二十一話:奢り
伝えるとはとは言ってもご意見番とか情報通なポジションのザンギさん、村中に何かを伝えて回ることなど日常茶飯事で時間もかからなかった。
というか聞いてる方も聞いてる方だったから凄い光景だったんけどな。
おばちゃん達なんかあれだ、もしかしたら魔物に村が襲撃されるかも知れない…とか有事に備えて準備しておくように…とかザンギさんが言ってもなるほどぉ~とか分かりました~とか完全に普段の井戸端会議でって感じのノリだった。
ここの自警団に血の気が多かったのか、それとも村人さん達がよっぽど肝の据わった面々だったのか…多分後者だろうな。
おまけにスムーズに行き過ぎてまだ昼にさえなっちゃいない、恐るべしローカルネットワーク。
まぁやることは終わったわけだし空いた時間で今日も少しザンギさんに練習に付き合ってもらえるのは有り難いんだけどさ。
「あ…そういえばザンギさん。」
修練場にて剣術の練習中、ふと気になったことを思い出したので動きを止めて聞いてみる。
「ん?なんだ?」
「魔力感知って扱いこなせれば人の気配とかも分かったりするもの?」
「う~ん…感知じゃあそこまでは無理だろうな。魔力の扱いに慣れれば自分の魔力をうっすらと周囲に拡散させてそう言った使い方も出来るけど、まさか……?」
「今朝からうっすらとだけど、ね。」
「ふむ…もしかしてこの辺りまでだったりするか?」
と言って少し離れたところの地面に靴でザッと線を引く。
若干気配が感知出来る距離よりは遠いけれど大体会ってるな。
「もう少し近いけど…なんで分かるんだ?」
「大体ここら辺から魔力が薄くなってるんだ、僅かにだけどな。」
「ふむふむ…」
魔力は薄くなってる…じゃあこれの正体は霊力なのか?
特に意識してないのに周囲に張り巡らせて…ってレーダーの代わりとはなかなかに便利だな。
それにしても魔法妨害に気配感知…後は何かしら攻撃力になるものがあれば良いんだけどな。
戦闘補助ばかりが出来ても正直微妙なんだよなぁ…
単身で魔物を倒せる力が無いのは危険だし、早く何とかしたいものだ。
「それはそうと、そんな事が出来るなら魔封じも少しは使えるようになってるんじゃないか?」
「どうだろう…ちょっと魔圧お願い!」
「あいよ!」
軽い返事と正反対の重い威圧感に対抗するようにこっちも気合を出すようにして、感知をより鋭く研ぎ澄ませるようする。
…感知の精度もかなりのものに研ぎ澄まされて範囲内なら物の形まで判別が出来そうだ。
ただ、周囲の魔力の塊を跳ね除けてこれを維持し続けるのはかなりしんどい。
SPがガリガリ減っていくのがなんとなく分かる、これなら数分と持たない。
「何とか、なりそうだけど、これ…長時間は…無理…」
「でもすげぇな、後はそれを維持し続けながら動けるようになるだけだが…」
「かなり、厳しいかな。」
ちょっと気を緩めたりこうして喋るだけで感知の精度がガクッと落ち、更に魔圧に対抗出来る出力の調節も出来なくなってしまう。
「まあそう言わずに試しにやってみろよ。」
「はいはい、…っと!」
「…案の定出来てないわけだがどうせおめぇさんのことだ、明日になったら普通に出来る様になってるんだろうけどな!」
「…ザンギさんの中で俺はどういう人間なのか詳しく聞きたいな。」
「ハハハハ…」
朗らかな顔で冗談めかして言うザンギさんに冷めた視線と口調で返す。
確かに回復魔法も無しに翌日には打撲を直したり魔力感知のきっかけを掴んだだけでこんな事が出来る様になってるけど流石に何でもそんな調子で出来る気はしない。
もしそうだとしても出来ることなら剣術が先に上達して欲しいんだけどさ。
そんなこんなで軽く汗を流しつつ午前中で訓練は終了した。
一応は非常事態に備えなきゃいけないわけだし疲れて動けない…なんて事は避けなきゃいけないしな。
訓練所から出ていつも通りロッド邸に帰宅…ではなく今日はザンギさんの経営している酒場で昼食を摂ることになった。
アンナは夜まで戻ってこないのでわざわざお屋敷で昼食を頂くというのも気が引けるし、しかもザンギさんは奢りという太っ腹な対応を取ってくれたので『これは行くしかない!』とついて行った訳である。
断じて気配が感知出来る様になり、ふとアンナが居ない時の変態メイド達の行動が丸わかりになるのが怖くなったからではない。
お店の内装は一言でいうとするなら…ウエスタンって感じだろうか?ここぞって時に早打ちの名人でも居そうな雰囲気が漂っている。
ザンギさん曰く来る者は拒まずといった感じのスイングドア、長年使い込まれたような気品のある円卓や椅子、カウンター席はしんみりと酒を味わったり大人な語らいを楽しめる空間を作っている…らしい。
そんなこだわりを聞きながら暫く待っていると本日の昼食が自分より若干年上くらいのウエイトレスさんに運ばれてくる。
一応は酒場だからそこまでのものは期待していなかったけど出されたものは一汁三菜という和を醸し出す定食風でしかもボリューム満点と店の雰囲気と相まって大衆食堂みたいな印象を受けるメニューである。
主食がパンなのがちょっと残念だけど、って酒場って普通こういうものを出す場所じゃない…はずだよな?
「…一応聞くけどここって酒場なんだよね?」
「あぁ、もちろんだとも!」
そうじゃなかったらここがどこに見えるんだ?と言いたげな表情でこちらを見てくる。
もしかしたらこれはメニューにはないのかも知れない、そう思うことにしよう。
「とりあえず、頂きます!」
湧き出てきた疑問を一人胸に仕舞い込み、出てきた定食を口に運ぶ。
ピリッとした辛さと野菜の味が絶妙にマッチしたコンソメスープ、色合いと食感は生姜焼きみたいで僅かに山葵の様に鼻を突き抜ける風味が楽しめる肉料理、海藻やきくらげの様にコリッとした食感の野菜と脂肪分の少ない部位の肉をつかった甘い味付けのサラダ、苦味の強い野菜の天ぷら、どれも主食が進むと言うより止まらないと言う方が合っている素晴らしい定食だった。
ご飯の方がいいとか箸がいいとかはあえて言うまい。
「…滅茶苦茶美味しかった!ご馳走様!」
「おう!満足してくれたらこっちも嬉しいぜ。」
「流石、繁盛してるだけはあるね!」
「そりゃここに店を構えてからずっと繁盛してるからな!」
「ふ~ん…」
とか何とか言いながら出してくれた食後のお茶を啜る。
鼻を通り抜ける香ばしい香りは定食からの流れで全体的に和な印象を受ける、と言うかここまで来ると店との違和感を感じるレベルである。
ふぅ…と一息つきながら湯呑のような円筒形の、取っ手のないティーカップを置こうとして、ふと暫く考えることのなかった日本の事を頭の片隅で思い出し、そこからぼんやりと思考を広げていく。
今までは特に思い出す事も無かったのに、こうしてお米を求めるような和食モドキな食事を口にしたのが原因だろうか?それとも近々魔物の群れが襲ってくるかもしれない状況だからだろうか?
まあ原因はどうでもいいんだ。
自分が居なくなった事で向こうの世界ではどうなっているんだろうか?
親にも知り合いにも行方を知られることもなく、ひっそりと下校途中に姿を消してからもう結構経つはずだ。
行方不明として捜索とかやっぱりされてるんだろうか?そう考えたらちょっと申し訳ない気持ちはある。
連絡でも出来るなら一言くらい何か伝えたいとは思う。
けれど…あの場で決断に迫られて来てしまった事にはなんら後悔は一切ない、元々将来の事なんか一切考えずに今まで生活していたからな。
自分ではむしろ来ることを決断したのが、良い事のように思える。
「・・・」
ただ、この世界に来た事に思うことは…色々とある。
女神の前で考えていた魔法やオンリーワンな能力による勇者無双という夢は微塵の兆しもなく、魔法は使えず、身体能力は人より高いとか魔法による攻撃を無効化したりやら相手の気配がわかったり物の名前と効能が分かるという…オンリーワンすぎて明らかにこの世界の集団からは孤立する事が目に見えている自身の状態。
この世界での金属は魔力を阻害すると忌避され手に入れる事も難しく、シュルツ村では違うけれど黒髪では魔法が使えないと避けられたり嫌われたりする事。
人生をハードモードで生きる事に関してはちょっと辛いとは思う。
それに居心地が良いからといっていつまでもこの村に滞在するわけにはいかない。
とりあえず魔物の騒動が何とか片付いたら…頃合だろうか?
「テツ、やっぱり不安か?」
何が?とは聞かない、今回の魔物の件だろう。
ぼんやりと考え事をしてるのを見て、不安になってると思って気遣ってくれてるんだろう。
「そりゃ…うん。」
いくら有事の際に後方で避難していても危険なものは危険なのだから不安は払拭出来ない。
もし万が一戦闘になっても手持ちの武器は木剣一本、どこまで戦えるだろうか?
朝にゴブリンと戦ったときは魔法自体を使われることがなかったからすんなりいっただけだ。
もし肉体活性を使われたら体術で太刀打ちが出来ず、魔力による武器強化をされれば頑丈な木剣ではあるけれど打ち合えば一撃でへし折れるはずだ。
とか考えながらでこみ上げる不安を押し込めることも出来ず、吐き出した訳なのだが…
「安心しろ!何とかなるさ!」
ザンギさんは確実にそうなると思わせる様な圧倒的な自信を持ってそう豪語する。
「…えらく前向きだけど、何かあるの?」
「そう思ってた方が良いじゃねぇか!ガハハ!」
「え~…確かにそうだけどさ…」
ふたを開ければそんな根拠のない自信をもつザンギさんに少し呆れたように返しながら、そしてちょっとだけ元気づけられながらもう一口お茶を口にする。
その後は暫く普段と変わらない雰囲気で雑談をしながら穏やかな食後を満喫した。