表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全装鋼士 : レベル0  作者: ノシ棒
第2章 ―喪失編:仲間―
23/64

地下21階

ストックが切れてきたぜぇ…!

この土日にがんばりたいけどダンテが…名倉ンテが!

冒険者達の校舎へと訪ね来る時、いつもセリアージュは不機嫌そうな顔付きをしていた。

未だ鈍色との小競り合いも始まる前。学園に入学した当初の話しである。

セリアージュは冒険者を嫌っていた。

初めナナシは、彼女も貴族らしく、“冒険者アレルギー”であるのかと思っていた。

だから、こちらから訪ねるから無理をしなくていいと、そう言ったことがある。

セリアージュは首を降った。


「冒険者を嫌っているのではなかったのかですって? ええ、嫌いよ。だって騒がしいもの」


ならば何故、とナナシは問い返した。

セリアージュは言い難そうにして、ようやくといった風に口を開いたのを覚えている。


「だって……ここにいる冒険者達の全てが、明日も知れぬ身であることを解っているんでしょう? だっていうのに、こんなに馬鹿みたいに騒いで、喚いて……まるで」


セリアージュは一端口を閉じた。

それは、胸中に湧く言葉をまとめるのに時間が掛かったようにも見えた。


「まるで、自分達が確かにここにいたっていう、証を遺すためみたいに……」


「だから、あいつらが死ぬのを看取っているような気分で、って。そういうこと?」


「……ええ。それに、私にはこの中の誰が死ぬか、見得ているわ」


「ああ、そっちもか」


見得た死を伝えるべきか否か。

身近に忍び寄る死に怯えて、こうして冒険者は連日馬鹿騒ぎに耽るのだということを、セリアージュは理解していた。

明日自分が消えてしまったとしても、きっと誰かが自分を覚えていてくれるだろうと、そう信じて、覚悟して、大声を上げているのだと。

聡い娘だと思う。そして、不器用な娘だとも。

彼等を楽にしてやることは、その死を伝えることなのではないか。しかし、それは同時に彼等の覚悟を踏み躙るのではないか。

そう思い悩んでいたのだろう。


「死ぬから冒険者辞めろなんて言われて、聞く奴なんていないよ」


ナナシは肩を竦めながらそう言った。


「どんなに強い冒険者でもあっけなく死ぬんだ。俺だってそうさ。たぶん、罠に掛かるか、二束三文の適当な奴に因縁つけられてやられるか、そんなくだらない理由で」


「……貴族のせいよ」


ぼそりと呟かれた言葉。

ナナシはそれを罪悪感からくるものとして深く考えることなく、取り上げることはなかった。

この時何をかを言っていたとして、その後の未来が変わった訳ではない。

龍眼で見た未来は、いずれ来る決定事項なのだから。


「お貴族様ね。じゃあ、一緒になって騒いでやればいいんじゃないかな」


信じられないようなものを見る目。

セリアージュはナナシを非難するようにして睨み付けた。


「冗談で言ってるんじゃないよ。気持ちを汲んでやってくれって言ってるんだ。そんな風に感じてくれる貴族は、きっとあいつらも始めてだろうからさ」


「わたくしには、そんな資格なんて。それにどうしたらいいのかも……」


「にこにこしてりゃあいいよ。セリアお嬢様みたいな貴族が、こうやって一緒になって笑い合ってくれるのはさ、そりゃあ救いだよ」


「でも、彼等は貴族を憎んでいるわ」


「意外とそうでもないかもよ。確かめてみたら?」


「無責任な。もし、その、怖がられたりしたら……その」


「怖がられるって、鏡みて言いなよ」


「うう……」


真っ赤になって俯くセリアージュ。

少しサービスしすぎたかとナナシは苦笑。

今のは狙った発言だった。


「貴族は向こう行けーとか言われたら、い、嫌じゃないの! 傷つくじゃない! わ、わたくしだって、色んな人とお話してみたり、したいわ……」


尻すぼみになっていくセリアージュの声。

小さく笑いながらナナシは言った。


「未来は見えても、人の心までは見え無いのか」 


分解した兜の磨き具合を確かめつつ、ナナシは頷く。


「でもそれの方がいいよ。大事なものは、見得無いほうがいい」


セリアージュの瞳に輝きが灯っていく。


「昔、わたくしに同じ言葉を遺した人がいたわ」


「それで、お嬢様はどうしたの?」


「……何も、しなかったわ」


「だったらさ、確かめに行ってごらん。セリアージュお嬢様の、最初の冒険だ」


ぎゅっと胸の前で拳を作りながら、セリアージュは小さく唱えた。

祈りのような声だった。


「これが、わたくしの、最初の冒険」


頬は上気して、唇は真一文に引き締められていた。

緊張と期待と、そして恐怖が込められた顔。決意の顔。一歩を踏み出そうとした顔。

きゅっと顎を上げて、「あの!」と一声。

その日、セリアージュは冒険者達が気持ちの良い者達の集まりであることを学んだのであった。


「大事なものは、見得無いほうがいい」


ナナシはそんな、お嬢様の小さな一歩を祝福しつつ、誰にも聞こえぬように呟きを漏らした。

分解した兜の前面。目頭を覆う、仮面のようなパーツ。

鉄の仮面を顔に被せながら。


「隠したものも、見得てはいけない」


鉄の仮面のその下に、何が隠されたか。

それはナナシ本人にも解らなかった。

あるいは、自分自身から隠したかったのか。



□ ■ □



故きを温ねて新しきを知らば、以って師と為すべし――――――とは、時代の偉人が遺した言葉である。

温故知新。過去を良く知り、そこから新しい知識や道理を学ぶべしという意味らしい。

とにもかくにも、古き良き時代を大切にせよということである。

探索者科・錬金術科合同試験の場となった迷宮は、この『温故知新』の名を冠する迷宮だ。

中級迷宮でありながら少ない魔物の発生率に、ほどよい難易度の罠、重要度は低いものの豊富な種類のアイテム等、冒険者として必要なスキルを広く鍛えることが出来る迷宮として、古くから知られていた。

温故知新という名も、突出した特徴は無いが正に迷宮といった、古くからまったく変化しない攻略難易度にちなみ名付けられたという。

学園を卒業していった先達は、皆ここで迷宮の何たるかを学び、腕を磨いていったのだとか。

ナナシも入学当初はずいぶんとお世話になったものである。

宝箱を守るように配置された落とし穴や、足音に反応し飛び出してくる跳ね槍の罠、通路の曲がり角から不意討ってくる魔物達。

どれもこれも、かつて苦しめられ、そして乗り越えてきた障害である。一つの壁に打ち当たり、それを打倒するまで、どれだけの時間がかかっただろうか。

たかだか数年前の話だというのに、今となっては懐かしいなと思えるのは、感慨深いものがあった。

しかし。


「邪魔よ! 消えなさい!」


「ワオオオオンッ!」


懐かしい、と思う間もなく。

あっという間に粉砕されていくそれら全て。

本来は、まるで冒険者を志す者を鍛え上げるように、絶妙な加減と構成でもって配置されていたはずの罠と魔物達。

課題のように提示される障害を乗り越えていけば、着実にレベルアップしていけるという迷宮構成。

目新しいものは何もないが、歩を進めるだけで冒険者としてのノウハウを得られるこの迷宮は、なるほど『温故知新』という名にぴったりだとナナシは思っていた。

ヴァンダリア学園に在学する冒険者にとり、ここは歴史ある迷宮であり、この迷宮を攻略したというのはある種のステータスともなるのだ。

だから、セリアージュのように、魔物をドラゴンブレスで辺り一面諸共に薙ぎ払ったり。


「ふっふっふ、今のを見たかしらナナシ! 一撃で消し飛ばしてあげたわ!」


「うん。魔物と一緒にレアっぽいアイテムも消し飛んだね」


鈍色のように、罠を大戦斧で辺り一面諸共に吹きとばしたり。


「わふぅー! わんわん!」


「うん。罠と一緒に隠し通路っぽい抜け道も砕け散ったね」


そんな、力尽くで突破したらいいというものではないだろう。


「ほら、ねえほら。わたくしの活躍見てた? どう? どうかしら? 犬っころの出る幕なんてないくらいでしょう?」


「うん」


「んがっ!? がうがう! わっふぅー!」


「うん」


「んなっ、『紅茶を飲みながら溜息吐くのが趣味のアンニュイかぶれお嬢様はすっこんでろ』ですってえ!? 貴女こそすっこんでなさい! わたくしの力を見たでしょう! わたくし一人で……わたくしとナナシの二人で十分なのよ!」


「ぐぎぎぎぎ!」


「いいわ、なら証明してあげる。ナナシのパートナーにはわたくしこそが相応しいことを!」


「がるるるるっ!」


「おーい二人とも、探索の趣旨解ってるかー?」


合同試験の課題は採取品の調合であるはず、なのだが。

迷宮に踏みこんでからこちら、採取はそこそこに、なぜか鈍色とセリアージュの張り合いが始まっていた。

“キレ”ないだけまだましなほうだ、と落ち着いているあたり、ナナシも場数を踏んだということか。


「ぬううううううっ!」


「わううううううっ!」


がつがつと額を突き合わせながら、セリアージュと鈍色は、我先にと競うように迷宮を突き進んでいく。

もちろん、立ちふさがる障害を粉砕しながらである。


「何て言うかこう様式美っていうのをさ、頼むから大事にしようよ、もっと……」


ぼやきながらナナシはツェリスカが収められたキャリーバッグ型のコンテナを引きずり、二人の後を追った。

旅行用のそれと違い、悪路を通る事を前提に作られた冒険者用のコンテナに、折りたたむよう収納されているツェリスカ。

高速・自動脱着の機能を習得したツェリスカは、機関鎧の問題点でもある運用と稼働時間とを擬似的にクリアしていた。

敵襲時の即応性にはむしろ問題が増えたのだが、装着変身のワードによる瞬時装着は、常時装着と違い稼働時間の延長と、装着者の体力を温存することを可能としている。

探索の負担が減ることは、基礎能力が他の冒険者に比べて格段に劣っているナナシにとり、それは歓迎すべきことだった。

まるで自分に合わせたかのように、機能を進化させていくツェリスカ。

日に日に人間らしくなっていくように思えるツェリスカだが、もしそれが、人間と同じように確たる意思というものが宿っているからなのだとしたら、ツェリスカは自分に対し何を思っているのだろうか。

情けない奴だと溜息を吐くかもしれないな、とナナシは鞄に視線を落とした。


「こらこら、二人とも勝手な行動しない。他のパーティーに迷惑かけちゃ駄目でしょ。さ、そろそろ採取を始めよう」


「ちぃ……命拾いしたわね、犬っころ」


「がうがう」


「それでお嬢様、一体何を作るつもりで? やるからにはトップを目指すのがポリシー、だったよな?」


「もちろん。わたくしが作るのはこれよ!」


ばばーん、と調合のレシピを懐から取り出すセリアージュ。


「鈍感な彼もイチコロ間違いなし! 一撃必殺、デス・シチュー!」


「シチュー? 錬金術で?」


「だから、鈍感な彼もイチコロ」


「いや言い直さなくていいから。え、ていうか、その、本気でそんなの作るの? 逆から読んだらシチューデスとかちょっとポップな感じなのに、物凄く危険なイントネーションに聞こえたんだけど」 


「そんなのとは失礼ね。ハイオークも一撃で倒せる代物よ? 無味無臭高効力の毒を調合するのは、貴方が思っている以上に高い技術レベルが要求されるんだから」


「あ、ああそういうことね。毒なんだ……」


ふう、と胸を撫で下ろすナナシ。

名前から連想した“よろしくない想像”で、冷や汗が止まらなかった。


「あら、もしかして食べさせられるんじゃないかー、とか思ってたのかしら?」


「いや、そんなことは」


「ふん、どうだか。食べさせられるような心当たりでもあったんじゃなくて?」


「ハ、ハハ……」


心当たりが在り過ぎて困る。

鈍感な彼もイチコロ、の行が特に。


「がうがう!」


「お、おおーっとそうだな、先に進まないとな! さ、材料を探そう!」


「ま、これで勘弁してあげるわ」


仕方なしと息を吐くセリアージュを極力視界から外しながら、ナナシは受け取ったレシピを元に、探索を再開する。

とはいっても迷宮内に自生している苔や、迷宮のドロップアイテム傾向を計算しての採集は門外であるので、ここから先はセリアージュに任せるしかない。

仕事はといえば、鈍色が討ち漏らした魔物に、鉄棒か大剣で止めを刺すくらいだ。

正直な所、やる事がなかった。


「ぐぅぉおおおおおンッ!」


鈍色の咆哮(ハウリングボイス)

ナナシへと向かう魔物の動きが阻害される。


「ナイスフォロー。サンキュな、鈍色」


動きの止まった魔物を一体ずつ確実に仕留めていくナナシ。

関節や眼窩といった柔らかい部分を正確に打ち貫けば、生身のままの膂力でも十分な威力を叩き出せる。魔物の死骸が積み重なっていった。

しかし、鈍色ははて、と小首を傾げる。

数年前までは中級の魔物が一体だけでも、相手をするのにひいひいとナナシは言っていたというのに、今では鎧無しでいなせるくらいになっている。

そう、鎧無しでだ。

ナナシの戦力は、鎧を着ることがまず大前提であるはずだというのに。

果たして、あんなにもナナシは強かっただろうか。

膂力も弱く、身体が頑強でもない、レベルの恩恵が受けられない人間が次々と魔物を打倒している。それは何故か。

もしこの場に他の人間が居て、ナナシのレベルが0であることを知ったとしたら、驚愕に眼を剥いてこれは何かの偶然だと否定するかもしれない。

それだけ常識から外れた光景であるのだ。一般人が、魔物を軽々と倒していくこの光景は。


「わふん」


だが鈍色は、それを不思議とは思わなかった。むしろ、当然であると頷いた。

鈍色は誰よりも、ナナシが弛まぬ努力を続けていることを知っていたからだ。

拳が裂け、腱が切れてもなお無理矢理に魔術で癒し、効果がほとんど及ばなくなった今も鍛錬を続けて来たナナシ。

本人はやるべきことをしているだけで、別段特別な事をしているわけではないと言っていたが、そんなことはない。

レベルとスキルに力のほとんどを依存しているこの世界では、『技』というものが発展し難いという文化上の問題があった。

神意というシステムの補助外の行動。

人間が自分自身の意思でもって行う、本当の意味での技だ。

技を修めるには当然時間が必要であり、そんな事に時間を掛けるならばレベルを上げた方が手っとり早く、また効果的であると多くの者は言う。

技そのものの研鑽度や概念は驚くほどに低く、体系付けられた技術など、数えるほどしかなかった。武術が民間に浸透するはずもなく、大抵が一部の貴族や冒険者一派に独占されているような状態だ。

そう考えるとナナシが使う『無名戦術』も、武術とは言い難いあまりにも幼稚な児戯であるだろう。そもそもが、個人の主観で編み出されたに過ぎないのである。

だがナナシには、それに縋るしかなかった。


来る日も、来る日も。

教えられたたった数個の型を、ただひたすら繰り返していたナナシを、鈍色は覚えている。

虫も殺せないような拳に、一向に向上しない貧弱な体力。文字通り血を吐くまで鍛えても、高位冒険者には通用しない事実を突き付けられる。それでもナナシは止めなかった。

来る日も、来る日も

虚ろな目をして自らの内界に没頭するナナシは、不気味に見えたこともあった。

恐らく鍛錬を積むことは、ナナシにとって逃避の手段だったのだろう。

この厳しくて寒い世界を生き抜くための灯火、原動力とも言えるものが、ナナシには無かった。

だから、手っとり早く現実を見ないようにするために、自分を虐めるしかなかったのだ。


だが、鈍色は気付いていた。

繰り出される拳が、日に日に空を斬る音を奏で始めたことを。

無駄な肉が削ぎ落され、戦うための肉体に再生されつつあったことを。

迷宮に潜る度に、魔物に与える一撃が重さを帯びていったことを。


「わぅー……」


「ええ、そうね……何て、きれい……」


鈍色の漏らした感嘆に、セリアージュが相槌を打つ。

セリアージュもまたナナシの変化に気付いていた。

他の冒険者達が、効率的にレベルを上げるために発見された迷宮攻略法に頬を緩ませていた時も、ナナシが塵を積み上げるように鍛錬をしていたことを。

冒険者が間違っているとは言わない。それも努力であることには間違いがないのだから。

確かに“力量”では、高レベル冒険者の足元にも及ばないだろう。

だが、研鑽を続けた技の、その美しさは。

まるで、宝石の原石を磨き続けたように眩い。

ナナシの一挙手一投足が、長年掛けて完成された一つの芸術品のように、神性を帯びているようにも見えた。


「こんなもんかな」


棒を振り血糊を飛ばし、残心したナナシの足元には、3体の魔物の遺骸が光の粒子となって空に溶け出していた。


「やるじゃないナナシ。また強くなったようね。驚いたわ」


「いいや、全然さ。こんなんじゃまだまだだよ」


ナナシは空笑いしながら首を振った。

それを見て、むっ、とセリアージュは不機嫌になる。

どうにもナナシには、自己卑下が過ぎるきらいがあった。

思い込みが目を曇らせているのか、自分が強くなっていることを、認めようとしない。

ツェリスカの性能が優れているせいもあり、あれが自分の力ではないという思い違いに拍車が掛かっているのだろう。

それがセリアージュには気に入らなかった。


少しくらい、自分を甘やかしてもいいじゃない。自分を褒めてあげてもいいじゃない。

そう思わずにはいられない。


ナナシは無名戦術という武術を教わったのではないのだ。あれは厳密には武術ではないのだから。

一個人が提案しただけの無名戦術を、研鑽を続けることで、真に“武術とした”のである。真なる無名戦術の創始は、ナナシであるのだとセリアージュは思っている。

だからそれが逃避の拳だとして、何を恥じることがあるだろうか。

一般人が魔物に勝てないなどという道理など、無いということ。それをナナシは証明したのである。

世界の常識を覆した偉業ともいえるではないか。

認められ、褒められてもいいではないか。

誰もナナシを褒めてあげないというのなら、わたくしが――――――。


「お嬢様? どうかした?」


「うえっ!? ななっな、なんでもないわよ! 馬鹿! 馬鹿ナナシ!」


「ええー超理不尽……何で怒られたの俺……」


「ふふん」


「くっ……! 何よ犬っころ、笑えばいいじゃない、もう!」


残念でした、とでも言いた気に笑う鈍色に、顔を赤くするセリアージュ。

ずんずんと大股で奥へと進んでいく背を、慌ててナナシ達は追った。


「なあお嬢様、気になったことがあるんだけど。そのデスシチューを作ったとして、どう採点してもらうんだ? 調合課程は見せないんだろ?」


「そんなの使ってもらうに決まっているじゃない。毒薬の調合なんだから、採点基準は実際に使ってみて効くか効かないかってところがポイントになるのは、当然でしょう?」


「効くか効かないかって……もちろん、動物実験とかだよね?」


「採点は教員の仕事でしょう? 食べてもらうに決まっているじゃない」


「うわ、そんなの食べて先生大丈夫なの? 一撃必殺なんだよね、それ」


「錬金術師と毒薬とは切っても切れない関係なんだから、マスタークラスにもなると毒への耐性は必須条件なのよ。だから大丈夫よ。たぶん、きっと」


「……考え直す気は」


「ある訳ないじゃない! 目指すは試験1位よ!」


「錬金科の生徒達も俺達探索者科を見て、こいつらありえねーよ、とかいつもは思ってるんだろうなあ……」


定期的に錬金術科の教師達が、学園内の様々な場所で様々な原色の泡を吹いて痙攣している場面をよく見かけたが、その理由が入学5年目にしてようやく解った。

あれはどうやら、錬金術科の提出作品を採点していたらしい。

今更ながら学園という所は恐ろしい。身震いが止まらぬ。正直しんどい。


「さあ、張り切って探索するわよー!」


「わんおー!」


「お、おー……」


普段はいがみ合う場面は多いが、実際は馬が合っている鈍色とセリアージュ。

良い喧嘩友達と言ったところだろう。

楽しそうに魔物を細切れにしていく二人の姿を見ていると、そろそろ帰らない? とは言い出せないナナシであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ