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関根教授の事件簿  作者: 黄印一郎
馬が”合わない”
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 電車がやって来てから分かった、いや、来る前から分かってはいたことなんだけれど、俺にとっては非常に残念なお知らせがある。


 あの夫婦は、俺と同じ方向の電車に乗ることになった。


 それじゃあまた、と言って別れた十分後同じ人に再会した気まずさを考えてもらえれば、俺の今の気持ちは分かってもらえるかと思う。


そしてそんな俺の気まずさを助長しているのは、その熟年離婚希望夫婦――離婚してくれることを希望しているのは俺だが――が仲良く隣同士に座って話をしている、って所にある。


それも一つだけ空いた席を互いに譲り合った挙げ句、気を使った女子高生が自分の席を譲る形で、だ。


昭敏さんどうぞ、だとか、いやいや洋子さん座りなさい、なんて初々しいやり取り、見ているだけで気疲れする。座って話し始めてからも、奥さんの言葉に旦那がうーん、と考え込んでから、はっと気が付いたように奥さんの方を見て、何やら言う。すると奥さんの方は、まあ、とか言って頬に手を当てちゃったりするわけだ。


 結婚してから何年経つのか知らないが、あの夫婦は控え目に言っても仲が悪くはないらしい。そしてそう思うのは俺だけじゃないようで、席を譲った女子高生が扉の横の手すりに捉まって、熟年夫婦を見ながらニヨニヨしている。


 『あしながおじさん』で主人公のジュディが、“年若い女性は皆『若草物語』を読んでいる”なんてナンセンスな決めつけをしていたけれど、俺も声を大にして言いたい。


“世の中のお父さんは皆イチャイチャしているのを見るのは苦痛である”と。


 高校生ぐらいのカップルなら、イチャコラしてたからってまあそういう年頃だし仕方がないかとは思う。それでももうちょっと場をわきまえろよ、とか、逃げ場がないからせめて電車の中では止めてくれ、とは思うけど。


 だがしかし、それを熟年夫婦が、それも初対面の俺に対してあんなにも謙虚でなかったおっさんが繰り広げているというのは、そういう年頃、では解決しない。これは今の俺にとって、精神的ブラクラに等しい破壊力を持っている。


 そういえば、一体何年妻の名を呼んでいないだろう。そして、一体何年妻から名前を呼ばれていないだろう。いつからか俺も妻も互いのことを名前で呼ばなくなり、お前、とか、あなた、とか言うようになった。


 それが良くない事だと思っているわけじゃあない。付き合い始めや新婚当初のどこか浮ついた部分がそぎ落とされただけだと思っている。二人だけで居たって、その頃よりも、ずっとくつろいで過ごしていられる。


 けれど、やっぱり無くなっちゃった物があるというのは確かなんだ。そしてあの夫婦はそれに近い物をまだ持っているんだ。


 俺は砂を食むような思いをしながら、ただじっと目的の駅に着くのを待っていた。僅かに二駅、ものの五分も我慢すれば良い。そうすれば、俺はこの列車を降りることが出来、必然的にご夫婦とはお別れ出来るはずなんだ。


 はずだったんだが、ここで再び残念なお知らせがある。車掌が俺の目的の駅名を車内アナウンスで告げた時、にわかにご夫婦が立ち上がって、先程の女子高生の方へ近付いて行った。次の駅で降りるから、君が座りなさい、なんて、これまた偉そうに言っているのが聞こえてくる。


 どうやらご夫婦とのお別れは、まだ少し先になりそうだ。


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