十七話:束の間の平和
それから二日後、未だに追っ手らしき者が村に来る気配はない。
俺はと言うとまず初日、のぼせた後の事だが再び街に繰り出しこの村で様々な情報を集めていた所をザンギさん経由でアンナに知られて、旅に必要な物を見て回っていた所を捕まってしまった。
一応数日は滞在して、旅立つときは一声かけるつもりだったのだが…どうもそこらへんは信用されてなかったらしい。
そしてそれから…昨日今日と、起きてから寝るまで時間があればアンナに色々と連れ回されたりする羽目になってしまった。
朝早くに起床、叩き起され日課であるらしい村の門の開門に立ち会う。
魔物などは影も形もなく至って平和な一日の幕開けを過ごせるのは良い事である。
しかしアンナはここ数日、付近に魔物の気配が消えたように現れないのを不審に思っているようだ。
そして村の人と軽く雑談しつつ屋敷に戻り朝食、その後昼飯までは村で買い物や、この世界の常識を教えて貰いつつ情報収集に付き合ってくれた。
とは言っても実際はアンナが俺の服やら装備やらを真剣に選ぶのに付き合わされているのだが…。
ちなみにアンナの用意していた服は着ていない、女物の奴だったしな。
そしてその代わりを探そうと嬉々としてアンナが服選びに夢中なその隙に、店員さんや付き添いに来た元冒険者ザンギさんから色々と聞いているという訳だ。
ちなみにアンナが男、それも勇者だってザンギさんに話したところ喜んで協力してくれた…事になっている。
それとアンナの説得により他の人に言わないって事も約束してくれた。
なので今、勇者だって知っているのはアンナとザンギさんだけである。
っと話が逸れたな。
今更になってしまうが聞いた所、この世界の通貨は丸く真ん中に綺麗な小さい宝石っぽい…魔石をあしらった色々な石の貨幣とまんま札に魔石をあしらった紙幣である。
その魔石には防汚やら防腐やら様々な種類の魔法がかかっているらしく、製造法も専門機関が秘匿されているらしいので偽装は難しいとの事。
なんでも大昔に世界に召喚された勇者が貨幣統一を主張したらしく、そこから始まったらしい…ってそこらへんはどうでもいいな。
単位はチップ、貨幣価値は1チップ10円くらいだな。
灰色のそこらに落ちている石っぽいのから、結構色々な…大理石とか黒曜石っぽいのもあるな。
紙幣はまんま紙…名刺をデコレーションしましたって感じのレベルだ、違和感が半端ない。
中央には有名な画家の書いた過去に名を轟かせた勇者の肖像が描かれている。
ちなみに耐久性…特に耐燃性やら耐水性はばっちりで大災害に見舞われても無事だったらしい。
などを村にきて二日目、アンナの着せ替え人形になりながら教えて貰った。
選んでくれたものはアンナが買ってくれるのだから文句を言う気はない。
この世界でのファッションなども一切知らないし、戦闘等での実用性も考えて選んでくれると言うのだから大変ありがたい。
もちろん男……男物だよな、これ?…そうですか、これ子供用ですか……。
ちょっと不満を言ったらニヤっと笑い『ちゃんと似合うものを選んであげるから!』っていって選んでくれていたが…どうなるかなぁ。
そして選ばれた膝下までを覆う堅く黒い革のブーツ、少し生地が厚めだがごわごわしないし蒸れない焦げ茶のズボン。
そして長袖のインナーとその上から着る暗い色合いの半袖の…シャツだろうか?股下20センチくらいある、長いな。
ボタンの代わりに首から胸元辺りまで革紐がついている。
割とシンプルだが悪くないデザインで、それだけでも生地の厚かった学ランに匹敵しそうな防御力に加えて動きやすさも変わらない。
更にこの上から鎧を着るというのだ、余程の事がない限り大怪我の心配はない気がする。
と期待に心を躍らせて見てみたのだが……
「ごめんねぇ、テツちゃんが着れそうな鎧の中で良いものってうちには無いの。」
と防具屋のおばちゃんから言われてしまった。
この世界では皆背が高い、この防具屋のおばちゃんでさえも頭一つ違いがある。
俺ぐらいの身長・体格だと胸当て、他には駆け出し冒険者用の薄い装甲の鎧くらいしか体に合うものがない。
フルプレートのような…全身にガッチリと着込む鎧は体格の良い人間用、少なくてもこの世界での平均近くを想定してしか重装の鎧は作らないそうで、それにそもそもが小柄な人間は向かないとかなんとか…。
それを聞いてがっかりする俺の横で何故か鎧を着けるのに頑なに反対していたアンナは嬉々として防具選びを始めた。
んで選ばれたのがまずは胸当て、艶のあるなめし革で出来ていてかなり頑丈な物みたいだ。
裏側はもふっとしてやわらかく、でも滑りにくく動きを阻害しない構造である。
つけているのに重さを感じない程の重量ってのも魅力的だ。
…ちなみにデザインはアンナと同じだった。
それだけではなくしっかりとグローブやら服の上から腰に巻くベルトも購入してもらった。
一応冒険者と聞かれればそれっぽいと思われる程度の格好になった…らしい。
個人的には防御力が足りないと思うんだけどな、肩とか肘とかインナーで。
あ、下着類やらは流石にその後自分で選んだ。
んで三日目、今日はまず森で手に入れた枝と木の皮を売却した、なんと600チップ、約6000円になった。
武器として使ってた棒は加工して貰ってひと振りの木剣にして貰う事にした。
槍でも…と考えたが長槍には長さが足りなかったために剣になった。
そしてこの素材が割と良質だったせいか暇だったのかは分からないが妙にやる気のある武器屋によって二時間とちょっとでやや細身の剣が完成した、もちろん刃もついている。
長さとしては片手で持つのにはやや長いと感じるが、重量は軽いので取り扱いはまったく問題がない。
また俺の要望である頑丈であるという意見と、アンナの扱いやすい方がいいという要望を両方叶えてくれた満足のいく一品に仕上がったとの事らしいが…。細さと頑丈さが両立するのだろうか?
とまぁそんな午前を過ごした後は、村の一角にあるだだっ広い訓練場で訓練の時間である。
内容としては食後は軽く走り込みや筋トレをやってその後はアンナに剣術を教わる、といった感じだ。
剣術といっても基礎の基礎、持ち方やら振り方などを教わり、動きを見て貰うだけだ。
しかしここ二日、厳しい指導のおかげで何とか問題ないレベルにはなったようで後半はアンナと実戦形式で稽古を付けて貰える事になった。
とはいってもさっき出来た剣は使っていない。折れても嫌だし何より刃がついた代物だしな…
んで気楽に刃のない木刀と先日買ってもらった防具とでチャンバラみたいに打ち合ったわけだが…何故かチャンバラ中は霊力での妨害魔法モドキ…長いから単純に魔法封じって呼ぶ事にしたのだがそれが発動しなかった。
何かしら法則があるとは思うのだが…霊力を放出またはコントロールする要因が未だに良く分からない。
要修行項目だな。
そんな事をアンナの魔法剣を躱すのを中心に時に弾く等ひたすら防御に徹し、逃げ回りながら考えていた。
ちなみにマルクが使っていた風向剣、あの時は不発だったがどうやら風の力で剣の軌道を曲げる技らしい。
体勢を崩された時にも立て直しに使えるらしく利便性は高いとの事、でその技ともう一つ…突風剣とかいう剣と一緒に風圧を叩きつける技をアンナは主に使ってきた。
受け止めようが躱そうが風圧で身動きを制限されその隙に切り返しの一撃を叩き込む、シンプルだが隙が少ない作戦に剣術を習いたての人間では太刀打ち出来る訳がない。
更に要所要所で肉体活性を混ぜてくるのもタチが悪い…
だが長時間魔法を使わないところを見るに何か理由があると考えるのが妥当なところだろう。
そして現在、相当数打ち込まれて倒れこむ俺と拍子抜けだと何故か不満げなアンナ。
これでも剣術としてはまだまだというのだから魔力無しは辛い世界だな。
マルク相手に楽勝だったから油断していたんだろうな、相手に魔法を使われると手も足も出ないのが痛い程分かった…てか実際に痛い。
一応加減はしてくれているみたいだがそれでも当てられたら痛いからな…。
体を鍛えたり霊力の扱いに慣れたりとやることはいっぱい見つかるが…まるで時間が足りないな。
修行していたらいつの間にか一月二月経ってましたなんて事にならないか不安でしょうがない。
なるべく早く戦える力を身に付けなくちゃいけないんだ、生きるために。
とステータスを開き、HPがガッツリ減っているのを見ながらそう思った。
そう言えば初日以来初めて大幅に減ったな。回復が出来ればいいんだが魔力が無いせいか魔法じゃ回復効果が殆どないんだよな…
「じゃあ今日はここまでね。」
「はいは~い…」
「夕食まではまだ時間があると思うけどどうする?」
「ちょっと休んでから道草を食いつつ帰るから先に帰ってて~」
上半身を起こして気だるく返事をしつつ、アンナが先に訓練場から出ていくのを見送った後、視線を地面に落とす。
ここは俺たち以外に使う人が居ない程人気がなく、ろくに手入れもされていないためそこらじゅう雑草が伸び放題である。
訓練場の中央はさっきまで使っていたので刈り取ったり踏み潰してしまったが、隅の方ではたくましく奴らは自生している。
この中に薬草の類でもあればいいんだけどなぁ…。
…さて、話は変わるがこの三日でささやかな発見がある。
視点を一種類の雑草…一番背が高く周りに比べて逞しく育ってる印象を与える奴に向けて詳しい情報を知りたい…真理理解の存在を強く念じる。
一瞬だけぐにゃあと平衡感覚がおかしくなったような感覚に襲われ、頭に情報が入ってくる。
[涼甘草]
草原地帯に生える一般的な香草。
独特な香りに加え清涼感と甘味があり、特に種は芳香・清涼成分が強い。
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おぉ!なかなか当たりだったみたいだ!
その発見、真理理解Ⅰはあまり情報量が多くない代わりに軽くふらつく程度で済むのだ。
これは初日の寝る前にあれこれ考えていたついでに真理理解Ⅰを発動させてみて判明した。
あまり一気に使いすぎると乗り物酔いみたいな症状になる事もわかった。
その時にわかったのが城を脱出した時のあの山に向かう風向きはどうやらただの気流では無かったらしい。
どうやら何者かが魔圧のように魔力を大量放出したせいで生まれた衝撃の余波との事。
あの時間の少し前に何かあったみたいだが…多分関係ないことだろう、あの日はそもそも夜から風が強くなってきていたんだから。
っと脱線したな。
とりあえず…涼甘草の中でも綺麗な葉っぱを一枚摘んで一口かじってみる。
うん…香草なだけあって香りは悪くない、清涼感もミントほど強くなく自然の甘さとマッチしてる。
これ単品でもお菓子として丁度いいんじゃないかな?
とか考えながら一枚食べ終わったところで立ち上がり、そそくさと訓練場を後にする。
目指すは道具屋、100チップでベルトに留めておけるタイプの革袋と瓶、留め具を三つずつと小さな石の皿を一枚、あとは小さな布いくつか買う。
色々な店を見てみたがやはりこの世界に薬学は無いのだろうか?せいぜい風邪やら病気に効果がある食材を乾燥保存させて置いてあるくらいだ。
大抵は魔法でなんとかなる世界だからな、しょうがないか。
さぁ、余談はここまでにして…腰のベルトから袋と瓶を下げて、皿と布は懐に入れて、と
いざ野草摘みの始まりだ!
そして夕飯までの短い時間だったがいくつかの野草を鑑定して、使えそうなものを採取出来た。
まず一つ目は涼甘草の葉と運良く大量の種が入手出来た。
お次は搾り汁と水を混ぜ合わせると粘着質、または粘性の液体になる…名前は糊粘草。
んで最後は本命、服用してよし塗ってよしの細胞の活性効果…が微量だけあるらしいライトヒールハーブなる代物を少量採取出来た。
ついでに細長い石と…枝を2、3本持って帰ってきた。
そしてそれらを持ち、おやつがわりに涼甘草を一つ齧りながら屋敷に戻ると、それを見たアンナが露骨に渋い顔をして
「本当に道草を食べて帰ってくるとは思わなかったわ…」
と呆れられてしまった。
ちなみに涼甘草をアンナにあげようとしたら断られた。
そして夕食後、ささっと風呂を済ませアンナが買ってくれた部屋着…学ランはアンナに没収されたから買った衣類を着るしかない、に着替えた所で先程採ってきた野草類の詰まった袋と瓶を取り出し自室の机に並べる。
袋には涼甘草、糊粘草、ライトヒールハーブがそれぞれ分けて入れてあり瓶には涼甘草の種が一瓶分。
まずは涼甘草を一口…って違うな、糊粘草を買ってきた布を敷いた皿の上で拾った石で軽く潰して…出てきた汁を余った瓶に移す。
んで少しずつ水を加えて丁度いい粘度のジェルを作成する。
お次は涼甘草の種を一粒、口に入れようとして…。
「ちょっと!?テツ!?」
丁度部屋に来たアンナに慌てて止められてしまった。
なんでもこの種、相当な刺激物らしく一粒でも口に入れた人は大抵が気絶し、数日は刺激に苦しむ程だとか。
「こんな危険物を絶対に口に入れちゃ駄目だからね!」
そこまでの効果があるなら十分だろう使えるだろうと考えていたら厳重に注意されてしまった。
そこからはアンナの監視の下、慎重に作業を進めていく事になった。
一応アンナは魔法に代わる回復手段なら、と渋々といった形で納得してもらった。
んで種を一粒砕き…凄まじく強い香りが部屋に充満する、それを瓶に加えてジェルと良く混ぜ合わせる。
そしてそれを少量とって布の上に広げ、打撲跡やら痛む箇所に張る。
これで簡易な湿布の完成である。
一晩休んでこれの効果があれば今日以上に過酷に打ちのめされてもきっと平気だろう。
もしくはライトヒールハーブを混ぜてみても良いかもしれない。
そう考えて今日はそのまま切り上げて眠くなるまでアンナに一般常識を色々と教えて貰った後、眠りに就いた、明日もやることが多いなぁと能天気に考えながら。
一日中平和なシュルツ村が一変するとも考えずに。