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考えてみれば、なかなかナイスな思いつきだと思う。たまたま、とは言え、自宅のあるマンションから最寄りの競馬場まではたったの二駅。電車賃の心配をしなくても良い。何なら歩いても良いぐらいだ。
いくら競馬場がギャンブルをする場所って言ったって、それでも最低賭け金なら一レース百円。学生時代にやったことがあるとは言っても、遠ざかってだいぶ経つから贔屓だった馬も引退しちゃってるわけで、熱くなる事もない。
贔屓だった騎手はまだまだ現役だけど。
パドックで馬体を見た後、ちょこっと馬券買って、客席でビールでも飲みながら観戦するだけなら安上がりだろうし、上手くすれば千円以内で収まるかもしれない。もっと言えば、当ったら財布の中身も増えるわけだ。そう考えると、全く悪い提案じゃ無い。むしろ俺、ナイス。という考えが一連の流れの中にあった。
奇しくも、季節は天高く馬肥ゆる、秋。秋と言えば競馬。競馬と言えば秋。そういう因果関係が必要十分に成立する季節。いやいや、有馬(年末)もSステークス(春)もジャパンC(初冬)もあるじゃないか、なんて反論は認めない。あくまで俺の個人的感覚だから。
俺はいそいそと、最寄り駅へと足を向ける。いい年した大人が休日の午前中からわくわくしながら向かうには、競馬場って場所は少々不謹慎だが、まあそれも仕方がない。
天高く馬肥ゆる、なんてのはもともと、収穫期を終えて戦争の時期になりましたよ、ぐらいの意味なんだから。
略奪に来る遊牧民族と、収穫を守る農耕民族の戦争だ。もともと不謹慎な言葉なんだ。
そして俺はこれから財布の中身を賭けた経済戦争に赴くわけだ。
いえ、もちろん本気じゃありませんよ。あくまで遊びの範疇です。
土曜日の午前中で、家族サービスをするお父さんはもっと早い時間に出発しているし、そうじゃないお父さんは夕飯の買い出しを手伝わされるまではまだまだ家でごろごろしている時間帯で、人通りは少ない。
このあたりはまあ閑静な住宅街、ってのとはほど遠いんだが、いわゆる新興住宅地、ってやつ。
二車線の道の両側に並んだ家はばっきりパネル工法で、鶏がケツから産んだ卵みたいに半ダースごと同じ作りをしてる。世帯主の平均年齢は30代後半、マイホームパパになって、そろそろ二人目を考えようか、なんて奥さんと話しちゃうお年頃。
俺はまだ一人目も居ないってのに、マイホームなんてまだまだ気が早い。しがない賃貸暮らしですよ。
真新しい外壁が並ぶ中を、俺はずんずんと歩く。時折通りすがる人達もマンション暮らしの俺にはご近所付き合い、というには少々縁遠くて、せいぜい軽く頭を下げる程度のもの。駅へ続く坂道を下り始めると、坂の傾斜も手伝って、ぐんぐん歩幅が伸びる。
ちょっとずつブレーキを掛けて、足元に目を落としながら歩いていると、細い路地から出てきた夫婦の姿が目に入った。いや、多分夫婦ってだけだけど。
奥さんの方は和服を着て日傘なんか差しちゃって、どこか良いとこにお住まいな感じ。旦那の方はこじゃれたジャケットなんか着ちゃって、妙に威厳がある。年齢は五十路差し掛かったぐらいかな。
新居に引っ越したばかりの息子夫婦の家に、孫の顔でも見に来たんだろう、と俺があたりを付けていると、旦那の方がわざわざ車道側に回って奥さんが隣に付くのを待って、互いににこにこ笑って見せる。それから仲良くゆったりと歩き始めた。
必然、一人でずんどこ進んでいる俺が追い付くわけだ。
追い抜きざま、あちらさんの様子を伺いながら軽く会釈をすると、奥さんの方は上品に礼を返してくる。
旦那の方は慣れた様子で、軽く頷き気味に返礼するわけだ。ほとんど重役がヒラを相手する感じ。
ああ、こいつとは多分馬が合わねえんだろうな、とその時思った。




