地下59階
新暦502年3ノ月15ノ黄日。
その日、十数名からなる武装テロリスト集団により、国営放送局本部が占拠された。
以下、国営放送局局員の殺害後、当施設を占拠し国内外に向けて発せられた声明より、一部抜粋。
『初めまして、新王国の国民諸君。
私は、君達が言う反政府組織、“名無し”の首魁。纏鎧皇――――――という』
声明は朗々とした名乗りから始まった。
『為すべきことを為すために、ここに立つ。
これより我々は全国営施設、全民間施設へと無差別攻撃を始める。これは現政府に対する宣戦布告である。
志を共にすると言う者は歓迎しよう。現政府に不満を持つ者、単に人を害することを好む者、大いに結構。神を踏み躙る勇気ある者よ、集え。そうでない者共よ、覚悟せよ。
我らは決して大なる組織であるとは言うまい。しかし、最後の一人となるまで破壊の限りを尽くすことを、ここに約束しよう。大陸に住まう市民権を持った者、全てがその対象である。
我々は諸君らの輝かしき発展の礎となりし、澱である。
洗い流してみるがいい。血で血を。憎しみで憎しみを。拭い切れぬ憎悪の連鎖を、断ち切ってみせるがいい。
この手がその喉元に届く前に。青き星が、堕ちる前に』
血と肉を鎧にこびり付かせて、その男は――――――女性であるかもしれないが、便宜上ここでは男性として扱う――――――画面の向こう側にいるであろう全ての人々に、そう宣戦布告したのである。
一方的なテロ攻撃の予告。
彼等の標的は、大陸に住まう全住民、市民権を認められた人々であった。
これを受けた政府は、テロリスト集団の構成員及び協力者らを、国家転覆罪と殺人罪の一級重犯罪者として認定。その補殺を決定。臨戦態勢に入る。
声明の言葉通り、向こう一ヶ月の間、彼率いるテロリスト集団は、全都市の施設にて、自爆的テロ活動を開始。
鎧に身を包んだ戦闘員が、破壊の限りを尽くして果てることを繰り返し、数多くの死傷者が頻出する事態となった。
そしてその牙は、終に王都へと迫ることになる。
後のことの多くを語る必要はないだろう。
これにより無辜の国民は長い殺戮の夜を震えて過ごすこととなり、そして声明の中で、彼が自身を指した呼称が、その後の世にまで伝わることとなる。
『繰り返す。我が名は纏鎧皇――――――お前たちの、敵だ』
決して洗い流すことの出来ぬ悪名、『纏鎧皇』の名を。
この声明が放送されたのが纏鎧皇の凶行の始まりであり、その姿が初めて確認された日ともなった、全ての始まりの日である。
彼が自らを“残ったしつこい汚れ”であると称したのは、声を聞く全ての人々を皮肉ったものであったのだろうか。
結局貴族平民、全国民が、神の居らぬ地へと放り捨てられ、泥に塗れることになったのだから。
彼と同じ、穢れに塗れることとなったのだから。
そして来る、新暦502年4ノ月2ノ黒日。
運命の時。
纏鎧皇が、国家分裂の危機を救いし救国王をその手に掛け、神を墜とした時――――――。
『新暦588年発刊、月刊:冒険者より――――――特集:悲劇の王、殺劇の皇。犯された罪、禁忌の果て』から引用
■ □ ■
古い録画テープが再生され、映像が瞬く。
再生開始・・・・・・。
粗い画像が続く・・・・・・不鮮明な音声が聞こえる。
どうやら、二人の男が崖の上で対峙している場面から始まるようだ。
煌びやかな衣装に身を包んだ高貴な男性と、全身を鎧に身を包んだ人物。
その背後には海。
寄せては返す荒波に、飛沫が鎧を覆う鉄板に叩きつけられている。
「ようやく追い詰めたぞ。罪も無き人々を殺めた大罪人――――――の名の下に――――――王剣により――――――魂全てを、ここに断罪――――――!」
「ひっひっひ、はっはっは、ひゃっひゃっひゃ――――――」
「貴様・・・・・・何がおかしい!」
「いやあ、まったく可笑しいね。おっかしくってさあ、笑いが止まらねえや! こいつ、俺を殺そうとしてやがるぜ――――――また、俺を!」
「この・・・・・・狂人めッ! 貴様にとって全てが遊びだったとでも言うつもりか! 人の命を、何だと思っているんだ! 自分は死なないとでも思っているのか! 大勢の人間の命を奪っておきながら、貴様は!」
「俺が、死ぬ? 言葉はもっと正確に使うべきだ・・・・・・殺してやる! ってな!」
「お前はいったい・・・・・・何なんだ? お前からは何も伝わってこない。
ここに来るまでに立ちふさがった戦闘員達は、皆死にもの狂いだった。必死だった。お前は違う。
なんなんだ? 遊びやノリで戦ってるんじゃないんだぞ! これは、お前がしたことは、戦争だ! またこの国を戦火で焼くつもりか? お前は一体、何がしたいんだ!」
「さあ。現実感がずっと無いんだ。ただ一つだけ解るのは、俺が・・・・・・俺達が卑しい人間だってことさ。俺達だ、解るだろう?」
「貴様と一緒にするな!」
「笑っちゃうよな! すげぇ力をもらってさあ! 安全を保障されてないと、誰とも関われないんだからさ! 人より優れていないとさ!」
「もういい! 貴様には何もない! 確かな信念も、それにかける想いでさえ!」
「そうさ! 俺達には何もない! 力も! 立場も! 思想も! でも、それでいいんだ。それでいいんだよ! それで初めて、俺は俺になれるんだ! 生きていると言えるんだよ!」
「貴様が生きる価値は、貴様が奪った命を天秤にかける程のものか! 人を殺すという事が何なのか、まるで解っちゃいない! 人を殺し、殺される覚悟とは何なのか、教えてくれる!」
「いやほんと笑えるよ、そのジョーク・・・・・・いっひっひ。
俺もお前と同じような決め顔して、似たり寄ったりなこと言ってたんだと思うとさあ。いやほんと、笑えるでやんの。あっはっは、あっはっは!」
「貴様・・・・・・ッ!」
「待て待て、聞けって、落ち着けよ! もう少しおしゃべりしようぜ。
俺もさ、あいつにさ、似た感じなこと聞いたわけよ。戦う意味とか、そういうの。そしたらあいつ、何て言ったと思う?
誰かを殴ってるときは、頭の中が真っ白になるから解らない、だってさ。何も考えてないんだってよ。
後悔はあるそうだけど、やっちまう前とか、最中に何かごちゃごちゃ考えたりとかはないんだってさ。
気付いたら大体全部終わってるんだってさ。
狂ってるよな! でもさ、そりゃそうだって思わないか? 戦ってる最中は考え事なんてできないだろ?
なあ、お前さ、格ゲーってやったことあるか? わかるか、格闘ゲームだよ。懐かしいよなあ。こっちの世界の娯楽に格ゲーって発想自体が無かったことに俺は嘆いたね。
リアルバトルしてるんだから、当然っちゃ当然だけどもさ」
「ゲーム・・・・・・? 貴様、真逆!」
「あれやってる時さあ、一々こう、この攻撃は何フレームで、次にこの攻撃が飛んでくるだろうからこいつで差し込んで、とか考えながらやってるわけ?
無いだろ。そりゃそういう猛者も居るだろうけど。大体皆反射でやってるだろ?
無意識だよ、無意識。何も考えてないんだ。頭からっぽにして、楽しく戦ってる。
でさ、負けるとすっげー悔しいわけ。だから次はぜってー負けねーって頑張るんだけど、本番じゃ上手くいかなくってさあ。
あらら、論点がずれてるか。悪いなあ兄弟。いや、何が言いたいかっていうと、お前が言うなっていう話だよ」
「お前もあの場所から来たのか・・・・・・なら、どうしてこんなことを!」
「ほら俺達さあ、テロリストで過激な反政府活動とかしちゃってるけど、元々一般人だったわけじゃん。
俺達のやってることの元を正せばさ、あんたらが原因なわけよ。あんたらが変えちゃった全部が気に入らなくって、こんなことしてるわけ。
ああいやいや、俺達も戦いの被害者なんだとか言うつもりはないよ。
そういう政策が全部終わったか、進められてた最中か、その辺りで玉座に就いたんだろうし。知らないんだろ?
みんな、あんたのために色々したんだそうだぜ。口には出せないことを、色々。
俺達はその色々された奴らってこと。だからって、それだけで踏み込んだわけじゃあないんだよなあ。
気付いたら住んでた場所は燃えてて、家族は死んじゃって。じゃあ戦うしかないじゃん、って。それだけ。
意思はないんだわ。初めから。信念なんてないんだわ。あるのは憎しみだけさ。
そうなる状況しかなかったんだ。あとは流れで。適当に。
いわゆる、ほら、巻き込まれ系ってやつ。わかる?」
「知るか! いちいち腹の立つ言い回しを・・・・・・!」
「ムカツクように言ってやってるんだ。ほら、メッキが剥がれて来たぜ。自分が石ころだってこと自覚したら楽だぞ。すっげえ楽。
やっぱさあ、無理だわ。どれだけすっげー特殊能力だのスキルだの貰ってもさ、お前じゃ勇者様にはなれないんだわ。俺達じゃ無理なんだよ。わかるだろ。自分じゃ、だめなんだ。自分じゃさ。
前いた所じゃいてもいなくても変わんないような奴だったんだからさ、そのままの中身に力をプラスしたところで、なあ。
でも自分が石ころだって気付いたらさ、砕いちまえるんだからいいぜ。
そしたらどろどろに溶かして、叩いて、叩いて、叩かれたら、ちょこっとだけだけれど、鉄が出来上がるかもしんないし」
「石だと・・・・・・? 貴様、石だと! この俺が・・・・・・わかっているのか! 本当に狂人か!」
「ところがどっこい、血統書付きなんだなあ、俺。俺とお前の違いってやつがさ、ようやくわかったぜ。
俺な、変なやつに出会ったんだよ。そいつ薄気味悪いやつでさあ、もう頭なんか、完全に狂ってるでやんの。恐いったらないぜ。
仕事とかで何していいか解んなくってさ、ぼーっと突っ立ってると、イライラしながら近寄ってきてさ、拳骨くれてくるんだぜ。
でも、俺が解るまで教えてくれるんだ。ありがとうって言うとさ、嫌そうな顔して、知るかよなんて。
俺さ、思ったんだよ。たぶん、地球で出会ったとしても、こいつは同じように俺にしてくれるんだろうなって。
俺も、同じようにこいつと付き合えるんだろうなって。
お前はいいなあって、思うよ、今でもさ。俺の欲しいものを全部持ってるんだからな。
金、地位、力、部下、女・・・・・・でもさ、それだけだ。
俺の欲しいものなんて、俺がいいなあって思ってたいいものなんて、俺の頭の中にあるくらいのものだったんだよ。
そうさ。俺は俺の思い通りになってくれるものしか、イイものだって思えなかったんだ。今でもそうさ。
自分本位なんだ。どこまでいっても。異世界にまできても。
でもさ、そんな俺に、友達が出来たんだ。全然これっぽっちも思い通りにならない友達がさ。いきなりぶん殴って来るようなやつがさ、友達になったんだ。
今日だってそうだ。俺に死んでこいなんて言うんだぜ。
どうだ、羨ましいだろ」
「何が言いたい・・・・・・まだ、仲間がいるとでも? 必ず、お前をここで倒し、その仲間も逃さん。お前たちがしたことの責任をとらせてやる」
「そうか。じゃ、俺の勝ちだ。ざまあみろっての。ちゃんと知っておくべきだったよ、俺達は。
そうさ。ひな鳥みたいに、口を開けて、与えられるだけを待ってた。そのくせもらうものにケチつけるような俺達はさ。
偶然に貰ったものは、唐突に取り上げられるかもしれないってこと。それぐらいは知っておくべきだったんだ。
さ・・・・・・ここいらで詰めだ。そら、行くぞ。殺してみせろよ! かっこよくさあ!」
「く、お・・・・・・飛べ、王剣よ! 我が敵を刺し穿て!」
「あ、ぐ・・・・・・剣は、ぶっ飛ばすもんじゃ、ないだろ・・・・・・痛てぇな、くそ・・・・・・!」
「お前は・・・・・・お前は一体、何なんだ! 何者だと言うのだ!」
「はは・・・・・・俺かい? 俺は――――――」
画像が乱れる。
鎧姿の人影から、兜が外される。
ズーム・・・・・・画像の乱れが著しい。
「――――――俺は、お前だよ――――――」
・・・・・・剣の群れに鎧が解け、人影が海に落ちていった。
・・・・・・画像が途切れ途切れになっていく。
ここから先の記録は、再生出来ないようだ――――――。
■ □ ■
「ああ、ああ、我が王。我が君・・・・・・なんと凛々しく雄雄しいお姿なのかしら。あと半年で、わたくしはあの方の隣に立つのね」
「お嬢様」
「アルマ・・・・・・まだ政務の時間じゃなくってよ」
「申し訳ございません。そろそろお薬の時間でしたので」
「あら、もうかしら? 楽しい時ってすぐに過ぎ去ってしまうのね。
うふふ。ねえアルマ、あの方がね、わたくしのことをね、可愛らしいと言ってくださったのよ」
「ストップ。それ以上は後悔しますよ。さあ、今日のお薬ですよ」
「ちょっと、無理矢理押し込まないで」
「さあ、飲み込んでください」
「んっ、ふ・・・・・・!」
「落ち着きましたか?」
「・・・・・・もう少し待って。今、自己嫌悪で忙しいから」
「心中お察しいたします」
「ああ・・・・・・頭がぐらぐらする。頬が熱くて、まだ夢の中にいるみたい。アルマ、引っ叩いてちょうだいな。目が覚めるようなやつを、お願い」
「はい、お嬢様。喜んで」
「ぃっ、つ! ちょっと・・・・・・強すぎでしょうが! ほんとに、まったく・・・・・・!」
「目が覚めましたか?」
「ありがとう。おかげさまでね」
「どういたしまして」
「まったく、『信者獲得』は本当に厄介な能力ね。ネタが割れてる分、対処はできるけど。これほど錬金術を学んでいて良かったと思ったことはないわ」
「惚れ薬を予め投薬しておくことで、『信者獲得』による感情の揺れ幅を0にし、解毒剤でニュートラル状態に戻す。
能力で変動する好感度には限界値が存在する、という仮説は証明されましたね。半ば賭けでしたが」
「その点は不安はなかったけどね。元々、あの人がいたんですもの。自分自身というサンプルに欠くことはなかったのだから。
ただ、副作用がキツイのよね、これ。無理矢理プラスに感情を持ちあげて落とすを繰り返してるんだから、マイナス方向に沈んだらもう、底なしだわ。
やってらんないわ・・・・・・アルコールも切れてる。アルマ」
「お嬢様、飲酒は控えた方が。周りの目もありますから」
「そうね。今後、私生活まで管理された状態で派手に動くのはもう無理ね。造り溜めた薬の量のリミットは半年。騙し騙しやってくしかないわ」
「出来るだけ二人きりにはならないよう手を回しています。ですが彼は欲望を抑えられる性質ではありません」
「そりゃあ、新しく手に入れた玩具は見せびらかしたいでしょうし、振り回したいでしょうよ」
「お嬢様も、薬が効いている間はそれを受け入れてしまうでしょう。御覚悟を」
「間接加護はジャミングが効かないのよね。アレが龍の予見の力を手に入れると思うと、ぞっとするわ。
解った、自己暗示を強化しておくわ。壊れちゃったら後始末をお願いね。ああ、そんな顔をしないでちょうだい。
貴女が言い出したんでしょうに。大丈夫よ、死にはしないわ。死には」
「加えてご報告を。以前、東軍の将、氷華と名乗る者が出陣した件についてですが・・・・・・」
「出撃命令など出してはいない。
この連合軍統括たるわたくしに従わぬ者などいない。独断専行など、あってはならないことなのよ。おわかりかしら?」
「失礼しました。氷華が外部不法地帯へと散歩に出かけた件のことですが」
「ああ・・・・・・確認が取れたのね」
「はい、死亡が確認されました。既にご存知でしたか」
「確認が取れた場所、わたくしの別荘があった街でしょう? 今は廃墟になってる、あの街で・・・・・・」
「懐かしく思われますか?」
「ええ、綺麗“だった”思い出は、いつまでも色褪せないから。
あの街には龍脈が流れているわ。『地下街』・・・・・・地下派生型のダンジョンが近くにある土地は、龍脈が発達しているもの。
もう枯れているとはいえ、あれだけ派手にやったんだから。“神降し”までね・・・・・・あの龍脈の震えは、忘れようもないわ。そりゃあ、わかるわよ」
「流石は魔導の長、龍の血を引く高貴なお方・・・・・・王妃の名に相応しいお力です」
「ホント、嫌味な・・・・・・それでアルマ、その、氷の何とかとかいう奴・・・・・・あー」
「覚えておられないのですか? あれだけ熱心に青薔薇を届けていらしたのに」
「つまらない男は二秒で記憶から消すのが淑女の嗜みってやつでしょ」
「違いありません」
「あー、確か、それ以外にももう何人かいたでしょう。勘違いしちゃった痛い奴」
「勘違いさせた、というのが正しいところでしょうね」
「男って馬鹿よね。愛想笑いして意味あり気に目を伏せてやれば疑いもしないんだから。数歩近づいて震えるため息でも吐いてやればトドメよ」
「その勘違いをした・・・・・・火を扱う者が」
「やらかしたんでしょう。それも、知っているわ」
「お嬢様」
「知っていて、放置した。そう言っているのよ。
神様にもらった能力。自分は何でも出来るなんて万能感・・・・・・そりゃあ楽しいでしょうよ。
そこに大義名分まで付いちゃったら、もう、何が起きるかなんて火を見るよりも明らか・・・・・・どいつも、こいつも」
「自分が行っていることが虐殺であると、どうして気付かないのでしょうか」
「盗賊だの山賊だのなら、どう扱ってもいいと思っているんでしょう。そのところは『地球人』との差はないわね。
彼らも悪人なら苦しめて殺してもいいと思っている。こちらの人間なら、なおさらでしょうね」
「あれで貴種を名乗るなど・・・・・・あのような者がいるから」
「常勝無敗の軍は王の理念の下に集った英雄達の群。すべてが勇者の資質を兼ね備えており、敗戦などありえない。
笑えるわよね。あんなのを将において、統率の欠片も取れず、“事故”として処理して尻拭いまでしてるんだから。
それみたことかって指を差していいわ。形だけの幕僚長を前にして、どう?」
「いえ、決してお嬢様を貶めようなどと」
「悪いけれど、良い者になろうだなんて、思ってなどいないわ。
これで、外道に成り果てたと解ったでしょう。これで、本気になるでしょう。ここから先は、一方的な狩りじゃない。ようやく、戦いが始まるのよ」
「そう、ですか・・・・・・」
「あら暗いこと。勝つと信じてるとでも言いた気ね? あの人のことが心配だと、言えば楽になるわよ」
「いいえ。こと闘いに関しては何が起こるか解りませんから、元兵士としては断言することはできません。私が信じているのは、お嬢様ですよ」
「何よ急に。かしこまっちゃって」
「“見得た”のでしょう? ならば、そうなりますよ。必ず。
だからお嬢様も・・・・・・二人であの御方を出迎えましょう」
「そうね・・・・・・さあ、人が来るわ。もう下がりなさい」
「はっ、それでは、失礼いたします」
「でもね、アルマ・・・・・・わたくしの見た未来に、貴女の姿は無かったのよ――――――」
■ □ ■
王都。中心部から外れた区画の端に位置する、軍施設の一角。
テロリストから鹵獲した兵器の保管室で、二人の兵士がカードゲームに興じていた。
板張りの卓上に「ブタだ」と、全ての札を投げ出したのは、ガッシリと筋肉質な身体をした兵士。「ごちそうさまです先輩」と、賭け金に手を伸ばしたのは、白髪が散る痩せぎすの兵士。
逆さに伏せられた銃器の輸送ケースの上には、今回のゲームで支払われたチップと切られたカードが積まれていた。
懐に仕舞い込まれていく賭け金を不機嫌そうに睨みながら、「まじ許せねーな」と悪態を吐いたのは、先輩と呼ばれた兵士だった。
「いや、すんません先輩。でもこれ勝負ですし、今更待ったはないっすよ。今まで俺負け続きだったんすから、これくらい勘弁してくださいよ」
「馬鹿野郎、違えよ。あれのことだ。アレの」
アレ、とあごでしゃくるように指したのは、壁に無造作に打ち掛けられている全身鎧。
見るからに鈍重で機械機構を凝らした作りの外見に、内側には複雑な配電盤のようなモールドと皮膚に貼り付ける電極が見えている。
それは機関鎧と呼ばれる代物だった。
近頃になって話題にのぼるようになった機関鎧。もちろん、利便性に富んでいるが故、需要が増えたからなどと、ある訳もなく。
テロリスト共の主要兵器として制作され、使用されているからだった。
「本当ならこれはよ、医療用によ、前線で負傷した兵隊のリハビリだとか、事故で怪我しちまったやつらの社会復帰に使われてたもんのはずだろ?」
「先輩、よく知ってますね」
「まあ、ちょっとな。俺さ、妹がいるんだけどよ」
「何度も聞いてますって。天使みたいな子なんでしょ?」
「へへ、そうさ。でも、腕がちょっとな。ほら、あの戦争でさ、貴族様達が守ってくれたはいいが、巻き添えくらっちまってさ。
妹は復元魔術に耐えるだけのレベルもないってんで、機関鎧を作ってもらうことになったんだ。そんで勉強した」
「ああ、それで・・・・・・風評被害ってやつですか? 今、すごいですもんね」
おざなりな返答をしながら、くたびれた兵士がカードを配る。
攫うようにして手札を受け取り、先輩と呼ばれた兵士は憂鬱に口を開いた。
「運命だと言う奴もいる。もっと、“上手く”やっていればと」
「“たられば”の話しなんてしたら切りがないですよ」
「誰も今の平和を頭から信じてる奴なんていないさ
神様が急に降臨なさって、星になって空に昇って、暴利をむさぼってた冒険者ギルドは神の怒りに触れて滅んで。
そんでその恩恵に預かろうと周辺各国が一斉に群がってきて、エスカレートして戦争勃発だ」
「その神様のおかげで戦争も早くに終わったじゃないですか。そりゃだいぶ、激しくはありましたけど」
「戦後の処理は上手くはないと思うぜ。やったのといえば、鎖国政策だ」
「まあ、侵略を受けた側としては、神威の独占にいくのは当然っちゃ当然でしょう」
「失ったものはほとんど無く、神の恵みによって得たものばかり・・・・・・本当にそう思うか? そう信じてるか?」
「それは・・・・・・」
「“自分の身体”にかけて言えるか?」
「いえ・・・・・・」
「勝った、ってことを、綺麗にデコレーションしなきゃいけない時期だってのは理解してるさ。
そりゃあな。そうしなきゃ付け入られる。でも、それだけで終わったわけじゃない。
きっと見えない所で、失ったものがあるさ。受け入れるだけの時間もない。わかってるだろ、お前も」
「先輩、それいじょうはマズイっすよ」
「別に、誰が見てるわけでもないだろ」
「神様が見てます」
「ハ・・・・・・それだよ。信仰っていうのは、もっとこう、違うだろ。金で売り買いできるような、経済論なのか?
何なんだよ・・・・・・帰依してお布施を差し出さなきゃ異教徒認定だとか。おかしいだろ」
「冗談じゃすまなくなりますよ」
「違いはあっていいはずだ。ホンモノが目の前に出てきたからって、鞍替えしなきゃいけないなんて道理はないはずだ。
そうじゃなけりゃ、この国から、人の歴史は消えてしまう。生きた証さえ・・・・・・」
「運命だって言ったのは」
「・・・・・・踏み躙られれば、立ち上がるしかないんだ。こうやって、反政府軍なんてのが存在するのが、その証拠なのかもな」
「危険思想ですよ、先輩、それは、でも」
「勘違いはするなよ。同情はしている。だが、間違っているとも思っている。あいつらは間違っているんだ。絶対的に間違えてる」
「間違えて、いますか」
「理解もするさ。ただ生きたかった。たったそれだけの願いすら奪われたのなら、尽き果てるまで進むしかないだろう。前へか、後ろへかはわからないが・・・・・・」
「振り向かずに、往く者達、ですか・・・・・・」
「やぶれかぶれか、自暴自棄か、まるで冒険者みたいだ。でも、奴らはやっちゃいけないことをした。わかるか?」
「いえ、テロ行為に手を染めたからくらいしか」
「楽しんだことさ」
ブタだ、と先輩兵士はカードを投げ出す。
「信念があったのかもしれない。同情に値する理由もあったのかもしれない。
でも、楽しんでしまったらもう、終わりだ。
一度だけ、前線に補充要因として参加した時に、奴らとカチ合ってな。戦いぶりを見たことがある。
笑ってやがったよ。こっちに死傷者が出る度に、いい気味だ、なんてな。楽しんでた。戦うことを、殺すことを・・・・・・」
「復讐が、娯楽化していたと?」
「“生きがい”っていうのはそういうもんだろう? どんな形であれ、例え憎しみであっても、そこに愉悦なんて終わりがありゃな」
「人の気持ちって、持ち続けると執念になって、それがさらに過ぎたら手放せない生きがいになって・・・・・・最後は、楽しみになる。そういうことですか」
「だからもう、ダメなのさ。もっと別の手をとれば、いつか救われたしれない。それを待つことが出来なかったことも理解はできるさ。
でも、思うだろ。なんでもっと、どうしてこんな事しか、って・・・・・・。ああ、憎むよ。俺は憎い。こうやって、戦争っていうのは後を引くんだろうな」
「結局は憎み合いになるんですよね・・・・・・許されるにはもう、人を殺しすぎてる」
「それも、あんなに大勢の罪もない人をな・・・・・・楽しんでやったんだろう。心が死んでしまった奴らの所業だ。だが、どうしてあんな事が出来る? 人間なら、人なら、どうして・・・・・・ちくしょう」
「戦争ごっこをしてる気分なんでしょうかね」
「戦争をしたがってるんだ。奴らは。終わらせたくないんだ。怒りを憎しみを、風化させたくはないんだ」
「本当にそうなんでしょうか。なんていうかこう、あいつらは、自分を全部差し出してるっていうか、自滅戦法をとってるような。消え去ろうとしてるんじゃないかって、思うときも」
「まるで冒険者だって、言ったろ?」
「ああ、そういう・・・・・・」
「やってる手はテロ屋でしかないのにな。一番最初に血を流したのは兵士じゃない、民間人だった。
何の罪もない、無力な人達だ。それを真っ先に狙い撃ちした。だからもう、俺達は処理するしかない。歴史に国政の失敗だったと刻まれるでもなく、ただのテロとして消されるだけになってしまった」
「惜しい、と。先輩は思うんですね」
「苦しさは、残してもいいんじゃないかってな。でも、ただのテロになったんだ、あいつらは。そういう選択をしてしまった」
「こう、鬱屈してる何かを感じますよね。すごい力で相手を蹂躙してすっきり爽快、みたいなのだったら、まだ理解できましたけど。
確か、貴族様方のご子息が通う、お嬢様お坊ちゃん方の学校も狙ったんですっけ。俺も、教室にテロリストが踏み込んできたら、なんて妄想はした口ですけど、実際やるとなると」
「気が狂ってるよ。事故だの偶発的な事態だのってことじゃない、自分達の意思でやったんだ。初めから、決めてたんだ。
踏み越えちゃいけないラインってもんがある。そいつを越えちまったら、畜生以下だ。
おかしいんだよ。使ってる武装は医療器具だぞ? なんなんだ・・・・・・人を助けるための道具が、それが今じゃ、テロリストの象徴みたいになっちまった。
機関鎧を着けてる奴は、それだけで白い目で見られちまう。
やるせない気持ちになるんだよ。どうしてって・・・・・・こんなことしかやれないんだ」
「周りが見えなくなってしまえば、もう、後はどれだけ道連れにできるかってことしか考えないでしょうから」
「人を生かすための道具で、人殺しなんかしやがって。それも何の罪もない人達をだ。どうして・・・・・・ちくしょう」
吐き捨てられた言葉に蹴り上げられた箱の中から、鉄が擦れ会う耳障りな音がした。
箱には取り扱い注意の焼印が。既に開封されているものから鑑みるに、この箱の中身も長短重軽、様々な種類の重火器が詰め込まれているのだろう。
これも、テロリスト共が破壊活動を始めた時期と前後して、急激に数を増やしたものだ。
取り扱い注意、の癖にそこいら中に適当に保管箱は積まれている。
扱いが雑に過ぎるのは、魔法科学の発展した社会において、火薬で作動する原始的な兵器の危険性を認識していないため、ではない。
こと“現代”社会においては予め理解しておくべきだが、こんな火薬で鉛玉を飛ばすだけの“ただの”科学反応を用いた兵器・・・・・・否、子供の玩具になど、危険性はないのである。
そこに魔力が含まれていなければ、こんな場末の鹵獲物資の点検所に配属されたような落ちこぼれ兵士であったとしても、その魔力障壁に傷を付けられるはずなどないのだから。
だが、この玩具を兵器足らしめんとしている理由。それは、これが実際に、人を殺すからである。
それも、国連軍に配属されている貴族の子弟を。下級兵士の何百倍もの強度を持っているはずの彼等の魔力障壁を撃ち、貫いて。
有り得てはならない現象だった。
何か原因があるはずだ、と自爆的特攻を繰り返すテロリストの残した物品を回収し、検査を続けてはいるものの、結果は芳しくなく。
国力の粋を集めた魔導科学研究所の分析結果ですら、原因不明の結論を出すしかなかった。
テロリストの首魁と、その配下の者達が皆、機関鎧などという酔狂な代物に身を包んでいることから、恐らくはそこに何らかの力でもって威力を跳ね上げている秘密があるのだろうと考えられるが。
機関鎧に限らず魔導科学とは本来、ろ過した無色の魔力――――――機械動力にするために、あらゆる神意を排除した純粋な魔力が使われる、非常に非効率的な技術なのである。
それが今日の社会の発展の要となったのは、人間が実際に作業を行うよりも長時間、しかも大量にエネルギーを提供できるからだ。
質よりも量。効率よりもさらに量。量、量、量。種々あるエネルギーの価値とは、その提供される量にこそある。
水を産み出すために、空気から魔力を抜き、電離を促して・・・・・・などという面倒なことを人間はしない。誰でも魔法によって、コップ一杯の水を産み出すことができる。
しかしそれがバスタブ一杯となれば・・・・・・相応の労力は掛かるであろう。ならば、多少は不便であっても、自動化を望む流れが起こることは不思議ではない。
人間が扱う魔力が、何にでも応用可能な万能の賢者の石であったとしたら、ろ過された魔力は、ガソリンの用途しかない。
しかし、産み出され使われるエネルギーの万能性は陳腐なものであったとしても、圧倒的な量による長時間駆動には替わるものはないのだ。
魔導科学の発展のお陰で、大量に安価に生産活動をすることが可能となったのである。
物質的な意味での科学はもはや時の彼方。
その物質的に作用する効力事態が操作可能であるのだから、科学的な証明、などという普遍性などもはや存在しないのだ。頭に魔導がついていなければ。
魔導科学の先駆者が、テロリズムに協力しているのは自明である。
このような何でもないガラクタを使って、兵器にしたて上げてしまう程の。
機関鎧を整備することが出来る技術者もだ。
貴族連が誇る魔術師の、高レベル防壁を貫く装備。
何か秘密があるかと鹵獲してみても、発射対に魔力回路を用いた構造をしているものの、それだけだ。
低レベル防壁でさえ貫通することがやっとの威力に、不可解さが募るばかり。
この兵器に秘密があるのではないのかもしれない。
まるで、神秘を掻き消す力が込められていたかのようだ。
とにかく、こうしてテロリストが出没する度に使えない兵器の山が増え、この二人のように落ちこぼれた兵士の仕事が増える訳である。
「俺はまあ、平民上がりだからよ、戦いの方はそりゃからっきしだが、お前は違うだろ。前線で戦って“そんな”になっちまったんだろ? 思うところはないのか? 悔しくないのかよ」
「いやあ、あはは・・・・・・」
「笑ってんなよ。本当ならこれは、お前みたいな奴にこそ使われるものだってのによ」
後輩の兵士は苦笑いを零しながら、右の腿を擦った。
ズボンの端が呼吸に合わせてそよいでいる。灰色髪の兵士の右腿、その中頃から下にかけては、何もなかった。あるべきはずのものが無い。右の脚が、ない。
機関鎧というものは、本来は彼のように戦傷で手足に欠損を抱えてしまった者へのケアのために使われる、医療器具であったという。
それがテロリストの首魁が、正体を隠すためであるかは知らないが、一部だけならまだしも全身に機関鎧を装備し、それを構成員にも同じようにさせていたのがいけなかった。
悪い意味で派手な活動と、登場であったことも理由の一つだ。
モニタ一杯に映った、血肉塗れの機関鎧。
テロリストの象徴として、機関鎧が扱われるようになってしまったのも無理はない。
今や医療の場からも機関鎧は排除されてしまっている。
嘆かわしいと言わんばかりに、先輩兵士は大いに頭を振って、立て掛けてある機関鎧を睨み付けた。
「ああ、クソ・・・・・・さっさと見つかっちまえってんだよ。奴らの力の秘密だかなんだか知らんが、迷惑なんだよ。テロ屋共が」
「道具は道具であるべき、ですよね」
「全くだ。人を助けるものが、それ以外の用途に使われていいわけがない。だろ?」
自らを纏鎧皇と名乗ったその人物。
鈍重な鎧に姿形を隠したことで男か女かも解らず、構成員にも同じ代物を装備をさせたことで、一体誰が首魁であるのかも解らない。
正体不明である。個人というものを隠蔽したのである。
もしかしたらもう既に、あの憎き纏鎧皇は死んでいるのかもしれない。
既に若き王によって、止めを刺されたとの噂もある。
だが実際には、国営施設を狙ったテロリズム行為は依然として続いている。
「気分が悪いったらねえぜ」
「まあまあ、ほら先輩、ゲームの続きしましょうよ。今日は俺調子がいいんすよ。先輩の勝ち越しも今日でストップさせちゃいますから」
纏鎧皇とはただのシンボルであるのかもしれない。
姿を隠す理由は、民にとっての王のように、象徴とならんとしているからなのかもしれない。
だとしたら、“初め”が死んだところで、第二第三の纏鎧皇が現れるだけだ。いや、もうすでに初めの纏鎧皇は死んでいるのかもしれない。
つい数日前の噂では、王自らが率いた直属の討伐部隊が出撃し、討ち取ったとも聞こえている。
実際に親衛隊が出撃を行った様は、奪い返した国営放送から流れてきた。
拠点を奪還し、かつテロに屈さぬという示威行為の報道なのかもしれない。
常勝無敵を旨とする親衛隊が、しかし帰還が果たされていないところを見るに、相当に梃子摺っているのだろう。
相手は探索魔術に掛からない、ゲリラ兵の群れなのだ。想像もしたくない。
おそらくは散り散りになられ、各個撃破を強いられているのだろう。
ならば、一匹でも逃してしまえば、それは憎しみを糧として新たな纏鎧皇となるだろう。
どちらかがどちらかを殺し尽くすまで終わらないシステムだ。まるで悪夢だ。この国を動かしている人間とは正反対の存在だ。
王と皇。
何と言う屈辱であるか。
先輩と呼ばれる兵士は奥歯を噛み締める。
無差別で無意味な殺戮にしか興味のない狂人が、晴眼たる王と同列を名乗るとは。
皇などと、神を捨てたような者がよくも名乗れたものだ。
「よし、俺が確かめてやるよ」
勢い切って先輩兵士は立ちあがった。
あっと後輩兵士が止める間もなく、立て掛けられていた鎧を降ろし、その留め具に指を伸ばしている。
「ちょっと先輩、やめといたほうがいいですって。勝手にいじったら、やばくないっすか、それ」
「大丈夫だって。ちょっと確かめてやるだけだから」
「確かめるって、何をですか。やめましょうよ、もう」
「やめねえ。知ってるだろ。これを使ってた奴らはみんな反逆者だ。誰も彼も加護を受けられない、捨て去った奴らだった。
神様に唾を吐き掛けたような奴らが猛威を振るってる理由がこれだっていうんなら、それで本来の道具の道からこれが外れちまったっていうんなら、元の道に戻してやりてえじゃねえか。
お前もそう思うだろ。俺がこいつを付けて、それで何にも起きなかったら、そしたらこれは安全だって証明になるじゃねえか。全部あのクソ野郎がスキルか魔術か何かしたせいってことだ。違うか」
「発動条件とか、何かそういうのあるかもしれないじゃないですか。やめましょうって」
「うるせーっつーの」
どうやらこの先輩兵士もまた、テロリストを支える力が機関鎧にあるのではなく、それらを率いる纏鎧皇にあるとする立ち場の考えのようだ。
もちろんそのような説もある。
普通は、組織のリーダーは自陣に構えて動かないだろう、と考えるはずだ。であれば、魔導科学の理論に則り、防御力無視という特殊能力の負荷など、人為的なものであるとしか考えられない。
纏鎧皇の仕業だ、と思うのが当然であるだろう。
だが国の中枢機関の決定からして、その説を支持する者は極少数だ。
“初代の”纏鎧皇は王自身の手ずから死を賜った、という噂は信憑性が高いのかもしれない。
人為的なものであるとの仮説を棄却するには、当人の死をもってしか証明出来ない。
そうして、何か新たなテクノロジーが開発されてそれを使っているだろう、という説が残るわけだ。
先輩兵士もそれは理解はしていた。
だが、信じたくはなかった。
道具に罪はないと信じたかった。
全ては、使う人間が悪いのだ。
「誰もやらねえってんなら、俺がやってやるよ」
テロリスト達の力の秘密が機関鎧にあると考えられているのなら、それを覆したいのならば、簡単だ。実際に鹵獲した機関鎧を身に付け、試してみたらいい。
だというのに頭の固い学者連中は、理論だけで物を喋ってからに。と先輩兵士はぼやく。
確かにそうではあるのだが、実際にそれを試したものは、これまでは居なかったのである。
死体から剥ぎ取った、ましてや凶悪犯の装備を身に着けることに抵抗もあるのだろう。サンプルの少なさもある。何とはいってもたかだか数十人からなる戦闘集団でしかない。
だが一番の理由とは、呪い、である。
呪いとは神意の真逆の性質を持っている。人が産み出した穢れ中の穢れ。人自身の内側から産まれたものなのだから、加護の有るや無しなど関係がない。
機関鎧は呪いによる汚染が危ぶまれ、そして誰もがあんな狂人共の呪いを受けたくはなかったのだ。一体どんな呪いであるのやら、想像もつかない。
命じて実験を行うのも、技術の解明は急務であることは確かだが、もはや戦時ではないのだから余裕を持ってして人道的に事にあたらねば。
そんな考えもあるのだろう。とにかく、人体実験は行われてはいないようだった。
だから自分が試すのだ、と先輩兵士は言った。
「ちょっと、やめときましょうよ。素人考えで手を出すのは危ないっすよ。怪我とかするかもしれませんし。先輩、そういうの慎重だったじゃないですか」
「いや、俺には呪力耐性のスキルがある。俺がやらなきゃよ、誰がやるんだよ。悪いのはテクノロジーじゃないんだってこと、証明してやらなきゃ。こいつも可愛そうだろう」
「先輩、賭けカードで負けてヤケになってませんか?」
「違えっつってんだろ、うるせえなあ。1ヶ月前までは軍隊でぶいぶい言わせてたかもしれねえけどよ、お前はよ、ここじゃ俺の後輩なんだから、黙って見てろよ。ちょっとくらいまぐれ勝ちしたからって、いい気になるなよ」
「やっぱり気にしてるじゃないですか。だからやめ・・・・・・ああ、もう、しょがない人だな」
うるさいなという怒声と共に、鎧の留め具が外された。
耳障りな鉄の擦れる音。複雑な内部構造に目を奪われながら、そうっと先輩兵士は開かれた手甲に腕を挿し込んだ。
皮膚に電極が触れ、電源が上がる。どうやら自動起動の設定になっているようだ。そして釣られるようにして、次々と残りの箇所もまた展開されていく。
間接の裏側から伸縮性の強い人工筋を伝い、各所が連動しているようだ。
背骨が中心となるコアユニットを形成しており、どこか一点でも身体に触れていればそこを基点とし筋が収縮し、全身に纏わりつくような構造となっているらしい。
学に疎い者でも解るくらいに簡易化されているのは、戦いの道具として精練されつつあるからか。
苛立ちと共に、先輩兵士は鎧の内部へと身を任せた。
人工筋が収縮する、ゴムが引き絞られるような音。そしてあっけない留め具の音を起て、機関鎧は閉じられる。
目に魔導の光が宿った。剣呑な輝き。怖気が背筋を這う。ナイフで首筋を撫でられているような感覚がする。
後輩兵士には、これが食虫花が獲物を捕らえたような光景にも見えた。
そして。
「ほうら、見ろ。何とも起きねえ」
「ほんとに、もう・・・・・・自己責任ですからね」
「言うなって。しっかし俺の言った通りみたいだぜ。パワーアシストは掛かってるが、魔力で強化されたもんに届きやしねぇ。
表示されてる特殊機能も、兵器の管理プログラムと高速機動・・・・・・に見せかけだけのものくらいだ。こんなもんを着てよく戦えるもんだな。
やっぱりこいつは戦いの道具になんかするもんじゃねえよ」
「どうなんでしょうね。道具が何を思っているかは解りませんよ。使う人間が悪いんだって考え方は、道具の気持ちを無視してるのかも」
「道具は道具だろうがよ。正しく使ってやるのが、こいつらにとって幸せに決まってる」
「まあ、最近は俺、あんまり幸せとかと縁遠いですからね。決まってる幸せってのが何なのか、よくわかんねえや」
「ぶうたれるなよ。悪かったって。始末書積まれるくらい勘弁してくれや。手柄だぜ、これは。機関鎧が安全だって証明が出来たんだからよ」
「もし世間で噂されてるみたいに、纏鎧皇が死んでいたとしたら、先輩の着てるその鎧が、もしかしたら纏鎧皇のものであるのかもしれませんよ。
潜り込むための仕込みだった、とか。ガラクタみたいなスクラップの山だ・・・・・・木を隠すなら、鎧を隠すなら、ってね。これだけ押収品があるんですし、もしそうだったら色々大変ですよ、先輩」
「恐いこと言うなよ・・・・・・俺、始末書書くだけで済むかな。まあ細かいことは気にするな、だ。
それよりももっとよく見てくれや。どうだ、戦闘訓練はからっきしだったが、ガタイだけは良かったんだぜ、俺。大したもんだろう。中々きまってないか」
「ええ、格好いいですよ。俺なんかよりもずっと・・・・・・本当に、俺なんかよりもずっと」
「ワハハ、そうだろう、そうだろう。すっげぇ身体にフィットするのよ、これ。なんつーか、こいつも俺を気に入ってくれてんのかもな。
こう、ぎゅっと抱きしめられてるみたいな感じがするぜ。ワハハ、ハハ、ハ・・・・・・」
「あなたみたいな人が、もっといてくれたらよかったのに。そう思います、先輩」
「お、おう。いや、ちょっ、ちょっと待ってくれ。いや、これ・・・・・・締めつけがっで、いでっ、いででっ、いでっででっでででっ、ちょっ、まっでっ、いでぇ、くるじっ」
「先輩、身体の力を抜いたほうがいいですよ。もがくと、余計苦しむことになる。静かに」
「いでっ、でっ、おばっ、だずげっ、だずっ、いぎぃぁぁっ、がぎゃっ、ぎぎぎぐぐげげげげげげ、ぇげぇげっげっぐごごっがぎっぎっじびゃ」
「ああ、暴れないで。誰か、助けが――――――」
そして――――――それは、事実であったのだろう。
「助けが来る前に、もう少し静かにしてくれないと、見つかってしまいますから。声を、抑えて」
「ぎゃっ、ごっ、あびゃっ、びちゃっ、びびっぎょぶっぎょぼ、ぎょっ!」
「もう少しだけ、ちょっとの辛抱ですから、先輩。もう少しだけ、待ってください。すぐに楽になれますから」
「ぎょっ、きょっ・・・・・・ぶじゃっ――――――」
ゼリー状の物質を握りつぶしたなら、きっと同じ音がするのだろう。
鎧の間接の隙間から、挽肉状に潰された鉄よりも鉄臭い、ぶよぶよとした物体が零れ落ちてくる。
ドロドロとろとろとしているそれを、後輩兵士は顔をしかめて指先で掬い取った。
「ああ、だから言ったのに・・・・・・止めた方がいいって」
自己責任ですからね、と指を拭う。
ああ、と落胆したように肩を落として。
「俺、あなたの事、結構好きだったんですよ。俺の恩人みたいな感じがして、この人は死ななくてもいい人かなって。
妹さんには可愛そうなことをしたな・・・・・・上手くいかないな、ほんと。思ってたのと反対の事ばかり起きる」
今度は後輩兵士が、鎧の留め具を慣れた手付きで外した。
バケツ一杯の出来そこないのプリンを逆さにした様にして、子供の玩具染みた現実感の無さと共に、人間の体積と等しい容量を持った赤黒いゲルが溢れ返る。
一番最後に流れ出たのは、くしゃくしゃになった先輩兵士が着ていた軍服。そして内部には何一つ残っていなかった。染み一つ。血の臭いさえ。
磨き抜かれたようにして純潔であった。
「道具に罪はない、ね」
その言葉に嘘はないだろう。
ただし、その道具に“意思”が存在し得ない場合のみ、である。
「それじゃあ、行こうか。多分これが最後になるだろうけど、付き合ってくれよ。なあ・・・・・・ツェリスカ――――――」
その呼び声に応えるように、ひとりでに鎧が開いていく。
愛しい男を受け入れんと待つ女の用に、その花弁の用に、ゆっくりと鉄が花開いていく。
これを見た者ならば、もう二度と、道具に意思など無いなどとは言えないだろう。
冷たい鉄の動きではなかった。
纏わり付く人工の筋には、人の手が表すかのような情動があった。
「――――――装着変身」
纏鎧皇、王都侵入す。
侵攻開始。




