三十七話:緊急依頼
「ええい!そんな事はどうでもいい!」
取り乱た様子でそう言って、俺の両肩をガシっと掴んでくる。
その手には結構な力が入っていて、ちょっと痛い。
確かに俺の性別云々は彼にはどうでも良いだろうけど、俺にとっては結構重大なんだけどな。
「どこだ!どこでこれを拾ったのか言え!」
余計な考えに時間を割いていたら痺れを切らしたのか掴んだ肩をガクガクと揺さぶってきた。
視界が揺れる中、とりあえずフードが脱げても困るので片手で抑えながらどうしようか考えていたら支部長がすかさず止めに入る、…何故か羽交い締めで。
「とりあえず落ち着きな!これじゃあ何も喋れないじゃないか!」
「うぐぅ……う゛む、ぞう゛だな。」
最初は暴れていたが徐々に息苦しくなり冷静になってきたのか、タップしてから解放される。
個人的にはそういう絞め技とタップの概念があることに驚きだ。
そして締まっていたからかちょっとむせ返る様に咳をしつつ、おっさんはこの町周辺の地図をカウンターに広げる。
「改めて聞こう、これをどこで?」
「…ここだ。」
今日の自分の探索ルートを思い返し、いくつかある箇所から迷う事なく一つの森を指差す。
見た限り広さは町よりやや大きいくらいでどちらかというと林といった方がいいだろうか?
大体20分も歩けば突っ切れる程度の広さしかない。
「ここから飛び出して襲いかかってきたゴブリンの一匹が持っていた。」
「そうか。」
そう言って短剣を握り締めたまま俯いてしまった。
と言うかいい加減、状況を教えてもらいたいんだが…
「それで?どうするんだい?」
支部長にそう言われておっさんは、ハッと我に返った感じで支部長の方を向く。
先ほどの焦りと苛立ち混じりの表情と打って変わって今度は、不安と後悔で押しつぶされそうな表情だ。
「どう、とは?」
「これを捨てて逃げた可能性だってある、まだ別に死んだと決まったわけじゃない。」
「そうだな…依頼を発注したい!内容は娘の探索だ!」
「はいよ!」
そう言ってまた支部長とおっさんは依頼書を書く為、先ほどまでいたカウンターに戻っていく。
ちらりと見えたおっさんの表情は、ちょっとだけ明るくなっている。
…ってかあのおっさんは娘が居なくなったからあれほど騒いでいたのかよ。
どうやらただの迷子って訳じゃなさそうだけど…
「何でもここに来る途中、魔物に襲われたそうですよ。その時に…」
「なるほど。」
と浮かんだ疑問に答えるようにチェルシーさんが補足する。
馬車で移動してはぐれたって言うのも何だか奇妙な話だけど…まぁそこはいいか。
ついでに聞きそびれた事も聞いておこう。
「あの短剣ってもしかして良い奴でした?」
「売れば2000チップはいくでしょうね…ってそこですか!?」
なるほど、結構な品じゃないか。
確かに今聞く事じゃないけど、今じゃなきゃ多分聞けそうになかったしな。
「いや、だって…」
チェルシーさんにツッコミを入れられて、説明代わりに向こうのカウンターを見れば支部長は、別の受付に依頼書を書かせておっさんと会話しつつ時折おっさん共々こちらを見てくる。
…今、このギルドには俺とあのパーティーしか居ない。
俺が会っていないだけで他にも居るかもしれないけど、悠長に待っていればそれだけ保護対象が危険に晒される確率は上がっていき、この依頼の成功確率は下がっていくのは明らかだ。
どうせこっちの返答とか現実的な成功確率に関係なく依頼されるに決まってる。
俺だって受けたくない、欲を言えばさっさと宿に帰って寝たいけど…逃げたって心証が悪くなるだけだしな。
そもそも支部長の性格からしてギルドから出ようとした時点できっと止められるだろう。
あの短剣を見せた時点…いや、この時間にギルドに戻ってきた時点で面倒事を回避するには遅すぎたのかもしれない。
「あぁ…なるほど。」
皆まで言わなくても何となく察してくれたみたいだ。
「いい機会ですからねぇ。」
先ほどのは訂正しよう…意思の疎通とは難しいものである。
向こうで依頼書が書き上がるのを見ていたのだが、ぼそっと小声で呟いたその一言につい思わず半眼で睨みつけるような視線を送ってしまう。
確かに昨日今日と依頼は安全でかつ儲けになるような物しか受けなかったし、楽して金儲けをするならこの依頼を受けないはずがない、くらいは思われてもしょうがないのかも知れないけどさ。
一応、ギルドに寄せられる大半の依頼は非指名型…つまり依頼者が受注する人間を指名しないタイプの依頼だけど、たまに一個人ないしパーティーへ直々に受けて欲しいとギルドへの依頼がくることがあるらしい。
そんな指名型の依頼は当然だが依頼報酬にも色がついたり、依頼の少ない時期でも安定した報酬になる場合があるなど魅力的だが、前提として依頼者個人ないし団体からの信用が不可欠だ。
被害なく魔物の群れに襲われている商隊を救い出したとか、町を襲った野盗の大群をたった一人で追い払ったとか、探索や捜索活動で多大な実績があるとか、噂があれば試されるように依頼される事もあるし、何より実績そのものがあれば一も二もないだろう。
もし無事にこの依頼を達成出来たら、おっさんからの信頼は得られるだろう。
向こうが町にいる間は何か指名依頼があるかもしれないし、もしかしたら冒険者では無い別の道が歩めるかも知れない。
それにそもそもこの依頼をこなせなかったからといって特に責任を負うことはないだろうしな。
だからこそいい機会だと言っていた訳だと思うのだが…今の俺にはこれをこなすメリットより多分、デメリットの方が大きい。
国外脱出を試みてる人が国内の有力者に目をつけられるとか…本当に洒落になっていないと思う。
チェルシーさんはそんな俺の視線に気づくと、何だか意外そうな顔をした。
「もしかして違いました?」
「…人の生死がかかっているのに放っておくのもね。」
いくらデメリットがあろうとも、きっと断る事が出来ないこの依頼を受ける為に、今思いついたそれっぽい建前を言っておく。
下手な理由よりは納得もいくだろ、見知らぬ人の為に自分の危険を顧みず助けに行くとか…ちょっと勇者っぽいし。
「…そうですか。」
一瞬だけなんだか怪訝な顔をされたがすぐにいつもの営業スマイルに戻る。
そして依頼書を書き終わったのか、さっきのおっさんと支部長が依頼書を持ってこっちに来る。
「さて、テッシン。分かってるとは思うけど…」
そう言って突き出してくるのはさっき書いていた依頼書、まぁ予想していた通り指名依頼だ。
適当に返事をしながら書かれた依頼書を見ていく。
依頼難度、内容、報酬、依頼人と眺めていき、最後の方に書かれた指名依頼の欄を見て…
「ん?テリア隊?」
何となく予想できるが…自分の名前以外に聞き覚えのない物が書かれていたので、聞き返す目的で思わずそう呟く。
「あれ?知らないのかい?そいつらは…」
「俺たちの事だ!」
支部長が何か言い切る前にあのパーティーの方から大声を出して一人、見覚えのある人物が歩いてくる。
茶と白のツートンカラーの毛並みで、よく吠えそうな印象の垂れ耳犬獣人、確か名前は…
「えっと…確かケント、だったっけ?」
「偉そうだぞ新入り!」
「あんたもまだまだ新入りじゃないかい!」
「痛っ!」
自己紹介もせずにいきなり突っかかって来た所を支部長に拳骨を貰っている。
昨日も思ったけど…随分と偉そうと言うか吠える奴だよな。
どうやら昨日の事はあまり反省…というか頭に残ってないらしい。
「支部長!遂に私達にも指名依頼が来たんですね!」
「依頼内容はどういうものなんだ?」
少し遅れて兎獣人と猿顔の奴…確かヴァニラとレイモンだったか?が駆けつけて、仕方がないって感じでレナがこっちに来る。
ついでに指名された全員が集まったからか、そのまま口頭で支部長から依頼内容の説明がされる。
難度に依頼内容、報酬などざっと説明を終えた後、真っ先にケントが俺を指差し、先ほどの勢いそのままに喋り始める。
「そんな事は俺ら四人でもできるだろ!?何でわざわざコイツも入れなきゃいけないんだ!」
「なんだいケント?文句を言うのかい?」
やや浮かれ気味のメンバーと違い、俺の必要性の無さを語るケントに…もう一度拳骨を落とそうと支部長が拳を構え始める。
出来る出来ないの話じゃなくて捜索の効率の問題だろうに。と食って掛かるケントに内心でツッコミを入れる。
後…なんだか最近こういう場面を見てきたからか、何となく場違いだけどちょっと思う事がある。
あの支部長、交渉術持ちだろうか?
何となく、自分の目からは凶悪なオーラが見え始めてきた支部長にケントは同じ物が見えているのか冷や汗を流し始める。
「そ…そういう訳じゃねぇよ。」
「じゃあ決まりだ!お前ら五人で行ってきな!」
結局ケントが納得した為、この五人で行くこととなった。
「そういう訳でよろしく!テッシンだ!」
「あぁ宜しくな、レイモンだ。」
「ヴァニラです!こちらこそ宜しくお願いします!」
「レナ、戦力として頼りにしてるわよ~。」
「チッ!…ケントだ。」
手短に互いに自己紹介を済ませてから受付にギルドカードを渡し、依頼を受注する。
それを終わらせたら今度はとりあえず五人とも今回の依頼人であるヒューズ・ハープさんに顔を合わせ、支部長が確認をとる。
「ヒューズさん、こいつらが今のギルドから出せる戦力だ。」
「…うむ。」
「不安なのは分かるけど、こいつらに任せな!きっとやってくれるよ!」
「あぁ、分かった。」
若干ハードルが上げられた様な気がするが…まぁ依頼人を不安にさせる訳にはいかないだろうし、しょうがないか。
ここで出来ないかも知れないなんて言う人間なら支部長なんて任されないだろう。
出来る事を見極めるのが冒険者ならば、出来ない事はさせないのがある意味ギルド側の役目の仕事でもあるのだから。
…そこらへんは俺の勝手な思い込みなんだけどな。
「それじゃあ、森まで運ぶぞ!急いで馬車に乗れ!」
「「「「「はい!|(は~い!)」」」」」
そう言って勢いよくギルドから飛び出していったヒューズさんについて行き、二つあった方でより豪華そうな方に乗り込む。
依頼人も含めて広さ的に足りるのか?と思ったけど、ギリギリ人数的には大丈夫みたいだ。
最悪、御者台を使えば問題ないしな。
んで、ヒューズさん達を乗せた馬車は俺の小さなため息など掻き消すぐらい音を立てて、おおよそ町中とは思えない速度を出しながら市街を抜けて森まで爆進するのだった。




