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関根教授の事件簿  作者: 黄印一郎
猫を被る
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 私が黄色いめんすすり終え、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言うと、開いた窓から『なーう』と鳴き声が響いた。まるで私に『お粗末様でした』と言うように、である。まったく驕慢きょうまんも程々にして貰いたい。私が養われているのは洋子さんにであって、彼らによってではない。むしろ、彼らを養っているのが私である。その辺りの事を勘違かんちがいされたままでは、私も一家の大黒柱だいこくばしらとして立つ瀬がないというものである。


 洋子さんも私と同様にこれと言って趣味を持たない人ではあるが、いや、だからこそ、彼女の猫に対する愛情は他と隔絶かくぜつしたものがある。もちろん、一番は私ではあるのだが。その辺りの事は、彼女が我が子のように大事にしている猫たちであっても十分に理解していて貰わなければなるまい。


 無遠慮ぶえんりょにも、一心不乱に餌を貪る猫たちにきちんとしつけを行うべく、私が縁側に立って彼らを睥睨へいげいしていると、洋子さんが食後のお茶を盆に載せてキッチンから顔を覗かせた。


 洋子さんはダイニングに居ない私の姿を縁側に見つけると、「しょうがない人ですね」と苦笑し、縁側までやって来た。


 縁側に腰を下ろし、二人で茶を啜るこの時間こそが、私の至福の時間である。洋子さんは、膝に飛び乗ってきた猫の一匹の背を撫でながら言う。


「今日は上手く躾ができましたか」


「いや、この子達もなかなかに頑なでね。なかなか私の言う事が耳に入らないらしい」


 私がそう答えると、洋子さんは、ふふっ、とこれまた可愛らしく笑い、「それで、今日はどうしてこんなに早くお帰りになったんですか」と問うた。


 私は、ふむ、と考え込んだ。今朝の顛末てんまつを語ろうかと一時考えはしたが、男の矜持きょうじとして守り通さねばならない秘密というものがある。全てをつまびらかにしてしまっては、目の前の子供たちに対して示しがつかないではないか。彼らはまさしく動物的直感に従って人物の序列を決めるのである。痴漢と間違われた、などと口にした日には、関根家という株式市場における私の株はあっという間にストップ安になるだろう。それでも、筆頭株主たる洋子さんだけは売りに走る事はないだろうから、安泰あんたいではあるのだが。


 私は苦心した挙げ句、どうやら言い訳のようなものを捻り出して並べ立てた。


 それは、以下のような内容から構成される。



一、悪漢に襲われている年若い女性を見かけた事。


二、私が敢然とそこに割って入り、悪漢に正義の鉄槌を下した事。


三、年若い女性は私への感謝の念を抱き、ぜひお礼をと申し出てきた事。


四、私はそれをきっぱりと断った事。


五、彼女は諦めず、ならばせめてこれをと私の懐にプリントアウトをねじ込んできた事。


六、私はその場を立ち去ったが、気がついた時には今日の担当講義には全く間に合わない時刻であった事。



「それで、その紙には一体何が書かれていたんですか」


 洋子さんは私の語った英雄譚には全く耳を傾けてくれなかった。序章を語り終え、いざ行かん、と意気込んでいた私はすごすごと引き下がり、鞄から例のプリントアウトを探し出して彼女に手渡す羽目になった。


 写真を見た洋子さんは、生来の猫好きが刺激されたらしい。彼女は目を細めて言った。


「これはまた可愛らしい仔ですね。お名前はなんて言うのかしら」


「左下の方に書かれているだろう。タマキチ、と言うらしい」


 その名前は、王侯貴族のような彼の外見には全くと言って良い程にそぐわない物だった。センスの欠片もない、ごくありふれた名前。そのことが、逆に私に安心感を与えてくれた。


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