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いつもなら、エアコンの効いた共同研究室で院生や助教達と雑談をしながら、雑誌論文の構想を練っている時間ではあった。じきに初夏と呼ばれる季節も終わり、本格的に夏がやってくる。じっとしている分には心地よいが、少し日向を歩くとすぐに汗が噴き出してくるこの季節を、しかし私は嫌いではなかった。
街路樹が存分に日光浴をしているのを見ながら、私は上着を脱いで左手に抱える。
本日も晴天なり。本来は『本日は晴天なり』であったらしいのだが、そんな事はどちらでもよろしい。そもそも、日本の天気というものは八割方晴れ、であるという。天気予報で、何とはなしに『今日も晴れです』と言っておけば、的中率八割、という事だ。
大事なのは、今歩いているのが南向きの上り坂で、正面からの日差しに照らされた私が非常に暑い思いをしているという一事である。十分に熱を吸い込んだアスファルトからの照り返しでなおさら暑い。いくら初夏が嫌いではないとは言え、このように暑い思いをするのは当然ながら私の本意ではない。
目を細め、手をかざして坂の上に見える太陽を睨み上げると、和装のご夫人の姿が目に入った。
誤字ではない。
いや、やはり誤字であった。
夫人は他人の妻の敬称であって、あれに見えるは我が細君たる、洋子殿である。
殿、と付けたのは私から彼女への敬愛の念の表れであり、もちろん普段は私は彼女のことを洋子さん、と呼んでいるのであって、決して私が尻に敷かれているわけでは無いと言うことを、ここで明らかにしておく。
洋子さんは足元に目をやりながら、左手に白い日傘を、右手にはち切れんばかりに詰め込まれたスーパーの袋を体の前に提げ、えっちらおっちらと、大儀そうに坂を下ってくる。
私は汗が吹き出すのもかまわずに、少しばかり足を速めて、彼女の元へ急いだ。
「洋子さん、今日は少しばかり早く帰ってきたよ」
足元ばかりを見て、私の存在に未だ気がついていないようである洋子さんに声をかけると、彼女は驚いたように体を震わせ、視線を上げてこちらを見た。
とたんに視線にやわらかなものが混じる。昨年銀婚式を迎えた私たちではあるが、こういう所は本当に変わらず可愛らしい人だと思う。私が手を伸ばして荷物を受け取ると、洋子さんはにっこりと微笑み、言った。
「昭敏さん、今日のお昼は冷やし中華ですよ」
「錦糸卵は載っていますか」
「もちろんですとも。ただし、オクラも載っていますよ」
その言葉に少々残念な気持ちになりながらも、私は洋子さんに背広の上着を手渡して、彼女の横に並んで歩き始めた。
私は、オクラがあまり好きではないのだ。
私が洋子さんに出会ったのは、まだ私が助手(現在の助教)になって1年目、彼女が大学院の2回生の時である。寝る間も惜しんで論文を精読し、あるいはフィールドワークに飛び回っていた私に、強引なまでに睡眠を取らせ、飯を食わせと世話を焼いてくれたのが洋子さんであった。
驚くなかれ、プロポーズはなんと洋子さんからである。私があまりに研究に没頭している様を見て、「あなたがあんまりにもだらしないから、私がきちんと面倒を見てあげないといけませんね」と格別のお言葉を頂いたのは、私が三十を迎えんとした時、彼女が二十六の時であった。
その一事だけで、私も男として捨てたものではないと胸を張れる重大事であった。それ以来、彼女は変わらず甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。私が教授の椅子を勝ち得たのも、偏に彼女のサポートありきであろう。ただ一点を除いて、彼女は妻とするに理想的な人柄であると私は思う。
私たちはゆっくりと歩みを進めながら、目的地まで辿り着いた。目の前にあるのは、白亜の大豪邸、と言うわけではなく、建て売りの分譲一軒家である。特に贅沢にあたるような趣味はなく、無駄遣いをしない私であるが、これまたどこで寝るかも頓着しない人間である。
洋子さんはと言うと、インテリアのカタログを眺めているよりは“娘”たちや“息子”たちの世話をするのに忙しい性質なのだ。そういうわけもあって、私が教授になったのを機に、職場から電車で二時間ほどのところにある分譲住宅を購入したのである。
私がアルミ製の門扉を開くと、その音を聞きつけたのか、庭の方から“娘”や“息子”が大挙して押し寄せてきた。彼らは私が大荷物を持っているのに気がつくと直ぐさま私に駆け寄り、私の足元にすり寄って、甘えるような低いうなり声を上げ始めた。私のズボンはあっという間に毛だらけである。
洋子さんに残された、ただ一点の瑕疵。いや、それすらも欠点とは言えないかもしれないが。
彼女は、猫が好きなのである。




