地下2階
鋼鉄に包まれた指が、腰部リボルバー機構のハンマーを叩き付ける。
チャンバーへとカートリッジ式魔導電池を装填。動力を得たパワーアシスト機関が収縮を始める。
キツく締められたボルトが内圧で軋む音を聞きながら、ナナシは鎧が再稼動したのを確認した。
機能を回復した鎧を繰りながら、急ぎナナシは犬耳の少女の元へと駆けつける。
「悪い、待たせた! まだ行けるか鈍色!」
「わんっ!」
返答とともに左右に一度、力強く振られる尻尾。
視線こそ寄こさないものの、犬耳の少女――――――『鈍色』が握るハンドアックスが振るわれる度に人喰い小鬼がまとめて四、五匹吹き飛ぶあたり、まだまだ余力を残しているようだ。
こちらも負けじと、耳障りな唸り声を上げて飛びかかって来る小鬼共に、続けざまに拳を叩きつけた。
小鬼の頭部が、爆薬を仕込まれたか西瓜のように四散する。
筋肉を模した油圧パイプの伸縮により、強化された膂力でもって撃ちだされた鋼の拳は、正しく砲弾であった。
迷宮の犠牲者のものであろう刀剣で武装したリザードマンの剣撃は、半身をよじらせる事で回避。その勢いで以って繰り出す、反撃の手刀。鈍い鉄の軌跡が、リザードマンの胴体を上下に二分する。
頭からつま先まで、一分の隙もなく鋼鉄に包まれた今のナナシにとって、その程度の芸当など容易なものである。
首元のケーブルへと接続されたバケツのような兜の、バイザー下に表示されるコンディションはオールグリーン。
ナナシも万全とはいかないまでも、鈍色と同じく余力を残している。
このペースでいけば大きな負傷もなく、無事に探索を終えられるだろう。
だがそのためにはまずこの包囲を抜け、仲間たちと合流しなければ。
春の遠足、迷宮探索が始まり、はや四日目に入っていた。
現在ナナシと鈍色は、パーティから離れ別行動を取っていた。
昨日の夜のことである。
今日はここでキャンプを取ろうとのクリブスの提案に、ナナシと鈍色は歩哨を買って出たのだが、運悪く迷宮の組み換えに巻き込まれてしまったのである。
迷宮には不思議な自律性があった。
古代の、神代よりの遺産。それが迷宮である。特筆すべきは、迷宮が資源の宝庫であるということである。
ただの石造りの洞窟から、様々な武具、道具、あるいは魔物達が湧いて出るのだ。
過去、迷宮を巡って国々の間で奪い合いが起こっていた。油田のようなものだ。いや、それよりももっと汎用性に富むともあれば、間違いなく戦争の火種だったのだろう。
迷宮の奪い合い、それの落とし所として生まれたのが『学園』であり、『国家冒険者』達なのである。
迷宮がある限り、冒険者という職種は消えはしない。
何故ならば、迷宮が完全攻略されるなど、ありえないからだ。
迷宮の自律性には資源生産の他に、もう一つの特徴があった。
すなわち、構造変化だ。
定時か、あるいは人が足を踏み入れた瞬間に、迷宮はその形を自ら変えるのである。
とある迷宮は伸縮し、またとある迷宮は空間拡張を行い……そうして迷宮は、例え同じ迷宮であっても千差万別の顔を持つようになるのだ。
ナナシ達のパーティーが分断されてしまった原因もそれである。
今回ナナシ達が春の遠足にて挑むことになった迷宮は、スライド式の変化構造を持っていた。
スライドパズルの迷宮版のようなものだ。
ナナシが四年生となる以前まで立ち入ることが許されていた迷宮は、伸縮式の変化構造であったために油断していた。
巻き込まれることを恐れ、ずれていく壁を眺めることしか出来なかったのは、何とも悔しいものであった。
一早く迷宮の異常に気づき、こちらに駆け寄ろうとした仲間の剣士へと掛けた制止の声。壁がスライドしていく速さは一定ではなく、こちらに駆け寄り合流しようなどとは自殺行為だ。
ある意味、これも一つのデストラップだろうか。
幾人かの生徒は、動く壁に巻き込まれ、圧殺されたに違いない。
ずれていく壁の向こう側に立つ剣士の、今にも泣き出しそうな顔が、ひどく罪悪感を煽った。
初めての迷宮だったから、などとは言い訳にもならない。
速やかに仲間と合流し、探索を終えなければ。
「遠足とは名ばかりの命がけの探索だけどな、チクショウめ!」
「ぐるるるっ!」
「ああ、生きて帰るまでが遠足だよな!」
鈍色と共に軽業師のように宙を舞う。
途端、先ほどまで二人が立っていた場所に、小鬼達を率いていた大鬼の巨大な棍棒が突き刺さった。
ナナシの鎧は鈍重な見た目とは裏腹に、装着者に瞬間的な膂力と、鋭い俊敏性を与えてくれる代物だ。
動力は魔力電池。鋼鉄の外郭に包まれる駆動系は、油圧パイプ式の人工筋肉とモーター駆動のハイブリット。機械制御により、本体だけではなく装着者の状態でさえモニターする鎧。
その鎧の名は、『機関鎧』と呼ばれる補助器具である。
逐電された魔力によって稼動する違いはあるが、パワードスーツ、と言った方が解り易いだろうか。
対する鈍色は、手足と胴の主要個所に、洗礼済みの皮製防具を纏っただけという軽装。
洗礼済みの対魔銀で装飾された皮鎧は軽量でかつ丈夫だが、急所を覆うだけの造りでは、不意の攻撃には対処しきれまい。
怪物どもが跋扈する迷宮内でそのような出で立ちをするのは、あまりにも心許ないと思うだろう。
――――――地球人の感覚では。
それは、大いに間違った認識である。
そも冒険者の中では、ナナシのような全身を完全に機関鎧で包んだ装鋼士の方が珍しいのだ。
もともと機関鎧は、非力な一般人が組織する街の自警団や兵士、または筋力の衰えた老冒険者や、手足を失った者達の義肢とするために造られたものである。
決して前線で活躍する冒険者のために開発されたものではない。
人工筋肉とモーター、鋼の装甲を得たとしても、レベル補正の前ではそれらなど、塵にも等しいものでしかないからだ。
攻撃力、防御力換算をすれば、鉄の塊のようなナナシの鎧であっても、鈍色の皮鎧の足元にも及ばない。
洗礼された魔銀の防御力は、総身を包み込むようにして効果を発生させている。防御力、というステータスは全身に作用するのである。
さらに機関鎧を纏っていてはレベルが上がり難いともあれば、一級の冒険者達に見向きもされないのは当然であった。構造上やたらと高価な機関鎧に金をかけるくらいならば、加護付きのナイフでも買うか、素直にレベル上げをした方が効率的なのである。
そう、『レベル』だ。
この世界には、レベルという概念があった。
今も鈍色は大小のゴブリン達の攻撃に身を晒されているというのに、露出した肌には傷一つ付いてはいない。
当然である。ゴブリンと相対する適正レベルは10程度であるのに対し、鈍色のレベルは23。実に二倍以上の地力の差があるのだから。
「がああああっ!」
小柄な少女の柔肌が、筋肉の盛り上がった牛頭の大男の大斧を、直接受け流していく。
返しざまの裏拳で、ミノタウロスは空中を錐揉みに回転しながら通路の奥へと消えていった。そんな、物理的にありえない光景が幾度となく繰り広げられている。
これもまたレベルによる能力補正の結果であった。
この世界で言うところのレベルというものは、TVゲームによく見られる強さのバロメーターとしてのレベルとは、少々異なるものである。
それを説明するには、この世界の成り立ちから追わねばならないだろう。
女教師曰く――――――まず初めに、無があったという。
そしてそこから『神』々が生まれ、神々の手により、世界は造られた。
それがこの世界の成り立ちであり、常識であるらしい。
そして、何ということだろう。それは事実であった。
神の実在など、と当初はナナシも一笑に伏していた。
だが冒険者が戦う様を目の当たりにし、具体的な形としてレベルの概念を示され、考えを改めざるを得なくなった。そして同時に、自分もそのルールに否が応にも従わなければならないことも。
見知らぬ地に放りだされ、自身の知識、知恵、道徳にしか縋る拠り所のなかったナナシにとって、それは耐え難い苦痛であった。
例えば治世のための知恵、農耕具の効率的な運用手段、武器の構造、ある程度の教育を受けたという自覚や、その知識そのものでさえも、自らが保っていると思い込んでいたアドバンテージなど、初めから在りはしなかったのだ。
全くの無力であるという事実を突き付けられたに等しかった。
ナナシの知識は、その全てが物理法則に基づいたものであるからだ。ナナシの知る哲学や政治学なども、人間だけしかいない世界で発展した以上、物理が下地にあることは間違いない。それが世界の決まりであったのだから。
『物理法則の前提として神の奇跡が実在する』など、想定外にも程があるではないか。
あらゆる物質は何らかの神の加護を受けており、その影響を受けているなどとは。ナナシがその結果を具体的にイメージできる訳がない。
この世界において、ナナシの知る物理法則など、欠片も通用しないのだ。
つまりレベルとは、その者が信仰する神によって与えられた加護の強さを言うのである。
冒険者であるならば、メジャーな所は戦神アレスだろう。
レベルアップとは、戦神への信仰を示す――――――邪神を信仰する魔物を倒すことによって、与えられる加護の力が増していく、という仕組みである。
神は自らを助くるものを助く。こういう理由で、魔物を倒す、つまりは経験知稼ぎをしたらばレベルが上がる、という訳だ。
そしてその加護の強さにより特殊能力、魔法やスキルを身につけることが出来るのだという。
ドラゴンのような形態の生物が空を飛ぶ、といった、ナナシが言うところの物理的法則を無視した現象は、全てが神の、あるいは邪神の加護によるものであった。
この世界に遍く存在するものは、須らく神の影響を受けている。
であるならば、ナナシが神の影響下にいないというのは、当然のこと。
ナナシがレベル0であることは、当然のことではないか――――――。
ナナシはレベルの恩恵を全く受けることが出来ない人間だった。
これは、冒険者として致命的な欠陥。魔物と人間の生物としての格など、言わずもがな。
過去に英雄は多々居れど、純粋な人間種はあまりにも非力な種族だ。
レベル0の人間が魔物に勝利するなど、本来在り得ぬ現象なのである。
「撃発用意!」
『チャージします』
音声入力。
肘部外殻の下に隠されるように収納されていた三本の杭が、圧力に押され、露出する。
左腕は前に。右拳は顔面の真横に。弓を引くように拳をつがえる。
狙う先は、各階に一体づつ存在する魔物の群れのボス。巨大な石造りのゴーレムだ。
鈍色のハンドアックスでは相性も悪く歯が立たず、ナナシにお役が回ってきたのである。
撃ち、砕けと。
「うおおおおおーーーーーーん!」
鈍色の魔力が込められた咆哮で、ゴーレムは地に足を縫い止められている。
気付けば、周囲の魔物は全滅していた。残るはこの石人形一体のみ。
此処まで御膳立てされているのだ、外すわけにはいかない。
「一撃で仕留める……!」
言って、駆け出すナナシ。
一歩踏みしめる毎に人工筋肉が軋みを上げ、石畳に罅を刻んでいく。
「タイミングを合わせろ!」
『左方向三ポイント修正。予測ルートを再表示します』
「トリガー!」
『イグニッション』
撃鉄が雷管を叩き、チャンバー内の魔力電池から、圧縮された魔力が送り込まれる。
それは高レベルの加護を得た冒険者から見れば、日々垂れ流している余剰魔力にも満たない、微々たるものでしかない。
だが、それで十分である。
ナナシにとっては、十分なのである。
一本目の杭が猛烈な勢いで手甲の内に撃ち出され、引き絞った腕に引きずられる形で、ナナシの身体が更に加速する。
顔の横に構えられた右手は砲弾。腕から真っ直ぐ延ばされた胸はランチングパッド。左腕はカタパルト。
ナナシの右拳が弾頭であるならば、身体全てを弾と化した今のナナシは、ミサイルに相当する。
『イグニッション』
二本目の杭が撃ち出される。
脚は既に床から離れ、ナナシの身体は宙を飛んでいた。
胃の腑が底から浮かび上がる不快感。
だがナナシの意識は熱を帯び、身体から離れて、加速していく。
「ぐ、う、お、お、おッ!」
爆発的な加速によるGに歯を食いしばりながら、跳躍。
肘鉄から噴射炎を吐きながら、ナナシはゴーレムへと飛び掛かる。
ゴーレムには「emeth」などと気の利いた注意書きなどされていない。
ならば、力づくでmethを、静寂を与えてやるだけだ。
「ふわ!? わ、わ、んんんッ!」
ゴーレムがガラスを擦り合わせたような雄叫びを上げる。
鈍色の咆哮を打ち破り、飛びかかるナナシへと迎撃のパンチを打ち込まんと拳を振りかぶる。
だが、もう遅い。
右肩から胸へ、胸から左腕へ、左腕から標的へ。
ナナシの拳が、轟音を立てて、ゴーレムの額へと突き刺さる。
ゴーレムが不快な絶叫を上げた。
石造りの身体の癖に痛覚があるというのか、痛みの原因を引き剥がすために、ナナシの身体を鷲掴みにする。
ゴーレムの両の手で握られた鎧の各所が、ミシミシと不協和音を上げ始めた。
しかし、ナナシは不敵に笑った。
だが、もう遅い。もう、遅いのだ。
「くうううらぇえええええああああ――――――!」
三本目の杭が、撃ち出される――――――!
「フィスト・バンカアアアアアッッ!!」
拘束が、石の指ごと引き千切られていく。
ナナシの拳、その先から、不可視の衝撃波が迸った。
肘から生えた三本の杭が持つ機能。それは、シリンダー内で加圧された圧搾魔力を、前後に撃ち分けて拳撃の加速に使うシステムである。
要は空気鉄砲と同じ原理だ。ただし圧縮される空気には多量の魔力が含まれており、魔導空力学に基づき設計された鎧から撃ち出される圧縮魔力の破壊力たるや、おおよその冒険者達へと匹敵する威力を誇る。
魔導電池からシリンダー内へと送られ、加圧された魔力は実体を持ち、空気と共に圧縮されて高熱を放つ。気体へと状態を変えた魔力は、ガス状となって標的の器官を焼く副次効果をも見込まれている。
もちろん機関鎧全てにこのような機構が備わっている訳ではない。
ナナシの鎧が特別なのだ。
高レベルともなれば生身で戦うよりもハンデを負うことになる機関鎧だが、ナナシの鎧のように、人間の動きや人体の機能を無視した機動を取らせることが出来るという利点もある。例えば、この三本の杭のように。
ゼロ距離にて撃ち込まれた杭。
その渾身の一撃を叩きこまれたゴーレムは、打撃点が融解し、頭部が失われていた。
魔力による、運動エネルギー及び熱エネルギーの強制浸透。
打突でありながら内部破壊の様相をも併せ持つ、機械と、魔力と、人の技との化合物。
発勁の技術に区分されるそれ。
すなわち、機械式魔力浸透勁である。
ナナシがゆっくりと立ち上がれば、残るのは砂の山のみ。
「わんっ! わんわん! わんわんわんっ!」
無事を確認した鈍色は嬉しそうに尻尾を振りながら、ナナシの元へと駆けて行く。
ナナシは一切生身の露出がない文字通りの鉄面皮の微笑みで、鈍色を迎え入れた。
「やればできるもんだなあ、俺」
迷宮探索四日目。
本階層ボスモンスター、石造りのゴーレム。
撃破――――――。