地下40階
プランB最終報告書:プラン終結に関する報告。並びに現在発生中の懸案について、時系列表の追加報告。
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新暦498年、8ノ月21ノ緋日。
『偽星・不死鳥』降臨。
同月22ノ碧日。
神性の顕現に伴い、最深度神意汚染(M8)発生。一神化による他信教神意遮断、並びに神意結合の阻害。
『不死鳥フェニクス』神族連――――――ヴァンダリア貴族連合、レベル補正強化。
他信教のレベル概念消滅。スキル消滅。魔術行使能力消滅。
迷宮探索前線崩壊。
『冒険者組合』、大量の国家探索資格所有者を失う。
冒険者組合によるデモ活動激化。
同月23ノ黄日。
ヴァンダリア貴族連合、大陸統一に向けて諸国へ宣誓。事実上の宣戦布告。
同月25ノ青日。
貴族連合、電撃作戦展開。危険分子冒険者組合殲滅。
新暦498年、9ノ月3ノ碧日。
多数の海外諸国により軍隊が派遣される。他国間による武力介入開始。
侵攻に対する正当報復として戦争行為開始。
世界戦争勃発。
同月18ノ緋日。
海外勢力撤退。
新暦498年、10ノ月29ノ青日。
大陸諸国統一。合集国カスキア建国。
新暦499年、2ノ月6ノ黄日。
抵抗勢力蜂起。ゲリラ活動開始。
新暦500年、5ノ月17ノ黄日。
抵抗運動激化。新政府は武力鎮圧を決定。ローラー作戦開始。
新暦502年、1ノ月30ノ緋日。
数多の抵抗組織幹部が国家反逆罪によって投獄、処刑される。しかし、地下抵抗組織は未だ潰えず。
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最終検体の状態:反応消失。消失点が戦争区域であったため、戦闘に巻き込まれ死亡したと思われる。
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降神直後の魔力暴走も安定期に入った模様。
プランA最終工程『神討』への移行を推奨。
最終工程移行と同時、浄化処理を開始予定。
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報告書記録者:統括管理局局長、ジョン・スミス。
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亡者のような男がいる。
狂喜する民衆達の只中にあって、ハレの日にはそぐわない鬱屈とした顔色で、周囲と同じように空を見上げていた。
視線の先には『偽星・不死鳥』の、陽光に照らされた神体が空を覆う蓋のようにして、悠然と佇んでいる。
見上げても尚、上空にあっても尚、視界に収まらないその巨体は明らかに物理法則を超越した存在だった。
岩だ。
巨大な岩の塊が、灼熱色に発光しながら、空中に浮かんでいる。
超物理的現象、事象を発生させる存在……即ち、あれこそが神の顕現、偽星・不死鳥である。
人々は、遠方から空に浮かぶ星を眺め、熱狂に身を委ねていた。
星の周りには、空気中の水蒸気を板状に固め映像を投射する魔術モニターが、何枚も連なってぐるりと取り囲んでいる。
星と比べれば米粒に等しい大きさだが、それでも巨大な魔術で形成された一枚板が、光を反射して輝いていた。
大陸中どこに居ても、顔をふと上げれば、そこに映された映像を見ることが出来る仕組みだ。
投射される主な映像は、国家運営に関わる重要な連絡、王の演説や王家の催しであり、国営放送として広く認知されている。
今日もまた、国を挙げてのイベントを放映中だ。
空中を浮遊する魔力モニターが音を上げて一斉に起動する。光の灯った魔力モニターに、人々は歓声を上げて旗を振る。
「王様万歳!」
「王様ばんざーい!」
「次期王妃様万歳! ばんざーい!」
「ご婚約おめでとー!」
「王様ばんざーい! カスキア合衆国ばんざーい!」
映されているのは、華やかなパレード。
車上から手を振るのは、カスキア合衆国初代国王と、その婚約者となる女性。
今日は、国王とかねてより懇意にあった貴族令嬢との、婚約式が執り行われる日であった。
モニターに映し出された二人の様子、パレードの豪華さをアナウンサーが言葉を尽くして褒め称えている。
合衆国として生まれ変わったこの国の新王室は、民に近い立ち位置にあるというアピールのためか、パレードもコミカルなものが多く、お祭り騒ぎといった様相だ。
これが結婚式となれば、荘厳な雰囲気を醸す演出となるのだろう。
未だあちこちで反攻勢力が燻る最中、婚約式を強行した王室の強さのアピール。そして、国内が荒れているため、戦姫として戦場に立たねばならず、未だ結婚に踏み切れない次期王妃の健気さのアピール。
癒されない戦争の爪跡は、国の指導者たるこの二人にも無縁ではないことを印象付けようともしているのだろう。
ところどころで「おいたわしや」と、触れ合う程に近くとも結ばれない王と婚約者、二人の運命を哀れむ声が上がっている。
ある程度の教育を受けた知識層であるという自負のある国民達は、自らが到達した結論を疑うことはない。浅い秘密を掘り返して満足し、その裏に潜む真実には手を伸ばすことはないだろう。
このタイミングでの大々的な、しかも婚約式を行う理由とは。
印象操作は成功と言えるだろう。
「見て、次期王妃様が!」
誰かが空に浮かぶモニタを指差し、叫んだ。
わっと一層大きな歓声が上がり、拍手と口笛と打ち鳴らされる楽器の音とで聴覚が埋め尽くされていく。
モニターには、新国王とその婚約者が、壇上で抱き合う姿が。
後ろに流した銀の髪に、研いだナイフのような端正な顔付き。正式な結婚式となれば、額に金の冠を、肩にはゆったりとした王者のマントを被せ、国を背負うに相応しい出で立ちとなるのだろう。
アップに映し出された国王は、未だ年若いというのに頼りなさを感じさせぬ、しかし婚約者を前にはにかむ姿が愛らしい、いくらか着崩された式服に親近感を湧かせるような、そんな姿だった。
国王が真紅のドレスに身を包んだ婚約者の、その細い腰をそっと抱き寄せた。
婚約者は、うねる豪奢な金の髪が美しい女だった。純人族ではないのだろう。腰からは、鱗と先端に柔らかな毛が生えた、龍尾が揺れている。龍人族の女性だった。
王が、婚約者の顔を、顎に指を添えて優しく上向かせていた。
婚約者は頬を上気させ、王の胸に手を当てて、そっと瞳を閉じた。
二人は次第に近付き、そして。
波打つように、もう一度割れんばかりの歓声が上がった。
「万歳! ばんざーい!」
「王様ー! 王妃様ー!」
王と婚約者の距離がゼロとなった瞬間。
人々は熱狂の中、婚約者の名を口々に叫んだ。
その口付けに、一筋流れた涙の雫に、合衆国の輝ける未来が約束されたのだと信じて。
「セリアージュ様ー! お幸せにー!」
「セリアージュ様ー!」
歓声の最中、亡者のような男の姿が消えていたことに気付いた者は、誰もいない。
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都市の中心部から外れた記念公園の一角に、建国祭と同時に建てられた、数百名の名が刻まれた石碑がある。
偽星・不死鳥降臨の際、犠牲となった者達のための追悼モニュメントである。
旧学園都市職員達と、“運悪く”中心部に残っていた生徒達の名が、その石碑には刻まれていた。
そして、他国からの侵略を防衛した際から、今もなお続いている異教徒のテロ行為によって命を落とした兵達の名もまた。
今日は誰も訪れなどしないだろう、その石碑の前に、一人の男が佇んでいた。
襤褸布を纏い、伸び放題の髪は白髪交じりの灰色で。
顔も灰色の髭に包まれたその容貌では、男の年齢はようとして知れない。
長い外套から除く手足は、まるで鋼のワイヤーを捻り合わせたかのように絞り込まれていた。男の体格から考えるに、老年という訳ではないだろう。しかし、若いとは言い切れない、枯れ果てた空気に包まれていた。
老人と見間違えるような容姿を、鍛えられた体躯が全く別の印象にさせている。まるで偏屈な山男か、苦行を積む修験者か、世捨て人の仙人か……。
この男が隔世的な空気を纏っていることだけは確かだった。
男は静かにしゃがみ込むと、石碑に彫り込まれた名を指で撫ぜた。
ひきつれて、ねじくれて、無事な部分を探す方が難しい、傷で埋め尽くされた指だった。
そして男は目を閉じる。
男が何を思っているかは、誰にも解らない。
ただ静かに、時間だけが過ぎていった。
しばらく黙祷を捧げた後、男は一つ確かめたように頷き、踵を返した。
「ああ、解ってる。そこに居るんだろう――――――?」
ふいに、男は天を仰いで言った。
見上げた先は、陽の光を受けて紅く輝く星、偽星・不死鳥が。
顕現したその日と変わらぬ威光を放ちながら、宙を蕩っていた。
その周囲には、魔道モニターが、王室婚約式の華やかな催しを映している。
国王と婚約者とが口付ける場面となって、男は濁った目を閉じ、歩みを進めて行った。足音一つ立てることもなく。
男が去り、追悼の場には静寂が戻った。
無数の名が刻まれた石碑。
男が指先を這わせていた箇所、そこにはある一つの名が刻まれていた。
――――――クリブス・ハンフリィ。
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第二部・神撃編・・・・・・幕




