十九話:出現
時間はすっかり日没、採取に力を入れすぎてちょっと遅くなってしまったがあまり気にせずに屋敷に入る。
一人だと若干心細いがこの屋敷のメイドさん達とはすっかり仲良しになっているのでもう勇者やら黒髪の事での問題はないはずだ。
…色々と違う方で問題があったりもするけど。
むしろそっちが厄介だったりする。
「お帰りなさい、テツ君。」
「あ、お疲れ様です!」
一応俺の立ち位置としては使用人寄りの客人といった感じだな。
特に屋敷の事は出来ないけどアンナの付き添い的な、護衛…はされる側だから弟分といった扱いだ。
ちなみにこの屋敷には現在アンナ以外にロッドさんは居ない。
何でも一月程前から王都に行っているらしくしかも今年は運悪く草原での繁殖期が予想よりも格段に早いらしい。
もしかしたら城で会ってたかと思ったがどうなんだろうな?
結局繁殖期が終わるまで王都に滞在するらしくそれまで村のことは村の者に任せるらしい…
随分適当な統治だと思うが別にこの村で領主に成り代わろうとする人間も居らずそんな事をするなら別の所でやる方がいいとの事である。
「ご飯もお風呂も準備出来てますけどどうします?」
「アンナもそろそろ帰って来ると思うから先にお風呂で。」
「了解しました。着替えは用意しておきますね。」
「…どうでもいいですけど、覗いたりしないでくださいよ?」
「ふふふ…」
「ちょっと!?笑って誤魔化さないで!」
具体的には男だと分かってからだろうか?この屋敷だけでなく村の一部の女性の方々は奇妙な言動を取るようになった。
この屋敷だと特に、だ。男の子だとアンナが言っても半信半疑どころか全く信じない者もいて何かと面倒だったりもした。
…まぁ理解したら全員が何故か物凄く凹んでいたのだが。
そして皆口々に『こんな可愛い子が…』とか『絶対女の子だと思っていたのに…』とか言うものだからちょっと俺も凹んだのは内緒だ。
俺の身長はロスクでの人間種としての平均よりかなり低く、セミロングの髪型も男ではほぼ居ないらしく、極めつけにこの黒髪に中性的な顔立ちは結果的に可愛い部類に入るらしい。
…その話はひとまず後にしよう、このままじゃ心の多大なダメージを掘り返しかねない。
そしてそのショックから立ち直る過程で彼女らにきっと何かがあったのだろう。俺を見る目は…まるで獲物を視界に捉えた肉食獣のようだ。
「テツ君…可愛いわよねぇ…」
そんな呟きが聞こえる気がするが気のせいだろう。うん、気のせいに違いない。
この屋敷内では襲われない事を祈りつつ浴場に向かう事にする。
んで入浴してると…帰ってきたアンナに見つかって追い払われたみたいだ。
アンナの目が光っている内は襲われる事は無さそうでちょっと安心した。
夕食後、部屋に戻り昨日は出来なかったライトヒールハーブの調合…今は使い方の模索からだな。
ちなみにハーブというだけはあり鼻を近づけるとわずかだが心落ち着く穏やかな香りがする。
昨日は部屋に涼甘草の匂いが充満してたから気付かなかったけど…これならハーブティーなんかもいいかな?
とりあえず半分ほどは乾燥させて様子を見るとして、残り半分を使ってみる。
まずはそのまま一口齧ってみる。
…うん、不味いな。生食には向かない。薬っぽい味がする。
ついでにHPを見たけど回復はしていない、当たり前だと言えば当たり前だけどさ。
経口薬は吸収されるまで時間が掛かるから即効性は…無いはずだ。
やっぱり塗り薬の方がいいだろうな、そっちの方が作り易そうでもあるし。
そして完成したのがこの糊粘草のジェルに擦り潰したライトヒールハーブを混ぜただけの一品!
お手軽ヒールジェルの完成だな!今度怪我をしたら使ってみよう。
にしても湿布といいジェルといいやってることは子供のままごとレベルだよな…
まぁ調合なんて詳しく知らないからこんな物しか作れないけどさ。
そして出来上がった物を瓶に詰めて…って瓶がないな。
一つは湿布用、残り一つと半分ほどは涼甘草の種…ちょっと多いな。
後々砕いて使うのも面倒だし全部砕いてまとめて保存しておこう。
そして今日の成果と副産物を部屋中に涼甘草の匂いを充満させながら瓶詰めし終わり…急いで換気する、流石に鼻が痛くなって涙まで出てくる。
こんなのが目や鼻に入ったら地獄だな、悶え苦しむに違いない。
そして換気し終わってからアンナがやってきたのは幸運だった、結局怒られたけど。
「そういえば、今日の探索はどうだった?」
「かなり怪しい雰囲気ね、これは絶対何かあるわ…」
「というと?」
「何体かゴブリンやオークは居たけど…全てに逃げられたのよ。」
「魔物が逃げるのであれば魔物退治もはかどらないだろうし、厄介だな。」
「いや…そうじゃなくて」
「ん?」
どうやらゴブリンやらオークは集団で行動し、人を襲う事はあっても極限まで追い詰められてもほぼ確実に絶対に逃げ出さないで襲いかかってくる位に気性が荒いそうだ。
それなのにこちらに襲いかからないばかりかいきなり逃げ出すのは怪しすぎる、と言う訳らしいな。
ついでに魔物達の装備も力尽きた旅人や冒険者から奪ったようなボロではなく、質は良くないがある程度手入れされた物であったらしい。
「それって知能の高い証拠じゃないか?」
「やっぱりそう思うわよね。」
「よく分からないけどオークやらゴブリンの上位種的なのがいるんじゃないのか?」
「そんな大物が城周辺に出てくるわけ無いじゃない!国家危機レベルよ!そんな事になったら。」
「まぁそうだろうな。」
ぶっちゃけこの国に愛着は今のところ全く無いし、追っ手が来るかも知れないと考えたら別にどっちだっていい、ラルが気がかりではあるけども。
…そういえばラルは元気だろうか?まだ数日なのにとても懐かしく感じるな。
結局城からは逃げ出す形で来たけど…肩身も狭そうだったし案外城から飛び出してるかもな。
その後は特に変わったこともなく、恒例の常識の勉強やらをして部屋の涼甘草の匂いが薄くなった所でお開きにして普通に就寝した。
次の日、毎日の事だがスッキリとした目覚めで朝を迎えて…一ついつもと違う感じがする事に気が付く。
何というか…自分を中心にうっすらと何かが張り巡らせてあり、それが反応する感覚がある。
感覚的には…何かが扉の前にいる…?あと誰かが近づいて来るな…?
あぁ…アンナとメイドさんか、また覗いてたのか?あの人。
っとさっさと寝巻きから着替えないとな。
「テツ、起きてる?入るわよ?」
「いや、大丈夫!それよりも誰か覗いて無かった?」
「ドア越しに聞き耳を立ててる奴ならいたけど。」
「あぁ、なるほど。」
とか会話しながらささっと準備をして屋敷を出る。
いつもとさして変わらない風景だが、人の気配がぼんやりとだが常時感じられるのでなんだか落ち着かない。
道すがらアンナには今朝から何か気配を感じられるようになった事を話したら
「警戒しすぎて何か変になったんじゃないの?」
と茶化されてしまった。
ちなみに範囲は大体3メートルくらいだな、朝起きたときはもう少し広かったけど。
と言うかこれは一体なんだろうな?
心当たりがあるとすれば魔力感知だけど…気配察知みたいになってるし…。
便利な反面ちょっと気疲れするな、もう少し加減できないものだろうか?
そんな事を考えていたらあっという間に門の前に着いてしまった。
「さて、今日も何も居ないことを祈ろうか。」
「そうね、せめて原因が分かるまでは何事も無い方がいいわね。」
と普段通りに門が開き、草原の爽やかな風を…
「グギッ!?」
感じる前にやや前方に小柄で醜い、ボロ布を巻いた小人達が驚いた様子でこちらを見ていた。
いつの間にか4000PV、1000ユニークいってました。
いつもご視聴ありがとうございます!