百三十七話:戦いたいとか言い出す禁断症状
「しかし…多いなぁ…」
追いかけっこが始まってから暫く…
依然として数十匹のテリトリーキーパーに追われている。
途中で力尽きたか諦める奴がちらほら出ては、補充される様に追加で新しいのが増えて…と言った具合だ。
速さ比べだと若干負けているのだが、こちらはサヴァトの並外れた魔力とボーンニクスという魔力さえあれば無尽蔵のスタミナで飛行が可能という組み合わせ…
多少距離を詰められたとしても、それまでだ。
それに、万が一近寄られても迎撃は可能だろう。
サヴァトが、だけどな。
俺も、何か投げる物でもあればいいんだが…
ボンちゃんに積んでいる荷物に投げつけられるだけの不要な物は無い。
とまぁ、特にやる事が無くて少しだけスリルを味わいながら暇な状況だ。
「う、うぅ…」
何やらサヴァトの様子がおかしい。
いや、今朝から欲求不満でおかしかった気配はあったけどさ。
戦闘したいって欲求の…
(血に飢えた…?)
いや、まさかそんな…?
まぁ、とにかく…だ。
時々後ろから追ってくるテリトリーキーパーをジィ…っと見ては何かを振り払うように首を振り、進行方向に集中して…を繰り返している。
おまけに、何かぶつぶつと喋っているみたいだ。
風の音に掻き消されて何を言っているかは聞き取れないけど!
…個人的には、追いつかれる恐怖でも感じているような印象を受けるけど。
(じゃ、答え合わせ)
あぁ、そうしようか。
「サヴァト、さっきから…」
「駄目、駄目、逃げなきゃ…」
何を言っているのか?そう聞こうと近付いたら…これだ。
これは俺の勝ちじゃないか?
(いや、まだ分からない…!)
確かに、そうだけど…
なんでそこまで熱くなってるんだ?
(良いから…聞いて!)
はいはい、分かってるよ。
と言うか何か体調でも悪いとかじゃないのか?
「サヴァト?さっきからどうしたんだ?」
「あ、いや…実はね…」
「どっか調子悪いとか?」
「いや、そうじゃなくてね…」
否定こそされたが、何だか物凄く言いにくそうで申し訳なさそうな表情だ。
それで、一呼吸置いてから…
「あの数を蹴散らせたら快感かな~って、ちょっとだけ…」
「え…えぇ~…」
マジかよ…ノームの大当たりじゃねぇか…
(よっしゃ!)
そんな事を考えながら、自然と頬がひきつっていた。
…この勝負に負けたのは、俺がサヴァトを甘く見ていたと言う事なんだろうか?
自分に逃げると言い聞かせるほど、戦闘欲求があるとは…
「体が戦いを求めてるの、ね?」
「ね?って言われても困るんだけど…」
同意を求められても全く賛同できない。
それに何故、この状況から戦いたいと言えるのだろうか?
「だって昨日から戦えてないから…」
「…禁断症状みたいなもの?」
「そう、そうね…」
「うん…」
コミュ障の次は戦闘中毒か…
前から戦う事ばっかり考えているとは思っていたけど…
(いよいよ、修羅道?)
そうかもなぁ…
その内に倒した相手を復活させて、再戦とかするんじゃないだろうか?
…ちょっと不安だ。
「一応、蹴散らす事は出来るのよ?」
「それをするのは、最後だろ?」
今集っている奴らを蹴散らしても、あまり意味が無い。
山を抜けるまでにまた集られるだろうし。
それにいくら縄張り意識が強いとは言っても、縄張りを抜けたら即座に追ってこなくなる…なんて考えられない。
だから蹴散らすなら、最後の最後で追って来られない状況を作る為に、だろう。
とまぁ、正論を述べている気はするんだが…
「あのね?とにかく、すご~く暴れたいのよ!」
「だから!暴れるのは今じゃなきゃダメなのか?」
「じゃあ後で相手してよ!」
「えぇ~…」
そんな物は、サヴァトの欲求には敵わない様だ。
しかも後にするなら、ついでに相手にしろとか言ってくるし…
なんて強引な…とは思うけど、そもそもこれを断るという選択肢が無い。
渋ってこそいるけど、流石に今ここで暴れられても困るし…
と言うか戦えない事がそこまでフラストレーションになるものだろうか?
俺もそれに振り回される事でフラストレーションになりそうだけどな!
「あぁもう!分かったよ!後でな!」
「言ったわね!みっちりやるわよ!」
「必殺技の一つでも閃いて勝ってやるよ!」
「言ったわね!」
なんかもう…自棄だ。
(いいの…?)
冷静になると絶対、良くないって後悔するんだろうな。
でも結局、サヴァトが満足するまでやるだろうから変わらないだろう。
という訳で、勝負の約束をしてしまった訳なのだが…
「なんか気分が乗ってきたわ」
「…えっ?」
サヴァトがそう言うと、グイっと引かれる様な負担が増した。
それに後方を見れば、先ほどまである程度追いつかれていたテリトリーキーパーとも徐々に距離が開いている。
後、風の防壁の強度も増してるな。
「いや~、ワクワクしたら飛ばしちゃうわね~」
なんて笑顔で言ってのけるサヴァトに、俺は冷たい視線を送っていた。
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