百二十八話:三日目・その2
さて…そんなこんなで旅立ちの準備も進み、また訓練場に来ていた。
理由は勿論…訓練だ。
「さぁ、今日も張り切って行くわよ!」
「はいは~い」
ついさっきまでは防具を選んでいたんだけどな…
まぁ、こうなった経緯は至極簡単だ。
サヴァトが痺れを切らした、以上。
付け加えるなら、それで工房に突撃してきたからだな。
(残念、サヴァトからは逃げられない)
いや…別に逃げるつもりは無いんだけどさ。
ただ、いつまでやるのかな~とは思ってる。
…後、昨日やらなかった剣の試し切りもしたいしさ
(…忘れてた?)
いや、忘れてないぞ?
(うん)
…とか、こんなやり取りをする裏でサヴァトの杖の一撃を避ける。
いや、こっちの方が裏か?
まぁ、いい。
避けた動きに合わせて続けざまに、木剣を振るう。
なるべく振りを小さく、当てるのを意識して…と。
「甘いわね!」
それでもやっぱり受け流されるんだけどさ。
ぬるり…と滑るような感触っていうのだろうか?
とにかくそれが剣から伝わってくる。
で、そのまま喉元目掛けて杖が伸びてきて…
「くっ…」
それを腕当てで逸らす。
衝撃のせいで少し声が漏れたが、そこまで痛くはない。
早速だが、工房で受け取った腕当てが役にたった。
結局、工房で選んだ防具は肘当てに膝当て、脛当てと腕当ての四つだ。
後ついでに、留め具とポーチがついたベルトも貰ったけど…
それらを胸当てと合わせると…なんだかプロテクターみたいになった。
本当はこれに、手の甲部分に金属板を貼り付けた手袋だろ、腿当てだろ…ともう少し追加する予定だったんだが…
『受け止める為の防具で固めるより、軌道を逸らす様な防具の方を優先した方が良いんじゃない?』
そう言うサヴァトにより、ちゃちゃっとこれが良いと選ばれたからな。
それに何より…そこまで着けるとかなり動きにくかった。
ちなみに俺がアドバイスを求めたから答えてくれた訳で、勝手に選んだ訳ではない。
と言うかどれも捨てがたいと色々悩んでいた所に丁度よくやってきたのだ。
痺れを切らして工房に突撃してきたとは言ったが、むしろ防具の使い方も含めて教えてくれたか。
その分差し引きしたりすれば、結局は助かった訳だ。
さて、それで…だ。
腕当てで杖を弾いて懐に入ったのは良いんだが…
(…ん?あれ…?)
手を伸ばせばお互いに掴みかかる事ができる距離だ。
ここまで来ると、もうお互いに武器が振れる間合いじゃないな。
(…と、言う事は?)
えっと…どうしよう?
取り敢えずこのままタックルでも仕掛けるか…?
「ボサッとしない!のぉ!」
なんて思った瞬間に、サヴァトの声と共に変化が。
接近していた勢いはそのままに、視界の中で地面が上に空が下に…
(えっ…?)
世界が反転した…というよりは俺が反転したのか?
一瞬で、移り変わった天地に驚きつつ…
「ふぐっ…!」
背中から地面に落ちたみたいだ。
衝撃で肺から漏れた空気が、なんとも情けない声になって出てくる。
ついでに言うと、衝撃のせいか少し視界がぐらつく…
咄嗟に霊力の感知で状況を捉えようとしたが、少し遅かった様だ。
杖の先がまっすぐ突きこまれる様に喉元に…
「はい、これで一本ね!」
…直撃するかと思ったが、勢いを落としたのか杖の先がすんでの所で止まった。
昨日までなら絶対に突きこまれていたと思ったが…寸止めみたいだ。
幸いにも今日は、止めが直撃しなかった訳だ。
遂にと言うか…ようやく手加減を覚えてくれたのか?
「…えっと、何?今の?」
まぁそんな事は割とどうでも良い…と思える様な事が起きた訳なんだけど。
起きたことを考えたら、投げられたって結論にはなるんだけど…
「ただ投げただけだけど?」
「やっぱそうだよね…?」
だけど…どうやって?
そもそも両手は杖を持って塞がっていたはずだ。
(うん…)
その状態から、何かをされて投げ飛ばされた訳だ。
それも、何が起きたのか分からない…一瞬で。
一体どうやって投げたんだ?
「でも、どうやって投げたのかなって…?」
「あら?体術にも興味がある?」
「いや、そうじゃ…」
「心配しなくても今度教えてあげるわ」
「ちょ…」
「でもまずは最低限、剣を振れるようになってから…ね?」
「はぁ…」
なんか…かなり強引にはぐらかされた様な気がする。
全く質問には答えてくれない所か…何か喋る暇さえ与えてくれない。
しかも聞いただけで体術の熱血指導コースも確定してるし…
(やぶへび?)
藪を見ていたら蛇が襲いかかって来た!…って気分だな。
(…何か違う)
そこまで間違ってないだろ?
…なんて、ノームと一言二言話している最中に首に突きつけられていた杖が退けられた。
短い休憩時間も、ここまでみたいだな。
「そういう訳で、次!やるわよ!」
「りょうか~い!」
砂埃を払いつつ、立ち上がる。
「さぁ、来なさい!」
「おっけ!」
そして適度に距離をとり、仕切り直す。
でも、やる事はさっきとそう変わらない。
大ぶりになりすぎない様に、手数や小回りを意識した動きをする。
それでいて確実に、相手にダメージを与える攻撃を…
「昨日とはえらい違いじゃない!」
「まぁ…ね!」
後、やはり昨日よりはSPには残量があるおかげか、集中が出来る。
…それでも、例によって7割程度しかない状況なんだけどさ。
(美味である…余は満足じゃ…ぞ?)
それは至極恐悦にございます、と…
とまぁ、こんな感じにさっきからノームのノリに応えるだけの余裕もある。
それでいてサヴァトの、隙を見て放ってくる鋭い反撃にもわりかし対処が出来ている。
余裕なんて微塵も無いのだが、現状はこれで…問題ない…だろうか?
で、こんな打って打ち込まれてで…何戦くらい繰り返したっけか…
「お~やってますねぇ~」
何戦目か忘れた頃合、打ち合ってお互いに距離をとった直後にキリアキが来ている事に気が付いた。
つい声の方向に視線が流れてしまう。
「あれ、キリア…」
「隙有り!」
流石に、三人目に対して注意を向けすぎたか…
二人目の攻撃に、対応できなかった。
的確に手を狙って打たれ、衝撃で剣を落とす。
(ほら、ちゃんとする)
さっきまで集中力を削ぐ気満々だったノームに叱責されてもなぁ…
「よそ見をするからそうなるのよ」
「でも誰か来たらさ、一旦手を止めてくれるとかないの?」
「悪いけど、無いわね!」
どこまでも実践形式という事か?
いや、違うか…?中途半端に切り上げたくなかったって事か。
あくまで一本、決着がつくまでやると…
「それは…私だけ見ていて欲しい!と、そういう事ですか?」
自信満々で言い切ったサヴァトが、キリアキのその言葉に一瞬動きが止まる。
それから、額に青筋を浮かべながらにこやかな笑顔でキリアキに訓練で使っていた杖を向ける。
「あら?よく聞こえなかったけど、久しぶりに一緒に訓練したいって事でいいかしら?」
「死にたくないのですが…?」
「なによ?訓練で何か減るもんじゃないし、いいじゃない?」
「命は有限ですよ?」
昨日からこの二人って、こんなやり取りばっかしてる気がする。
それにどうにも乗り気じゃない様子だけど…
「そう言って、その装備は何よ?」
キリアキはいつもの神官みたいな服装ではなく、狩人みたいな軽装の装備を身に纏っている。
細めの身体と相まって、まるでエルフ的な印象を受けるな。
(…見た事、ある?)
いんや、無いけど?
それでも物語に出てくるような、森に住んでる華奢で弓と魔法が得意そうな印象そのものだな~と思って。
ただ、弓は持ってないけどな。
「これですか?久しぶりに着てみようかと思いまして」
「それじゃ、大丈夫そうね」
一体何が大丈夫なんだ?サヴァト…
(それよりも…)
あぁ、ここにはキリアキだけ来てるんだよな。
何処にもパラスケヴィの姿は見えない。
「それはそうと、パラスケヴィはどうしたんだ?」
「もう放っておいても大丈夫だと思いまして」
「置いてきましたって訳ね?」
「サヴァトも少しは面倒見て下さい、やたら手のかかる子供なんですから」
「嫌よ!私よりも年上のくせに遠慮も配慮も無く喧嘩売るだけの!闘争本能の塊みたいな奴!」
「…生殖本能の塊よりはマシでしょう?」
「なんで最悪が基準になってるのよ!!」
どうでもいいけど、サヴァトも闘争本能の塊って意味では大して変わらないと思う。
相手への口実が喧嘩と訓練と、その違いなだけで…
「あぁテッシン、そういえばギルドのご老人が用事があると探してましたよ」
で、二人であーだこーだと言い合っている中、思い出した様にキリアキからそう告げられる。
なんだろう、爺さんが呼ぶなんて珍しいぞ…?
基本、依頼に関してはどれもジーニャさんから頼まれてるし…
「分かった、ちょっと行ってくるよ」
一体、何の用だろうか?
そんな事を考えながら、さっさと訓練場から出る。
で、去り際…
「それに、言って貴女も対して変わらないですよ?城でも毎日毎日誰かを訓練に誘って…」
まだ言い争っているキリアキの方からそんな言葉が聞こえた。
…まぁ、そうやって考えているのは俺だけじゃないって事か。