表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関根教授の事件簿  作者: 黄印一郎
猫を被る
14/25

14


14


 彩子さんがタマキチ君を伴って我が家を訪れたのは、梅雨が明けた後、7月頭の休日のことだった。玄関チャイムの音に応えて私と洋子さんが出迎えると、彩子さんは朗らかに笑った。初めてきちんと顔を合わせた喫茶店の時と違って、明るい雰囲気を漂わせていた。


「やあ、いらっしゃい」私が言うと、


「ご無沙汰しております」彩子さんはそう答えて、頭を下げた。


「そうでも無いだろう。毎週の講義で、顔だけは合わせているのだから」


 顔を上げた彩子さんは苦笑いをして答える。


「いえ、奥様と」


 私は思わず隣に立つ洋子さんへと目を遣った。洋子さんはいつものように可愛らしい笑みを見せていたが、


「取りあえず、お上がりなさい。タマキチ君もいい加減ケージから出してあげないと、疲れているでしょう」と彩子さんをリビングへと促した。


 どう思い返しても、洋子さんと彩子さんには面識は無いはずだった。私はわけも分からず首を傾げたが、いつまでも玄関先に立ち尽くしているわけにもいかず、二人の後を追う。


 リビングに入ると、ちょうど洋子さんが私の分のお茶を湯飲みに注いだ所であった。洋子さんはそのままリビングのソファに腰を下ろし、私も促されるままその横に座る。


「それで、二人はいつ知り合いになったのかな」私は二人を視界に収めて訊いた。


 答えたのは洋子さんであった。


「あのお屋敷を訪ねた後、私からお電話を差し上げたんです。大学沿線だと、ペット可の物件はなかなか見つからないのではないかと思いましたから」


「私も最初は驚きました」彩子さんが、洋子さんの言葉を引き継いで言う。「見知らぬご婦人から、急に電話がかかって来たんですもの。しかもそれが関根先生の奥様だったんですから」


 私が猫探しを申し込んで彩子さんに指定されたあたりは、大学を挟んで私の家のちょうど反対側である。にもかかわらず、私が通勤中に彼女と遭遇したのは(敢えて言うなれば痴漢と遭遇したのは)私と同じ電車。今考えて見れば、私も少しぐらい不思議に思ってもおかしく無かったのだ。


 学務課からのメモで彩子さんの実家と大学が遠く離れていることを知った洋子さんは、彩子さんが使っている沿線で、ペット可のアパートが無い事に思い至ったらしい。そして洋子さんは、伝手を頼って見つけた大学が近くペット可で割安の物件を、彩子さんに紹介したのだそうだ。そして彩子さんはその物件へ引っ越した。猫たちをこよなく愛する洋子さんの愛は、人様の飼い猫ばかりかその飼い主にまで及ぶらしい。「それはそれは」と、私は溜息を吐いた。


「そういえば、この間のレポートなんだが、初め学務のネットワークに名前が見つからなくて苦労したよ」私が言うと、


「すみません」と彩子さんは再び頭を下げた。「まさか学務の窓口で申請したのに、また別に申請しなければいけないとは思わなくて。今はもう変更を済ませたのですが……」


「いや、君が悪いわけではないよ。これも学務課の怠慢、と言ってしまったら言い過ぎではあるけれど、二回三回と同じ手続きを行わなければ反映されないのでは、システムとして十分でないのだ」


 大学に登録している個人情報に変更があった場合、当然ながら学務課の窓口で、登録内容の変更を申請することになる。

 これによって学務課は学籍データを修正するのだが、しかしこれによって修正されるのは学務課が学生の保護者へ通知の手紙を出したり、あるいはバックアップとして取っておくためのデータベースなのだ。

 これはネットワークから独立しているわけでは無いのだが、しかし教授が学生にメッセージを送ったり、あるいは成績評価に用いられる教務用のネットワークとは別に運営されているのである。教務用ネットワークの方は、学生がそれぞれログインして、自分で記載内容を変更しなければならない。


 彩子さんは学務課へは申請を出したのだが、教務用のネットワークへ変更をしていなかった。結果として、私がリストから名前を探した時には、彩子さんの名前は見つからなかったのである。


 いや、正確に言うと名前はリストに記載はされていた。


 但し、名前ではなくて名字が異なって記されていたのだが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ