、かなり新しい本だったみたいだ。
しかし読んでいて思ったのだが、女神が居ると言っていた妖精や精霊が一切出てこない。エルフっぽい耳長人種の記述はあるにはあったがあまり情報は無いみたいだ…
もしかしたら妖精や精霊って絶滅したのか?
そんなことを考えていたら有りました。二冊目『魔法と精霊』
さっきの本と違って随分と古ぼけた、年代物だと分かる一品だ。
内容は精霊・妖精に関しての考察と各地の御伽噺だった。
要約すると、精霊や妖精はまだ発見されていない魔法の力の一つと考えられている。
妖精は大気の魔力が枯渇したり少ない、生き物が死に絶えるような地域でそれを補うためにそこを訪れると考えられているみたいだ。
このあたりは国家間の大規模な魔法戦争の跡地や大量発生した魔物とその討伐軍との戦いの後によくその存在が確認されているからだそうだ。
ある人によれば宙にぼんやりと浮かぶ光、またある人によれば蝶のような羽が生えた何かであったりとかなり目撃例には差があるみたいだが…。
そして妖精の特徴としてはそういう場所に集まると長い時間をかけて周囲の環境とは全く違う、異質な環境の森を形成するらしい。
その森で妖精は生活するらしく今まで何人もの人がそういった森で妖精の痕跡を見つけ出したそうだ。
だが一向に妖精を見つける事が出来ず、一説では土地を再生させた後は人を呼び森が完成したと伝えると去っていくと伝えられているみたいだ。
また事実として今まで魔物が寄り付かなかった森には人の手が加わると途端に魔物の巣窟となり、異質な森はその地域の植生の森に変わってゆくらしい。
明らかに妖精が人を避けるために生活圏を捨てて、魔物がそこを乗っ取っているように感じるのは何故だろう?
妖精の住処には迂闊に入らない方が良さそうだな。
そして精霊、こちらについては全く研究が進んでいないようだ。
目撃した例はほぼなく、数少ない見つけた者は大抵廃人寸前の状態で発見されるそうだ。
ただ…極々稀に無事な者もいたみたいだが……すぐに姿を眩ませるように居なくなるらしい。
大昔の伝承の一つとして過去に召喚された勇者の中には精霊を従えて強力な魔法、精霊魔法とやらを使っていたみたいだ。
だがこれが書かれていた時代で既に複数人で使う大魔法がそれらの伝承レベル以上の再現が可能だったことなどからあまり価値が無いといわれている。哀れ精霊。
ただ精霊は妖精よりも強い力が有るのは判明していて、精霊の近くだと妖精は森を作らないそうだ。そんな情報をさくっと頭に叩き込み少し眠気に誘われてきた夜更けにカツ…カツ……と足音が近付いてくる。
見回りなら一人か二人であまり気にはならないが複数人で歩き回っているなら別だ。しかも全員がなるべく足音を消そうとしながらなら尚更だ。
足音は部屋の前で止まり何やら小声で話して居るのでドアに耳を当てて様子をうかがう。
兵士の会話は聞き取れないが特徴のある、しかも割と声の大きいマルクの会話ははっきり聞こえてくる。
「ロベルト王は捕まえて連れてこいと仰ったが、ただ捕まえるのでは気が済まん!軽く痛めつけて私に恥をかかせたことを後悔させてやる!」
あの王様ロベルトって名前だったのか……ってどうでもいいな。
何でまたこんな時間に奇襲をかけるんだ?
ってか捕まる理由が良く分からんな…まさか魔法使えないのがバレたか?
「ふん、仮に暴れた所で多対一なら魔法が使えない奴如きに負ける訳がない!王にはどのみち抵抗されたと言えば済むしな!」
あ…やっぱりバレてるっぽいな。
でもラルが喋ったとは考えづらいな、盗聴か?
何にせよ入って来られたら囲まれて終了だな。
そのまま終身刑か処刑台コースまっしぐらだろう。
いや…まだ勇者召喚成功は伝えてないのだ、運悪く召喚直後からの異変で急死、要は毒殺説もあるぞ!
ってそんな事はどうでもいいんだ!何か打開策を打たなくては!
だが扉から外に強行突破は無理だ、確実に捕まる。
「よし…では合図と共に部屋に静かに入るぞ!」
ヤバい!時間が無い!
咄嗟に何か使えそうな物を探す、ベッドにスタンドにデスクにクローゼットに円卓に……真横にある本棚。
本棚の上の棚に手を掛けて静かに横に倒す。
そうすると内開きなドアの閂の代わりになった。
本棚は重たいはずだから相当な力を加えられるかドア自体が壊されない限りは安心だろう。
さて、時間は稼げたが脱出路が無くなってしまった。
…と思ったのも一瞬の事で、さっさと閉めろと言わんばかりに先程まで風のメロディーを流していた窓が自己主張も極まりカーテンを外に吐き出し始めた訳でありまして………。
窓から身を乗り出すと風は城壁の方へ打ち上げるように吹き荒れている。
再度部屋の中で使えそうなものをと見渡すが…ここでクローゼットの中を見ていなかった事に気づき中を探る。
クローゼットには青と緑迷彩のようなまだら模様のようなのマントが一枚入っていただけで他は何も無かった。
マントは身に付ける分にはいいが使いたい大きさには足りない。
一応マフラーみたいに首に巻いて持って行こう。後で使えるかも知れないしな。
部屋の外ではドアが開かない事に疑問を持ち始めたのか賑やかになっている。時折ぶち破れ!だの叩き壊せ!など聞こえるあたりドアは撲殺されるのだろう。長くは保たないな。
と余裕をかます思考とはかけ離れて内心焦っており閃いたままにベッドのシーツを引き剥がし四隅をズボンのベルトにしっかり縛り付ける。そしてその状態から窓に身を乗り出してシーツに風をはらませる。
案の定シーツは風を受けて思いきり広がり持ち上がる。
そして膨らみきる前にシーツの四隅の結び目から上の部分を二カ所ずつ束ねてそれぞれを片手で握る。
ドアはドン!ドン!と何か強い衝撃に襲われ横たわる本棚からは本が落ちる音が聞こえる。
そちらには目もくれず、シーツが目一杯膨らんだら窓枠に足をかけて、窓にぶつからないようにそのまま飛び出した。
現実でやったら落下するのがオチだろうが、シーツは強風をしっかりと受け止めて身体を持ち上げ、そのまま城壁の方へと飛んでゆく。
完全に思いつきで、部屋から安全に出られればいいかな〜くらいの考えだったが思った以上の結果になった。
そこそこ距離があった城壁を越える頃には元の高さ、速さなど比較にならない程の高度と速度を出しており城下町など何事も無く通過していった。
風の流れに流されるままだがそこまで腕が疲れないことに改めて異世界に来てからの身体能力に感心しつつ、これからの事を考える。
結局のところ明日にでも城からでてラルと冒険者になる計画は、今日中に魔法が使えないのがバレて城から逃げ出す羽目になってしまった…。
元々城からは出る予定だったし、ラルと旅に出なければならない義務は一応無いわけだし、冒険者には別の街でなればいい。
色々と考える事はいっぱいあるがまずは自分の身の安全を優先するしかない。
自分が追われる身になってもラルは一応は王族だ、これ以上立場が悪くなる可能性はまず無いだろう。なんたって軟禁状態だしな。せいぜい監禁になるくらいなはずだ。
それにラルと合流するのが今は危険でしかない。
逃げ出した身だからな、万が一にでも…内通を知られたら国家反逆を疑いかねない連中なはずだ。
黒髪ってだけで差別して追い出し、逃げ出したら国家反逆で処刑…術不能者にはいい見せしめになるだろうからな。
もしそうなったら…ラルはどうなるか本当に分からなくなる。
だから今は…召喚した者に事情を打ち明けて城を抜け出した勇者の責務を果たさないただの逃亡者でいい。
そんな事を考えながらパラグライダーのように、でもただ風に流されるシーツに目的地を任せたままぼんやりと遠くを眺めていた。
ドア「テツよ…俺の屍、いや残骸を越えてゆけ……」的なのを入れるか悩みました。