第一章 長い夏の始まり 1
かつて「日本」、という国名は世界中の羨望と怨嗟を一身に受ける国名としてその名を轟かせていた。
世界第二位の先進国、経済大国日本。
現在、第三次世界大戦の国力低下によりその座を降りた日本は、過去の栄光時代の多国間との信頼関係、地勢状の重要な要所、その独自の国民性により何とか中堅国家としてその命脈を保っている。
その栄光の日本国の片田舎、海沿いの崖に面した狭い道を一台の白い電気自動車が走っていた。車体側面にはアルファベットで「FAZ」とペイントされている。
運転席に乗った青年は、田舎の細道を海を右片目に運転して行く。すれ違う人や車は一切ない。興味深げに周囲を見渡した。
これがかつての大国、さらに昔は大帝国を名乗ったこともある先進国の果てなのか。
節電でエアコンを最低限しか使っていないため、スーツの上着は脱ぎ、ワイシャツとネクタイを着崩した姿の青年は、絶えず噴出す汗をぬぐいつつ、飽きることなく周辺の景色を眺めていた。
信号はほとんどなく、あっても通電していない。時折高低差はあるものの、曲がりくねった道は、かつての先進国の名残かどんな細道にも古いアスファルトが敷かれている。ただ、時折破損しているのだろう。タイヤを伝わる振動は快適とまでは言えない。
自然は驚くほど豊かだ。
山肌は緑に覆われ路肩も地面がむき出しになっているところはない。右手の海も穏やかだ。
前時代だとしても仮にも先進国トップを直走った国が、こんなにも豊かな自然を保有していたことは青年を純粋に感動させた。
例え、今は金銭的な富を失った国だとしても、この自然を見れば決してこの国を貧しい国だとは思わないだろう。恵まれた国だ。
ふと、海を横目で見て、男は後方安全確認という無駄な行為をすることなくゆっくりブレーキを踏んだ。
「・・・ここは・・・。」
だが、例え自然が豊かでも、この国も確実に失ったものがある。
海に色さまざまな突起物が突き出している。
かつて海に面していた土地に存在していた街の家屋の屋根が海原一面に敷き詰められているのだ。
ところどころにある大きな突起はビルやマンション。
大型スーパーマーケットの看板はそのままだ。
そして、一列に等間隔で海面から突き出している細い柱は街灯、そして電柱だ。
それなりに大きな街だったのだろう。果てはここから何キロ先かは分からないが、遠くにも僅かに海面にモニュメントの如く巨大なブロックが突き出ている。
「リーヴ、現在地の街は?」
『「消失」曙町です。現在、住民は完全退去。閉鎖されました。』
助手席に置いたPCから滑らかなコンピュータ音声がそう端的に解説する。
「そうか。じゃ、目的地は近いな。」
『目的地は、4キロメートル先の交差点、曙町4-5、曙町4-4、を左折してください。其処から6キロメートルで、新曙町1-1、目的地です。』
律儀に返答するPCを無視し、青年は水筒を片手に車から降ると、冷えた水を飲み、景色を眺めつつそのまま小休止を取る。
物悲しくも美しい光景だ。
廃墟を思わせるにはまだ新しい。
崖からガードレールを支えに身を乗り出し海面を見下ろすと、透き通った綺麗な海面を通して、かつての人の営みがまだ残っている。
道、家、電柱、公園の遊具・・・そんなものが見える。
海に封印され保存された冷たくも優しいタイムカプセル。
人がいないのがとても恐ろしく不自然に感じられる光景。
だが、この温暖化世界では良く見慣れた光景だ。
青年はガードレールの汚れを乱暴に叩くと大きく背伸びをし、水筒を気を付けて助手席に投げ入れ、再び運転席に収まる。
「それじゃ、急ぐとしますか。」
『目的地は、4キロメートル先の交差点、あけぼ・・・』
「MUSIC」
僅かなタイムラグを置いて、お気に入りの音楽が流れ始めると同時に、青年は再び車を発進させた。
約4年ぶりの執筆。
まだ慣れてないですね。