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完全装鋼士 : レベル0  作者: ノシ棒
第3章 ―神撃編:放浪―
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地下41階

気付けば累積アクセス数も100万を超え、大変嬉しく思います。

皆様、ありがとうございました!

感想もいただけると大変嬉しいです! いや、ほんと、切実に!

憎悪に色が有るのだとしたら、きっと燃え盛る炎の色をしているのだろう。

赤銅色をした、錆びた鉄の色の様な――――――。

未だ悲鳴が上がる故郷から妹の手を引いて、背を舐める炎の舌から逃げながら、シュゾウ・アウレイアはそう思った。

弾ける火の粉が肌を焼き、熱が肺を蒸していく。胸を焦がすのは、思い出が燃え落ちていく熱ではない。

焦燥と絶望と、そして制御不能の憎悪とがとぐろを巻いて、シュゾウの腹の中で暴れていた。

妹が引かれる手を痛いと訴えても、シュゾウは走る足を止めることはない。妹の歩幅に合わせることもなく、半ば引き摺るようにして走り続けた。

当然、妹が先に息が上がり、足がもつれたところを木の根に躓いて転んだ。


「立つんだ、ギン! ほら、立って! 走るんだ!」


猫虎族の出とはいえ、酸素の薄い状態で森の中を、妹の手を引いて駆けずるのは荷が勝ちすぎていたのか。

立てと叫ぶシュゾウ自身も、もう膝を付いて一歩も動けなくなっていた。

妹は激しく肩で息をしながら、首を振るばかり。

幼い妹は、自分達の身に何が起きたのか、よく解ってはいないようだった。ずっと唖然とした顔で、ただ言う事に従うまま。

無理もない。眠りに付いたところを叩き起こされて、そのまま走り続けていたのだ。

斬り付けられた腕は赤く染まり、ぴくりとも動かない。流血による体力の消耗も激しいだろう。

もはや夢現の状態だ。これが現実であるか、夢であるか、燃え盛る火の熱に炙られたとしても、幼子の理解の範疇では、受けとめ切れずにいる。

それは幸いである、と言えよう。少なくとも、シュゾウはよかった、と思っている。

両親が殺される場面など……そんなもの、覚えていない方がいい。


「どーこに隠れたのかなあ、子猫ちゃあん?」


情欲を含んだ男の声。

ここかな、それともここかな、と手当たり次第に火球を弾として撃ち出し、森の木々を吹き飛ばしていく。

二つ隣の大木が吹き飛ばされていくのを、シュゾウ達は必死に這いずって入り込んだ、大木の陰から見た。

自分達を追っているのは、村を焼いたのは、貴族の軍隊。追う男は、その指揮官である貴族の男だった。

野党やはぐれ魔獣の仕業ではない。その証拠に、あの男が放っているのは、魔術である。

今や魔術とは、この大陸に限り、貴族とそれに連なる者達の特権となっていた。

偽星・不死鳥が天へと昇ったためである。

神が現世へと顕現したために、それ以外の神意が駆逐されたのだ。

即ち、不死鳥信仰に根付いたこの国……今は新たに建国された国であるが、転生を掲げる教義を仰ぐ者にしか、その加護は降りぬこととなったのだ。

それは、レベル制度の崩壊という形で現れた。

国家に傅いた者以外は、全ての者が、『レベル0』となり果てたのだ。

あらゆるスキルが消失した。

あらゆる魔術が消失した。

魔術主義であった社会だ。その生活基盤が全て覆された。

生きるために、あるいはこれまでの生活を捨てられないために、国に頭を垂れる者……つまりは、国籍を買い、不死鳥を唯一神として拝する者がほとんどだった。

だが、中にはシュゾウ達の出身である猫虎族のように、古から森に住み生きてきた狩猟民族といった、簡単には仰ぐ神を変えられぬ者達もいた。

彼らに対する仕打ちが、これだ。

国家の思想を一つとする。

新たに発った国、新たな王が掲げる王命である。

聞こえはいいが、それは少数派を除去することでしか為し得ないことだ。

旧体制は駆逐された。現に、冒険者は危険思想集団として駆逐され、新たに再編されつつあるという。貴族の子弟を中心として、だ。

馬鹿馬鹿しいと子供ながらシュゾウは吐き捨てた。システムを一新したとしても、それを担う者達が同じでは。

錆色の憎悪の光景が、その証明ではないか。

歪んだ選民思想。歯止めの利かない欲動。略奪による充実。


「ちくしょう……ちくしょう……ちくしょう……ッ!」


シュゾウは震える妹の身体を強く抱き留めた。そうしなければ、自分の身体も震え始めてしまうから。

妹は、歯を鳴らして耳を押さえながら、目を閉じて、何をかを口の中でぶつぶつと繰り返し唱えていた。


「おとうさん、おかあさん、おとうさん、おかあさん」


妹の、父と母を呼ぶか細い声。

隠れた大木にほど近い地面が煮え爆ぜる様を見て、シュゾウは覚悟を決めた。

腰に差したナイフをすらりと抜いて、シュウは妹の肩を抱き寄せた。


「ギン」


妹の名を静かに呼ぶ。

耳を塞いでいても伝わったようで、妹は振るえながら顔を上げた。

シュゾウは務めて平静に、穏やかな笑みを浮かべながら、妹の髪を指で梳いてやる。

煤がからんでいくらかごわついた黒髪が、シュゾウの指の間をすり抜けていった。


「これは、夢だよ」


何のことか解らないと小首を傾げる妹に、然もあらんとシュゾウは苦笑する。

爆音がまた聞こえた。炎に頬が照らされて、肌が痛みを訴える。

だが兄妹は、お互いの瞳だけを見詰め続けていた。


「ゆ……め?」


「そう、夢さ。こわいこわい、夢なんだ。だって、あるわけないだろう、こんなこと。

 猫虎族最強の戦士だった父さんが、あんなに簡単にやられるわけがないじゃないか。黒い髪が綺麗で、何年たっても美人だった母さんが、あんな、男達に、床に倒されて……。

 そう、だからこれは夢だよ。夢なんだよ」


言い聞かせるようにして、シュゾウは妹へと何度もこれは夢だと告げる。

妹は一瞬だけ呆とした顔をすると、ゆっくりと息を吐いて。


「そっかあ……よかったあ」


そう言ってほうとして微笑んだ。

シュゾウもまた、そうだよと言って微笑んだ。


「だから、ギン、目を閉じな。そうして次に目を開けた時は、きっと父さんも母さんも、村の皆も、みんないるから。悪い夢は、全部忘れてしまえるから」


「うん」


後ろ手に握ったナイフの柄が軋む。

そこにいることはわかっている、とにやついた男の声が聞こえたが、覚悟を決めたシュゾウには、何ら影響を及ぼすものではなかった。

ただ、自分の声に従い目を閉じた妹の姿が、切なく胸を突く。

途端にシュゾウの全身を、冷たさと振るえが襲った。

がちがちと歯の根がぶつかり、口の中を切る。にっこりと笑っていたはずの顔は固まって、不細工な形となっていることだろう。だが、泣くことは出来ない。妹の前で、泣くことだけは。

それがただの強がりだとしても、それでもシュゾウは、妹を守るために刃を振るわねばならない。

どれだけ恐ろしいことであったとしても、もはやそう覚悟したからだ。


「そうさ、夢なんだ」


シュゾウは自分に言い聞かせるようにして、ナイフの握りを改めた。

胸に抱いた身体は頼りなく、小さな吐息は時が経つにつれてよりか細くなっていく。

妹の腕には、シュゾウのシャツを破いて作った包帯が巻かれている。その包帯は、もう白い部分が無い程に、朱に染まっていた。

今はまだ小康状態だと思っていたが、シュゾウが無理に走らせ、そして自らを傷付けた貴族の姿を目にしたために、傷口が一気に開いたのだろう。

斬られたのだ。この小さな妹は。子供であるにも関わらず、容赦もなく、そして慈悲もなく。

自分達が今も生きているのは、狩りと称する遊びの対象であったからに過ぎない。

奴らが狩りを楽しむために、生かされているだけなのだ。

村の男達はとっくのとうに皆殺しにされた。最強だと信じていた村の男衆は、全くの無力だった。

女達は半分は“使われ”、そして処分された。残りの半分は、どこかに連れていかれてしまった。

下賤な者共の末路には相応しい、と奴らは言っていた。女達は、配下の魔物達を増やすための苗床とするらしい。

そして村には火を放たれた。

浄化されるには、火で焼き清められなくてはならない。汚物は消毒だと、そういうことか。

その最中、シュゾウ達は必死に逃げた。必死に逃げたが、奴らは一定の距離を付かず離れず、時折魔術を放つのみ。

自分達が傷つき、悶える様を見て笑っていたのだろう。それでも生きている間は、逃げなくてはならない。そう唱えながら。

自己満足だということは解っていた。このままでは妹は死ぬ。ならば、ここで妹を捨て、自分だけでも逃げるべきではないか。

そんな考えが何度も頭を過った。

出来る訳がなかった。そんなことは、絶対に。

一瞬でもその考えが浮かんだ自分を、シュゾウは恥じた。

だが、どうにもならない。

自分が囮になったとて、妹は助からない。

逃げ切れないのは当然、身を隠したとしても出血が酷い。助けが来るまで、妹は持つまい。

森の中が炎で赤く照らされていた。

貴族に追われ、逃げている最中、シュゾウは叫んだ。

この世に神はいないのか。

奴らは答えた。

当たり前だ。

神は天上におわすもの。

この世に神が降りたとて、貴様らに振り向きはしないだろう。

これも当たり前なことだ。

貴様等害獣に、神などいるものか。

奴らの言葉を耳にした瞬間、シュゾウの心の堤は決壊した。

兄といえど、シュゾウも歳幼い子供。

親戚を、友人を、親を目の前で殺され、住処を追われることに耐えられるはずがなかった。

妹の存在だけが繋ぎとめていたシュゾウの正気が、音を立てて崩れていく。

限界だった。

妹を抱えたまま、シュゾウは膝を折ってしまった。

少しも足が動かない。

元々気力で走っていたに過ぎない。

限界だったのだ。

妹の目は限界にまで見開かれ、焦点は合わず。

半開きになった口からは、涎と意味のない吃音が垂れ流れていた。

だから、シュゾウは覚悟を決めたのだ。

魔物を伴った貴族共の気配が近付いても、シュゾウは俯いた頭を上げることはできなかった。

逃走の意思を失くした獲物につまらなくなったのだろう。木を一本ずつ燃やして隠れた場所を当てる、的当てゲームを貴族共は始めていた。

自分達はもう、ここまでだ。シュゾウの手にナイフがあった。

せめて痛みを感じないことを、祈るだけだ。


――――――何に、誰に? 


神にでも祈ればいいのだろうか。

いいや、それすらも自分達には許されていない。自分達に神はいないのだから。加護は消え失せてしまったのだから。

いったい何が悪かったというのか。

ただ日々を過ごしていただけの自分達が、何か罪を犯したとでもいうのか。

妹だけは、何も悪い事はしていないではないか。

考えても解らない。

思考に逃げても、死は免れない。

命乞いなど無駄だろう。奴らにとり、子供であることなど関係はないのだ。

自分に出来ることは、妹と最後まで――――――いや、その後も、一緒にいてやることだけだ。

寂しがり屋の妹が、泣かないように。

そしてシュゾウは、ナイフの刃を、妹の首筋に当てた(・・・・・・・・)

それは、何も知らぬ無垢な妹が辱められるのならば、という兄の想い。

苦しめられるのならば、いっそ。人としての尊厳を踏み躙られるのならば、いっそ。

いっそ、誇りある内に、自らの手で妹を、自分を――――――という。

シュゾウが抱いたのは、そんな、悲痛な覚悟だった。


「きっとまた、父さんと、母さんに会えるさ……すぐに、僕も」


ナイフを持つ手に力が入る。

妹の首筋に、血のしずくが一筋流れた。

シュゾウは頚動脈に狙いを定め、痛みをなるべく感じぬように、すっと一息にナイフを引いて――――――。


「……えっ」


溢れた血は、しかし妹のものではなかった。

それは、横合いからぬっと出て来て無造作に刃を掴んだ、見知らぬ、大きな手から滴ったもの。


「うあっ!」


その大きな手はシュゾウからするりとナイフを抜き取ると、もう一方の手で、シュゾウの頬を打ち付けた。

目から火が出るとはこのことか。父にいたずらをして頭を殴られた時よりも、何十倍も痛い平手打ちだった。

その音に妹が驚いて目を開けていた。


「痛いか」


問うたのは、見知らぬ男だった。

何時からそこに居たのだろうか。

加護が失せたといっても、猫虎族の自分達の優れた聴覚に察知されることなく、男はシュゾウ達の側に立っていた。

落ち葉や木の枝を踏む音さえさせず、まるで幽鬼のようにして。

シュゾウが初めに感じたのは、恐怖だった。次いで、混乱。何故か、どうしても、この怪し気な風体の男が、敵だとは思えなかった。

殺気が無いからなのだろうか。それとも、あの下種な貴族の男のような情欲を感じないからなのだろうか。


「い、いた……い」


「そうか」


「痛い……痛いよ……!」


「なら、これは夢じゃないな」


緊張が解け、涙がぼろぼろと零れ落ちていった。

妹もまた泣き出して、おにいちゃん、としがみ付いて来る。

シュゾウは妹の小さい身体を抱き締めた。

ああ、生きている。

僕達はまだ、生きている。


「借りるぞ」


男はシュゾウから奪ったナイフをひらひらと空で揺らして、木の陰から何となしに身体を出した。

近所に散歩に出掛けるような、気安い足取りで。

途端に自分達を探していた貴族の怒声が上がる。男はうんざりだとでもいう風に肩を竦めた。

当然、男の態度に腹を立てた貴族の激昂した声がまた上がった。

貴族が金切り声で何かを叫んだ後に、死ね、と言ったことだけは理解した。

そして、獣の臭いが立ち込めた。むせ返るような血の臭いも、また。

貴族が魔物のたぐいを男へとけしかけたのだ。

今や、神の後ろ盾を得た貴族派にとって、魔物は制御不可能なものではない。邪悪な者共は、神の威光の前に傅いたのである。そう宣伝されている。

貴族派は、魔物の使役術を手に入れていた。

木の陰からそっと顔だけ出して外をうかがう。

男は、数十に及ぶ獣型の魔物に囲まれて立ち尽くしていた。

絶対絶命。

だが、男にそんなものを意に介した様子は、ない。


「おにいちゃん……おにいちゃん……」


男はこれは夢ではないと言った。

痛みを感じるならば。妹を抱き締められるならば。

シュゾウを現実に繋ぎとめていたのは、己の手の内にある、小さな手。

妹の震える掌だった。

冷たい……シュゾウは掌から急速に体温が失われていくのを感じた。

それは、妹の生きる気力が失われていくのに相違なかった。

シュゾウと同じように、妹も絶望を感じているのだ。心が幼い分、より大きな絶望を。

自分からナイフを取り上げたあの男が魔物に喰い殺された後は、自分達の番だ。

それも猛った貴族相手に、より残酷な殺され方をするだろう。

シュゾウは妹を抱き締め、その瞬間を待った。

目を閉じてしまえば、世界は自分と妹の二人だけになった。

怖くて怖くてしかたがなかったけれど、妹と二人きりだけの世界はとても静かで、温かかった。

静かだった。

とても静かだった。


「あ……」


否、静か過ぎた。

妹の呆けたような声に、シュゾウは思わず目を開けた。

腕の中で妹が、息も絶え絶えに手を伸ばしていた。

血が流れ落ちた身体で、視界はとうに霞んでいるというのに。

眩しいものを見るかのように瞳は細められ、求めるように必死に手を伸ばして。

そしてシュゾウも顔を上げた。

初めに、濃厚な血の臭いが鼻を突いた。

次いで視界に入ったのは、魔物の群れ……その死骸の中心に、一人の男が佇んでいる姿。

巌の様に、山の様に、男の姿が大きく見えた。

いや、実際に巨大であった訳ではない。

体躯の大きさのみで計るならば、猫虎族の成人男性の方がよほど大きいだろう。

そんな猫虎族の大人達に守られて育ったシュゾウは、自分達の村が攻め滅ぼされるなど、夢にも思わなかった。

猫虎族の男は最強の戦士であると信じていたし、自分もいずれそうなるのだと、信じて疑わなかった。

だから今も、これは何かの悪い夢なのだと、そんな思いが捨て切れずにいた。

男の姿は、それこそ悪夢に出てくる悪鬼のようだった。

何よりも、男の漂わせる空気が、重く息苦しい。

そんな男が襤褸を纏った風体で、何をするでもなくつっ立っている。魔物達を皆殺しにして。

果たして、この男があれだけの数の魔物を仕留めたのだろうか。

それは、辺りに転がる魔物の死骸が物語る。

手型、足型に所々を陥没させ、あるいは千切られ、切り裂かれた魔物達の死骸。

レベルによって補正を受けた魔物を、レベルを失った人間が倒したのだ。レベル0の人間が――――――。


「かみ……さま……?」


妹の声。

男は僅かに顔を傾けた。

伸び放題にした白髪混じりの髪に、無精髭。

みすぼらしい格好は、間違っても神々しさなど感じないだろう。

絞り込まれた体躯をしていなければ、杖を着いたその姿は、老人と見間違えていたかもしれない。


「捨てていけ、こんなもの」


男は吐き捨てるようにして言った。シュゾウ達に視線を投げ掛けて。

髪の間から覗く鋭い視線は、睨み付けられているかのようにも感じた。

だが、シュゾウは男の言わんとしたことを余す所なく理解した。

貴族の金切り声は何時しか止んでいた。

シュゾウのナイフが、貴族の男の喉下に、深く突き刺さっていた。

成就したのだ、とシュゾウは感じた。この男が、自分の代わりに、果たしてくれたのだと。

だが、森は未だ赤銅色に燃えていて、村の焼け上がった灰が降っている。


「い、妹が……ギンが……!」


気付けばシュゾウは、男に跪いて訴えていた。

この男が敵ではないと、何故か、そう理解していた。

男は自分達に近付くと、徐に自らの指先を噛み切った。

「これが最後だろう」と呟きながら、流れた血を妹の傷へと流す男。シュゾウはそれを止めようとは思わなかった。

すると、どうしたことか。見る間に妹の傷が、塞がっていく。

魔術的な要素ではないはずだ。不死鳥の星が天に在る限り、貴族連合に反する者達は、スキルさえ使えないのだから。

だが、妹の傷は治癒されていった。不思議には思ったが、問うことはない。ただ、妹が生きていることが有り難かった。

男の姿を認めた妹の瞳に、精気が宿り始めていくのに、シュゾウは涙を堪えることが出来なかった。

本当に何故かは解らなかったが、気付けば男を見上げ、自分も妹と同じ言葉を口にしていた。

ああ、ああ、神様……と。

男は少しだけ笑って言った。自嘲するような、暗い笑みだった。

違うさ。

俺が神様なら、お前たち皆を助けている。

俺は――――――。


「何も出来やしない、唯の、“名無し”さ」


それだけ言って、魔物達の後ろに続く、未だ燃え盛る村の方角と男は足を向けた。

後ろ手に手を振って歩を進める男は、死地に向うというのに、恐れを全く感じさせない足取りだった。

そして男は足を肩幅に開き、拳を構えた。

距離が開いているというのに、骨の軋む音がここにまで聞こえてきそうな、そんな堅く、固い拳を。傷だらけの指で。

拳を構え、襲い来る影と相対する男の背を、シュゾウは見た。

それは、大きな背中だった。

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