二十七話:初めてのボス戦・後編
「一体どうなっているんだ?」
急いでザンギさん達に合流しようとして駆けつけながらそう呟いた。
まだ距離はあるが、見える限り全員がボロボロになっている上に、ザンギさんなんかは左腕をやられたのかダランと下ろしていて動きに合わせてブラブラと揺れている。
それに相対している化物…先程見たオークファイターの面影が殆ど残されていない、もはや別種に近い何かは傷一つ無くピンピンとしている。
石棍棒以外の、身に纏っていた鎧などは殆ど破損しているようだが、見た感じ必要ないから脱いだのだろうか?
しかし、あれは一体何が起こってあの状態になったんだ?
流石の豹変ぶりにそう思っていると…真理理解が発動してしまった。
[[狂戦士の魔法印]で強化された状態]
身体が大幅に強化され、その影響で加虐や破壊を好む精神状態に陥っている。
場合のよっては敵味方の区別が出来なくなる事もある。
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発動したのだが…イマイチ分かりづらい、と言うか今までの説明とは少し変わったものが出てきた。
今までは殆ど野草だったのでこれは一般的な物~とか、どこの部位にこういう効果が~とか出てくると思っていたのだが…事もある。なんて確定的な情報じゃないのは初めてだったりする。
そして狂戦士の刻印についても調べてみたが…。
[狂戦士の魔法印]
自身の生命力や魔力を代償に肉体を一時的に超強化する魔法の効果を与える印。
常に一定の高パフォーマンスで戦えるように様々な魔法を印が発動し続ける。
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何だかとんでもないものをあいつは持っていたみたいだな、というのが率直な感想だ。
そして今ザンギさんとオークファイターが打ち合って…ザンギさんが弾かれて宙を舞った。
片腕とは言えザンギさんを圧倒する力があるなら俺くらいならまともに打ち合えば余裕で吹き飛ばされるだろう。
とは言え接近戦くらいしか俺に出来ることは無い。
バクレツタケがないから涼甘催涙瓶は使えないし、そもそも奇襲以外に使うには効果の薄い代物だしな。
となるともう一度ラゴラ草の根の麻痺毒を使って動きを封じて狩る方法を使えればいいのだが、多少問題がある。
第一に、二回しか麻痺毒を採取していないが大なり小なり傷の付いた根っこは所々乾燥しており三回目として使えるほど十分な量が得られるか、という事。
この根っこ、かなり乾くのが早くてさっきつけたはずの傷も既にある程度乾いてしまっている。
根っこ自体も決して大きくはないからな、武器塗れる量を採取出来るかどうか不安がある。
第二に、もしオークファイターの狂戦士の魔法印の中に万が一解痺の魔法が含まれていた場合、効果がないこと。
高パフォーマンスで戦えるようにするなら解毒くらい入っていてもおかしくはないはずだしな。
第三に、手持ちの木刀では皮膚を切り裂いて麻痺毒を体内に回せるかどうか。
さっきランスバイソンを突き刺したせいで木刀は元々低い切れ味を血糊で更に悪くしているはずだ。
もしかしたらオークファイターに傷をつけられない可能性もある。
更に全身に麻痺毒を回さないと…腕や足の一本だけだとかなり抵抗されるか、何事もなかったかの如く動くだろう。
刺さらなくても運良く心臓付近に麻痺毒を塗れればいいけど…それは流石に不確定すぎる。
打ち合いなんてしたらこの木刀が折れるだろうし…多分突き刺す前に弾かれただけでもアウトだ、ポキリといい音を立てて壊れるだろうな。
出来れば折れてくれない方が良いし、そもそもさっき手放してしまったが小刀でチクリ、と刺せば終わるだろう。
勢いが完全に乗り切らない見栄えだけの突きでもランスバイソンの堅い表皮に刺さる程度には鋭く削ってあるしな。
そう思って先程ランスバイソンに張り付き始めた地点辺りをチラリと見た。
「…はぁ。」
その光景に思わずため息が漏れた、どうやら第四の問題が浮上してきたようだ。
…小刀はすぐに見つけた、バイソンが暴れまわったせいで抉れた土の上に栄える白いライン入りの石は目立ったからな。
ポッキリと折れてだけど…。
とりあえず木刀で何とかするしかないか…?
そんな事を考えていたら後方で魔法の援護射撃しているアンナ達のすぐ後ろまで来ていた。
「お~い、アンナ~。」
前方で戦っているオークファイターに集中しているので下手に刺激しないように間伸びした感じで声をかける。
すると本当に驚いて、まるで幻覚でも見ているんじゃないかと言わんばかりの声色で反応してきた。
「テツ!?どうしてここに!?」
「普通にランスバイソンの親玉を仕留めたから来たんだけど…」
「…はぁ!?」
「それよりも一体なんだってあのオークファイターがこんな風になってるんだ?」
「知らないわよ!気づいたらああなって手がつけられなくなってるんだから!」
「じゃああれが何だかも?」
段々と驚きから苛立ちが混じった感じになっていってるけど気にしないことにする。
出来ればお願いだから八つ当たりするのはやめて欲しいな。
「分かる訳無いじゃない!」
「痛っ!」
杖でコン、っと叩かれた。
ただ…かなり疲労しているのかかなり弱々しい感じだけど。
そんでそのまま顔を近づけてきて…囁くような声量で話してきた。
「テツ、とりあえずここから逃げなさい。」
「えっ…?」
「あいつは手がつけられないわ、だから誰かに戦場の方の自警団員やシュルツ村にこの事を伝えてきて貰いたいの。」
唐突に何を言い出すかと思ったら…逸らすことの無い真っ直ぐな視線と真剣な表情でそう言われて、思わず頷いてしまいそうになる。
だけどそうするには…確認しなくちゃいけない事がある。
「それって、このメンバーは全滅するんじゃないか?」
「かも知れないわ、ね。」
覚悟は決まっている、と言外に伝えようとしているのだろうけど…らしくない態度に思わず鼻で笑ってしまう。
一瞬、目線が泳いだし何より周りのメンバーはそんな事を一切考えているとは思えない…今も恐怖を顔に滲ませた様な表情をしている。
そもそも決死の覚悟で戦いに勝とうと挑もうとしているメンバーがザンギさん一人に前衛を任せて後方で援護射撃をしている訳が無い。
やるならザンギさんの回復が終わるまで前衛を引き受けている奴くらいいるはずだ。
しかもその援護も浅い、かすり傷程度のダメージだし。
魔法印に組み込まれているのかただの治癒魔法よりはるかに強力な魔法で即時に修復されているのが…発動させている感知で分かる。
恐らく応援を呼んできたとしても…このままじゃあそれまで持ちこたえる時間も稼げないだろうな。
それよりも何か…頭に引っかかる。
魔法印……魔法…?
「そうだよ!魔法じゃないか!」
決死の覚悟だ、とかいかにもな決心を鼻で笑われて物凄く不機嫌なアンナの表情が驚いた物に変化する。
ついでに大声で周りの自警団員も何人かこっちを向いてくる。
SPの残量は体感、心もとない感じではあるけれど…何故か魔封じの存在をすっかり忘れていた。
ザンギさんが吹っ飛ばされたのを見たあたりで頭から抜け落ちたんだろうな。
と、そんなことはともかくとしてだ。
「とりあえず、どデカイ一撃の準備でもしといてくれよな!」
アンナに取り押さえられても厄介なので、それだけ言うとすぐさまザンギさんとオークファイターが戦っている、前衛の方に走り出す。
魔法印…魔封じで上手くその機能を封じられる保証はないけれどそれでも可能性があるなら逃げるよりもはるかにマシだ。
最悪印をぶっ壊せばいいだけだろうしな。
…別にやらなきゃいけないとかそういう義務的な感じちゃいない。
ただ、異世界に来て…何も知らない自分に色々と教えてくれた人達を見殺しにする気はないだけだ。
後ろから何かアンナの声が聞こえた気がするが…何を言ったんだろうか?
立ち止まって聞く気はないのでそのまま前衛の剣戟、と言うかザンギさんがひたすら剣で捌いて防御しているオークファイターに横槍を入れるように攻撃の一瞬を見計らい走って来た勢いを乗せて突く…と見せかけて間合いギリギリで止まりフェイントを入れた。
予想通り打ち払いの為に振った棍棒が空を切った所に懐に入り、顎を蹴り飛ばす。
非常に力強い打ち合いをしているザンギさんとオークファイターの間にどう割って入ろうか一瞬悩んでこうして見たが、逆にただひたすら一撃一撃が大振りで武器を振る速さでしか当てようとしている気配がなかったのでこうやってフェイントを入れてみたのだが案の定大成功、という訳だ。
でも、ザンギさんはいきなり横槍を入れて入ってきたのに特に驚いた様子も無いので…ちょっと悲しい。
「ザンギさん、大丈夫?」
「ああ…なんとかな、そっちは普通に無事みたいだな。」
「まぁね。」
こう、もうちょっとリアクションが欲しいなぁと思いながら頭を揺らしたからかよろけたオークファイターに注意を払いつつ短い会話を繰り広げていたがあまり悠長にしている時間はあまりない。
「あいつの身体のどっかに…怪しげな印みたいなのって無かった?」
魔法がかけられているのはわかるのだが…体に密着しているせいかどの位置についているのかまではぶっちゃけ分からない。
と言うかオークファイターの身体に走っている紅いラインからも魔力が漏れ出しているので判別が難しい。
一応体から大量に魔力が出ているので恐らくその辺りに魔法印があるのだろうと思っているのだが…
「いや、前方から見ているがそれらしい物はないぞ。」
「そっか…」
「それよりも…」
前を見ると先程間近で蹴った時と比べて大層お怒りなご様子のオークファイターがこちらを睨んでいた。
一撃入れた事に怒っているのか、それともフェイントで騙した事に怒っているのかは不明だが…多分狙われるのは俺だろう。
「テツ、構えろ!来るぞ!」
「分かってるって!」
そう言い切るのと同時、オークファイターが棍棒をやや横方向に振りかぶり突進してくる。
狙いは思っていた通り俺だ。
全神経を研ぎ澄ませるように集中しオークファイターの動きを見て、棍棒が斜めに振り下ろされる方向とタイミングに合わせて全速力で脇を潜るように抜けて、背後に回りこむ。
防御もせずに一発もらったらアウトではあるけど途中で方向が変わるわけでも動きを阻害されるわけでもないので速さに気をつけて回避をするのは思ったより簡単にいった。
攻撃をよけられたオークファイターはザンギさんに目もくれずにこちらを探している辺り、向こうからしてみれば手応えもなく目の前から消失したように見えたかもしれないな。
何はともあれ、魔封じを効果的に使うためには強化の元を…魔法印を狙って使わないといけない。
ランスバイソン戦で霊力は残り少ないからな、無駄遣いは厳禁だ。
あいつの体を覆える程のレベルで常時使うなんて事はもってのほかだ。
そのために魔法印とやらを探しているのだが…
「あれか…?」
体中に走る紅いライン、複雑に絡み合って模様のようなものになっているそれの元を辿るように見ていけば背中…肩甲骨同士の中間くらいにそれらしく青く光るものがあった。
円の中にもう一つそれより僅かに小さな円があり、その中に円に頂点が接するように五芒星が描かれている。
円と円の間に描かれた不思議な模様は明暗を繰り返し、外側の円から紅いラインが生まれているみたいだ。
と暫くその模様を観察いると…やっとこっちに気がついたオークファイターはさっきよりもはるかに怒り狂った様子でこちらを睨みつけて低い唸り声を上げる。
まぁ戦闘中にろくに攻撃もしないで後ろに立ってました、じゃ向こうにとっては舐めていたりおちょくられている様に感じるのだろう、怒るよな。
だけど元々こっちからしてみれば向こうは狂ってるようなものだから怒り狂っても大して変わらない気がする。
それに力任せになればその分速さは落ちるだろうし、好都合だ。
次こそはこっちに一撃当てようと振り返りつつ横に薙ぎ払ってくるのをしゃがんで避ける。
先程よりも相変わらずその分力は増しているが速さはないから避けるのは簡単になったが今度は後ろを取れそうに無い。
けど…別に俺がわざわざ回り込む必要は無い。
「青く光る円を狙って!」
「おうよ!」
待ってましたと言わんばかりにザンギさんは振り回した棍棒を上段に構えようとしていたオークファイターの背後に突撃する。
わざわざ背後で待ち、怒らせたせいであいつの意識は全て俺だけに向かった。
横槍を入れた時点で意識のほとんどは向いていたわけだけど僅かにでもザンギさんに意識が向いているならザンギさんと俺とであいつを挟む位置を陣取る事なんて出来なかっただろう。
前方には無いみたいだから背後にあるのはなんとなく察しはついていた。
もしなかったら後は…体内くらいしか残されていないし、そうだったら逃げるしかなかったけど…
挟み撃ちに出来ればどちらかが背後を取れる、あとはこちらに振り向いた時に強さの源である魔法印をザンギさんが狙ってくれればいいだけだ。
「ダラアァァ!」
片手だが十分に魔力で肉体活性と武器強化されたグレートソードならば魔法印を破壊できるだろう。
そう思っていたのだが…
「ぐっ…何だ……?」
「グギャアァァァ!」
オークファイターが痛がるのはわかるけど…勢いを乗せて振り下ろされた上段の一撃を繰り出したザンギさんの様子が何だかおかしい。
もう一度横に薙ぐ様に棍棒を振り回してザンギさんを吹き飛ばしつつオークファイターは向こうに振り返る。
咄嗟に防御したのでザンギさんは多分大丈夫そうだが…確実に一撃入ったはずなのに魔法印どころか背中に傷一つ付いてない。
代わりに魔法陣とその周囲の皮膚が薄く蒼い半透明の膜のような…魔力に覆われている。
それをみた瞬間、しゃがんでいる態勢から思いっきり飛び上がり相手に組み付く。
左腕は直接首に当てて右腕はオークファイターの右腕の下から通して首を締めるように腕を組む。
かなりの巨体なのでギリギリって感じになってしまったが何とかホールドする事が出来た。
これなら棍棒を振り回せないだろうし攻撃をしてくるのは難しいだろう。
そしてそのまま体に密着している魔力の膜に霊力を当てる。
周囲には拡散させず、なるべくその方向にだけ向かうように全力で放ち続ける。
組み付いたせいで振りほどこうとオークファイターは暴れまわるが…お構いなしに使い続ける。
膜は徐々に塵芥や砂粒の様に削れていっているのだけど、魔法印は依然としてその効力を切らせる様子はない。
そうこうしている内に、オークファイターは空いている左腕で俺の左腕を掴んでくる。
瞬間、万力にでも挟まれたかの様にギチギチと加えられる。
「ぐ…うぅ…」
思わず痛みのせいで手を離したくなるのをぐっと歯を食いしばり堪える。
ひたすら方向を定めて霊力を当て続けているけど、魔法印には一向に効果が現れない。
接触している程度なら封じ込められるだろうっていうのは甘い考えだったか?
痛みに耐えてがむしゃらに魔封じを使い続けていたが…左腕が締め付けられているせいか握力が無くなっていく。
右手だけの力だけでは暴れて振り回される力には到底耐えられない、このまま振り落とされるだろうか?
いや…左腕は捕まっているんだ、そのまま投げられて叩きつけられてもおかしくないか?
そんな事を考えていたらすっかり左手の握力は無くなっており既に右手で左手を掴んでいるような状態になってしまっていた。
こんな状況じゃ確実に巻き込まれるだろうから…援護なんかも期待できない。
「このっ…」
半ばヤケクソ気味に自由に動かせる足に意識を集中させる。
そして今使える分のSP…霊力をありったけ魔法印に向けるように意識しながら足を思いっきり振り上げる。
自然と足に残り少ない霊力が集められているような気がするけれど…そんな事を気にしている状況ではない。
そしてそのまま勢いをつけ右手で確実に当たるように首をにしがみつきながら…
「くらえ…!」
「ググゥ!」
魔法印の部分を狙って思いっきり膝蹴りを当てる。
ひるんだ隙に左腕の拘束が緩んだのと、膝蹴りを当てた瞬間に一気に…視界が暗くなるような感覚に急激な疲労感、虚脱感に襲われて全身の力が抜ける。
…確実に意識は残っていたはずで記憶もあるのだが、僅かにでも思考が働くようになったのは地面に落下していた後だった。
身体は動かそうにも反応せず、ただ身体は外界からの刺激だけを処理する。
視界には色が付いているがやや暗いような、聴覚も働いているのだが聞いた音は右から左に流れていくような感覚…まるで映画を視界フルに映したような印象を受ける。
そしてそこに写るのは…映画のワンシーンのように目の前の黒い化物は苦しみ、色も茶色っぽく変色していっている様子だ。
そしてひとしきり苦しんだ様子で茶に変色が終わった猪の化物は近くに落とした棍棒を拾い上げてこちらに近づいてくる。
恐らくあれで倒れている自分に振り下ろすのだろう。そんな事を考えても微塵も焦りや恐怖などは感じない。
くらったらひとたまりもないだろうなぁ…なんて他人事のように考えてしまっている自分が居る。
おまけに少しずつ色も音も感じられなくなって…無声のモノクロ映画を見ている気分だ。
そして化物は片腕で棍棒を振り上げて…振り上げた腕ごと首を切り裂かれた。
何事だ?と思っていると突然視界が動き、心配そうな表情をしているアンナの顔が映る。
何かを言っているように見えるが…段々と暗く鈍くなっていく感覚では何も聞き取れない。
そのまま暗くなっていく感覚に合わせて視界が完全に真っ黒になった。




