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完全装鋼士 : レベル0  作者: ノシ棒
―番外編:日常―
27/64

冒険者達の日常1

アルマ=F=ハールの朝は、一枚の写真から始まる。

部屋の主に迷惑を掛けぬよう、こっそりと仕掛けておいた百数十台のカメラ。それらを駆使しリアルタイム撮影によって選出された、ベストショット。

その奇跡の一枚には、敬愛して止まない主の笑みが色褪せぬ鮮明さを保ち、収められていた。

起床後、身だしなみを整えてから写真に向かい一礼。そうして一日を始めるのがアルマの日課。


「おっ、おはようございます! ナナシ様!」


緊張して声が上ずる。

何故自分はこうも愚鈍なのか、とアルマは唇を噛んだ。

もちろん、写真に向かうまでに何度も鏡で自分の姿を確認してある。

いくら写真といえども、自らの主に見苦しい姿を見せる訳にはいかない。

しかし最後の最後でこれだ。

これでは本当に彼を前にした時、失態を晒すことになることは目に見えている。

ダメだダメだと思考が負のスパイラルに陥った時、写真立てに飾られていた彼に声をかけられたような気がして、アルマは顔を上げた。


(アルマ……アルマよ……聞こえるかい……?)


「ナナシ、さま……?」


(さあ、顔を上げるんだアルマ、君はこんな事には負けない強い娘だろう?)


「いいえ、いいえ! 私は、私はとても弱く、価値の無い存在ないのです! 私はいつもあなたを裏切ってきた! 罪人なのです……!」


(そんなことはないさ。アルマ、俺は信じている。俺の愛するアルマは、こんな試練なんか簡単に乗り越えられるってね。ほら、君はみんなを支えてくれるメイドさん、なんだろう?)


「ナナシ様、ああっ、ナナシさま……! 私は、私は……っ!」


「たまりませんーっ!」と床を転がるアルマ。

うるさいぞと隣室から壁が叩かれたが、そんなものはアルマの耳に入る訳がなかった。

アルマの耳には、主の言葉しか届いていないからである。

……言うまでもなく、幻聴であるが。

はぁはぁと乱れた息を整え何とか立ち上がると、そこには敬愛して止まない彼が、変わらぬ笑みをアルマに向けていた。

……その写真に写る彼は、一応笑ってはいるものの、目線は明らかにカメラの方を向いておらず、カメラの存在にすら気付いていないようだったが。


「あああああ」


手早くフライパンに油を引き、溶き卵を流し込む。

卵には砂糖が入っていて、未だ覚醒していない舌でも十分に楽しむことの出来る味付けとなるだろう。

先ほどは時間を取りすぎたので、兵士時代に身に着けた裏技を用いることにする。

天魔化して魔力を注入。こうすれば魔力変化を起こし、早く火が通る。

火が通ってふわふわになった玉子焼きが紫色の光を放ち始めたのを確認し、部屋中を駆け回る。


「ああああああああああ」


完成したそれらを手早く弁当箱に入れ、準備完了。スカートを翻し回転する。

次はメイド七つ道具の点検。掃除用具やティーポットの手入れは、主への完璧な奉公のために毎日欠かしてはならない作業。

明日が提出日だった学業の課題は、まあ夜にでも片手まで済ませればよかろう。

見た目通りの年ではない。あれくらいの内容ならば、どうとでもなる。

ああ忘れてはいけない、お弁当に愛情を注入するのだ。


「ああああああああああああああああああああ!」


脅威の肺活量。

その他諸々の作業を、アルマは床の掃除を続けながらこなしていった。


「あああ――――――ハッ!? わ、私は一体何を……」


アルマが正気に戻ったのは全ての仕度を終えた後。

はて、何故自分はこんなに疲労しているのだろうか。侍従服の皺を伸ばしつつ、自問する。いけない、自分は完璧なメイドでいなければ。着替えよう。

開けたクローゼットには、同じ侍従服が三十着程。時折気付けばメイド服が皺だらけになっているので、数を揃えておいたものだ。

数十分の記憶の飛躍。心当たりはある。


「ま、まさか、これはナナシ様のお力では……虚像を介してのお力の行使を体得なさるとは、流石ですナナシ様! 正に神の御業! 順調に神の階位を昇っておられるとは、このアルマ、感服いたしました!」


両手を胸の前で組み目を伏せるアルマは、まるで敬謙な祈りを捧げる修道女のよう。

常ならばこのまま祈りを捧げることに一日を費やす所だが、生憎と今日はアルバイトがあるのだ。主の。

リアルタイムカメラに映る主は、犬耳の少女と共に眠りに着いている。

ここは侍従として、遅刻せぬよう、起こして差し上げねば。

玄関にて編み上げブーツを締めながら、最後にもう一度姿見で確認。

額には、天魔化しても邪魔にならないように改造されたホワイトブリムが、何とも眩しい輝きを放っている。

驚きの白さである。洗剤を替えたからだろうか、すばらしい洗浄力だ。

しかし、こうして鏡を見ていると、笑いがこみ上げて来る。

まさか自分が軍帽以外の、しかもヘッドドレスを被る事になるとは。


「……そんな事もありましたね。懐かしい」


かつての自分の姿を思い出し、アルマは忍び笑いを漏らした。

侍従姿となったのはつい最近であるというのに、兵士であった頃の事が随分と昔のように感じる。

口調も趣向も変わったが、何より変わったのが、手にこびり付く血が己の血になったこと。

包丁を扱うというのが何よりも難しいということを、実体験できるようになったことだ。

以前は剣を手に取り、いかに敵の急所へと突き立てるかを考えてばかりいたが……。

思考がまたも負の方向へ流れようとしたが、意志の力でそれを押し留めた。

止めよう。思い出した所で、鬱屈とするだけだ。

それに、今は一刻も早く主の下に馳せ参じねば。

暗い考えを振り払うかのように、アルマは主の部屋まで急ぐ。廊下は決して走らない。

目的の部屋へと到着。ノックをするが、返事はなし。

前回は焦って力任せにドアノブを引きちぎってしまい、お叱りを受けた。

だがしかし、今回はしくじらない。


「こんなこともあろうかと」


懐から取り出したのは、先端がL字型になっている細身の金具。メイド七つ道具の一つである。

それをドアノブの鍵穴にさしこみコシコシとくすぐれば、あら不思議。かちゃりと軽い音をたて、部屋へと続く扉が開く。

そっと覗けば、二人分のシーツの膨らみが、静かに上下している。

さて、今日も主はおはようと私にその暖かな微笑を向けてくれるだろうか。

私の務めを褒めてくれるだろうか。

その瞬間を待ちわびつつ、アルマは主の肩に優しく手を掛けた。


「おはようございます、ナナシ様。今日もいい天気ですよ。ほら、昨日の迷宮戦死者数は18名であったと、学園新聞に書いてありました。縁起が良いことに皆一撃で、苦しむことなく逝ったそうですよ。今度の探索は、何か良い事がありそうですね」


「……おはよう、アルマ……お前、なんでここに居るの?」


ホワイトブリムの位置を乱さないように、白いエプロンドレスの裾はひるがえさないように。

おはようからおやすみまで、主に仕え、御支えする。

それがメイドの――――――。


「それがメイドの使命なれば! ですよ?」



□ ■ □



痛みを訴える腹を摩ったところで、何の気休めにもならなかった。

血が失われていることもあり、目眩が酷い。

やはり外出などするべきではなかったか。


「なあクリフ。顔色が悪いけど、本当に大丈夫なのか?」


「ああ……気にするな」


「やっぱり、部屋に戻ったほうがいいって。俺が代わりに行っておくから」


「いや、実印が必要なのだから、僕自身が行かなければ意味がない」


探索科にて、学生間でパーティを組むことはもはや常識である。非力な者同士で徒党を組むのは当然の流れだ。

しかしパーティの絶対数は、科の生徒数を考えれば、割りに合わない程に少なかった。

理由は、パーティの統率者であるパーティリーダーに誰もなりたがらないから。PT管理や書類整備など、主にPTに関する事務面での仕事を任されることが多いリーダーは、脳筋傾向が高い冒険者志望の生徒にとり、いくら名誉ある役であったとしても避けたいものであるらしい。

幸い自分は事務処理が苦にはならない性質であったが、正直なところ、この男にリーダーを押し付けられた感がしてならない。

知的レベルは低くないはずなのに、面倒臭いだの力不足だのとごねて、表に立とうとはしない。大成の芽を自ら摘むような態度は、苛立ちを覚えずにはいられなかった。

侮蔑の陰口を言われてもへらへらと笑っている様も、言葉にし難い腹立たしさがある。

もう少しきちんとしていれば、機関鎧を纏っているからと見下されず、誰からも認められる一角の人物になれるものを。


「……」


「何でそんな睨むんだよ」


「別に。だらしない顔だなと思ってな。もう少し君は、キリッとした顔が出来ないのか?」


「ええと、こんな感じ、かな? どうよ」


キリリとして見せた顔。


「ナナシ」


「うん?」


「君は……本気で馬鹿なんだなあ……」


「そんなしみじみ言わないでくれませんかね。自覚はあるんで」


ナナシに肩を借りて歩いている内、だんだんと痛みに慣れてくる。

身体の仕組みとしてそうなっているのか、情緒が不安定になっているのを自覚する。

常ならば、こんな八つ当たりはしないというのに。せいぜい小言を言うだけだ。


「この辺りまででいい。世話になったな」


「もういいのか。なあクリフ、あんまり無理するなよ」


「その台詞、そっくり君に返そう」


「うへぇ、耳が痛い」


「君もアルバイトがあるのだろう。早く行きたまえ」


後をついて来そうなナナシを、あっちへ行けと手で追いやる。

変に勘の良い男であるから、これ以上側に居られては、不調の原因を察せられるかもしれなかった。

己の身体に起きた不調の原因、それは――――――生理痛だ。

ハンフリィ家の加護神は不死鳥である。不死鳥は、炎に身を捧げる事で生まれ変わり、次代へと命を繋げるという。つまりは性の無い、あるいは両性を有しているとも解釈出来る。

その性は、古き神の血を色濃く顕現するベタリアンである自分にも、受け継がれていた。

通常哺乳類の卵子はタンパク質の幕に包まれているが、卵生の加護神をルーツに持つベタリアンは、その卵子の幕が炭酸カルシウムとなっている。

つまりは、玉子の殻だ。

その殻の固さは個体差があるが、自分はよほど固いものであるらしい。

子宮は人の造りとほぼ変わらないため、そこに無理が生じているのだ。排卵期――――――生理が始まれば、人に比べ多くの出血と痛みを伴うのである。

受精すれば炭酸カルシウムは吸収されるのだが、それまでは胎内に石が入っているようなものだ。なるほどそれは痛む道理だろう。

男女両性の機能を有した、両性具有。家の都合とベタリアンの社会的地位から男児として育てられたために、ジェンダーは男性であるのだが、こうして“月のもの”に悩んでいることについては苦笑するしかない。


「どうにもならんさ」


しくしくと痛む腹。

どうにもならないことだ。

そもそも、ベタリアンとして産まれた時点で、身体的なハンデは承知の上。どうにもならないことなのだ。

どれだけ思い悩んだとしても無意味であるという、出口の無い迷路のような、悪夢じみた類の問題。諦めるしかあるまい。

殻が内壁を刺激して物理的に痛むために、生理薬は効き目が薄い。後で医院に掛け合って鎮痛剤の処方を頼まねば。

ふ、とナナシの立ち去って行く背に眼が向いた。

あの男の中には、神が居ない。

神はあの男を見放したか、それとも……。

愚かな貴族連中の権力闘争の只中にあって、あの男の存在は一際異彩を放っている。

誰もが下らぬと、とるに足らぬ男であると唾棄し、しかし何故かその動向を無視することが出来ずにいた。

自分が率いるパーティーの副リーダーとして、元々注目を集めていたのが、セリアージュの元婚約者との一件で一気に表面化したようだ。何故か皆、無視できなかったのだ。

無力であるはずの男の戦う姿は、力有る高貴な存在であるはずの貴族派に、強い警戒心を抱かせていた。

誰もが無意識に、この男の存在を頭の片隅に留めていた。

あたかも、この男が歴史の、時代の、世界のキーパーソンだとでも言うように。

果たして、その一突きが世界を形造るというのだろうか。

あるいは、世界の有り様を壊すのだろうか。

当人はそんなことは露も知らず、今日も変わらず拳を振るうのだろう。


「だから僕は、馬鹿だと言っているんだ」


きっとそんな馬鹿が世界を変えていくのだろうと。

微かな期待を込めて、お決まりの台詞を吐いた。

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