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完全装鋼士 : レベル0  作者: ノシ棒
第3章 ―神撃編:放浪―
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地下55階


逃げるように、廃虚と化したかつての貿易中継都市を後にして、はや数ヶ月。

この時間帯の定番となった戦闘班員達の訓練風景を、何とはなしにシュゾウは眺める。

よっこいしょ、とどこか抜けた師の・・・・・・ナナシの掛け声一つで、七人の男がまとめて空中を吹っ飛んで行った。

次、と指を曲げるだけの指示。

指された班員は判決を下された罪人のようで、哀れを誘う位に震えていた。

その光景を見ていると、シュゾウはどこか暗澹たる気持ちが溢れてくる。

温い。

なんと、手温いことか。


やぶれかぶれに突っ込んでいった班員達を、ナナシは次々と投げ飛ばしていく。

水を得た魚、鎧を着た装鋼士。

本来は苛烈な存在であるはずだ。だが、まるでその熱は、鎧の内側に閉じ込められてしまったかのように鳴りを潜めている。

三度の飯より人を殴る時間の方が長い、などと皮肉気にうそぶいてはいるものの、そのシニカルさは本心からくるものではないことをシュゾウは良く知っていた。

静かで、とても穏やかな笑みには、流石の妹も首を傾げていた。

師は変わってしまった。

初めて出会ったころの、冷徹な計算高さ・・・・・・他者を見捨ててまで勝利をもぎ取ろうとする力の信奉者。

そんな姿はもはや欠片も無い。

誰かのために尽くす、義憤に燃える、善人の男に成り下がっていた。


かつては、どこか諦観の念さえ漂わせ、背筋を凍らせるような空気を発していた師。

それが今ではどうだ。

虐げられた者のために、心身を尽くし、策を巡らせ、技まで教え込んでいる。

その変わり様に、シュゾウはこれが本当に同一人物なのかと疑いを抱いたくらいだ。

あの鎧を手に入れてから、ナナシは一日の大半は素顔を鉄仮面に隠すようになった。

中の人物がすり替わっていたとしても、誰も解りはしないだろう。

一度面を取って確かめようと忍び寄ったシュゾウだったが、呆れの溜息と共に拳を一つもらって諦めた。

このげんこつの痛さは間違いなくナナシのもの。

痛みと共に理解した。

自分が憧れた、あの恐ろしい力の体現であった男はもう、どこにもいなくなってしまったのだな、と。


「どうしたのシュー君? 頭、痛いの?」


「痛いよ。ほら、こんなコブが出来ちゃってさ。はは・・・・・・」


「シュー君・・・・・・なんで笑ってるの?」


「笑えるからだよ」


機械駆動の鎧が師の武装であるとは話半分で聞かされてはいたが、まさかここまでとは。

以前の師とはもはや別格。一目で理解できる。あれはもはや別次元の強さだ。

正直医療具であると嘗めていた。

シュゾウも機関鎧という武具が、“リタイア”した者のための補助器具だということくらいは知っていた。

だから、所詮その程度だと思っていたのだ。

失った機能や足りない能力を補うための機関鎧に全身を包む者など、笑い話の中にしか出てこなかった。まさか師がその完全装鋼士であったとは。

考えてみれば、己の体躯を武器とする武術においては、理想的な装備ではないだろうか。

これが大戦以前であったなら、自分は大いに落胆しただろう。レベルが通用しなくなった今だからこそ、その凄まじさが理解できる。

『地下街』を発ってからの師の躍進は、未だに固定観念を引きずっていた者の目を覚まさせるには十二分だった。

地上に出た難民達は、あらたな拠点を探して彷徨うも、理想郷は無く。

基本的に軍事的拠点と行動範囲からは回避ルートを採ってはいたが、突出して挑んでくる者の手は防ぎようもない。

捕捉されてしまっている以上、衝突は必至。

そして功を逸る過激派貴族に襲われた時こそが、師の出番。

戦闘訓練を施された戦闘班が周囲の魔物を引き付けている間に、ナナシが貴族を潰す。

絶対的神威を、圧倒的武力で叩き潰す。

弱者と醜い執着の象徴である完全装鋼士が、絶対の覇権者たる貴族を。


「あれが無名戦術の真の力」


素直に感嘆に値する。

おそらくは、魔術的防御や結界を破る何らかの“理由”があるのだろう。

それはあの鎧ではなく、ナナシ個人の力によるものだ。

だがそれを抜きにしても、あの鎧の性能は凄まじい。

元々が、リタイアした冒険者のために、“それなり”に動けるように開発されたものなのだから、然りであろう。

ならば、戦闘訓練を受けたものが装着したのだとしたら。

難民達の女頭領であるナワジが、トラックのトレーラーを改造した工房に篭って、何かを作り上げているのを皆見守っている。


「でも」


誰もが羨む力を持っているというのに。

それを振るう者は何故“弱者の心根”であるのか。

シュゾウは胸の内に溜まる檻を吐き出さんと、拳を握り締めた。

堅く、硬く・・・・・・。


「シュー君」


エルフの少女が心配そうに見詰めてくる。

先日、氷の魔術を扱う貴族から、かばってやった少女だ。

それまでも懐かれてはいたが、あれからどうにもべったりとなってしまった。

離れれば震えて泣くのだから、面倒臭いにも程がある。

今では妹よりも一緒にいる時間が長くなってしまった。

煩わしくて堪らなかったが、少女の好きにさせていた。


誰にも罪がないことは解っている。

そんなことは解っていることだ。

ただ、どいつも、こいつも、と思う。

誰も、彼も。

師も、弟子も・・・・・・自分も。

鈍ればくだらないものに成り下がる。

研いでいかなければ。

鋭く、鋭く。


「ど、どうしよう・・・・・・シュー君が変になっちゃった! ギンちゃん、ギンちゃーん!」


「ちょいあー!」


こちらの悩みなど知ってか知らずか。

いつの時代も子供達は無邪気なものだ。

例えそこが地獄の最中であったとしても。

笑って愉快に過ごすことが、きっと子供達の戦いなのだろう。


「いいいいっ!? お前、ギン! こ、こぶの上に、直にっ! 何だいったい!」


「どう、お兄ちゃん? 治った?」


「僕の頭は壊れかけのラジオか! 治るわきゃないだろうが!」


「ギンちゃん、まだ治ってないみたい。もう一発がつんとお願いね」


「うん、レティちゃん」


うにゃーっ、と可愛らしく飛び掛かる妹。

悲鳴を上げつつからがらシュゾウは逃げ出した。

ここで気絶しようものならば、目覚めた時には女装でもさせられているかもしれない。

かつてない程の必死さでダッシュ。逃げ切ってみせる。


「むめいせんじゅつがどうのほほう――――――おとしぶた」


「わひぃ!? なんだその軌道!」


「先生のを見て覚えた」


「ふっざけんな!」


しかしまわりこまれてしまった。

猫虎族の身体能力をフルに活かしてキャンプ地を跳び回っていたシュゾウだが、それにぴったりと寄り添うように、影のように背後に妹が張り付いていた。

三次元歩法を駆使している。たまらずシュゾウは吹き出した。

この妹、本気である。


「お兄ちゃん、観念してお姉ちゃんになろう?」


「お化粧品は各種取り揃えてあります」


「もう隠す気すらないのかよお前らは!」


「むめいせんじゅつさいしんおうぎ――――――」


「奥義とかそんな軽々しく使っていいものじゃにゃあーっ!?」


それにしてもこの妹、本気過ぎである。

足を狙ってくる。執拗に膝関節を狙ってくるのだ。

相手の機動力を封じる、無名戦術の奥義である。


「僕には奥義なんて使えないっていうのに・・・・・・ちっくしょ」


「せいたんきょむ・・・・・・あーすいーたー!」


「ぐわーっ!」


膝裏を踏みつけられかっくんとなったシュゾウは、情けない悲鳴を上げてすっころび、額を打って悶絶する。

エルフの少女がフリルがやたらとあしらわれた衣装を抱え、にこやかに迫ってきていたのを、揺れる視界の中見ていた。

シュゾウは泣きそうになった。


「常に改変し続けるから最新奥義という――――――なんて、先生のまねっこしてみたり」


確実に師の悪影響を受けた妹の台詞を耳にして。

意識が覚醒すると、思った通り。

おねえちゃんになっていた。


「もうどうにでもしてくれ・・・・・・」


「やあ、おじょうさん。どうしたんだい? そんなに泣いてちゃ、かわいい顔が台無しだぜ!」


「うるさい堕天使、気持ち悪い向こうへ行け近付くな消えろ」


「ええええええ!? 俺そんなに悪いことした?」


「泣きっつらに堕天使かよこんちくしょう・・・・・・」


半泣きになりつつテントに帰ろうとしていたシュゾウが遭遇したのは、自分達とほぼ同時に組織に参加した、他称オレイシスである。

師と共に貴族へと立ち向かった英雄として持てはやされているこの男。

あの時のような弱々しさは全くなく、どこか吹っ切れたように、堕天使の生まれ変わりだなどと朗々として活動していた。

オレイシスと呼ばれるのが誇らし気でもあった。

周囲から認められるということは、人を動かす大きな力になる。その良い例のような男だった。

今では師の直下の部下とも、友ともキャンプ内では認知されている。

ナナシ自身は微妙な顔をしていたが、「まあ、立ち直ったのならそれに越したことはないだろう」と何も言わず、擁護する側に回っていた。

何をか思うところがあったらしい。

これは後でナワジから聞いたことなのだが、こんなやり取りがナナシとオレイシス、二人の間にあったらしい。


「なあオレイシス、悪かったな。自分の事を棚に上げて、色々言い過ぎたよ」


「なんだなんだよなんですか三段活用!? 冷静になって考えてみりゃ、あんな屁理屈にヘコむ必要なんてなかったじゃん!

 だっていうのにあんなボロボロ泣いて、不幸だーッ!」


「お、おう・・・・・・何か急に口調が変わったな」


「オレイシスさんは初めからクライマックスでしたよ?」


「そっか、自分から堕天使を名乗ることにしたのか。いいじゃないか。やっぱりそっちのがずっと格好いいぜ。

 でもあんな嫌がってたのに、何がどうして心変わりを? 名前を売ってくのに有利だって思ったとか? まあ、まんまそのままだし」


「うん、まんまだろう? 最低だと思うか? そうだよな・・・・・・」


「ええと、とにかく悪かったよ。許してくれ」


「いや、もういいよ。怒ってないし、非を認めているんだし、オレイシスさんの海よりも広いハートで許してあげよう。お詫びとかそういうのもいいからさ」


「そうしてくれ。ありがとな」


「それほどでもない」


「それほどさ。俺達ってほら、誰にも責められずにここまで来ちまったもんだから、基本的に挫折に耐性がないのさ。

 メッキ人間だもんなあ、本当、触ったらぽろぽろ剥がれて困るよ。

 ゴミ散らかすだけだっつうの。だから立ち直ったお前は凄いし、尊敬するよ。俺とは違って、ちゃんと自分ってものを持ってる」


「・・・・・・お前は」


「うん?」


「『こっち』に来た時、どうだった?」


「別に、普通に取り乱した挙句に、スライムだのゴブリンだのに殺されかけたよ。喚き散らしてもう、最悪だったさ。今思い出しても情けないったらな」


「す、スライムに?」


「あのスライムだな。もちろん高位種のなんかじゃなく、最弱のやつ。ゴブリンも」


「嘘でしょ? お前あんなに強いのに」


「血尿が出るまで鍛えたんだ。最初から強かったわけじゃないって。少しはましになったと思うけど、今も言うほどじゃないさ。そっちはどうだった?」


「俺は、転生だな。あのクソ神が・・・・・・もう一発殴ってやればよかった」


「やっぱいい根性してると思うよお前」


「でも本当、驚いた。ええ、驚いたよ驚きましたよ本当に・・・・・・何せ目が覚めたら赤ん坊になってたんですから。

 でもここはファンタジー世界だったわけで。しかも王室に産まれて内政フラグ立ってたわけで。これは約束された勝利が待っているー、なんて。

 そう思ってた時期が僕にもありました。気がつけば後継者争いに負けて路地裏生活をしてた」


「ああ、大体解った。お前のパターンから考えると、追放されたのは奇行を繰り返したから、とか?」


「いやそれは俺の外見が、貴族と最悪に仲の悪かった過去の英雄そっくりで」


「本当にそれだけか? あそこの王室って結構オープンなとこだったから、そんな理由で皇太子を放り出すなんて・・・・・・ああ、死んだってことにしたんだっけか。

 どちらにしろ唐突に王子が死にました、じゃスキャンダルは免れないだろ。外様の目が厳しいから体裁取り繕うのに必死になるだろうし。

 積み上げたものがあったんじゃないの? 悪い方向にさ」


「ええと、ち、ちょっとははしゃいだりした、かも」


「やっぱり。元々そっちの方向で下地造りされてた訳だ。

 あれか、リアルメイドとか獣耳見て興奮しちゃった? 気持ちは解らんでもないけど、面子が命より重い場所でお前、やっぱ度胸あるな」


「と、とにかく! ここに来て心は決まった! いくら血の繋がった肉親といえど、あんな非道な行いを黙認するような国王など許せん!

 民から絞り取った血税で毎日毎晩、酒池肉林の宴を繰り広げているに決まってる。美少女を侍らせて、自分の欲望を思うまま満たして・・・・・・クソッ! 下種が!

 絶対に天誅を下してやる! だから俺にそのチート拳法を教えてくれ! いや、ください!」

 

「いいけど・・・・・・絶好調だな、お前」


そして。

仲直りしよう、といって二人は握手した・・・・・・らしい。

それから師はオリシュを何かにつけて気に掛けていて、今では無名戦術を手取り足取り教え込んでいる。

とても優しく。

それはもう、見ていて温過ぎて反吐が出そうになるくらいに。


自分達の訓練時間を削ってまでオレイシスに付き切りになっているのは、オレイシスの名によって無名戦術を広めようという目論見があるからだとナナシは言った。

たかだか二月三月程度の訓練期間しかなかったくせに、今ではオリシュは優しく丁寧に自慢気に他の戦闘員候補へと、教官役となって戦い方を教えている。

初めは師が全てを取り仕切っていたが、今ではオレイシスの陣頭指揮によって訓練から部隊編成までがされていた。

その際に、オレイシスを全面に押し出すことを認めなかったナワジと師は一騒動起こしたらしい。


重用されることに不満はない。

だが、やはり澱が溜まっていく。

これは嫉妬の情念だろうか。

否。力を持っていながらも、その使い方を誤っているようにしか見えない者たちへの羨望だ。

自分ならば、もっと。

もっと、違った使い方を。


「恥ずかしがらなくてもいいんだよ」


「頭を触ろうとするな。気持ち悪いな」


とにかく、である。

こいつは言動がとにかく面倒くさいのである。

絡み難いというよりも、絡まれ難い。

人との距離の取り方が良くわからないようで、踏み込みすぎて自爆する姿をよく見かけている。

へこたれない姿が好感を抱く、などと女性陣には面白がられているようだった。チャレンジ精神が母性をくすぐるのだろうか。

人の一番の判断基準である容姿があれだけ優れていれば、無理もないだろう。

女性への指導という名のボディタッチがやたら多いが、不満は出ていないのだから得をしていると思う。

師から無名戦術の手解きを受けたのも、本当は女への欲からではないか、とシュゾウは思っている。

戦火にまみれた王城で暴君を倒し、攫われた女を颯爽と救いだし――――――なんて、自分語りを呟いて悦に入っている姿を見かけたのは一度ではない。

人生経験を積めば男女の別なく好かれるだろうに、と思わなくもないが、今は迷惑なだけである。愛嬌と言えなくもないが。

これが師では、まず恐怖が先に立つ。皆一目置いているが、置きすぎて、あまりにも強すぎて、恐怖の対象になっているのだ。

ナワジとオレイシス、この両名がナナシと難民達の間にたって、クッション材の役目となっていた。


「そんなことを言いながら、この娘は顔が赤くなっている。これがツンデレというものだろうか。いつかこの娘が笑い掛けてくれるといいと俺は思った。

 この娘が笑えば、それはきっとこの世で最も価値のある宝石よりも眩く輝いて、とても綺麗だろうから――――――」


「口に出すなよ・・・・・・」


「グハッ! また声に出してしまった!」


「・・・・・・絶好調だな、あんた」


本当に、心底、非常に疲れるのである。

奇抜な言動の裏に隠された、思いやりが透けて見えるような人物は。


「ねえおじょうちゃん、やっぱりこんな所に来ちゃいけないよ」


「いいだろ別に、どこに居ようと僕の勝手だ」


現在地、修練スペース。

カタコンベのような地下を起ってから軍の目を逃れるように、森や荒れ地を転々としていた反乱組織だが、何も悪いことばかりではなかった。

まずは機動力の確保。

純粋に穴倉から出て身軽となったため、迅速な逃亡や移動が可能となった。

次に、スペースの確保。

野外に活動域を移したことで生活水準は落ちたものの、広い土地を使えるようになっていた。外にいるということは、それだけで活動の幅が広がるものだ。

そして一番大きな点であるのが、構成員たちの精神面への作用である。

土の下は息が詰まる。


「僕っ娘・・・・・・だと!? これは新キャラ登場か・・・・・・!」


「ぼそっと言ったつもりだろうけど聞こえてるからな」


「おじょうちゃん、君が強さを求める理由は解る。でもね、君のような子は戦ってはいけないんだ。

 子供は誰だって幸せになる権利を持っているんだから。だからもう、我慢しなくてもいいんだよ。君は今、泣いたっていいんだ。

 ははっ、頼りないかもしれないけどさ、俺の胸で良ければ、いつでも貸してあげるから。ほら、おいで」


「知ったような口を・・・・・・僕の幸せがなんだって? 権利がなんだって? 曲がりなりにも地獄を生き抜いたんなら、二度と口にするな」


「するよ。何度でも」


「お前、本当に殴られたいのか?」


「人は、やり直す権利がある。何度でも・・・・・・その権利があるんだよ。俺が保障する。何度も“やり直し”てる俺が」


そのふざけた言動は意図してのものだろう。

自ら進んで道化となっているのだろう。

今吐いたこの言葉こそが、この男の真実・・・・・・根本なのだろう。

だからシュゾウは、そしてナナシも、この男を憎めずにいて、どこか苦手に思うのだ。


「クソッ、本当に面倒臭いなこいつ・・・・・・」


「それに君みたいな可愛い子に、そんな顔は似合わないよ。笑って、ね?」


もう否定するのも面倒臭い。

ぽんぽんと頭を撫でられるに任せる。疲れた。

こいつに怒ってみせても堕天使ワールドに巻き込まれるだけである。

女扱いされて怒らないのは女装に慣れたからではない。決して。


「弱ければ鍛えればいい、震える心は装えばいい。武装纏成の極意だっけか? 先生の言いつけをよく守ってるじゃないか、ガキんちょ」


「ナワジさん」


後ろから掛けられた、鉄が一本芯が通ったような力強い女の声。

頬や前掛けを煤と油で黒く汚した女頭領。ナワジだ。


「よっと」


「わっ、ちょっと! 降ろしてくださいよ!」


「やだね。黙って私に可愛がられてな」


と、あっけなく襟首を持ち上げられる。

癇癪を起こして抵抗することもなし。

親猫に運ばれる子猫のように、足をぷらぷらとさせるしかない。


「はっはっは、なーんだ、可愛いじゃないかい。あの子らに飾られたのかい?」


「おーろーせー! やめてくださいよ、もう!」


「爪を立てても効かないぞ。しかし本当、見れば見るほど見事なもんだ。うーん、これはセンスだけじゃ説明つかないな。

 お前をよく見て、お前だけに合わせたメイクしなきゃ完成しない芸当だよ。よかったな、女の子から熱視線注がれて」


「嬉しかないですよ!」


「いいじゃないか。良く言うだろう? 女装が許されるのは、すね毛が生えるまでって」


「声変わりもしてない自分が憎い!」


「猫虎族の黒毛だからな。あんまり身体もでかくはならないだろうさ。流石戦闘種族、戦う事に遺伝子から特化してるんだな。

 素早く鋭く動くなら、小さい方が有利だよなやっぱ」


あとスカートを穿くのも、と言ってナワジは手を離す。

嵐のような扱いであった。


「オレイシス、ちょっと来てくれ」


「はいはい了解了解ー。さくっと片付けますよー」


「鬱陶しい返事を止めろ。早くこい、ナナシじゃ抑えられない」


うーと唸るシュゾウを無視し、ナワジはオレイシスと連れだって去って行く。

また問題が起きたのだろう。暴走、暴動の方向での問題だ。

本来はナナシの領分であるが、ナワジはオレイシスを仲介に解決しようとしていた。

オレイシスの方が皆の受けが良いからだ。地表を移動するようになってから、オレイシスの人物評価は多くのものが逆転していた。

ナナシには集団の指導者としての才が欠片も無かったのである。

補佐に徹する在り方は堂に入ったもので、かつてどこかで経験があったのかもしれないが、人の前に立つには適さなかった。

恐怖が先に生じてしまうのである。安心感や、親しみ易さのまるでない、鎧に身を包んだ不気味な男。それがナナシへの認識だった。

難民キャンプには噂を聞き付け、救いを求め、人が増える一方である。

大人数をいよいよ抱え込めなくなってきていた。

何より、人が増えた事による集団心理、ヒステリー爆発は最も警戒すべきものである。

内側からの崩壊を防ぐためにも、ストレスの捌け口になる戦闘演習は必要であったが、しかしそれにより虐げられてきた人々の不満は暴発寸前になっている。

どうせ死ぬならば正面切って戦おう、という空気が蔓延している。

今もそうだ。


「あんたがそれを言うのかよ! 誰よりも強くて、戦う力のあるあんたが! 真っ先に諦めるのか! 逃げるのか!」


「一体どれだけの犠牲が出たと思ってる! おふくろの、妹の仇を執るんだ!」


「この臆病者!」


ナナシに反発する怒声だ。

それを諌めるオレイシスの声が上がる。

彼等だってそんな短絡的な報復活動・・・・・・テロ行為を成功させられるなどと思ってはいない。

例え国家転覆を為すまでに上手くいったとしても、傷つけられた誇りは戻らない。失くしたものが癒えることはない。

暴力によって購えるものは、暴力の中にしかないのだ。

後に続く者の平和は、平穏は、血に塗れていてはいけない。


今すぐに王都を目指せ、という叫びが聞こえた。

抑えが効かなくなってきている。

爆発するのはすぐだろう。

決戦は間近。

蹂躙されるために、皆喜び勇んで戦場へ赴くのだ。

その時に先頭に立つのはナナシで、そして自分もまた。


「ざまあみろだよ。どいつも、こいつも――――――」


フリルの付いたスカートをつまみあげ、嘲笑うのは、滑稽な姿をしている自分か、師か。

慣れない格好をしているものは、可笑しくって笑えてしまう。男が女の格好をしていたら、それは面白くて腹を抱えてしまうだろう。

己の領分ではない姿をしているものは、馬鹿馬鹿しくて笑えるのだ。

あんな、誰かを殺すことしかできないのに、救おうとしている姿のように――――――。





■ □ ■





「ううーん、困りましたねえ」


「あの、どうかしましたか?」


「ああシュゾウ君、良い所に。いやはや実はですねえ、戦利品の処分に困っていまして。

 壊そうにも私達では、ねえ。ですからこれ、君の先生にでも渡しておいてくれませんかねえ?」


「・・・・・・いいですよ。そのアミュレット、みたいなの、他にもありませんでしたか?」


「ク、ククッ、これ一つですよ。ですから取り扱いには十分注意してくださいねえ? 」


「こんな小さなものが・・・・・・」


「クカカ、何やら貴族の連中の切り札だったようで。よほど恐れていたんでしょうねえ、君の先生は。前にこれを見た時は、真っ青になっていましたよ」


「やっぱり先生は・・・・・・それ、本当ですか?」


「クァッカッカ、ええ、ええ、それはもう。敵わないかもしれない、なんて珍しく挑む前から弱音を吐くくらいに。

 本当に、らしくない。ええ、ええ、本当に。であるからして、早急に修正して差し上げねば」


「先生も恐れるくらいの力が、これに・・・・・・あ、すいません。話の腰を折っちゃって」


「いえいえ、いえいえ。君は礼儀正しい良い子ですねえ。好きですよ、そんな子は」


「はあ・・・・・・あの、先生のお知り合いの方ですか? お名前は」


「ククク、カカカ、いえいえいえいえ、名乗りなど。私の名など有って無いようなものですから。

 では、これは貴方に預けましたからね。くれぐれも、くれぐれも取扱いにはご注意を。粗末に使って、台無しにすることだけはないように。

 然るべき場所で、然るべき時に、そして・・・・・・決して、後ろを振り向かぬよう。頼みましたよ」


「はい・・・・・・ありがとう、ございます」


「ククククク、それではシュゾウ君、さようなら。どうかこの悲劇に喝采がありますよう、祈っていますよ」

 

「喝采・・・・・・ですか。悲劇に救いがあるとしたら、幕が下りた後に湧く、観客の拍手だけでしょうね」


「その通り。君は良い感性を持っていますねえ。いやあ惜しいですね、惜しいですねえ。ククク、カカカ、クァッカッカッカカカカカ――――――」





■ □ ■





爆ぜる火を見つめていると、あの日の夜を思い出す。

村が焼かれた日。

父が、母が殺され、冷たくなっていく妹の身体をただ抱きしめるしかなかった自分。

何も出来ず、あがくことも出来ず、死を待つだけの自分。

無力な自分。


――――――る。


火が、脳の皺から染みだして、じわじわと全身を焼いていく。


――――――してやる。


指先が燃えて落ちる。

爪先が燃えて落ちる。

身体も、頭も、魂までも。

焦がれて焦がれていくというのに、何故だろう。

胸の奥だけは、とても冷たい。


――――――殺してやる。


誰を。

貴族の連中をか。

違う。

決まっている。

弱く這いずるしかない、己をだ。

このまま火が、僕を焼き尽くしてくれたらいいのに。

もっと熱く、もっと熱く。でないと、凍えてしまいそうだ。


「シュウ君、となり、いい?」


返事を待たず、エルフの少女・・・・・・レティはシュゾウの横に座りこんだ。

迷惑そうに睨みかえすシュゾウにまるで恐怖を抱いた様子はなかった。


「寒いのね」


そう言って、レティはシュゾウの肩に頬を乗せた。


「私も、寒いんだあ」


今にも泣きそうな、そんな顔。

レティは肩を抱く手に、きゅっと力を込めて呟いた。


「あのね、シュウ君。聞いてくれる?」


これもシュゾウの返事を待たず、レティが語りだしたのは、彼女自身の身の上だった。

別段変わらない家に産まれたレティ。

優しい母と、逞しい父と、やんちゃな弟に囲まれて、幸せに暮らしていた。

お金はなかったけれど、みんなの笑顔はあった。レティにはそれだけでよかった。

でも、ある日、全てが壊れて消えた。

父の腕枕。

母の寝物語。

弟の冗談。

手造りの家。

藁を敷きつめただけの簡素なベッド。

野イチゴのジャム。

森のさざめき。

土の臭い。

レティが大好きだったものは、全部燃えて無くなってしまった。


「残ったのはね、この子だけなの」


レティが胸に抱えるのは、大きな熊のぬいぐるみ。

それは古い布切れでツギハギだらけになっていた。


「お母さんのお母さん、そのお母さん、そのまたお母さんから、ずっとこの子は子供を見守ってくれていたんだって」


レティの独白。

シュゾウは彼女が自分のことを一切語らないことを、少ない期間しか滞在してはいなかったものの、知っていた。

キャンプ内では彼女の身の上を知る者は、誰もいなかった。


「最初にギンちゃんに会った時ね、すごく羨ましかったんだぁ。だって、ギンちゃんにはシュウ君や、先生だっていたんだもの。少しも寂しそうじゃなかった」


「お前は――――――」


ここで初めてシュゾウは口を開いた。

妹の名を口に出し、自らの弱さを告白したレティが、あまりにも弱々しく見えてたまらず、といった風だった。


「お前には、誰もいなかったのかよ。その、ここに来て長いんだろう?」


「いないよ。皆、自分のことで精一杯だったもの。誰もが皆、シュウ君みたいに強いわけじゃないから」


「僕が強いだって? そんなこと」


「そんなことあるよ。だってシュウ君は、ずっと前を向いてるもの」


「それこそ、皆同じだよ。皆頑張ってる」


「うん。でもね、皆それと同じくらい、諦めちゃってるんだ。それはきっと、自分達の未来を少しも信じていないから。

 落としてきたものばかり見てる。みんな後ろを振り返りながらでも、前に進めるんだって思ってる。無理だよ、そんなの。それは、先生もそうだよね」


「それは、僕も・・・・・・」


「嘘だよ。シュウ君は違うでしょう?」


じっと、レティはシュゾウを見つめていた。

炎がレティの眼の中で、チラチラと踊っていた。


「シュウ君が頑張ってるのは、戦うため? 闘いで死なないため? それとも・・・・・・」


レティの言葉はシュゾウの胸中を表すには不十分だったが、しかし端的に事実を指していた。

その通りだった。

戦うことは決定事項。原動力は、復讐心。ならば。

だが、目に付いた敵を片端から殺して回る狂戦士でなし、そも復讐すべき相手は師が仕留めている。

では何に復讐するのか。


今、レティにそう問われたら、シュゾウは答えることが出来なかっただろう。

強いていうならば、この狭い世界と言う他はない。

ただ、そんな八つ当たりのような復讐の果てに、死んでしまってはあまりにも情けない。それに、自分には妹だっている。

死んでも復讐するのではなく、復讐を遂げてなお生延びることがシュゾウの目指す所なのだろうか。

だが、解っていてもなお、この身の内から湧き上がる炎は焦げ付きを増やし続けている。

全身を、魂までも焼き尽くしてなお消えることのない、炎は。

うん、とシュゾウは頷いた。

頷いてから、素直に認めた自分に驚いた。


「確かに、お前の言う通りだ。でも僕が強いっていうのは間違いだよ。先生は、僕を認めてくれない。当然だよな」


師は自分を認めてくれはしないだろう。

根拠もあった。機関鎧の配与が、シュゾウには予定されていないのだ。

各地を放浪する間に集めた物資によって造られた簡易機関鎧は、その他戦闘班に優先的に配られることになっていた。

それはナナシの采配によるものだった。


「シュウ君・・・・・・」


「僕に才能が無い事くらい、解ってる。でも努力しても、駄目なんだ。ちっとも強くなんてなれない。

 たぶん、僕の魂はもう、焦げ付いていて、濁ってしまっているんだ。それが手足を通して外にでる。

 全部・・・・・・全部燃えてしまえと思ってる。焼き尽くされてしまえと思ってる。僕のこの、胸の中をぐつぐつと煮立つ火が、外に漏れて出てしまえばいいのにって。

 そんな気持ちを忘れようと、倒れるまで鍛練しても、まだ足りない。自分が壊れる程度じゃ、この火を消すには足りなさすぎる。

 オレイシスが、妹が・・・・・・こんな所に追い込まれて、それでも笑ってる奴らの気がしれない。

 疎ましくってしかたがないんだよ。自分が嫌になる。こんなのは嫌だ、嫌なんだ。でも・・・・・・」


「大丈夫だよ」


レティはシュゾウの肩を強く抱きしめた。

向かい合って、額を擦り付け合うくらいに。


「こうやって、シュウ君の火を、私が吸い取ってあげられたらいいのに」


「お前・・・・・・よせよ、お前のことが、一番気に入らないんだ」


「シュウ君そう言ったって、私の心は変わらない。だって私は信じているもの。シュウ君は強いって。だから、大丈夫」


「よせ・・・・・・よせよ、僕は」


「言うわ、何度でも。私は言うの。私はシュウ君を信じてるって。

 火の後には灰が残るわ。その灰は風にふかれて、土となって、あたらしい緑が芽吹くの。

 約束してね、シュウ君。炎の後には、緑が産まれるんだって。

 自分の中にある火に焼かれても、きっとここに・・・・・・私のところに戻ってきてくれるって」


「僕は弱いんだ・・・・・・だから無理なんだよ、だから・・・・・・」


「私を・・・・・・誰も信じられない? それとも、信じたくないのかな?」


「わからない。ただ、疲れたんだ。とても」


「私が・・・・・・私が魔法を使えたら、私のことを信じてくれる?」


「お前・・・・・・無理だろう、そんなこと」


「私、魔法がまだ使えるよ。お母さんに教えてもらった、最後の魔法が。いまからシュウ君にかけてあげる」


シュゾウが感じたのは、口の端を掠めるようにして去って行った、柔らかな感触。

驚いて顔を上げると、どこか怒ったような、それでいて嬉しそうな顔で、レティがシュゾウを見つめていた。


「責任」


「あ、ええっ?」


「責任をとって、この戦いが終わったら、私をお嫁さんにしてね? 約束だよっ!」


「何を言って・・・・・・ちょっと待てよ! おいってば!」


「あは! こっちだよシュウ君! ほら早く、捕まえて!」


「この、待てって!」


「ね! シュウ君!」


「何だよ!」


「私ね、もう寂しくないよ!」


何だか悔しくて、シュゾウは何も言わずに、その小さな背中を追いかけた。

少しだけ、ほんの少しだけ、少女のことを信じてみようとシュゾウは思った。

胸の奥に渦巻く炎は、まだ消えてはいない。

燻り続けるその赤い揺らぎは、今は暖かく感じられた。

いずれこの身を焼き尽くすと知っていても、今だけは。





■ □ ■





駆けていく二人の後姿を見ながら、ナワジは柔らかく微笑みを零す。

微笑ましいな、というナワジの言にええ、とナナシも頷いた。

初めはシュゾウの様子を窺おうとしていた二人だったが、レティがやって来たために、慌てて身を隠していたのだった。

身を隠した、とは言うものの、ナワジが小型輸送トラックの裏に潜んだのに対し、ナナシは何とは無しにその場に座り込んだだけ。

完璧な陰行である。


「弟子の逢引を見守るために、技術の粋を尽くした師の姿がそこにはあった」


「それについてはスルーしてくれると有り難いんですが・・・・・・」


「いいなー青春だなー。オレ達もするか? 鬼ごっこ」


「やめときましょう。大人になってからすると、結構痛いですよ」


「ちぇ、つれない奴。そんなだから先生は認めてくれないーとか言われるんだぜ」


「耳が痛いです。今あいつに機関鎧を与えてしまったら、暴走するかもしれませんから」


「師の心弟子知らず、か」


「それに、俺はもう、人間としては尊敬されていませんから」


「時代劇とかでよく見たよな。師匠の力は敬っているが、その人となりは見下して・・・・・・なんてのはさ。よくある師弟関係だよ。

 もつれあって転がり落ちてくように、道を踏み外していくってのはさ。本当、そっくりだよお前等は。似なくてもいい所までな」


ナナシにしては肩を竦めるしかない。

シュゾウはあまりにも自分と似たタイプだった。特別な才がない代わりに、黙々と努力を続けられる人間だった。

そして、その心根までも。

自分に気概がありさえすれば、あんな真っ直ぐな、間違っていることを間違っていると、周囲に示せるような者になれていただろうか。

師として喜べばいいのか、嘆けばいいのか、複雑な気分だった。

そんなタイプの人間にとって最大の不幸は、努力が実を結ぶことを期待してしまうことだと、ナナシは実体験から知っていたのだから。

自分達のような者は、道を歩む、唯それだけの存在でしかない。

その果てには何も無く、道半ばにして倒れるしかないのだ。


「それで、ナワジ先輩、あの件についてなんですが・・・・・・」


初々しいシュゾウ達の笑い声を耳に、かつての自分と“彼女”の関係を脳裏に描きながら、それを振り払うかのようにナナシは話を変えた。

恐らくナワジは気付いていたことだろう。

だが何も言わず、頷いた。


「しかし俄には信じ難いな」


「可能性の話です。どんどん規模が大きくなってきていますから、警戒するに越したことはない。あちらにしても、もう無視は出来ないでしょうし」


「そう、だな。こっちから打って出なきゃ駄目なのか。悪い、オレが考えなしに抱え込んじまったから」


「いいえ、それは先輩の美徳ですよ。むしろ抑えきれない俺が情けないってだけで」


「それを言ったらオレもじゃないか。なあ、ナナシ。お前、本当は出来たんじゃないか?」


何を、とはナワジは言わない。

ナナシも問う事はない。解っているからだ。

蔓延する暴発寸前の反発意識。

それを解決するには、初めからナナシ自らが先頭に立ち、纏め上げていけばよかったのだ。時には暴力を使ってでも。

ナワジもそうなるよう、根回しをしていたはずだった。

だがナナシはそれを良しとはせず、オレイシスに全てを任せ、自分はあくまで客分の立場を貫いていた。


「俺にアジ役は務まりませんって。知ってるでしょう、俺は所詮、余所者なんです。この世界のことは、この世界の人がどうにかするしかない」


「ああ、ちくしょう、お前の言う事は正しいよ。オレだって所詮、技術屋でしかないんだ。それで後釜がオレイシスかよ。勘弁しろよ」


「でもあいつ以外に適任はいないと思います。本人も乗り気ですし、人気もある」


「アイドルじゃねえんだからよお」


反論をしようとして、しかしナワジは口を閉じた。

これも解っていることだった。

理解しているのだから、そこから先をどう言い繕おうが、それは自分の趣向でしかない。気に入らないから嫌だ、などと、組織の元首長が言えるはずもなかった。

オレイシスが集団を率いる才に恵まれていることは、確かだった。

それは冒険者集団のリーダーであったからかもしれないし、王族として生を受けた教育によるものなのかもしれない。

未だ人格が未熟な面が目に付くが、組織の長としての能力は光るものがあった。

それも、この人はダメな人だからみんなで助けてやろう、という類のものであるが。

結局は暴力に訴えるしかないナナシには無い能力である。


「本当に可愛くなくなったなお前は。ちょっとくらい甘えてもいいだろ」


「面目ないです。見てくればっかり汚くなって」


「ちっとは私に感謝しろよ。そして敬え。褒めろ。わん子にしてたみたいに、誠心誠意を込めて撫でれ、撫でやがれ」


「そんな押し付けられても。俺にはちょっとハードルが高いっていうか無理です、キツイです」


「んだよ、別に一晩寝ろとか言ってんじゃねーじゃんかよ。ちぇ、解ったよ」


不満を前面に押し出した顔で、ナワジは引き下がった。

またこれだ、と態と聞こえるように愚痴を零しながら。

ナナシと会話をしていると、地に足が着かないような、そんな浮遊感を覚える時がある。

それはこの男が根差してはいないからか。

ナワジはその点においてはナナシのことが気に食わないままでいる。


「安心しろよ。お前の言ってたことについては、ちゃんと調べといてやるから。でもよ、考え過ぎだと思うぜ」


「だといいな、とは思います。でもこんな行く先々で襲撃を受けるなんて、おかしいですよ。

 人が入らないようなルートに、予め俺達の進路を知ってたような布陣で待ち伏せされていたことだって、もう何度あったことか。

 疑心暗鬼かもしれないけれど、俺にはそれしか考えられません」


「解った解った。しかし、嫌なもんだな。ああやって子供達が無邪気に笑ってる裏側で、大人は腹黒いことを考えてやがる」


「ええ――――――」


夜の帳を引き裂く悲鳴。

ナナシが首肯するのと同時、火柱が上がった。

濃厚な殺意に紛れた荒い息遣いと、獣の臭いを感じる。

敵襲――――――。


「先輩は怪我人と子供たちの避難を! 俺は迎撃に出ます!」


「解った、後は頼むぞ!」


短い返事を返し、ナワジと別れる。

ツェリスカを纏いながら、ナナシは思考の波に身を委ねた。

居る。

やはり、居る。

考えたくはなかったが、このよからぬ想像を掻き消すためにナワジに調査を頼んだのだが、それらは無意味になりそうだ。

今、確信した。


「裏切り者が居るのか――――――」


果たして再び身内に、この拳が振り下ろされることになるのか。

沈鬱な感情とは裏腹に握りしめられた拳は堅く、十全にその機能を発揮するだろう。

邪念を振り払い、ナナシは炎の中へと身を躍らせた。




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