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完全装鋼士 : レベル0  作者: ノシ棒
第1章 ―学園編:ナナシ―
19/64

地下18階

振るわれる鉄棒。その長さは、おおよそ六尺ほど。

材質は魔力感応材を基礎にした合金であり、長さに反して非常に軽い。

伸縮式の鉄棒はその実、柔剛自在。底部に設置されたダイヤルを操作することで、内蔵された魔力電池から魔力が供給され、鉄棒の剛性が変えられる機構が備わっているのだ。

地球の尺度に換算して180cmの鉄棒が、唸りを上げ空を切った。


「問い7。375年、M8汚染……最深度神威汚染により勃発した第4次大陸大戦であるが、冒険者の始祖、堕天使オレイシスの陣頭指揮により静定。ザンベルト条約が結ばれた。この時交わされた条約の年月日、内容を要約して答えよ」


「ミナゴロシだよザンベルト、で、375年6ノ月4ノ青日。内容は通常の戦後条約と変わらないものだったが、特徴的な項が一項目あり、それは探究者の冒険活動を認めること。

 この時から、ただの盗掘者でしかなかった探究者達はその活動を保護され、冒険者として認知されるようになった。120年が経った現在も、冒険者の権利は基本的にザンベルト条約によって守られている。 

 本来は全ての冒険者が国家探索者として国に登録されるべきであるが、フリーランスの冒険者は後を絶たず、その存在が黙認されているのが現状である……でぇいッ!」


「正解だ。だがあの教諭の性格を考えれば、模範解答だけでは得点は稼げないだろう。追加としてその回答の後に……そうだな、国家資格として認められるようになったのはザンベルト条約後のことであり、冒険者の派遣による国家間の迷宮利権の奪い合いが貴族間の闘争へと転じ、冒険者による代理戦争へと発展していったこと。

 迷宮が資源の宝庫であることを考えると当然の帰結であり、迷宮の所持権利については現在も最たる国際問題の一つ。新たな迷宮の発掘は、容易に戦争の火種となり得る。

 この国は海に囲まれていて、埋没迷宮の数が国土や国力に比して多い。海外の諸外国……自らが世界の警備隊を自負するような大国による、保護という名目で援助を受けさせられているこの国は、常に侵略の危機に瀕しているのだ――――――とでも続けておけば問題ないな。甘い」


「それお前の意見だろ」


「どいつもこいつも、危機感が無さすぎる。貴族としての自覚やモラルはもう問わんが、せめて為政者としての知識や外交をだな」


「隙あり! 冒険者でそんなこと考えてるのはお前だけだろうよ」


「隙なし。否定はせんがね。有事の際に矢面に立たされるのは冒険者だ。難癖付けられて、全滅なんてこともありえるんだぞ」


「この大陸から冒険者が消えるって? ないない。ゴキブリ並みにしぶといじゃん」


「もしもの話さ……そこだ!」


唸る鉄棒を迎え打ったのは、細身の刀剣。

背は真っ直ぐに延びていて、美しい波紋が並ぶ片刃の剣だ。質素な拵えだが、頑強な鍔と柄。地球では日本刀と呼ばれる刀剣に類似した、“斬る”ことに特化した刀剣である。

こちらの世界でもカタナと呼ばれていたそれに、ナナシは世界の不思議な類似点を見た気分だった。

その刀は、地球の刀と造りこそ異なるものの、切れ味に遜色はない。持ち主の魔力を吸い、より鋭く研ぎ澄まされているからだろう。

切先両刃造の刀。

その刃が、光を反射し青白く閃いてナナシへと迫る。


「うおあッ! あっぶな! 速すぎて見えないんですけど!」


「ふふん。良家の嗜みだよ、嗜み。どこぞの田舎拳法使いとは違うからな」


「ムカツクわーこいつ! お前ほんとに利き腕怪我してたのかよ」


「キマイラの件では不覚を取ったが、これくらいはな。早期に回復魔法を受けたおかげで後遺症もない。ほらこの通り、君のおかげだ」


「でえい! お前が前衛やればいいじゃんよ!」


「冗談を言うな。また腕をもがれたくはない」


鉄棒の芯を回転させながら刀へと打ち付けることで、絡め取るようにナナシはそれをいなす。

刃を立てられてしまっては、いかに合金製であったとしても鉄棒ごと胴体を両断されていただろう。

鉄はもちろんのこと人体を両断するには、相応の技術が必要であるのは言うまでもない。

だと言うのに、戦闘とは無関係の思考と言葉と同時に繰り出されているはずの剣のキレは凄まじい。

無意識にまで昇華された、達人の技である。

対するナナシは防ぐのに手一杯で、青息吐息だった。


「ほら、余所見するんじゃない」


「あ、あぶっ、危なっ! お前と違って物考えながら体動かせないんだよ! 俺武器使うの苦手だし、もうちょっと手加減してくれてもいいんでないの!」


「はいはい、続いて問い8だ」


「うぐぐ、いつかその羽むしって布団に敷き詰めてやるからな……!」


「出来るものならな」


呆れたように息を吐きながら、刺突を繰り出すクリブス。

流れるように刀を扱うその技量に、初めナナシは魔術師らしからぬとも思ったものだ。

だがクリブスは付与魔術師(エンチャンター)である。

武器に指向性を持たせた魔力を付与することで、武器の性能を向上させる魔術を使う付与魔術師は、単体でも高い戦闘力を発揮することが出来る魔術職だ。

付与魔術師は、自らの魔術でもって自らの武器を強化し、戦うことが出来る。

ソロ向きの魔術職であるとも言えた。

しかし十分に武器を扱える技量があれば、の話であるために、大半の付与魔術師は魔術を極めることに時間の大半を費やし、武術を修めることなどはしない。

そんなことをしなくとも、PTメンバーに付与魔術を掛け、サポートに徹した方が効率がいいからだ。

クリブスはというと、少数派の付与魔術師、単体でも戦える付与魔術師に数えられている。

高度な教育を受けてきたクリブスにとっては、武術を修めることも、家訓の一環であったのだろう。そして、クリブス自身の目的ともそれは合致していた。

初めクリブスは、単独で迷宮に潜っていたのだから。


「え、えーと、ええっと……ディアボリック……」


「違う、永遠力暴風雪だ。放たれたが最後、相手は死ぬ」


「解るか! そんなもん!」


「続けて問い9」


「痛い痛い! 刺さってる! 勉強と鍛錬を同時にやるとか無理だって!」


「戦闘時における指揮は君が持つことになるんだ。思考と行動を同時に行えるようになってもらわなければ困る。もっと鍛えたまえよ。頭を」


「頭とか言うなし! 普段は出来てるっつの! これはちょっと違うだろ!」


「問い9」


「でぇい! こんちきしょい!」


魔術師らしく体力には自信がないものの、何日も迷宮に潜る訳でもないために、クリブスはナナシを圧倒していた。

こうやって鎧無しのナナシであれば、全力で打ち合うことも全く問題はない。技量だけを見れば、クリブスの方が数段も上である。悔しいが、それは認めなければならなかった。


「さあ、どんどん行くぞ」


「お前絶対楽しんでるだろ」


「別に。女誑しをこらしめてやろうとか、思っているわけがないだろう」


「お前絶対楽しんでるだろ!」


終始圧されているようにも見えるナナシだったが、クリブスは内心舌を巻いていた。今日の鍛錬は、本人曰くあまり適正がないという武器術がメインだ。それでも十全に扱えてはいるのが、ナナシの修練が成すところ。

ナナシには、まるで綿が水を吸いこむかのように……とまではいかないが、着実に努力と成果を積み上げ、技術を習得していくという才が備わっていた。

それは一目見て技能を得るだとかいった、天才的なものではない。時間をかけて技術を反復練習することで、どんな状況下でも鍛錬通りに技をトレースすることができるのだ。

型通りの動きしか出来ないと言ってしまえばそれで終わりだが、追い詰められた危機的状況にも、取り乱さずに常の戦力を発揮できる所は大きい。

戦闘能力に大きな振れ幅が無いことが強みであり、また弱みでもあった。ただし、鎧を装着することで、その振れ幅は極端に上下するようになる。それがどれだけの相乗効果を為すか、本人も解らないだろう。

ナナシの体格や能力的に向き不向きな技能はあるものの、大抵の技能を“習得”できる学習能力は、クリブスにとって目を見張るものがあった。

つまりは、勤勉だということだ。

しかし鎧抜きのナナシの戦闘力の低さは熟知しているが、こんな時でなければ全力で刀を振るう機会などないために、クリブスも手を抜くつもりなどない。


「ほら、まだ僕は二刀を使っていないぞ。きりきり動け」


「うごごごご……絶対もう一本抜かせてやるからな……!」


クリブスの刀は二本ある。

一つは長刀。これは、魔術を増幅させるための杖として、“仕込み”にしてある。

もう一本は脇差だ。こちらも仕込み杖である。クリブスが刀を抜くのは、探索では前衛を抜いた魔物に対処する時だけだ。その際はどうしても近接戦闘を強いられることとなる。

そこで自己強化によって自らの身を守れるというのが、付与魔術師(エンチャンター)の優れた所だ。

攻撃魔術が得意という訳ではないが、生き残るという点においては、優れた能力を発揮する職であった。キマイラのような、特別強力な敵と遭遇しなければ、の話しだが。

よほどの事がなければクリブスが二刀を抜くのは稀。言い換えれば、鎧抜きならば、ナナシの脅威度はその程度だということだ。


「ほら、最新なんとかいう、奥義的なものがあるんだろう? 使ってもいいんだぞ」


「いやあれ奥義っていうか、俺が出来る最高精度の技っていう意味だかんね。技の名前も、なんていうかその場のノリでっていうか」


「つまりテンションが上がって言ってしまっただけ、と。かなりの大声でシャウトしていたな、恥かしい」


「微妙な気持ちになるからそういうこと言うの止めてくんないかなあ!?」


「どうでもいいから、ほら、打ち込んで来たまえよ。君の考えた必殺技」


「こんの鳥頭がぁぁ……!」


「さあ、問題も続けるぞ」


「問い10」と淡々と唱えながら、クリブスはナナシの表皮に傷を刻んでいく。絶妙な力加減であった。

幼児期から染み込まされた技術は、その型に込められた意味と機能とを余すところなく発揮する。刀を握る時はいつもクリブスは、実家の人間の尊厳を無視するような拷問とも言える教育法に感謝していた。

こんな“キレイ”な剣術、迷宮で通用などするはずもないのだから。

“人よりも”強いという事実が、魔物達を簡単に打ち滅ぼせるのだという傲慢に通じていた。初期にその傲慢が粉砕されたのは、幸運であった。

ナナシと打ち合うといつも己の傲慢さを痛感する。

こんなものは小手先の技術でしかないということを、常に思い知っていなければならない。クリブスは自戒の念を新たにした。

当家は貴族らしく冒険者の常識など知らずに、クリブスを一人で迷宮に送り込もうとしていた。

今にして思えばゾッとすることだが、入学当初はクリブスもその教育に過分に影響されており、単体で迷宮探索をするつもりでいた。

そうして初の迷宮探索の日、当然というべきか孤立し、死を覚悟した時にナナシ達に声を掛けられ、反発はしたもののパーティを組むことになったのだ。

そのまま今日までパーティ契約は続いている。

運が良かった、と言う他は無い。

貴族に生まれついた運命か、碌な人間との人脈は築けないだろうと諦めていたが、中々自分は運が良い。

損得勘定抜きで付き合える仲間というものが、これほど心地良く、また力強く感じるなどとは知らなかった。

やはり、冒険者とは自らの眼で見て、感じて、“知って”いく職種なのだろう。データを読んだだけの知識では、絶対に理解し得ないことだった。

仲間は大切だ、とナナシは常日頃から口に出していたが、それに関してはクリブスも同意見だと頷く。

どうにもその言葉に込められた意味の根幹は異なるようだが、そうに違いなかった。

決して口には出さないが、冒険者として自分はもっとも価値あるものを手に入れていた。

友というものを。


「よし、今日はこれまで」


「ぜぇっ……げふっ、ごほっ! あ、ありがとうございました……ごほっ!」


「しかし、よく喰らいついてこれたな」


「見ての通り、滅茶苦茶、しんっどいけどな」


「いくら僕が魔術師だといえども、君のレベルでは本来3分も持たないだろうに」


「手加減しろし! なんでこう、貴族っていう奴等は……まあ前衛は力勝負だから、体力作りくらいはしてるよ」


「そうか。ところで、なぜ大剣は使わなかったんだ? せっかく作ってもらったんだろう」


「あんな重い獲物で刀に挑もうなんて、馬鹿でもしないよ。鎧着てないとまともに振れやしない」


「なるほど、そういうことにしておいてやろう。苦手分野は克服すべきだと思うがな」


「お見通しっすか……」


クリブスは頷きながら、ナナシにタオルを投げ渡した。

汗だくのナナシが受け取ったタオルで首元を拭う隣で、クリブスは羽毛から放熱を行う。

毛皮に包まれていることが多い獣頭症(ベタリアン)は、純人種のように発汗による体温調節が苦手なのである。

代わりにこうして、各々の個体に対応する熱の放出方法を彼等は持っていた。

クリブスに例えると、杖の素材にもよく使われる羽先で魔力を練ることで、熱量を空気中に放散する方法を取っている。


「あー……風が涼しい……」


「今日はいい天気だからな」


眼を細めて風を受けるナナシ。

その感覚を共有出来ないことに、クリブスは少し残念に思う。

羽は風を逃がす。肌の露出が無い自分が、風を感じることはない。


「んー……きらきらしてるよなあ」


「何を見ているんだ?」


「あれ」とナナシが指差した先には、垂直に立つ巨大な機械が在った。

遠目には縦長の三角形をした、飛行機のようにも見える。


「ああ、飛行機か。機関鎧といい、骨董品が好きだな、君は」


「いや宇宙船さ。スペースシャトルだよ、あれ」


「スペースシャトル……? あんなものが宇宙まで飛ぶのか?」


「んー、こっちの方じゃそういう発想がないのか。なあ、クリブス。宇宙に行くにはどうしてるんだ?」


「当然、飛翔魔術を用いる。あとは呼吸用の魔術も組まなければいけないな。凍結や宇宙線対策は防具の加護でなんとでもなるな」


「加護て……空気の摩擦とか衝撃とかは?」


「レベルを上げて、防御力で耐える」


「……え、なにそれ?」


「何かおかしなことでも? まあ、宇宙に行くなど大魔術師でなければ不可能だがな。だからこそ、皆の憧れの職業年間第一位という訳だ」


「生身で大気圏離脱とか、絶対頭おかしいよこいつら……何だよ防御力とかって、意味わかんねーよ……」


科学技術が発達しているように見えて、しかし交通手段が魔列車を代表とする車両のみというこの世界。

飛行機というのは、かつて発明されて今はもう廃れてしまったもの。

空路での輸送や移動は転送魔術を用いればいいのだ。

個人の魔力量を超えるような、国同士の貿易クラス程の量がある物資の移送は、陸路か海路を用いるというのは、どちらの世界も変わらないようだ。

移動の概念の中に、空の道というものが無いというだけだ。

空を飛ぶのは魔術士だけ。長距離移動は陸路か転送魔術を使う。

魔術と科学のハイブリット世界故の交通概念の特徴である。

もちろん、空の延長である宇宙も、魔術の領域内なのだろう。


「なんだ、ぶつくさ言って。どうした」


「お前等にロマンを語っても意味無いってこと!」


「ロマンね。あの飛行機のある場所は、確か最近建てられた研究所だったか。若い王族の、王子だったかどなたかが建てられたそうだが、懐古趣味が流行っているのか?」


「その王子様は良くわかっていらっしゃるな。絶対、次期王様になるぞ。賭けてもいい」


「だから君な、王位継承問題のような、そういうデリケートな話題は口にするものでは」


「うっせうっせ! 今に見てろよ、スペースシャトルにしがみ付いてでも宇宙に行ってやるからな!」


「はいはい、高見の見物といこう」


馬鹿な奴だとクリブスは肩を竦めて溜息を吐いていた。

この辺りの感覚は、どうにも埋め難いものだろう。

フンスコと鼻息を荒くしたところで伝わる訳もなし。これが異文化コミュニケーションの難しさである。


「なあクリフ。筆記試験はいいんだけどさ、卒業課題のテーマの方はどうするよ」


「……ああ、もう、そんな時期か」


ナナシが言ったのは、卒業課題として学園に提出するためのテーマ、つまりはどこで迷宮探索を行うかということである。

6年制である学園では、探索者科の生徒達は5年次生に進級して直ぐに、卒業課題に取り組むことになっている。ナナシ達にとっては、丁度今この時期のことだ。

基本的には、実際に国家冒険者達と活動を共にすることになる。先達の指導の下、1年を迷宮の探索に費やして体験をレポートにまとめ、それを提出して初めて卒業を認められる。そしてその時に、同時に国家探究者資格を授与されることにもなる。

卒業までの2年間で、冒険者ギルドでの社会科体験を行うという訳だ。スムーズに冒険者としての活動が開始できるようにする計らいでもあった。

つまり、学園は実質5年で卒業であるということだ。

後はそのまま登録したギルドに所属し続けるか、パーティを解散し新たな仲間を探すか、それぞれの道を歩むことになる。


「早いものだな」


「……だな。出会ってから、もう5年も経つんだよな。お前さ、資格取ったらどうする? やっぱり冒険者続けんの?」


「答えは解っているだろう。僕の目指す道は、一つしかない。君達と共には行けない」


「認められるのか?」


「さあな……こればかりは家の判断を仰ぐしかないからな。だから、認めざるを得ない手柄を立てるしかない」


元々、家訓のために長男を冒険者科に入れたという変わり種の貴族がクリブスの生家、ハンフリィ家である。

卒業後、冒険者を続けることになるのか、貴族として政権に関わることになるのか。将来の決定権は、クリブス自身にはなかった。

セリアージュと同じように。


「そっか……お前は凄いな。俺だったら逃げだしちまうよ」


「そうでもないさ。君は君が思うよりも、強い心を持っている」


「だといいんだけど。でもま、いいじゃないか。どんなになったって、お前には婚約者がいるんだろ? 困難を二人で乗り越えてだな」


「ああ、婚約は破棄されたよ」


「あ……ええ? えっ、と、破棄、されたのか」


「とっくのとうにね。いったい、何時の話をしてるんだ君は。話さなかったか?」


「いや、聞いてないぞ……まさか、また俺のせいか?」


「君のせいじゃない」


クリブスは断言する。


「最近、君の周りがキナ臭い事は解っている。だがこれは別件だ」


ナナシが貴族のある派閥に目を付けられてしまっていることは、クリブスも把握していることだった。

先日の決闘騒ぎの一件で、琴線に触れてしまったらしい。

冒険者を駒として見なす類の貴族にとっては、反抗的な冒険者は許し難い存在なのだ。

特に、セリアージュの生家が所属する一派にとっては。暗殺者を送り込むくらいには。

彼等にとって迷宮は、純粋な資源産出地であり利潤そのものであるために、それを好き勝手荒らす冒険者とは馴れ合えるはずがない。

更に言えば、ナナシはセリアージュが継ぐべき血統の問題にまで介入してしまったのだ。目立ち過ぎたのである。

様々な派閥の貴族子女が集う学園内の敷地での、あの大立ち回り。

あの場は丸く収まったものの、排除対象と認定されて当然だった。

ナナシの個人的な人間関係には、ナナシ自身が目論んだように何ら変化はなかったが、それを取り巻く環境は確実に悪い方向へと転がっていた。ナナシが思っている以上に。

責任を感じたセリアージュが、何とかしようと奔走しているらしいが……何の成果も挙げられないだろう。

派閥が相手となると、問題は家の外にも広がる。

クリブスも手を尽くしはしたが、結果は芳しくなかったようだ。

辛うじてこれ以上の暗殺者の送り込みは防げるだろうが、それだけだ。一時的な処置に過ぎなかった。

ナナシの安全を確保するには、早く学園を卒業して他国へと逃れるか、それとも冒険者を辞めるかを早急に選ばせなければならない必要があった。

だが、後者をナナシが選ぶことはありえないだろう。

それをクリブスは知っている。

であるならば、今後ナナシは貴族達に対する身の振り方も考えていかねばならない。綱渡り所ではない。分の悪い賭けを続けていかねば。

クリブスは、その際に衝突が起き血が流れることになるのではないか、との懸念が尽きなかった。


「でも、関係はあるんだろ?」


ナナシが言うには、自分のせいでクリブスの貴族内での立場が悪くなってしまったのではないか、ということ。

もう一度クリブスは首を振った。


「無いとは言えないが、原因ではないさ。結局は、僕の容姿が気に入らなかったみたいだ」


「そんな……!」


クリブスは人身鳥頭の獣頭症(ベタリアン)である。

混血化が進む現在、元来“古き血”の顕現であるとされる獣頭症(ベタリアン)は、もはや古代のように神性とは言い難い存在となっていた。

歴史と共に技術が進むにつれ、劣等遺伝子の顕現であると認知されるようになっていったのである。

極小の確率で産まれる彼等は、誕生したその瞬間から、差別を受けることを決定されたようなものだ。彼等は自分達とは違う、劣等種である、と。

人種差別ではなく、社会による個人個体への差別とでも言ったところだ。

大貴族の長男であるクリブスにとっても、それは例外ではない。


「家同士の思惑で結ばされた婚約だ。彼女に特別想いを寄せていたわけでも、寄せられていたわけでもない。まあ、少し寂しい気もするが」


「クリフ……」


「それに、君は耐えられるか? 将来結ばれる相手に、顔を合わせる度に蔑みの視線で見下される事に」


「……ごめん。俺、お前がそんな風に感じてたなんて、思ってもみなかった」


「だからいいんだ。君は、それでいい。謝る事もない。男がそんな簡単に頭を下げるものではないよ」


「でも」


「二度も言わせる奴のことをな、馬鹿と言うんだ、解ったか馬鹿」


「ん……ごめん」


「だから……もういい、馬鹿め」


話はこれで終わりだとでも言うように、クリブスは手を振った。

ナナシのようにベタリアンに対し全く偏見を持たない者が、彼等にとってどれだけ得難い存在であるか。

友誼を“結べる特別な”相手ではなく、“普通”に接せられる相手がどれだけ少ないか。

ナナシは普通の事だと言っていたが、その言葉はベタリアン達にとって、どのように聞こえただろうか。

クリブスがナナシに入れ込むのは、それが理由だった。そこに理由があった。

少し考えれば婚約を破棄された原因など解ろうものだというのに、指摘されるまで気付かないくらいに、ナナシにとってベタリアンであるということは意識の外にある問題であったのだから。


「そういえば、卒業課題の件だが、心当たりがある。僕に任せてくれないか?」


「というと?」


「最近、国内で小規模の迷宮が発見されたらしいとさる情報筋から掴んだ。未だほとんど人の手が入っていない、原生の迷宮だそうだ」


「へぇ、そいつはいいや。でも危険じゃないか?」


「流石に調査は入っているさ。その結果、半分枯れていることが判明した。魔物の質は最低ランク、採れる資源も良くはないが、だが未踏破の迷宮だ。箔は付く」


「卒業課題にはもってこいだな」


「ああ。これなら僕も家に名目が立つし、君の目的にも合致するだろう?」


もちろんだ、とナナシは首肯する。

ナナシは“手掛かり”の発見のために。クリブスは成果を上げ、家への名目を立てるために。

人の手がほとんど入っていない未介入の迷宮を探索することは、大きなリスクを孕んでいるものの、ナナシとクリブスの目的に合致していた。

未踏の迷宮だから危険、などと言ってはいられないのだ。

命を落とす危険は、未踏迷宮だろうが踏破されきった迷宮だろうが変わらない。

ハイリスク・ハイリターン。一つの迷宮から得られるものはあまりにも多い。

しかしそれは結局、早い者勝ちだということなのである。

貴族に冒険者が疎まれる一つの原因が、迷宮の探索権を巡ってのいざこざであることからもそれが伺える。

冒険者にとり、未踏破迷宮ほど魅力のあるものはないのだ。


「出発は試験明けて直ぐか?」


「いや、根回しが必要だ。入口が崩落した状態で発見されたようで、国軍が魔物を外に出さないよう、封印処理がされているそうだ。誰も中には入れない」


「なるほど、そういうことか」


「僕達がその迷宮に足を踏み入れる初の冒険者となるよう、取り計らってもらう。探索が終った後に再封印を施すこともな」


「それ、お前の家関連のコネじゃないんじゃないか?」


「コネだ。あまり大っぴらには言えないな。公的には存在しないはずの書類に、ハンフリィの花押が押してあるだけさ」


「なんていうか、お前やっぱ凄いな」


ナナシの特性である封印の無効化。

“神々との約束”であるはずの封印を易々と踏み破る能力は、クリブス達も承知している。

そんな力を宿している時点で尋常ではない。本来ならば研究機関に届け出てしかりのはずだが、しかしクリブスはそうはしなかった。

高潔な精神を持つクリブスは仲間を売ることを良しとはせず、そして何よりナナシ本人が己の事を一番理解出来ていなかったからである。

なぜ自分にこんな力が宿ったのか、クリブスが思い当たる節を聞いても特別何か加護を受けたとか、おかしな点はなく、その理由が全くの不明。

『神威』の影響を受けても『神意』を無視するなど、あらゆる存在が神の影響下にあるこの世界の常識では、考えられないことだった。

ナナシが意図して語らなかった事があったこと、隠し事があることは解っている。

恐らくは、そこにナナシが持つの特性の秘密があることも。

この男は、まるでどこか別の世界から迷い込んできたような――――――。


「何だよ、人の顔をじっと見て」


「……いや、間抜けな顔をしているなあ、と」


「おい!」


よそう。

彼が語らないのなら、深く踏み入ってはいけない。

クリブスは何か、神聖な物に触れたような、そんな感覚と共にそう思った。


「で、出発予定はいつ頃よ」


「2ヶ月後を予定している。もう外部迷宮の探索許可嘆願書も出してある」


「それまでは自由時間か。なあ、いい機会だし、皆でどこか旅行にでも行かないか?」


「そうだな。考えておこう」


「温泉とかいいなあ、温泉。旅行っていったら温泉だろう、やっぱり」


「……なぜだろう。とてつもなく嫌な予感がする」


「そういやアルマは戦えるのかな? メイドになっちゃったけど」


「独りで闘ってレベルを上げていたと聞いた。彼女が大丈夫だと言うのだから、大丈夫だろう」


「彼女、ね。本当なんで俺気付かなかったんだろ……」


「そもそもアルマの地力は僕達とは違いすぎるんだから、プラスマイナス0といったところだな。それにこの時期に新メンバーを探すのは現実的じゃない。アルマの実力は疑うまでもないからな。戦えるのなら、もう何でもいいだろう」


「闘うメイドさんかー……」


「男冥利に尽きるのでは?」


「毎朝石炭を朝食だっつって出されるのに耐えられたらな」


「……石炭?」


「いや、石炭のが上等かも。鈍色がダウンするくらいだし。下手に胃袋が丈夫なもんだから吐けないらしくて」


「よく君は無事だったな」


「いや無事じゃねえよ。出すもの出して、今腹の中空っぽだからな……」


腹を抱えながらナナシは天を見上げた。


「……急に曇ってきたな」


錬技場から見上げる空は、薄暗く、曇っている。

雲を眺めながら、何をかナナシは考え込んでいるようだった。


「どうした?」


「いやさ、お前、卒業したら政治の道に行くんだろ? 俺も卒業したらどうなるのかな……って」


「冒険者を続けるんだろう。違うのか?」


「その通りなんだけど、何ていうか、こう、お前達以外とパーティー組んでるイメージがつかないっていうか」


「冒険者のモラトリアムか。心配せずとも、少なくとも僕以外のメンバーは固定だろう。彼女達は地の果てまで君に憑いていくぞ」


「……何か発音おかしくね? まあ、何にしろ今後の話よりも目先の探索だな」


「さっきから真面目な顔をして、似合わないぞ。何か問題でもあるのか?」


「たまに真剣になったらこれだよ。鳥頭野郎が」


今後、学園卒業の後にも、自分が冒険者をしているイメージが無いことこそが一番の問題なのだ……ナナシはそう思う。

言われずとも、冒険者を続けるのは当然のことだ。

しかし、資格を取得し国家探索者となった後は、管理されていない原生の迷宮に挑むことになるだろう。

学生用に調整された迷宮でさえ、あのような体たらくだ。

そうなれば五体満足でいられる自信は、ナナシにはなかった。


「本当は解ってるのさ」


「……ナナシ」


「あーあ……重たい重たい、肩が凝るったらないや」


いくらツェリスカが自己進化を繰り返したとしても、それは問題が発生した時に“パッチ”を当てるという、対処療法でしかない。

問題の根底は、それを繰る自分がレベル0のままだということだ。自分が圧倒的弱者であるという事実は、変わりようがないのだ。

学園内では何とかやっていけているが、それは対人戦であったり、半ば管理された魔物相手に限ってのみの話だ。

本格的に外部で活動を始めたとなると、一月持つかどうか。補給や活動費の問題だってある。

そうでなくとも、装鋼士(アイアンスミス)は珍しく、また忌避される存在だ。

機関鎧は、レベル差を埋める装備である。

言ってしまえば、「私は未熟者ですよ」ということを、大声で開示してしまっているに等しい。

そんな見るからに役立たずな人員が、周りからどう見られるかなど、言わずもがな。完全装鋼士であったとしたら、よほど酷い目にだってあわされるかもしれない。

レベル的な強さに拘らず、内面の強さをこそ身につけたいと思えども、事実として大きなハンデを抱えているのである。

もはやナナシには、自分の限界が見えてしまっていた。

ただジョゼットの言葉にすがり、意地で挑戦を続けているだけなのだ。


この先もし、取り返しのつかない負傷をしたら。

もし、冒険者を辞めなくてはならない身体になったら。

生半可に力を手にしてしまった自分は、“酷く中途半端に余生を過ごす”ことを強要される羽目になる可能性が高い。

そしてその時は、直ぐにでもやってくるのだろう。

自分の冒険者生命があまりにも短いことを、ナナシは悟っていた。

将来に思いを馳せた時、まず思い浮かべるのは、“抜け殻”となった自分の姿だ。

だから、将来冒険者として活躍している自分のイメージなど、持てるはずもなかった。

からっぽになった心を、ジョゼットのように怒りで埋めることも出来はしないだろう。そもそも事情が違う。

何の価値もなくなった自分が、この世界で生きていくことは出来るのだろうか。

学園の庇護下から去れば、今度こそ貴族に消されるかもしれない。

追われる日々の中、それでも生き抜こうと思えるのだろうか。

生きていたいと、思えるのだろうか。

ナナシは不安でならなかった。

自分のことだ。答えなど、解っているのだから。


「……ほら、立ちたまえ」


「うん、サンキュな」


そうとは言わず、ナナシは差し出されたクリブスの手を取り、立ち上がった。

見上げれば、いつの間にか空を覆う雲が厚くなっている。

「一雨降りそうだな」と、クリブスが呻くように呟いた。

Q,大気圏突入の摩擦熱とか、どうやってクリアしますのん?

A,レベルを上げて防御力で耐える

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