二十話:シュルツ村作戦会議
「テツ!狩るわよ!」
「あ、あぁ!」
目の前のガリガリに痩せた、顔は汚い鬼って感じの緑っぽい色の小さい化け物に向けてアンナは有無を言わさずに雷撃を放ち、一体の動きを止める。
そのうちに腰から木剣を抜き放ち化け物との距離を詰める。
相手の数は五、そのうち一体はアンナが動きを止めたから残りは四体である。
まずは一体、反応の遅れ尚且つ他と距離があった奴に向かって右肩から体当たり、ついでに左手で胸辺りに鋭く一撃。
…メキリと嫌な音や感触と共に一体を吹き飛ばす。
「次来るわよ!」
「わかってる!」
視線の先には敵意に満ちた表情で化け物がこちらに持っている得物…尖った石を振り回してくる。
ここが日本だったら当たっても痛い、もしくは当たり所が悪くなければ軽い傷で済む攻撃だけど…ここはロスク、異世界だ。
魔力で強化した武器はあんなのでも手痛い攻撃になるに違いない!
と言う事で大振りの攻撃を距離をとって躱し、腕を叩いて得物を落とさせ無力化した後は思いきり蹴り飛ばし
「止めはよろしく!」
「はいはいっと!」
完全に無防備になった所をアンナの作った風の刃で止めをさしてもらう。
即席の連携としては中々なものじゃないだろうか?
実力不足だからアンナに頼ってる部分が大きいけど。
正直…アンナの近くに襲いかかったであろう奴が肩からバッサリと真っ二つに切り裂かれているのを見てると彼女一人だけで何とかなるんじゃないかとは思うけどさ。
…ってあれ?
「いちにーさんしー…もう一体は?」
「…あぁ!?逃げられた!」
遠方を見ると猛スピードで走り去っていく小さな影がある。
ごく短い戦闘時間だったはずなのにあの距離まで逃げるあの逃走心は見事としか言い様がない。
正直今から走っても追いつける自信は無いな…。
とりあえずアンナに目線で指示を問うと悔しそうに逃げていく奴を睨んだ後、
「戻ってゴブリンの事、報告するわよ!これは非常事態になりそうだわ!」
「了解!」
こいつらはゴブリンだったのか、覚えておこう。
ついでに使えそうな尖った石は回収しておこうかな。
そして死体を焼き払った後、応援を呼んで駆けつけてきた自警団員達と急いで村に戻る。
グロい物とかはあまり好きじゃないけど朝をまだ食べてなかったからか、ゴブリンが焼けるのを見ているとなんだかお腹が空いてきたのは内緒だ。
みんな口や鼻を抑えて苦い顔をしてるしな。
どうでもいい事だけど…もしこいつらがゴブリンじゃなくてオークだったら村に持ち帰って食肉とする事も出来たみたいだったって事がちょっと残念だったな…
そしてアンナと自警団員達はザンギさんを呼んできて急遽会議を開く事に。
どこからかアンナが持ってきたパンをかじりながら会議のあれこれを隅っこで聞いてた訳だが…今更だがこの村の状況とかが詳しく分かってきた。
どうやら熟練と言うか実力のある奴の大半が領主と城に行っている事。
アンナから貰ったパンがフランスパンの倍以上に固くて噛み千切るのも苦労する事。
ここ数十年村ではこんな事が起こった事は今まで無かったという事と、それで皆が不安で落ち着かない事。
噛みちぎったパンが今度は口の中の水分を根こそぎ奪い、それで口の中がパッサパサになっている事。
そしてこの会議の内容がゴブリンに村の場所を偵察されていた事から始まり、徐々に不安に駆られていったアンナや若い団員達が敵の親玉を潰そうと殺気立ち始め、それをある程度経験の積んでいる人やザンギさんが必死に止めようとしている状況になっている事。
ついでに俺はその光景を口に入れたパンが中々飲み込めなくて喋る事が出来ない為にただ見守ることしか出来ない事…
会議中に隅っこで飯を食ってる俺も俺だが、こうみんな熱くなってくると場違い感が凄いな。
というかこのパン食いにくいんだよ!これ非常食か何かじゃないのか?
「だから!被害が出る前にさっさと叩いた方が良いって言ってるじゃない!」
「「そうだ!そうだ!」」
「それは危険すぎるからダメだっていってるじゃねぇか!少しは落ち着け!」
「じゃあどうするのよ!このまま何もしない訳!」
「そうじゃない!相手の出方を伺ってここで迎え撃とうって言ってるんだ!」
「それって結局それまで何もしないって事じゃない!」
誰か水とかくれないかな…これ飲み物ないとキツい……
「こら!そこ!会議中だぞ!」
遂に団員さんから怒られてしまった、というか完全にとばっちりじゃないか…
「ふぁい、とりあえず…水、下さい。」
んで水を持ってきてくれた訳だけど…皆こっちを見んの止めてほしいな。
まるで俺にいい考えがあるみたいじゃないか!
言いたいことは色々とあるんだけどさ!パンの事以外で!
「ふぅ…とりあえず落ち着かないとね。」
…うん、みんなの視線が冷たい、殺気立ってる面々と平常心の俺とで温度差が酷い。
まぁ半分以上ダメ元だけど説得してみるか。
兵法も特に詳しく無いけれどこの場を落ち着かせられればそれでいいしな。
この国は滅ぼうが別にいいけどこの村が滅ぶのは正直困る、なんだかんだでお世話になってるし。
「まず、集団での戦闘の理想形って相手を包囲することだろ?」
「あぁ…魔物なら特にそうだと思うが。」
元々逃げる事が思考の片隅にも無いほど気性は荒いって言うんだからこの戦い、相手を殲滅するまでの戦いになるはずだろう。
そうなってくると完全に今の人員…およそ50くらいじゃ完全に足りないよな。
「最寄りの村や町に援軍って頼めないのか?危険だけど少数精鋭で城に救援とかも。
まずは事実を周知させて人員を確保しながらここで様子を見つつ相手がどのくらいの戦力か調査して、もし出来るのであれば奇襲を仕掛けて数を減らしたりそのまま頭を狩ればいいと思うんだけど?
最悪の場合でもどこかに援軍を頼めればここで籠城して数を減らしたり時間を稼ぎながら救援を待つだけでいいしな。
村を囲まれるのは避けたいけど、気を取られてる間に援軍に背後から攻撃して貰えば問題ないだろうし。
でも理想としてはここに攻めてくる所を包囲して殲滅って感じじゃないかな。」
とりあえず言いたいことをさらっと早口で言ったけど…全員なんか唖然としてないか?
まるでそんな事考えてませんでしたって感じの…いや違うな、こいつこんな事考えてたのかって表情だな、全く失礼な。
一応真剣に考えてたんだからな!…飯を食いながらだけどさ。
「迎え撃つなら今からそれなりの準備も出来るだろうし、籠城するならまずは何処かから救援の確保、突っ込むにしてもまずは偵察しないと駄目だろ?
それに向こうが攻めてくるって考えたら時間もないんだからさっさと動ける内に動こうぜ。」
「…そうね。」
「…そうだな、その通りだ。」
言い争っていたアンナ、ザンギさん両方渋々といった感じでその場は静まって、その後の話し合いは順調に進んでいった。
ちなみにここ近辺で町は大体二日から三日程かかるらしい。
結局、危険を承知で城や町にいく伝達班が数人、村に待機して有事に備える迎撃班が今いる自警団全体の半数程、戦闘目的ではなく偵察を目的として組んだ探索班が残りといった感じで伝達と探索はその中でまた複数の組に分かれて行動することに決まった。
俺とザンギさんは一応自警団員じゃないって事でいずれにも入らず、何かあれば住民の避難やらその他裏方の仕事をやらされることになった。
ちなみにアンナは探索班に加わると言って聞かなかったので、ザンギさんと少し揉めた。
結局は探索班に加わる事になったんだけどさ。
…余談だけどいつもは作戦指揮や立案は領主を中心に行われているらしい。
その領主が居ないのでアンナが一応は代わりを務めるとの事だったらしいのだけど、本人にずば抜けて実力があるけど経験は少ないからこういった無謀な突撃をするのではないかとザンギさんは本気で危惧していたらしい。
それが実際当たった訳だ。
それに領主の娘だしな、何かあったら一大事だしそりゃ年配の人は心配もするだろう。
あとあのパンは保存食だったらしい、状態が良ければ3年くらいは保つ代物だそうだ。
とりあえず一時間近く掛かった会議も終わり、俺はザンギさんと一緒に村にこの事を伝えて回る事にした。