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完全装鋼士 : レベル0  作者: ノシ棒
第3章 ―神撃編:放浪―
52/64

地下47階

あけましておめでとうございます!

今年もまたよろしくお願いいたします


ま、まだ一月だし・・・あけおめ遅くないし・・・!

ごめんなさい

投稿速度マキマキでやっていきたいと思います


以下オマケ

※これまでのテンプレ消化


・鈍感優柔不断系主人公

・銀髪オッドアイ

・獣耳(犬猫)

・ケモナー

・お譲様(金髪ドリル)

・ショタロリ

・ロマン武器

・学園ファンタジーと冒険

・暗い過去

・ブーメラン式SEKKYOU←new


→後半へ

薄汚れくたびれた男――――――ここは堕天使、と呼ぶことにしよう。

その男、堕天使によれば、やはりこの街に反乱組織は潜伏しているらしい。なるほど確かに、この街に入ってからずっと視線を向けられているのを感じる。純粋にこちらを伺う気配だ。

恐らくは、機械の眼だろう。人の意思は感じられず、その中で粘ついた情念が混じっていたのだから、堕天使の存在が目立っただけである。

偶然によるものか、それとも担ぎ上げられ連れてこられたのか、戦時中に堕天使は反乱組織と合流していたらしい。

しかしそこで対人関係の構築に失敗し、組織内に居辛くなり、かといって離れることもできず、はっきりとは明言しなかったが、こうして拠点の周りをうろうろとしていたのだということか。

ぼそぼそと解り難い声を辛抱強く聞き取ったものをまとめた結果が、以上のものである。

皆からハブられました、などと堕天使は言わなかったが、要約すればそういう事だ。

理由は推して量るべし。コミュニティに貢献しようとせず、権利だけは主張する者。当然の結果である。

ある日突然、超能力を得たとしよう。大金を得たとしよう。

それでどうなると言うのだろう。

人に好かれることになるのだろうか。愛されることになるのだろうか。

光り物目当てに擦り寄ってくる、虫のような連中ではないか。

きっと満たされることはない。

この男が悲嘆に暮れているのが証拠だ。


「それで、転生する時、神様をぶん殴ったのか。ふざけんな責任取れって。やるなあ、お前」


“生前”までの話を聞き終わり、ナナシが感じた率直な感想は理解と同情である。

側に居たシュゾウは同感だと苦い顔だったが、ナナシには男を非難することは出来なかった。

溜息を吐く。自分へのものと、堕天使へのものだ。

なぜだろう。

あれ程まで憎しと思っていた……“思うだろうと思っていた”のに、少しもそんな感情が湧いてこない。

この男のズレた感覚や馬鹿さ加減を掘り下げれば下げようとする程に、自分が情けなくなってくる。

他者のあら探しをして悦に入ることは、人の振りを見ても我が振りを直さぬ証拠である。ならば、お前はどうなのだ、という心の内の声が聞こえてくるようだ。

過失を責め立てるのは誰にでもある衝動だが、相手をこき下ろすことで自らを上位に置こうとする魂胆は……正確に言えば、そのような“努力”をしてまで自分を支えようとする気力は、ナナシにはもうなかった。

憤りは感じるのも当然だ。しかし、それは己も同じこと。

自分の人生に価値があったのか、自分に誇りを持てていたのかを胸の内に問い正したことがないのは、何故だろうか。

簡単である。恐ろしいからだ。

そんなことをしてしまえば、潰れて、もう二度と立ち上がれなくなる。解っている。自分のことなのだから。

だから眼を瞑ってきたのだ。

問わねば、生きていける。今はまだ、潰れてしまう訳にはいかないのだから。

自己嫌悪とは、逃れられることが出来ない感情だ。であれば、初めから抱かぬようにして務めて気をつけて生きていかねば、もう生きられない。


「俺は生まれ変ったんだ……だからもう一度やり直すんだ……やり直せるんだ……」


「失敗した、と思ってるのか。“やり方の問題だった”と」


「やり直しのチャンスを持ってる……特別だから……俺は特別なんだ……」


「先生、こいつ」


「シュウ、悪いな、黙っててくれないか」


「こんなの聞かなくていいじゃないですか。耳が腐る」


シュゾウがこの男、ナナシが堕天使と呼んだ男に対して抱いたイメージは、赤子である。

男が吐く言葉の全てが、赤ん坊が喚いているようにしか感じない。


「頼む、シュウ。大事なことなんだ」


「でもこんな奴……」


「大事なことなんだ。俺にとっては」


だが、意味の無いやり取りにしか聞こえないそれでも、ナナシにとっては大きな重みがあるらしい。

有無を言わさぬ眼光と声色に、シュゾウはぐっと息を呑んだ。


「力を貰ったんだ……使いたくなるじゃんか……それで周りを、世界を変えようとするのは当たり前じゃないか。すごいって言われたいのは悪いことかよ。当然だろ?」


「当然だな。皆そう思う」


「俺はこんなにもすごいんだから、強いんだから、尊敬されるべきじゃないか。皆その時に気付いたってもう遅いんだ……そうさ、もっと前から、皆俺を認めるべきだったんだ」


「初めから自分は周りと違うと思ってた訳だ。生まれ変る前から」


こちらの話を聞いていない訳ではないらしい。

図星を突かれたのか、痛い所であったのか、自分なりに思う所が出来てしまったのか、堕天使は口を閉ざす。


「力が無いから失敗した。顔が悪いから失敗した。他は?」


返答はない。

力が無いことが“失敗”した理由だろうか。

顔が悪いことが“失敗”した理由だろうか。

その二つを得ていたのなら、“成功”した人生だったのだろうか。

やり方の問題であるのだろうか。

つまり、“スキル”であると。

そうなのだろうか。

不満は、不満足感は、力によるものなのだろうか。


「俺が……もし、何でも思い通りになる力と、誰もに愛される甘いマスクを持ってたとして……どうかな、人生失敗したと思う。

 友達も出来なかっただろうし……どいつもこいつも馬鹿に見えて、自分は特別な人間だと思って、それで終わりだったと思う。

 おかしな話さ。馬鹿でクズだと思って見下してる奴らからの名声が欲しいなんてさ、矛盾してる」


堕天使はナナシへと話している訳ではないのだろう。

ナナシもまた、誰に向かって語る訳でもなく言葉を口にした。

頷かれても困るし、否定されても困る。

これを聞いてその通りだと思う者がいるのなら、だから自分は上等な人間なのだと思い込みたい者である。

これを聞いて自分は違うと思う者がいるのなら、それは言わずもがなであろう。

自分が特別だと思わなければ、生きていけないのが人間だ。

どう生きたらいいかなど、誰も解らない。


「どうしたらよかったんだろうな」


「……」


「閉じ篭ってたのがいけなかったのかね。部屋とか扉とか……こう、内側にさ」


聞かせるための言葉ではないが、それでもと思うところはある。

だが堕天使に反応は見えない。思い返すことなど、自分にはそんな事をする必要が無い、と思っているのだろうか。あるいは、思い付かないのか。

誰もが自分の身が可愛い。矛先を己に向けることはない。

ナナシもそうだ。

見たくないものは見ないように……“見ることが無いようにしてきた”。

責めることはない。ただ自然に浮かんだ感想を述べるだけだ。


「あれだなあ、貰ったものが安全だって思ったのが迂闊だったよな。

 俺もさ、すごい鎧を貰ってさ、自分のものだと思っていい気になって使ってたら、あっさりと見放されたよ。“使ってた”のは俺じゃなかったんだなあ……。

 その時悟ったね。貰っただとか、やり取りできるものは信用ならないって。力とかさ、金じゃないんだから目に見え無いし……お前も、相手はよくわからん奴だったんだろ?」


「だって……神様だって、言ったし……」


「あなたは神を信じますか、さ。そりゃ演出だな。そうだな……貰ったものは返さなくったっていいさ。でも、それだってこっちの勝手な事情だよ。

 持てる者ってやつになったんだ。あれば扱いに気をつけないと、取られちまうだろ。だから取り返されたってだけだ。

 元々、その力とやらは奴らのものだったんだから。与えるも奪うも、自由自在だろうさ」


そも神という存在が自分勝手であることは解りきったことだ。それこそ世界規模で救いと破滅をもたらして来た存在である。

そんな神が過失を認め、転生という形で誠意も見せた。だから信用した。こう言いたいのだろう。

命など塵芥の如く取り扱う存在が、罪悪感など抱くだろうか。

堕天使も、今でさえ落ちぶれてはいるが、これまでこちらの世界に産まれてこれまで楽しんだことはなかったなどとは言わせない。ナナシでさえそうだったのだから。

現代日本では決して味わい得ない経験を与えてくれたのは、その神なのだ。そんな存在を悪しざまに言ったとしても、自らが惨めになるだけではないか。

薬で得る悦楽に対して、その薬の品質が悪い効き目が薄いなどと唾を吐いても、薬に縋らなければ幸福を得られない自分の愚かさが際立つだけだ。

否……元から自尊心が肥大していた男だったからこそ、そんな超常的存在に一矢報えた自分に満足を覚えるのだろうか。

元来自己評価の低い男であったナナシにとり、他大多数は頷けても、そこだけは共感できなかった部分である。


「しかし、よくまあ、あんなゲテモノ面に触れたもんだ。ああ……光で顔を隠してたから解らなかったのか」


ただしそれは本物の神であったならば、の話だ。

あんな、節足動物と魚類と鳥類と……あらゆる生物の特徴を兼ね備えて完全な存在に至ろうとし、真逆に醜悪さだけが凝縮されたような者共など。

神の正体を知った今では、ナナシも殴りつけてやりたい気持ちで一杯だ。

男が言う『神』の正体とは、この世界に存在する概念としての神ではなく、人が転じた紛い物である。


「そういや、お仲間達はどうした? ほら、あの戦士と魔法使いと僧侶の女。お前を慕ってついて来てくれたんだろ。神様なんかよりよっぽど信じられる相手じゃないか、どこにいる?」


「う、うううーんんん」


何かに耐えるようにして身悶えながら、堕天使は頭を掻き毟る。

あれだけ煌びやかであった男の周りに女の影が見当たらないことから、おおよそのことは検討が付いていたが。

闇討ちなどされてはたまらない。戦力数は問わねばならないことである。

地雷であると理解しつつも踏まずにはいられなかったのは、ナナシがこの男のかつての強さに、憧れと恐怖を抱いていたからだ。


「クソッ、クソッ……何がお兄ちゃんだよ、ダーリンだよ、クソッ! おかしいと思ってたんだ、あいつ、あいつら処女じゃなかったんだ! 何が訓練で破れちゃったかもだ!」


「そりゃあきついな。ああ、シュウ。ギンを連れて向こう行っててくれ。今日は鍛錬しなくてもいい」


「解りました」と素直に頷き、ギンジョウの手を引くシュゾウ。

ギンジョウは渋った声を上げたが、この場から強引に連れ出すことにした。

シュゾウも、ナナシと堕天使との関係に興味はあるはずだが、立ち去ったのは妹への悪影響を考えてのことだろう。

堕天使の起こしたヒステリーに辟易としていたのかもしれない。

気が長く温厚な性質であるナナシが、時折疲れたように眉間を揉み解している反応を見れば、ただ話を聞くことそれだけにどれ程の労力が費やされているか解る。

喚いている言葉には、民法であれば自主規制音を入れねばならないものばかりだ。性的なワードに塗れている。それも、女が男を騙す類の。

兄として賢明な判断である。


「力が使えなくなって、しばらくしてもう戻らないってわかったら、あっさりだぞ! あいつら、あれだけ嫌ってた貴族の所へ行ったんだ!」


「嫌ってたのは、お前の前だけだったのかもなあ」


「この人の方がいいのって……なんだよ、あれだけ可愛がってやったじゃないか! 体と一緒に、心も繋がったって……俺は……」


「男の思い込みか、夢なのかもなあ。その辺、女はドライだよな。俺の方も全国民公式寝取られだよ。ロイヤルだぜロイヤル。やってらんねえ」


「俺だって……俺だって……なんで“あいつ”ばっかりが……ほんとは俺が王になってたはずなのに」


お互いに話をしようとナナシは言ったが、堕天使は自分の鬱憤をぶちまけるのに忙しいようで、ナナシの言葉を聞こうとはしていない。

ナナシは初めから話し“合う”ことを諦めていた。話すこと、それだけを求めていた。

だが、そのおかげで目的の一つであった堕天使の人物像を掴むことは出来ていた。些か情報過多だったが。

堕天使の人格は、やはりというべきかエゴの肥大が目立つ、それを前面に押し出したような構造をしていた。

ただそれは無理もないことだ。非現実的な空想や変身願望が、この世界にて全て叶えられてしまったのだから。

美しい夢のようなものだ。神に等しい権限を持っているとも感じていたかもしれない。

そしてそれを、ある日突然にして、取り上げられてしまった。

足りなかったと思っていたものを奪われたのだ。そうなれば、“自分”に戻るしかない。

もしもこの男のように強力な神の加護が与えられていたのなら。ナナシはそう思わずにはいられない。

この世界に来た当初の自分に、一人でも生き抜ける力があったなら、どうなっていたか。

毎朝鏡を見れば、“前”とのギャップを嫌でも感じることとなるだろう。

そして、他者との比較も自然と行うことになる。

以前の自分とは違う顔、優れた知性、他の追随を許さぬ才……よほど“前世”が満たされていなければ、きっと“前”よりも良くなるだろうと、何かが出来るはずだと希望を抱くのが普通だろう。

少々の困難は人生のスパイスだ。それを乗り越えれば、自身の万能感は確固たるものになる。悔やみ、悩んでみせるのは、それを彩るためのポーズでしかない。

堕天使にとり、『王宮』から追放されたことは、程よい試練であったに違いない。


「似てるとは思ってたけど、そうか。お前、王様の双子の片割れだったんだな」


「違う! 俺は俺だ! あいつとは関係ない! 何であんな、自己中で傲慢な、人の話を聞かない電波野郎の方が皆いいって言うんだ、チクショウ! あいつなんてどうせ……!」


自分達もそうだ、とは言わないのがナナシの優しさである。

似ているとはかねてから思ってはいたが、堕天使は、王族に連なる者であったという。

貴族出身であることは予想していたが、まさか王族であったとは。

国王が建国式の際にテラスに姿を現した所を、遠目で見たことがある。国王が姿を現わした時のあの熱狂といったら、そこかしこで失神する者が多数現れた程。凄まじいものがあったことを覚えている。

狂信じみた叫びを全国民が上げていた。

人の波に呑まれて直に姿は見えなくなったが、一瞬だけ垣間見えた容姿は、堕天使と瓜二つだった。

なるほどこの男は確かに微笑みの貴公子こと、現国王の鏡映しだ。

瞳の色を除けば、だが。

十分に王座を狙える継承権の位にあったはずの堕天使であるが、しかしその容姿が災いしたらしい。

冒険者の始祖であり、人が“成る”下位神にも数えられる、堕天使オレイシス――――――これはオリジナルの方――――――の、その容姿の写し身だったのである。

ナナシもこの男を堕天使と何のひねりもなく呼称する程に、“等しかった”。

片方は成功し、片方は落ちぶれた。対照的となった両者の立ち位置には何らかの作為が感じられるが、それは今は解らない。

どうせろくでもない、『プラン』とやらの一貫なのだろう。


「なんで俺が、わけわかんねー昔の格好付け野郎にそっくりだって、そんな理由で追い出されなきゃいけないんだよ……」


冒険者はその成り立ちからして、貴族……国家政府とは相容れない存在である。

そのため、冒険者を国営組織に組み込む取り込むための国家冒険者資格などという制度も作られたのだが、“迷宮モグリ”は後を絶たず。

基本的に貴族達は冒険者を排除すべき存在であると考えていた。

何を犠牲にしても個人の利を追求する者共が、資源の宝庫に我が物顔で立ち入り好き勝手荒らしていくなどと、為政者に認められるはずもない。

かつて、冒険者の始祖であるオリジナルオレイシスは、現国王の血筋の出であったという。

当時よりミックス化が進んでいた遺伝子の関係か、その瞳はヘテロクミア……所謂オッドアイであった。

王宮より出奔したオリジナルオレイシスは、そうして冒険者という存在を確立させた。

それからというもの、現国王の血筋では、左右の瞳が異なる色を持って子供を忌み子とし、外部に放出……修道院などで一代限りの飼い殺しをしてきたのだという。

赤と青のオッドアイでさえなければ、あの時テラスに立っていたのはこの男かもしれなかったということだ。

もしかしたら、堕天使の口振りを聞く限りでは、物心付いた時にはそれを狙っていた節さえあった。

今回もまた、超えられてしかるべき試練である、と思っていたはずだ。それがどうしてかこんな事態に陥っている。あらゆる力が奪われて、人心は離れ、一般人にすら劣る体力。他者と隔絶した位にあるものは、顔の良さだけとなってしまった。

何よりも、路傍の石にも等しかったであろう“捨てられた者達”に袖にされたことが、この男の自尊心を痛く傷つけた。

肥大するばかりで堅牢さの欠片もないエゴでは、こんな仕打ちに耐えられる訳がない。

それも当然で、この男の基盤というものは、力に依る自身の安全の保障にあったからだ。

自身の安全――――――これが地球人が、特に日本人が異世界で暮らすための絶対条件である。

ナナシはそう確信している。

とにかく自分を安全な場所に置かねば、不安で何もできないのが日本人だ。インターネット掲示板然り、異世界然りである。

神が目の前に現れて、異世界に送る代りに望む力をくれると告げたとしよう。そこで大多数の人間は、強大な力を望むはずだ。その力で安全を買うのである。

そうして初めて、好き放題が出来るというものだ。

それが全て失われたとあっては、堕天使は基盤崩壊からの自己防衛に、周囲に毒を撒き散らすしかなかったのである。

ナナシでさえ、魔物の徘徊する街にて暮らせていたのは、ジョゼットという上位者の庇護があってこそ。

自身の安全が保障された上で、育てられていたのだ。

“親”に守られて、養われて、ぶつくさと文句と糞を垂れながら生きていた。それだけだ。

どうにもならない状況で世界の厳しさから身を守るには、この男のように妄想を抱いて現実を見ないか、ナナシのように危険を直視せず逃げ続けるしかない。


「あいつもそうだ、あいつも、あいつも! 何だよチクショウ! 俺の方がずっと、これまでだってよくしてやってきたはずだろ! おかしいだろ! あいつら、あんなによがってた癖に!」


思い出すのは、かつてこの男が率いていた女達の顔。

彼らの馴れ初めがどのようなものだったかは知らないが、その間に交わされていた関係がどのようなものだったかくらいは解る。

王と民の関係だったのだろう。

与える代わりに、奉仕を受けるという関係だ。

信じていたとは口触りがいいが、結局は利益に拠る関係でしかなかったということだ。

気安いやりとりを交わせていたとしても、そこに横たわるのは、いや、支えていたのは上下関係である。

欲望を満たせないことがあったとしても、最終的に意に反する結果はなかったはず。

それは自分のポリシーに反してまで、事を成したことがないということだ。

純粋に羨ましいとナナシは思う。だが、そのような環境に置かれれば、どうなるか。

我を支えるのが力なのだとしたら、当然、我が強くなる。

この己を全く信じていない者からすれば、それがいかなる意味を持つか。

“まとも”にはいつまでもなれはしない。そういうことだ。

あり得ぬ願望が満たされてしまったのだから、その力を当然として考える土台が築かれてしまっている。まず力ありきなのだ。

心で、内面でぶつかっていけるのならば、初めからこの場所にはいまい。生まれ変る前からそうしていたはずなのだから。

相手の気持ちを察する事。場を読む事。時には自分を曲げて、偽り、隠す事。おだてて、なだめすかして、あやして、謝ってみせる。

人との関わり中、生きていく上で必要なこととは、そういった煩わしい作業をすることだ。

自己卑下とまではいかないが、下手に出ることを知らなければ、人間関係が上手くいくはずもない。

一人の力でもってのみ築かれた王国は、王の力が失われれば瓦解することは目に見えている。

金の切れ目は縁の切れ目。力失せれば、ということだ。


「オレイシスよう。俺、お前のことが羨ましいよ」


「俺をオレイシスと呼ぶな! 俺は、俺は……!」


「いいじゃないかオレイシスで。潔くて格好いいぜ。勇者だか何だか名乗るよりもさ」


不服そうに歯ぎしりする堕天使だが、やはり掴み掛かってはこないことに、ナナシは少しばかり落胆した。

堕天使のことが羨ましいと、ある種尊敬していたことは本当のことで、ナナシは一度や二度くらいならばこの男に殴られてもいいとさえ思っていた。

それでこの男がマシになるというのならば。

同郷のよしみというのもあるが、どちらかと言えば、自身が満たされることを期待してのことだった。


「でもさ、本当に羨ましいよ」


「何がだよ! お前なんか、お前なんか裏切られたこともない癖に! 勝手なことを言うな!」


「そうだなあ。俺はたぶん、裏切った方だからなあ。お前の気持ちはわかんねえや」


自嘲するように小さく笑って、ナナシは続ける。

それすらも自身への嘲りと取ったのか、美貌を歪める堕天使だったが、ナナシはもはやその反応に気遣うことはなかった。


「裏切られてそんなにショックを受けてるってことは、お前がそれだけその人達のことを大事に思ってたってことだろう?

 俺にも信頼してた仲間はいたし、好きだって言ってくれた子も……いやさ、言葉でそう言われた訳じゃないけども、いたよ。

 自分からそいつらと離れてもさ、あんまり心が動かないんだ……そりゃ辛いし、悲しいよ。でもそれだけだった。あの頃に戻りたいとか、そういう執着心みたいなのは、まったくわかなかったんだ。

 もっと滅茶苦茶になるくらい衝撃を受けるかとも思ったけど、何故だろう、不思議と自分は変わらなかったんだ。だから自分を見失うくらいに、誰かを想えていたお前が羨ましい」


そう、ナナシは言った。

仲間だなどと言ってはいても、初めから割り切った間柄でしかなかった。

国家冒険者資格を取るまでの、それまでの関係。

鍛えた実力を担保に、信頼と信用をお互いに貸し受けているだけの関係。

“別れ”を前提に積み上げる人間関係の歪さには、特にナナシは敏感だった。

ならば最初から、と。初めから近付きすぎぬように、と。

少女達の想いに背を向け、気づかぬ振りをして。

そうして得たものは、後悔だけだった。

もたらされる結果や本質からは目を逸らし、ただ前にだけ進むだなどと、それは逃避と何が違う。

ナナシには、間違ってはいても自分を真っ直ぐに出し切れていた堕天使のことが、だから羨ましかったのだ。


「解ったような口を! 俺は、俺はな!」


「はいはい」


そう言って聞いてやるのが、この男にとって一番良いだろう。

誰も自分を理解してくれない、と思いこみ、だから理解できない周囲が愚鈍なのだと思い違い。

そうやって孤高の存在になろうとする者には、何を言った所で聞く耳を持つまい。会話を続けたければ、ただ傾聴するしかない。

抱えている問題が周囲に理解してもらえないがために、状況を理解できない者達を格下の人間であるかのように見下すという、錯覚を起こしてしまっている。自分の悩みは他人のそれとは格が違う、などと。

その問題は人間関係構築能力の問題だ。前提からして躓いているのだから救われない。

忠告を受け入れないのは、それでも自身が強者であるという幻想にすがるためか。しかしこれは自力では解決出来ない類の問題である。そんな問題への忠告は、逆効果でしかないだろう。

努力の限界が見えたことも、する余地もなかったことも、拍車を掛けている。

人付き合い然り、自己鍛錬然り。

いや、才で全てを賄える分、“努力の仕方”も知らなかったのではないだろうか。

では、自分はどうだったのか。振り返ると、正直に言えば自信はない。

胸を張って努力したとは言い難いように思える。

誰かを慮っていた時間は短く、かと言って自分を苛め抜いたとも言えない。

骨が内側から壊死していった所で、鍛練の密度を増すことを辞めてしまったからだ。

治癒の力を失った今では、“流し”程度でしか身体は動かしていなかった。

腑抜けているにも程がある。


「話を戻そうか。どうしてお前がこんな目にあわなきゃならないのか、その理由にさ。教えてやろうか?」


「あ、ああそうだ! 教えてくれ! 早く!」


そうだなあ、とナナシは語る。


「今がこんな“しっちゃかめっちゃか”になったのは、あの星が昇ってからだ。力が消えたのはあれが原因さ。

 偽星・不死鳥……顕現した地は、冒険者育成のための学園都市、ヴァンダリア学園の地下深くだ。

 その日、冒険者施設を貴族が運営している、という事実に反発する、冒険者のテロリスト集団が革命を引き起こそうとした。貴族連のパレード中にだ。

 警備は手薄、要人は一所に固まっていて、高レベル冒険者達に襲われては全滅が危惧された。国家滅亡の危機だ。

 そこで貴族連はカウンター措置として、高レベル冒険者の……そのレベルという前提をひっくり返したんだ。神意降臨……不死鳥の召喚さ。

 これが冒険者ギルドが引き起こした一連の事件と、その結末……ということになっているな」


「違うのか?」


「ああ、違う。冒険者ギルドは無実さ。テロリストなんてどこにもいやしなかった。これは、たった一人の人間によって引き起こされたんだ。そいつが引き金を引いた……」


「誰だよ……誰なんだよそいつは!」


「俺さ。この、俺だ」


どこか他人事のように、ナナシは語った。

身に覚えの無い“事実”である。それは、いい様に情報操作されて造り出された事実だった。事実無根である。

だが、ナナシによって不死鳥が天に舞うその引き金が引かれたのだ。

ナナシに責め苦を負わせるために、そうしたのだ。


「きっ、貴様が、貴様が!」


「落ち着けよ。人の話は最後まで聞くもんだ」


これには流石に腰を浮かしかけた堕天使だったが、ナナシが一睨みすると喉を詰まらせ腰を降ろした。

殴られてもいいとは思っていたが、正当な理由もなしに痛い思いはしたくはない。

今は自分が吐き出す番である。


「あれだろ、お前さ、前の世界でもつまらない日常だとか、世界はくだらないだとか、そういう風に思ってた口だろ? 

 皆死んじまえとか、どいつもこいつもクズばっかりだ、とかさ。ネットミュージシャンとか漫画の展開とかにケチ付けてさ。ああ、馬鹿にしてるんじゃない。俺もそうだから」


それがどうしたのか、と堕天使は眉をひそめる。

誰しもが思うことだろう。普通のことだ。

だが、思い続けているのは。


「お前が聞きたいのはさ、結局の所どうしてこうも世界……いやさ、“世間”が厳しいのか、ってことだろ?

 どうして自分は誰にも受け入れてもらえないのか、優しくしてもらえないのか……そういうことだろ? 

 別にさ、下の人間を作って自分を上に持ってくことが悪いわけじゃないんだよ。でもさあ……なあ、こいつは凄い奴だって、そう思えた奴いたか?

 友達でもなんでもいいさ、テレビの芸能人とかでも何でもいいよ。こいつは凄い、こいつには敵わない、こいつは良い奴だ……そんな風にさ、上を見上げても妬めない奴、いたか?

 見下されたって、一欠けらも思わずに」


「そんなの、今何の意味が……」


「こうやって俺たちが泥塗れになる羽目になったのは、人に侮蔑の目で見下されるのは、鬱屈した気持ちを抱えてみじめに過ごさなきゃならないのは、何故か。

 そいつを探らないと意味がない。これから先、何度もつまずくことになるぞ。“ずっと”言われ続けてきたことだろう。生まれ変る前からだ。

 力じゃないだ。力とか才能とか、何の意味もないだよ」


「ごちゃごちゃうるせえよ! だから、それは誰のせいだってんだよ!」


「誰のせいってお前、そりゃあ決まってるじゃないか」


その瞬間のナナシの顔は、隠しようのない加虐心に歪んでいた。

憧憬もあった。同情もしていた。共感すらしていた。

だが……恨みは消えない。

すべてがこの男の責任であるとは、流石に思ってはいない。

それでも、この男さえいなければ、と。

そう思うことは、止められなかった。

なぜ自分ではなかったのか。この男のように、自分も力があれば。どうしてこんな奴が。

そう思う自分自身が愚かしい。

かつて、元の世界で、聖人の一人に数えられる仏とも呼ばれた者がこう遺した。

いかに悟りを開いたとしても、嫉妬の心は消えない。

他者を羨み生きていくのが人間ならば、羨まれる者はすでに幸せだったのだ。

それを自覚せずに人は生きている。


「解るだろ。お前だってもう、本当は解ってるはずだろ?」


「な、何を、何を言って……」


「世間がこんな冷たいのも、神様が傲慢なのも、誰からも優しくされないのも、惨めで惨めで仕方ないのも、こんな気持ちでいなきゃいけないのも、みんな」


これからナナシが吐く言葉は。

誰もが本当は理解していて、でも向き合うと辛すぎるから目を瞑っている“それ”を、自覚させてやるだけだ。


「みんな――――――お前のせいなんだよ」


冷たい現実を生きてきた日本人が、剣と魔法が跋扈する世界で生きていく上で自然と身に付けた、夢や幻想。

それを壊すことが、ナナシの復讐だった。


「う、うう、ううう……!」


うめき声を上げる堕天使の肩に、そっと手を掛けて、諭すようにして言う。


「自分語りをしたいなら、まず他人の功績を認めたら負けとでも思ってるみたいな、その固定観念を捨てようや。

 相手の話を聞いてる時、相槌が無いのはどうかと思うぜ。うんうん言ってるだけでいいのに、出来ないだろ?」


「うう、ううう……」

 

「やり方の問題じゃないんだ。“スキル”じゃないんだよ。性格とか、人格とか、そっちの問題なんだ。

 根暗なのは生まれ付きだから、一生変わらない。いや、生まれる前からそうなんだ。生まれ変ってもどうにもならないさ。

 自分がそういう人間だって自覚して、これじゃ嫌われて当然だって、そうして気にするところから始めないとさ。いちいち自分にストレス感じて生きてくのが正解なんだよ」


「そんなの、そんなの……!」


「しんどいよ、やってらんない。でもそれで、どうせ俺なんて、って拗ねるのはちょっとな。ひねて斜に構えるのもさ、何ていうか、駄目だよなあ」


へらりと苦笑してみせた自分自身にナナシは驚いていた。

例え自嘲だとしても、笑ったのは何年ぶりだろうか。

ああ、笑えるのか。自分はまだ、“こんな”になっても笑えるのか。

そうやって、血を吐くようにして生きていくのが、きっと良い人生というものとなるのだろう。

堕天使に言って聞かせた台詞は、自分自身を刻む台詞でもあった。

だが、そうやって生きている。吐いた言葉に嘘はない。自分自身がそうやって生きたいと願っている。

やせ我慢だ。ただの強がりだ。

誰に馬鹿にされたとしても、恥じることはない。

ここは痩せた土地だ。だが、ナナシの眼には、枯れた土にしかし根を張る草の緑が見えている。

葉は擦り切れていて、所々が茶に変色してしまっている。しかし、懸命に天に向かって伸びている。

奇跡とは、真なる奇跡とはきっと、これを言うのだろう。

無理をして痛々しく生きたいと、誰もが思っているはずだ。


「んだよ……何なんだよ、お前! 悟ったみたいに説教垂れて……お前はそんなに偉いのかよ!」


「いや……身に染みて解ったんだ。駄目な奴は何やったって駄目なんだってこと」


ハエを払うかのようにして頭上で手を振るナナシ。

うつむき目を閉じ苦笑するその姿に、何を感じ取ったのだろうか。

堕天使は拒絶するかのようにして首を振り、後ずさる。


「“前”でも失敗してた奴が、“今”になって成功する訳がない。

 だって、“ただ死んだってだけ”で、何一つ変わらずにここまで来てしまったんだから。だからさ、駄目なんだ。無理なんだよ。

 俺達じゃあ、無理なんだ……やり直せるとか、思ってる時点でさ。だから痛い目を見ることになる。結局は、全部が全部……自業自得だ」


ナナシがそう締めくくる頃には、堕天使は耳を塞ぎ、うずくまってしまっていた。

ナナシの言葉を受け入れたのか、拒絶したのか、それは解らない。

頑なに身を縮める姿は、必死に自分を守っているようだった。

本当は、本心では理解していたことなのだろう。だが、決して意識しないよう、心の奥底に押し込めていた。ナナシと同じようにして。

おうおうと嘆く男を、ナナシは穏やかな面持ちで眺めていた。

表情にはもはや、暗い感情は無い。

だが男に劣らぬ悲嘆の影が、そこにはあった。

思い出すべき時が来た。思い返すべき時が来た。

出会いは転機であるというのは、一つの真実である。ナナシはこの男と、“初めて”出会うことで、ようやく自身の心の整理を付けることが出来た。そう感じていた。


「でも笑える。笑ってられるんだなあ」


「不思議だよな」とナナシは困ったような笑みを深くした。

それは、かつてナナシがまだ仲間達と共に在った頃の、頼りない、しかし穏やかな笑みだった。


「つらいし、苦しいよ」


堕天使に向かって吐いた言葉は、返って自分自身にも突き刺さる。

何もかも、全ては情けない自分自身のせいだ。

世界がどうしようもなく見えているのは、どうしようもない自分のせいだ。


「色々なことがあったんだ……ああ、色んなことがあったんだよ」


人は人の中でしか生きていけない生物だ。人の間と書いて人間と読むのだ。

人と人の間で生きていけば、ぶつかり合うのは当然のことだ。擦り合わせをせねば、やっていけないこともあるだろう。

そういったやり取りを力で誤魔化し屈服させ突き抜けることで、“向こう側に避けて通るよう配慮させる”ようにすることは、どうか。

力を得て、人間の枠から突出することが、果たして良い事なのかどうか。

コミュニケーションを取るためにコミュニケーションの放棄を目指すなどとは。

眼前の男の姿はきっと、人々の理想の姿なのだろう。理想は得てして、敗れ去るものであるのだから。

人はきっと、ぶつかり合う痛みに耐えて生きねばならないのだろう。ナナシはそう思った。

その痛みに耐え切れぬから、苦しいのだと。その痛みを和らげるために、逃げ出すために、人は生き抜こうとするのだと。


「なあ……聞いてくれよ。俺さ――――――」


――――――決して後ろを振り返ってはならない。

ナナシの脳裏に、かつて恩人が遺した言葉が蘇る。

だが。ナナシは思う。


「本当は、冒険者になりたかったんだ」


きっと、己を省みなかった者の末路がここなのだろう。

※これまでのテンプレ消化2


・鈍感優柔不断系主人公→迷いすぎてあばばばばー

・銀髪オッドアイ→あばばばばー

・獣耳(犬猫)→

・ケモナー→突然の死!!!!

・お譲様(金髪ドリル)→あばばばばー

・ショタロリ→あばばばばー

・ロマン武器→ロマンは大事だよなロマンは

・学園ファンタジーと冒険→ちゃぶ台返しマッポーの世

・暗い過去→(笑)

・ブーメラン式SEKKYOU→ブーメラン式SEKKYOU(回帰の意)

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