十四話:少女の普段とは異なる朝
アンナ視点です。
今日は空一面を雲が覆い、雨が降りそうな天気。
そんな日でも私、アンナ・ロッドは日課であるこの村の散歩、まぁ入り口の開門を観に行くのだけれども。
「よ〜し!今日も問題なし!開門!」
なんて事を言うと自警団の人達が普段通りに門を開けてくれるので、誰よりも先に外へ出る。
とは言っても自警団の人達は門の前までしか出ないんだけどね!
「よし、確認完了!今日は平和みたいね!」
と門を出てすぐの所で草原を見渡すのだけど…今日は魔物の影も形も見つからなかった、今日は雨も降りそうな天気だし退屈な一日になりそうね。
そう思って振り返ると門の近くには何か布切れが二枚転がっていて…
「もしかしなくても…人よね。」
村を囲む木の柵に背中を預けて足を伸ばしマントの端から黒いズボンと見たことない靴を見せている…身長は低めだから子供かしら?
小人族は人の半分程しかないはずだし恐らく子供よね!
「ちょっとそこのあんた!」
近寄って声をかけてみたけれど…寝てるのかしら?
「ちょっと!聞こえてるでしょ!」
強めに言ってみてもまるで反応がない…
荷物も隣に転がってるもの以外に見当たらないし…まさかね?
「ねえってば!」
手を叩いて音を出してみてもまったく反応がないって…一体どうしたのかしらこの子!
明らかに冒険者の持ち物じゃないし…魔物に襲われた商人の子って辺りで、運良く逃げてきたけど怪我をしてたり…ってそうだったら一大事じゃない!
「ねえちょっと!」
もし生きているなら手当してあげなきゃ!
朝から人の死体を見るのも気分が悪いし…
「ちょっと!起きなさい!」
肩を揺すってみると僅かに反応があるって事は…普通に生きてはいるみたいね。
「ん……んん……?」
「ようやく起きた!大丈夫かしら?」
「ん…大丈夫……ありがと……!?」
どうやら怪我とかは無い様子だし安心だけど…どうしたんだろう?
フードを取ろうとしてまた深く被り直しちゃったわ。
そこからは驚きの連続だったわ。
せっかく心配して起こしてあげたのに顔すら見せようともしない、ちょっと説得して見たけど全く駄目で…
怪我もしてる雰囲気じゃないし、しょうがないから実力行使しようとしたら何故か使おうとしていた魔法が消えちゃったのよ!
更に魔力の放出が出来ない状況になってるから取っ組み合いをしたわけだけれども、全力を使っても押しきれない。一体この子の何処からこんな力が出てくるの?ってくらいの怪力だったわ!
ステータスがあるから一概には言えない訳だけど、それでもある程度筋力が高いと見た目に現れるはずなのに…これは思わぬ誤算だったわね。
幸い、というべきかしら?何故か魔法を使わないから放出をしないで使える肉体活性で押し勝てたし、ついでにあのフードを剥ぎ取ってやったわ!
すると中から見えたのは整っているけれど、どこか幼げな印象を与える顔立ちと長くも短くもない中途半端な長さでしっかり手入れされているのが分かる…雲一つない夜空のような綺麗な黒髪を見て思わず
「あら、綺麗な黒髪じゃないの。」
反射的にそう口からこぼれた。
髪の色は今まである程度黒に近い人もいたし、この村じゃそんなに忌避感もなく受け入れて来たけど漆黒と言って良い程の色は見たことがないわ。
それはそうとこの子、私が黒髪を嫌わないと理解するとあっさり警戒心を解いてくれたわ。
聞けばこの子はこの黒髪で差別されてきた挙句に捕まりそうになって逃げてきたって話だけれど、こんな綺麗な顔立ちで魔力が使えなさそうって言うなら奴隷商に捕まりそうになっても仕方ないわね。
と言うか捕まりそうになって一日中歩き回った挙句、村の前で寝ていたってのに…美容だ何だというあたりはかなりの大物よね。
少し汚れてはいるけど髪も傷んでいる様子も無いし。
名前はテツ…なんか可哀想になってきたわ。
いくら黒っぽい髪に魔力を扱えない人が多いからって名付け主がまさか魔力を通さない金属…しかも産出量の多い割に役に立たない代表格である鉄、それと同じなんてね。
そんなこんなで村を案内してあげようとした訳だけど他人からの視線…特に男性からのを極端に怖がっている感じで村に入ってすぐにフードを被り直しちゃったわ。
髪を含めて顔を見た自警団員達もその容姿に毒気を抜かれた感じとゆうか…男共はあれね、うん。
私には見向きもしないくせに…ちょっと納得がいかないわ!
今度時間があったらちょっと訓練してあげなくちゃね!
そして村の設備を案内している時に思ったんだけど、この子少し礼儀正しすぎるというか…道行く人に声を掛けられる度に丁寧に頭まで下げるのよ。
一応私も貴族の娘な訳だけど、こんなに畏まるのは式典以外でなんか一切ないわよ。
こんなに礼儀作法を習うなんて貴族以外じゃ考えられるのは、奴隷くらいしか思いつかないんだけど…
本人は捕まりそうな所を逃げたって言ってるけど本当は違うんじゃないかしら?
後はザンギさんにこの子の事を伝えなきゃって思って向かった訳なのだけども…あの人も相変わらずね。誤解を招く様な行動をして警戒されちゃうし。
テツも異常に怖がっちゃって私にも使った…と言うよりテツが周囲に発生させるこの魔力が放出出来なくなる、ザンギさん曰く妨害魔法を使っちゃうし。
でも妨害魔法って魔法を使いにくくする位しか効果がなかったはずだけど、ってそれはどうでもいいのよ!
ザンギさんったら何か重々しい雰囲気を出しながら会話してテツが追われている理由を聞きたがっているけどそれって逆効果だと毎回思うのよねあれ。テツも気づいたのかちょっと警戒を緩めたみたいだし。
んでフードを払って黒髪を見せた訳だけれどもテツの手、ちょっと震えてたわね。やっぱり人に見せるのに抵抗があるのは一朝一夕には変わらないようね。
奴隷狩りに襲われた事がトラウマになってるのかもしれないわね。
そして黒髪を見たザンギさんは一瞬納得した様な顔つきになりかけてからきょとんとした顔つきになり
「…綺麗じゃないか。」
普段なら何口説こうとしてるのよ!って言う所だけどテツの恐怖を解くのにはいい手だと思ったから口出しはしなかったわ、流石に酒場で伊達にみんなの相談役をやってるだけの事はあるわね!そういう所は素直に感心するわ。
ただ…
「ありがとうございます、自分にとっては自慢の黒髪なので。」
そう言って微笑むテツの魅力にはものの見事に負けたわけなんだけど。
ってかテツってあんな顔で笑うのね、滅茶苦茶可愛いわね。こう時々見せるボーイッシュな雰囲気が背丈とも相まってちょっと強がってる感じで保護欲を掻き立てられるのよね。
その後はちょっと時間をかけて暴走しかかったザンギさんを止めた訳なのだけども…
ザンギさんと別れた後は特に案内する所もなく、すっかり朝のいい時間に屋敷に直行したんだけどやっぱりザンギさんに会わせた甲斐はあったわね!割とすんなり他人に素顔を見せる様になってくれたわ。
ついでに分かった事なのだけど…テツはあの妨害魔法以外は使えないみたいね。森で魔力をたっぷり浴びて育った木から取れた木材は良質な道具になるのにそれをただ燃やす為に持ち歩くなんて考えられないわ!
ここまで一般人とかけ離れてるとなると本当に奴隷として育ってきた可能性があるわよね…?
案の定ちょっと試してみたら大当たりだったわね!風呂が普及してる時代なのに水浴びって…
冒険者でさえ大パーティーでも水と布で身体を拭く位で済ませるって聞くし、夏の本当に暑い日じゃなきゃ冷水を被るなんて事まずしないわ。
…とテツの正体がほぼ分かった所で風呂場に案内して一応使い方を教えて風呂に入らせたわ。
着替えは私がテツに似合いそうなものを用意したわ!まぁ…メイド達も協力してくれたんだけどね。
この村じゃ元奴隷なんているくらいだからみんな気にしないだろうし、みんなテツの境遇を察してくれたのか好意的に手を貸してくれたわ。
目立つのは抵抗がありそうだからちょっと控えめな衣装にしてみたわ。本当はフリフリのドレスとかにしたかったけど…
そして早速用意した服を脱衣所に持っていって思ったんだけど、いきなりこんな所に一人にさせちゃった訳で…今日会ったばかりの人の屋敷で、悪く言えば半ば強制的に身包みを脱がされて、部屋の一室に閉じ込めた訳よね?
私は多少信用されているとしても他の人は依然として警戒してるだろうし、一人であまり落ち着けてないんじゃないかしら?
…有り得るわね。
私ももし入るならテツが上がるまで待つ必要なんか無い訳だし、一緒に入ろうかしら?
体に傷とか付いてたら…見せるのを嫌がりそうだけど私にとっては大した問題じゃないわ。
それよりも何とか逃げ延びてきた奴隷の女の子なんて同じ女として放ってはおけないわ!
せめて心の傷くらいは癒してあげたいじゃない!
そう思い立ち服を脱ぎお風呂場の扉に手をかける。
湯気で良く見えはしないけれどしっかりお湯に浸かってはいるみたいね。
そしてぼんやり見えるテツに
「テツ~湯加減はどう?」
そう声を掛けたの。
シュルツ村の壮絶な勘違いの開幕である。