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関根教授の事件簿  作者: 黄印一郎
猫を被る
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 私が帰宅したのはじきに時刻が8時を回ろうかという頃だったのだが、洋子さんはそんな私を怒ることもなく、玄関にてにこやかに迎えてくれた。


「もうご飯の準備は出来ていますよ」


「ありがとう。待たせて悪かったね」


 私はそう答えながら、洋子さんに背広の上を手渡す。手早く靴を脱いで、靴箱にしまうと、そのまま寝室に移動した。


 洋子さんは背広の上を衣紋掛けに通し、クロゼットに仕舞う。


「そういえば今日は随分と暑かったね。もう蝉が鳴いていたよ」


「実は今日、夏物を出しておきましたよ」


「ああ、それはありがたい」


 言いながら、私は衣装ケースの抽斗を引く。丁寧に畳まれた衣服の中で一際目を引いたのは、薄い色の浴衣であった。はてさてこんな物を持っていたかと首を捻ったが、よくよく思い出してみればもう10年は前に百貨店で購入したものだったことを思い出す。昨年はとんと目にしなかったから、すっかり忘れてしまっていた。見れば、洋子さんの着ているものと揃いである。洋子さんにそのことを問うと彼女は、


「毎年同じ物を着ていたら、飽きてしまいますから」


と、しれっと答えた。さて頭を掻いたのは私の方である。私も洋子さんに飽きられぬよう、せいぜい努力しなくてはなるまい。









 最近胃弱が気になる私としては、素麺はともかく天麩羅というのは少々重めの献立かと思われたのだが、口にしてみればするりと入ってしまった。さすがというかなんというか、洋子さんは私以上に私のことを知っているのだと感服せざるを得ない。そうして夕食を終えた後、やはりお茶を啜りながら今日起こったことを互いに話すのが我が家の日課である。


 私が先述した二人に続いて彩子さんの事を話すと、洋子さんは、


「それはまた随分とおかしなこともあるものですねえ」


と首を傾げた。そのような少女の如き振る舞いが幾つになっても似合うのは、洋子さんの長所というか美点というかそのような物の一つだと私は考えている訳だが、それはともかくとして洋子さんの真剣な表情を見るに、どうやら猫探しを無かった事には出来ぬようだ。全く軽々しく約束などするものではない、と私は後悔の念を抱いた。案の定、私が顔を上げて洋子さんを見つめると、彼女はにこやかに、と言うよりもにんまりと猫のように笑って、言った。


「そういえば、今週末の土曜日には用事は無いって、昭敏さん仰っておられましたよね」


「ああ、そういえばそんな事も言った気がするね」


 私はそう答えて、何とかごまかそうとしたのだが、何しろこちらは言質を取られているのである。まったくもって分が悪い。渋面を作った私に、洋子さんは相変わらずにこやかにこう言った。


「なら、久しぶりに一緒にお出かけしませんか」


 さて、先程の後悔の念が消し飛んだのは言うまでもあるまい。私が一も二もなく同意を示すと、洋子さんはどこからともなく黄ばんだ時刻表を取り出すと、逢引きの予定を立て始めた。目的地は家から3時間はかかろうというものであるから、単に外出と言うよりは小旅行と言うに相応しい物であろう。見れば、洋子さんの立てた予定は大学の最寄り駅で待ち合わせる事になっている。私は疑念を抱いて問いかけた。


「この距離だったら、もっと早い時間に二人で出た方が良いのではないかな」


「あら、待ち合わせる方が楽しそうじゃありませんか」


 そう言われて、私が反論するわけもない。私は喜々として、旅程を組むことに熱中した。


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