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関根教授の事件簿  作者: 黄印一郎
猫を被る
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 元)曾根崎彩子さん、現)坂井彩子さんは、現在22歳。裕福な家庭で大変厳格に育てられた彼女は、親の意向もあって高校を卒業してすぐに結婚するに至ったのだが、いかんせん若い身空で刑務所のような広い屋敷に閉じ込められるのは耐えられなかった。夫との話し合いの末、せめてこれだけでも、と大学へ通うことになったのだが、結局今年の春に離婚することとなった。


 離婚の契機はタマキチ君が居なくなったことなのだそうだ。広い家の中、かの家に元から飼われていたタマキチ君は彩子さんにとって唯一の癒しであったのだが、そのタマキチ君が姿を消して、とうとう彩子さんは結婚生活に見切りを付けた。そして家を飛び出して一人暮らしを始め、この春離婚するに至った。


 以前研究室で聞いた内容と、今日洋子さんを交えて話した内容を纏めるとこのようなものになる。暗い表情で話す彩子さんの話を、私は茶を啜りながら、洋子さんは膝の上で大人しく丸くなるタマキチ君をなぜながら聞いていた。


 彩子さんがようやく話し終え、何か思い詰めていたものをはき出すように深く息を吐いて顔を上げたとき、洋子さんが口を開いた。


「一つだけ、聞きたい事があるのですけれど、良いかしら」


「何でしょうか」彩子さんは怪訝な顔で答える。


「タマキチ君がどこにいるのか、彩子さんは実は知っていたんじゃないかと思ったのだけれど、どうかしら」


 洋子さんの意味深な言葉に、彩子さんはようやく笑みを見せて頷いた。


「実は、そうなんです。タマキチが居なくなった時は庭の隅ですぐに見つかったんですけれど、別居を始めるためにマンションを借りた時、こっそり連れて来たんです」


 タマキチ君が居なくなったことを印象付け、チラシを配るなり壁に貼付けるなりしてから、間を置かず別居。チラシに記した名字を旧姓の坂井、にしたのを、曾根崎夫人はちょっとした意趣返し、と取っていた。


 彩子さんの言葉に私はちょっと眉を顰めたが、しかし洋子さんの膝の上のタマキチ君を目を細めて見つめる彩子さんに、飼い主として不足があるようには思えなかった。犬は人に付き猫は家に着く、というが、飼い猫が飼い猫であるために必要なのは、何よりもまず愛情ある飼い主である。私は口を噤む事にした。


「でも、私が猫の二、三枚でも被って、あのお屋敷に居た方がこの子の為には良かったのかな、とも考えてしまうんです」


 彩子さんは、洋子さんからタマキチ君を抱き取りながらそう言ったが、


「あら、猫を被って結婚生活を送るには、たっぷり二、三百枚は被らないといけませんよ」洋子さんが言う。「それに、猫を被ったところで、結局それはその人の一面に過ぎないんです。一つの面しか見せないで人と付き合っていく事なんて、到底できっこありません」


 そう言われて彩子さんも、「そうですね」と苦笑した。



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