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駅前のロータリーで私が目にしたのは、日傘を傾けてモニュメントの前に立つ洋子さんの姿であった。思わず腕時計に目を遣ったが、待ち合わせの時刻までにはまだたっぷり30分はある。待ち合わせに遅れたのではと考えたことこそ杞憂であったが、今ここに洋子さんが居るということは、私が家を出てすぐに洋子さんも家を出た、ということになる。
ならば一緒に行動しても良かったのでは無いかとも思うものの、これもまた洋子さんの言う待ち合わせの妙なのだろう。私はその妙をより確かな物にすべく、ロータリーを慎重に反対側からぐるりと回って洋子さんの背後に近づき、声を掛けた。
「お待たせしてしまいましたか」
「いえいえ、今来たところですよ」
そう言って振り返った洋子さんは、花のように微笑んだのである。このように陳腐な形容しか出来ぬ事、自分の語彙の寡さがまったくもって恨めしい。私に文才こそあれば、万の言葉を以て洋子さんの愛らしさを表現するに吝かではないのだが。
とは言えいつまでもそうして立ち話をしているわけにもいかぬので、私たちは駅の階段を改札の方へと登り始めた。券売機の前で、通勤用の定期券を持っている私は洋子さんが切符を買うのを待つつもりで居たのだが、洋子さんは私を見上げてきょとんとしている。不思議に思って、
「切符を買わなくて良いのかな」と私が訊くと、
「あら、いつも電車に乗る時はこれで済ましているんですよ」と洋子さんは袂からスマートフォンを取り出して胸元で掲げて見せた。「最近は一緒にお出かけすることもめっきり減っていましたからねえ」そう言って洋子さんは、ほう、と溜息を吐く。
細君が携帯電話を機種変更したことすら知らなかったという事実が、私を打ちのめした。デジタルデバイドだのなんだのと姦しい世の中だが、アクセス可能か否か以前に自分の身近な事を認識しているか否かこそ、人間が生きていく上で重大事である。デジタルな世の中であっても、人間の頭の中身はアナログな形態をとったままなのだから。
今後はきちんと時間を作ることを約束すると、私が洋子さんと揃いのスマートフォンに機種変更することで手打ちとなった。使い方が分からないとごねる私に、ならば使い方を教えて差し上げますから、と洋子さんが言ったのが決め手となって、私は渋々首を縦に振ったのである。
洋子さんは改札をするりと抜け、項垂れた私がのろのろと後を追って、私たちはホームへと辿り着いた。土曜日の10時前のホームはがらりとして、人影もまばらである。電車が来るのにも間があるので、並んでベンチに腰を下ろす。
「それで、目的の物は手に入りましたか」
洋子さんがそう訊いたので、私はようやくキッと力を込めて厳めしい顔を作りながら頷くと、ポケットからメモを取り出して洋子さんに手渡した。メモを見た洋子さんはふと思案顔をして首を傾げたが、やがて袂から再びスマートフォンを取り出して、何やらぽちぽちと入力し始めたのである。
「何をしているんだい」私が問うと、
「地図に住所を入力しているんです」洋子さんが答えて、入力を終えたスマートフォンを私に手渡した。
画面には地図が表示されており、その地図の中にピンと旗が立って、入力された住所を示している。
入力された住所は、彩子さんが示したタマキチ君の居場所である。洋子さんが親指と人差し指を寄せて画面に当て、つい、と指先を広げると、驚いたことに、つい、と地図が拡大された。
画面で見る限り、どうやら彼女とタマキチ君は随分と大きな屋敷に住んでいたらしい。近隣の家に比べて随分大きな敷地の真ん中に旗が立っている。吃驚して、思わず声が出た。
「これはまた……タマキチ君も、随分と贅沢をしていたんじゃないかな」
さて洋子さんは、
「猫にはこんなに広い縄張りは必要ありませんよ」と言って、ふふ、と可愛らしく笑った。




