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関根教授の事件簿  作者: 黄印一郎
馬が”合わない”
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 旦那さんは、小刻みに揺れるバスの最後尾で、手すりにもたれ掛かるようにして立っていた。表情には確かに脅えが現れているんだけど、後ろで怖々袖を引く奥さんに見られないように、ぐっと胸を張っている。


 旦那さんの動きに対応して、犯人の一人が、バス後部へと歩いてくる。揺れるバスの中でも、上体がぶれたりしない。殊更に威圧感を強調するような、ゆったりとした、隙のない動きだ。ああ、こいつらやっぱりプロなんだな。腐っても鯛だった。鯖なんかに例えたのは、俺の間違いだった。


 なのに旦那さんは、犯人が歩を進めるごと殊更に胸を張って見せて、今じゃシャチホコぐらい反り返っている。

おい、おっさん止めとけ、多分そいつら人質の一人や二人ぐらい、どうなっても良いって思ってるだろうから。あんたも、あんたの連合いも、大人しくしてた方がまだ安全だから。


 そんな俺の心の声はもちろん届かなかったようで、旦那さんは犯人が近付いて来るにつれて次第に顔を強張らせながら、それでも奥さんに毅然とした後ろ姿を見せようとしている、ように俺には見えた。


 車両の真ん中辺りで立ち止まった犯人が、お前は一体何をしてるんだ、って訊いた。外見から判断出来るよりは、ずっと若い声だった。もちろんその声には、緊張は見られない。ニヤニヤして、旦那さんの返答を待っている。


 それでも旦那さんは冷静だった。


「お前たちは一体何を目的にして、こんな事件を起こしているんだ」


 どこか憤ったような響きが混じっているように感じるのは、間違いじゃないだろう。せっかくの休日、それもどうやら奥さんとのデートの真っ最中、ようやく目的地に近付こう、というその間際にやつらの邪魔が入ったのだから。


 けれど、やつらが何を目的にしているのかを俺たちに教える必要はあるのか?


 もっと言うと、俺たちが知る必要があるのか?


 そういう考えを、その時の俺は旦那さんに伝えたかった。それは、旦那さんの後ろで背広の裾を引く奥さんも同じだったと思う。


 俺からしてみれば、大人しく頭を下げていればそのうち事態は解決するはずだし、俺以外の乗客にしたって少なくとも、悪くはならない。旦那さんだって、それぐらいのことはわかっているはずなのに、なんでわざわざ波風立たせるような真似をしてくれるのか。あんたは一体、何がしたいんだ。


「俺たちの目的か」犯人は嘲るように旦那さんを見る。「何故そんな事を知りたい」


「人質が必要なら、そしてそれが私一人で済むのなら、私以外の人質はバスから降ろして欲しい。それがお前達の目的に適うものなのか、確認したいからだ」


「人質を解放して俺たちになんの利益があるっていうんだ」


「人質が少ない方が、お前達も逃げるのは楽だろう」


 旦那さんの足の震えが止まった。きっと、もう、覚悟を決めたんだろう。結果として、自分がどうなっても構わない、っていう。それを見て取った犯人の笑みが深くなる。


 けど、旦那さん、それは多分、意味のない覚悟だよ。


 やつらの行動が、ちぐはぐだからだ。犯人達が、単なる思いつきでハイジャックなんて真似をしたとはとても思えない。やつらは多分、実行に伴うリスクを十分にわかっている。なのにそれを実行して見せて、尚且つ高速道路なんて逃走の難しい場所にわざわざ侵入している。


 俺たちを人質に取る事で、やつらには何らかの手頃なメリットが発生しているはずだ。軍人って言うのは、実用主義者だから。軍事教練って言うのは、人間にそういう思考法を植え付けるもののはずだ。


 そして、そのメリットは世間から注目を浴びたいとか、身代金の交渉をして金をせしめたいとか、そういうことじゃないし、犯人達の手に入るものでもない。ハイジャック犯がそう簡単に逃亡できる程、日本の警察機構は甘くない。


 そいつらは、自分自身のことなんて、重要視していないんだ。


 そいつらは、逃走する事なんて、最初から考えていないんだ。

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