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魔法がある異世界を魔力無しで生きるには  作者: リケル
序章 魔法のある異世界
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十五話:お風呂にて

むっつりしていってね!

    



「えっ…ちょ…!?アンナ!?」


予想もしていなかった出来事に思考も眠気も忘れて声の方向に振り返る。

湯気で向こう側が辛うじて見える程度だがドアから人影、恐らくアンナが覗き込むように…と振り返った辺りからフルに思考を働かせて現在の状況を確認しているのだが…眠りそうになっていたせいで全く何が何やら分からない。

のんびりと、このまま風呂で寝て溺死しそうなほどにリラックスしていたら急に入口の扉が開いて…学ランの代わりの着替えを持って来るって言ってたアンナが何故か風呂に…あれか?ちょっっっっっとした好奇心とか悪戯心で覗きに来たとかか?ってよく考えたら普通に湯加減を聞きに来たんだろう。冷静になれ!俺!

このまま一言二言会話し終わったらドアを閉めて立ち去ってくれるだろ常識的に、ちょっと風呂が長かったからとかで心配してくれたんだ。


「なによそんなに慌てて?」


「いや…うん。」


「はっきり言いなさいよ。」


「湯加減はいいよ、うん。」


「それは良かったわ。」


ちょっとぎこちない喋り方になってしまったがなんとか会話を繋ぎ、そのまま向きを戻してドアの閉まる音を聞く。

そして息を吐き胸を撫で下ろそうとして…



…………ペタッ……ペタッ…



その音を聞いた瞬間、咄嗟に浴槽の隅で浴室の隅…ドアから一番遠い所に泳ぎ身を丸めるようにして距離を取った。

間違いなくその音はアンナの足音に間違いないはずなんだが…なんで入ってきたんだ!?

ってか何で隅っこに行って丸くなってるんだ俺は!

もうお湯に浸かってる時点で背中を洗うなんて選択肢もないはずだぞ!

と言うか一体何が起こっているんだこの状況は!?と振り返りたい衝動に駆られるが鋼の自制心でそれだけは抑える。

それだけはやってはいけない気がするんだ…なんとなくだが。


「別に逃げなくても何もしないわよ。」


「それよりも…何で入って……?」


「どうせ私もこの後入ろうと思ってたし一緒にいいかなって。」


「そういうこと……っふぇ!?」


素っ頓狂な声と共にまたもや思考が止まる。

……つまりは、だ。一緒に入るってことはつまりそこには一糸まとわぬ、いやタオルはあるか?ってそうじゃなくてあれだろ?衣類をキャストオフ(お脱ぎ)なされたアンナお嬢様がいらっしゃるわけでありまして…。

つまりもう振り返ってはいけない状況でありますな!…どうすんだよマジで!?

とりあえずアンナ嬢にはこの場を立ち去ってもらう必要があるよな?

いや、なんとかして俺が出られればいいんだが…

とか考えていたらもう既に浴槽にはかなり接近してるし!


「アンナ!ちょっと待って!ストップ!」


「嫌よ。」


「何で!?」


理由も聞かない即答である。そしてお湯を汲み、流す音が聞こえた後


「私は別に体に傷があっても気にはしないわよ。」


傷じゃなくて女性にはないものは有るんだがな。

いきなり何でそんな事を聞き出すんだ?

もしかして今背中を見せ続けているこの状況を古傷を隠しているとか思っているのか?

まぁ前は隠している訳だけど…


「…別に傷なんてないけど、なんでそんな事を聞くんだ?」


「…聞きたい?」


「もちろん。」


そう答えると小さくふぅん…と呟くと少し時間を置いて、大きく深呼吸してから一言


「あなた、奴隷育ちでしょ?」


…今日何度目の思考停止だろうか?段々と立ち直るのが早くなってきているのを実感するな。

慣れって怖いな。もう何回か続いたら何事にも動じなく心が身に付きそうな気がする。

それよりも奴隷育ちか…ちょっと前に捕まりそうになって逃げたっていった気がするんだけどな。

疲れのせいか少し思い出すのに時間がかかったけどさ。

とか考えて黙っていた短い時間をどう受け取ったのかは分からないがアンナが言葉を続ける。


「だってテツったら他人、特に男性の視線を極端に避けたがる上に常識はずれな事ばかりするし、かといって礼儀だけは滅茶苦茶正しいし、そうなんでしょう?誰にも言わないし私には隠さなくてもいいわよ?。」


他人、特に男性からの視線を避けるのは視線が集まるのが嫌なだけだし常識はずれが無いのはこの世界に来て日が浅いからだ、礼儀正しいのは日本人として生きてきた今までの習性だ。

隠すも何も奴隷じゃないし、奴隷だと周囲に言いふらしても情報を手に入れたらこの村を早々に出ればいいだけだ、特に何も困ることはない。


「…本当に奴隷じゃないぞ?」


今まで奴隷として辛い思いをして生きてきて、ようやく逃げられる機会に巡り合い脱走、そしてシュルツ村に流れ着いた。恐らくそんなストーリーを彼女は頭の中で思い描いていたのだろうが悪いな、壮大な勘違いだそれは。

詳細も聞かれなかったし言わなかったけど、…そんな境遇だと思ってたらまず聞かないわな。

今の今まで気を使ってくれていたのも分かったし感謝もしているが、それでも何で今一緒に風呂に入っているんだ?混浴なのかここは?

色々と考え過ぎたせいかそろそろ頭が回らなくなってきたな…



「…そう、ならそれでいいわよ。」


明らかに嘘だと思っている風な口調でぶっきらぼうにそう言った後、お湯の流れる音が聞こえた。

またペチペチと歩く音が聞こえ、遂にちゃぽんと浴槽に入ってくる音が耳に届く。

だが俺には…まだ最後の手が残っている!

この浴槽は広い、詰めれば余裕で5~6人は入れるはずだ。

作戦はこうだ、彼女がこの浴槽のどこかで湯に浸かっている間にこっちは左右どちらかから逃げればいい。

シンプルだが案外上手くいくはずだ!

と言うか向こうからこっちに来ている訳だから俺は振り返ってその姿を拝見するような事になってもお咎めなんて何らないはずなんだが…

だがそれをしないのは俺を見ている、もとい監視しているはずの女神が恐らくそんなラッキースケベを望んでいる感覚が伝わって俺の心をそうさせる方向に向かわせているのを必死に自制しているからだ!

断じてその後に起こるであろう事が怖いわけではない!

単純に力比べで負けているからでもない!

これはそう!俺自身と女神の協力を得た誘惑との勝負なのだ!

俺は女神に試されている、だからこそ打ち勝たねばならないのだ!

と強く意気込んでいたらざぶざぶと浴槽の中を歩き浴槽に腰を下ろしたようだ。

場所は…








……俺の真後ろじゃないかよ…

肩に両手を乗せてるから間違いない、ってかなんでそこに座るんだ!?


「あの~アンナさん?」


「どうせ入れ替わるように逃げるつもりだったのでしょう?」


「う…」


「そのつもりなら…逃がさないわよ?」


くそ!作戦失敗じゃないか!

どうする?いやどうしたら良かったんだ?ってか何が行けなかったんだ?

この肩をしっかりホールドされて最早立ち上がることさえ出来ない逃亡する事に関しては完全に詰んだこの状況、あの怪力で肩をクルリと回らされればゲームオーバーであるこの状況、自ら地雷に突っ込むかはたまた突っ込まされるか選べるお得なセット…

俺はせめて名誉ある敗北を選びたい。このままでいよう。

そしてもう…事の顛末をここまで積極的な彼女に任せよう。

どうせ自分は日本でいくら友好関係を築くのが上手くても恋愛事やら情事に関しては奥手でほぼ無知だ…

そう思い回らなくなってきた頭で考える事を放棄しようとして…





彼女…流石に積極的すぎじゃないか?






その小さな疑問がか細い糸の様な思考を辛うじてつなぎ止める。



………そうだ、彼女はまず俺にむかって、趣味じゃないと言った。

……そうだ、彼女は野郎ばかりの自警団との会話は半ば脅す様な風だった。

…そうだ、彼女は村のおばさんとのご近所付き合いはかなり良かった。

そうだ、彼女は村で高い立場のザンギさんでさえも脅してビビらせる程の人間だ。


そんな彼女、アンナはいま趣味じゃない男と混浴してこうも積極的なのだ。

なにか…何かが変だ。

しかし霞んだ思考ではそれを考えられる余裕もない。

だが…


「なぁ…アンナ?」


「何かしら?」


「アンナは目の前の人間をどういう人物だと思ってるんだ?」


実際にアンナに聞くくらいの発想は出来る。

もしはぐらかされたらおしまいだが、それをする理由はないはずだ。

そしてそれを聞いたアンナは小さく笑った後、優しい口調で答える。


「えっとね、奴隷に落ちて…いやその前に逃げてきたって事でも別に構わないけどね。…それでやっぱり酷い目に会ったからそれで心に深い傷を負った少女ってところかしら。」



『少女』


この一言を聞いて最初にアンナと対面してから今この状況に至るまでの全ての出来事への疑問が解けた。

あれだ、皆が皆俺の事を女だと勘違いしているからこそ、自警団員は熱い視線を向けて、おばさん達も礼儀正しくする俺に疑問を抱かず、黒髪愛好家だと思っていたザンギさんもただの面食いだった訳だ。

そしてアンナは俺の一挙一動を深読みしすぎてこんな行動をしている訳だ…


「だからさ…すこしでも…」

「アンナ、ちょっといいか?」


「…なによ?」


遮ってしまい少々機嫌が悪くしたのは申し訳ないと思うが、それでもここで言わなきゃいけない事を言うのが礼儀ってものだろう。

少々怖いがそれでも言うしかないよな!


「さっきアンナは少女って言ったよな?」


「えぇ…そうだけど?」


もしかして…もう成人かしら?とか言いそうな雰囲気だな。

だがそもそもが違うんだ。


「アンナ…俺は男だぞ?」


「…??」


なんかこう、お湯は熱いのに…雰囲気が凍土のように冷たくなる。

肩に乗っている手が異常に冷たく感じられる。

と思ったら手はするりと肩から滑り落ち


「…確かに無いわね。」


「何で胸を触ってるんだよ…」


「実際に確かめた方が早いじゃない。」


「それ以上その手を下に降ろすなよ?」


「しないわよ!」


なにはともあれ、これで無事に誤解が解けた訳だし後はさっさとここから出るだけだ。

そして人の胸板をペタペタと触っていたアンナはその手を引っ込めて…

…なんでまた肩に戻すんだよ!?さっきより力強いし!


「それよりも……見た?」


「なんの為に終始こうしてたと思ってるんだ?見えるわけないだろ?」


全く…人の苦労を知らないとはこういうことを言うんだな!

しかも何故かため息をつかれる始末、解せぬ。

こうして鋼の意思で紳士を貫き通したのにな。

とりあえずもう誤解も解けたし、話せる事も話しただろ。


「…テツって常識外れと言うか、やっぱり一般人とは違うわね。」


()()()に来て実質一日ちょっとで、常識なんか学べないさ。」


愚痴をこぼすようにそう呟く。

召喚されてからラルとこの世界の様子を簡単にと本で少し読んだくらいだ、あとは謁見なり逃亡なりで時間なんか無かったしな。

しかも世界共通の一般常識なんか本に残してある訳ないだろ?国ごとの差異ならパンフレットにでもあるだろうけど。

だから実質ラルに聞いた範囲でしか知らない訳で、未だにこの世界の通貨でさえ知らないし見たこともない。

真理理解Ⅰなんてアビリティより常識理解が欲しかったぜ…



あれ…なんかアンナの力が弱まったぞ?なんでだ?


「……なの?」


「えっ?今何て?」


「だから…テツって……勇者なの?」


…あれ?

……もしかして今のって最大級の失言だったんじゃ…?




オレ オトコ。


アンナ オレ オンナ カンチガイ。


ソレ タダス。


コンド オレ スベテ セツメイシタ カンチガイ。




・・・ヤラカシタナ。



まずい!これは非常に危険な状況じゃないか!?

アンナは一応は貴族だ、このままロッド家が身柄を拘束しようとしてきたら恐らく逃げ切れずに捕まる可能性が高い!まず入口を押さえられたら出ることすら不可能になる。

しかも城から一夜で来れる距離なのだ、捕まってから逃げ出す機会(チャンス)なんかまず巡って来ないだろう。

赤の他人を城に引き渡してロッド家は報賞を貰い、赤の他人の俺は嘲笑を貰う…

今まで何の価値のない、逃げ出して来たボロボロの奴隷だと思われていたからこそ情けをかけられてここまでもてなしてくれたのだ。価値があり、しかも逃げ出してきた勇者であればここまでもてなされる事もないだろう。



幸いにもさっきまで逃げ出さないように肩を抑えていたアンナは今、肩に手を軽く乗せている程度なので

左右どちらかに逃げ出すのは容易そうだ。




「……!!」


無声に近い掛け声を喉から出して右側に飛び、体を回して脱衣所に逃げようと試みる。


「あ…ちょ……」


一瞬の行動だったのにアンナは素早く反応し、浴槽からでる瞬間に右肩を掴んでくる。だが立ち上がれない程じゃない!

アンナの制止に構わずにそのまま立ち上がる勢いで浴槽から飛び出し…

直後に強烈な眩暈に脱力感と意識が遠のいていく感覚に襲われて前のめり、倒れこむ。


「きゃ!?」


半ば引きずられる形でアンナも倒れてしまったみたいだ。

よくよく考えてみたら…丁度良い温かさのお湯に眠気と格闘しながら長い時間入浴していて、更にアンナが体を洗い終わるまで待ちその上こうやって浴槽で会話していたのだ。

そんなに長い時間風呂に入っていれば必然的にのぼせるわな。

さっきから頭が回らないんじゃなくてのぼせてクラクラしただけだったんだな…

そんな事を体の感覚が薄れていく中でぼんやりと考え、意識が切れた。







…ただ意識が切れるまで背中で感じていた何か柔らかい感覚は忘れることはないだろう。





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