十八話:剣技?
本日の目覚めは快適だった。
昨日のお手製湿布の効力は凄まじく…ちょっと刺激が強かった感じだったが体のダメージというダメージが全てなくなっている。
青く痣になっていた所も綺麗な肌色に戻っているしな。
更に…昨日はがっつり減っていたHPも全快しただけではなく、上限まで増えているというおまけ付きである。
その事を起床後、その事アンナに言ったら
「じゃあ次からは遠慮なく相手してあげられるわね。」
と笑顔で言われてしまった。
今日からは訓練の時間は地獄になってしまうらしい…気が重くなるな。
そして今日も今日とて村の開門に立ち会う。
ここ数日毎日こうしてアンナと来ているので門番をやっている自警団員ともすっかり顔馴染みだな。
そう言えば初日はやっぱり女の子と間違われていたようで、ザンギさん経由で男だと分かってからはほとんどの人は年下の兄弟を可愛がるような態度…で接してきてくれる優しい人たちだ。
そして開門に合わせて爽やかな草原の風が入ってくる。
門の外には連日と変わらず見渡す限り、生き物一匹居やしない。
「毎朝何事もなくって平和だよな~」
「……連日こうだと流石におかしいわね。」
「ん?」
平和をなのに…かなり深刻そうな顔をしているな。
こんな状況ってよくある事じゃないのか?
「何か草原で起こったのかもしれないわね…」
「と言うと?」
「詳しくは分からないわよ、でも…」
「でも…」
「きちんと調査する必要があるわね。」
とそんな事が今朝あった。
それから、午前中にザンギさんが自警団から調査員を編成、その中にアンナも含まれているので今日は午前中に訓練を済ませてしまった。
そしてまたもやボッコボコにされた俺が横たわっているわけだが、これが村にいる間毎日続くかと思うとキツイすぎる。
…逃げ出したくなるな、と割と本気で思う。
涼甘湿布の材料の涼甘草の種は足りるだろうか?もし足りなくなったら稽古の中止を申し出よう、じゃなきゃこのままでは撲殺されかねない。
というかなぜアンナは魔法剣しか使ってこないんだ?
剣術稽古なんだから魔法を使わない技も見せてくれればいいのに…
「お~い!アンナ嬢ちゃ~ん!」
そして丁度いいタイミングでアンナを呼びに来たザンギさん。
まだ出発には早い気がするのだが…?
「あ、ザンギさん!もうそんな時間かしら?」
「いや、呼びに来るほどの時間じゃあねぇさ。」
「じゃあ…一体何で?」
立ち上がるのも怠いので寝転がりながら聞く。
「いや、テツも一緒に連れてくのか聞こうと思ってたんだがな…」
「行かないし、行けない…。この調子だと…。」
「かなり酷いな…骨が折れたりはしてなさそうだが」
「いたた…昨日の稽古が可愛いと思えるくらい今日は木刀の感触を味わったから…」
顔とか急所は外してくれているみたいだけど、昨日より滅多打ちなんだよな。
逃げ回ってた時に背中も思いっきり殴られてるから現在横向きに寝ている。
「目を離した隙に居なくなってましたじゃ嫌だしね、逃げられないようにちょっと…ってやりすぎたわね!ごめん!」
そう言って治癒魔法をかけて貰うが、ちょっと痛みが引く程度でそれ以上は効果がない。
ぶっちゃけこのレベルの打撲は涼甘湿布の方が効き目がいいと思う。
…今日はライトヒールハーブの方も作ってみようかな。
「しっかし…治癒魔法で回復しないとは…。」
「そういう訳で昨日はこんな物を作って…っと。」
そう言ってベルトから昨日作った涼甘草種の粉末と糊粘草の混合物…涼甘ジェルの入った瓶をザンギさんに投げる。
かなり狙いがそれてしまったが危なげなくザンギさんはキャッチして…ボコボコにされたり吹き飛ばされてもびくともしない程に頑丈だから落としても問題ないとは思うが…瓶に鼻を近づけて
「なるほど、テツの涼甘草の匂いの正体はこいつか?」
「それを布に広げてから体に貼ると打撲にかなり効くんだ。」
「なるほど…だがすげぇキツい匂いだな。鼻の良い俺ら獣人にはなかなかな代物だぜ。」
しかめっ面で鼻を押さえながら瓶を投げ返すザンギさん、寸分違わず俺の手のひらに返ってくる。
ここで脱ぐのもあれだし後でお屋敷に帰ったら塗るとしよう。
「そう言えばザンギさんは魔法剣以外に何か剣術を知らない?」
「冒険者時代に何度かそういった剣技を見たことはあるが…教えられる程じゃないぞ?」
「それでも聞きたいな、このままじゃ…」
ちらりとアンナを見る。
ああ、とザンギさんも納得してくれた様子だ。
「…悪かったわよ。」
「いや、ボコボコにされた事じゃなくてさ…」
「違うのか?」
「魔法が使えないんじゃいくら魔法剣を使う相手に訓練したって対処法を学ぶ位にしかならないしな。
自分にも使える剣技が欲しいんだ。」
「なるほど、そういう事なら午後からならいいぜ。」
「ありがとう!」
「それじゃあ一旦帰りましょうか。」
そうして一旦修練場を後にした。
そんでアンナと昼食前に屋敷に帰ったついでに涼甘湿布を貼ってきたらアンナに滅茶苦茶嫌な顔をされた。
聞いてみた所幼少期に好奇心で涼甘草の種を食べた事があるらしく、それ以来涼甘草が嫌いらしい。
そして昼食後アンナは村周りの探索へ、俺はザンギさんと修練所に向かうため酒場前で別れる。
これでもかと涼甘草の匂いを纏ってきた俺にザンギさんは特に反応はしなかった。
…ただ近寄っては来ない、結構いい香りだと思うんだけどな。
そう思って涼甘草の事を聞いてみたら香水に使う奴は居ないとの事…ちょっとがっかり。
それ以外にも剣術について詳しく聞いてみた所、どうにも魔法を使うことは前提で、その性能を剣で引き出すような動きを剣技と呼ぶのが常識らしい。
そんな話を聞いていたらすぐに修練場についた。
そして修練場の中央にザンギさんが、俺はやや離れて邪魔にならない位置に居る。
「さて、教えられる事は少ないが伝授してやるか!」
「お願いします、ザンギ先生。」
「普段通りでいいっての!そんなにかしこまらなくていい!」
「え~…」
ちょっと雰囲気だけでもと思ったらすげー拒否された…。
師弟関係は嫌いなのかな?ザンギさん。
「ともかく…俺が見た事のある魔法を使わない剣技を見た程度だが教えてやる。
一応先に言うがこの剣技はお前さんの様な術が苦手な奴が使ってた、本気か出鱈目か分からない奴から高ランクの多少知性ある魔物の技まで色々とある。
俺にはあまり判断できないからお前さんが使えそうだと思った奴を言ってくれ。
あと俺には使えない技があるからそれは動きを教えてやる。」
「分かりました!師匠!」
「…おい!」
とか軽い悪ふざけをやった所でザンギさんの実演が始まった。
大体20くらいの技の動きをその場で見せてくれて、5つ程はザンギさんには再現不可能との事で口頭で動きを教えてもらいイメージする。
どれもある程度訓練すれば使えそうだが…実際に戦闘で役に立ちそうな技は少ない、殆ど剣術の動きも何も無い奇襲用、追い打ち用と言うべきものだ。
例えば剣を投げるとか、その場で足を軸に回転するとか…実用性はほぼ皆無だ。
ただ…素人の自分でも実用性の高いと分かる、殺傷に重きを置いた技もいくつかある。
何というか技の隙がないと言うか、理にかなった動きと言うか、そんなのがほかのへっぽこ剣技と比べてわかるのだ、使ってみたザンギさんも驚いてるしな。
という訳でそれらの技を中心に何回か見せてもらって動きを覚えて、実際に使ってみることにしてみる。
そしてそれをザンギさんが細かく調整してくれる、こんなふうに。
「…ハァ!」
「腰が引けていて踏み込みが甘いな、もっと強く踏み込んでみろ。」
「了解!」
ちなみに今後使う事になる剣の事を考えてあまり武器に負担が掛からなさそうな技をまずは覚えようと思う。
如何に良質な剣とはいっても素材は木だ、魔力による武器強化が出来ないとそこまで強度には期待出来ない。
具体的には突き技だな、首や急所を狙えば負担は最小限で済むはずだ。
反対に力任せに連続で攻撃するものは今は使えそうにないな、多分ポッキリ折れる。
「しっかし剣先がブレるな、まったく安定しない!」
「そうだろうさ、だからこそ練習して使えるようにしないとな。」
打撲で動きが悪いとだけ先に言い訳はしておくが、それでも見よう見まねで技を覚えようとするのだから難易度は高い。
そして技をいくら覚えても魔法剣相手にどれだけ戦えるか正直微妙だな。
魔封じが使えればその心配はないんだが…そう言えば魔圧が使われた時も魔封じが発動してたっけ。
ちょっとそっちの訓練もお願いしてみるか。
「ザンギさん、ちょっと魔圧を使ってみて欲しいんだけど…」
「なんだ急に?」
「剣術と一緒にあの魔封じが意識的に使えるように練習出来ればいいなって思って。
魔圧が使われた時には出来たから何かしらコツが掴めればいいかな~と。」
「なるほど、あれ以来使ってないと思ったら出来なかった訳か、いいぜ!」
そう言うと周囲にピリッとした空気が満ちる。
確かこれに負けないようにオーラを出すような気持ちだったな、あの時は。
ちょっと雰囲気を出して剣を振って見ることにするか。
「たぁ!」
「お?あまり動きは変わらないが、テツの周囲に魔力が無くなったな。」
「…もしかして魔力の流れって分かるものなのか?」
「ああ、訓練すれば出来るからそっちから覚えた方が良いと思うぞ?」
という新たな発見により今日の剣術は終了、急いで魔力の流れを感じる訓練をする事にした。
でもやることは簡単だ、感覚を研ぎ澄ますだけでいいんだからな。
大体一時間くらいかかったが肌に触れるくらいの距離でなら魔力の濃淡の区別は出来るようになった。
最低でもこのくらいは誰でも出来るらしく特に感覚に長けた…つまりSENの高い人間ならより広範囲だったり、視覚やら嗅覚など様々な感覚で魔力を捉える事が出来るとの事。
…まぁそれはこれから扱えるようになるとして、だ。
感知出来るようになったら後は霊力は魔力と反発する性質を利用すればいい、魔力が周囲からなくなれば霊力が出ている証拠だ。
「感知と魔封じの両立…」
「難しそうだな、若干魔力が周囲に残ってるな。」
「ぬぅ…」
意識して出来るようにはなったが…精度が悪いな、放出しようとしている霊力が魔力に押し負けてる感じがする。
さっきみたいに雰囲気は出しているんだが成功しない。
多分魔力を感知する使い方だからだろう、霊力を感知する使い方なら問題なくいけるはずだが…
「やっぱこれも練習しかないか。」
「もう少し残って訓練するのか?」
気が付けばもう結構日が傾いてきている。
そろそろザンギさんも店の準備をしなければならないだろう。
「今日教わったことを一通り復習してから。」
「まあ頑張れば使いこなせるようになるさ、…きっとな。」
「とにかく今日は色々と助かりました。」
「また困った事があれば遠慮なく頼ってくれ!」
「はい!師匠!」
「師匠じゃねぇよ!…まったく、その言い方はなんとかならないのか?」
「えぇ~…」
結局師弟関係は結べないままザンギさんは帰っていった。
そんで言葉通り一通り技と感知のおさらいをして本日のトレーニングを終えた後、昨日と同じく夕食まで
空いた時間を使って再び修練場で野草採取をする。
とりあえず昨日持って帰った涼甘草の種を瓶一杯分と糊粘草を少し、そしてライトヒールハーブが結構な量採取出来た。
後は他に生えている野草の鑑定をしてみて…紙やすりみたいにザラザラした葉のサンドリーフ、根っこから感覚を麻痺させる液を分泌するだけという、悲鳴上げることも致死性の強い毒もない劣化マンド〇ゴ〇みたいな植物…ラゴラ草を見つけたが特に使う用事がないので採取はしなかった。
そういえばこの世界には植物の魔物とかいるのだろうか?後でアンナにでも聞いてみよう。
とライトヒールハーブでいっぱいの袋を握り締めて屋敷に帰る事にした。