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世界の寵児  作者: もち
大人と子どもの境界線
51/63

 体中が痛い。動けないので身の回りのことは全部やってもらっている。トイレすら一人で行けない。泣きたい。食べ物は果物やオートミールのほかに、生肉っぽいものがある。それを口移しで……。しかも飲み込むまで離してくれない。泣きたい。


「それ、やだ。おいしくない」


 嗄れた声が出る。自分の体なのに、自由になるところなんてないのだ。今の私には。


「これを食べると血が増えるらしい。出血が多くて心配なんだ」


 そうさせたのは誰だと思ってるんだ。困ってればいいんだ。そうだそうだ。

 口を閉じてぷいとそっぽを向いていると、今度はオートミールを入れられた。口移しじゃなくて、おさじでくれればいいのに。そう思ったけど、やりとりする気力もなくて大人しく飲み込んだ。

 あまり食欲なかったけど、強制的に食べさせられて、おなかがいっぱいだ。私をベッドに寝かせて、立ち上がると出て行こうとした。


「どこ、いくの?」

「これを外に出すだけだ。どこにも行かない」

「だめ」


 腕をようやく動かして、手招きする。これだけでもひどく疲れてしまう。でも離れていると不安で仕方がない。

 触れていて。つないでいて欲しい。どこかへ落ちてしまいそうだから。



 ぼんやりとベッドの上で何日か暮らして、ようやく出歩く許可が出た。久しぶりに庭を散歩する。爽やかで気持ちがいい。でもすぐ疲れてしまった。体力落ちてるなあ……。

 立ち止まってしゃがみこむ。昨日は雨が降っていたみたいで、地面が濡れていて座れない。草の上で寝転がったら気持ちよさそうなのにな。


「マリカ、具合が悪いのか?」

「ううん。ちょっと疲れたから休んでるの」


 よいしょと立ち上がって、伸びをする。


「体力つけないと駄目だね」

「疲れたなら私が」

「もー。私歩けなくなっちゃうよ」


 ヘルさんは心配性だ。普通に生活するくらいならもう大丈夫のに、いまだに何でもしてくれちゃうのだ。


「あ、鳥さんがいる」


 兵営で会ったエーリエーのひとだ。名前は知らない。今日の当番みたい。私が見たのに気が付いたのかこちらを見て、羽をばさばさしている。手を振るようなものだろうか。私も小さく手を振った。


「そうだ。マリカが寝込んでたとき、獲物を取ってきてくれたんだよ。部隊から見舞いだっていって。血を増やすらしいよ」

「そうだったんだ」


 あの生肉っぽいものは警護の人がとってきてくれてたらしい。あまり食べられなくて申し訳ないことをした。でも調理してくれればもう少し食べられたと思うんだ。こっちの人はワイルドだ。

 あんまり食べられなかったとはいえ、お見舞いをもらったらお礼はするべきだ。といっても、ありがとーと言うだけでいいものだろうか。


「お礼をしたいけど、何かないかな」

「見舞いなんだから、マリカが元気になったのがわかればそれがいいんじゃないか? 手紙でも書いたらどうだ」


 えー……。それだけでいいのかな。うーん。でも私にお返しを買うお金はないからなあ。


「そうする。お手本書いてね、私、自分で書くから」


 せめて自筆で頑張ろう。



「おみまい、ありがとう、ございます……すっかり、げんきに、なりました。マ、リ、カ」


 短いけど、こんなものかな。ヘルさんとクイさんにも見てもらって、ちゃんと読めると太鼓判をもらう。みようみまねで書いただけなので、綺麗にかけたかどうかまでは分からない。読めればいいんだ読めれば。

 最後に日本語で署名もつけて、書き上げたばかりの手紙を封筒にしまう。これを、いつも来てくれている警護の人に渡して、帰るときついでに持ってかえってもらうのだ。今日はもう遅いから、明日かな。


「でもすごいねー。野生の動物を狩で獲ってくるんでしょ。弓とか銃とか使うの?」

「マリカは狩に興味あるのか? 今度いくかい?

 この辺りの獣は小さくて手ごたえないけど、マリカにはちょうどいいかもね。どんな武器つかうんだ?」

「狩は久しぶりだな」

「最近訓練してないだろ。大丈夫なのか?」

「あたりまえだ」


 あの……行くとは言ってないんですが。目の前で動物が死ぬ様子は、あまり見たくない。


「どうだか。そうだ、手合わせしよう。まああたしが勝つと思うけど」

「うるさい。いつまでも勝てると思うな年増が」

「はははっ、あんた自分の勝率分かってるのか? よくそんな口が聞けるね。マリカに判定してもらおうよ、いいだろ、マリカ」

「は、はいっ!?」


 にらみ合って険悪な雰囲気。目立たないよう縮こまっていたのになんで私にふるんですか。


「私、そういうのはよくわからないから……狩とかもしたことないし、いいよ」

「よし、じゃあ明日ね」

「……いいだろう」


 いいよって違う意味ですよ。分かってて誤解した振りしてるのかな!?



 社には警備の人の詰め所がある。その近くに、体育館みたいなところがあって、そこで手合わせというのをするらしい。

 休憩中の警備の人もやってきて、覗き込んでいる。試合判定とか、私ではよくわからないので、見物している人たちを近くに呼び寄せた。といっても、遠慮しているのか、周りは人一人分くらい空いている。悲しい。


「従者の方の手合わせを見るのも久しぶりですね」

「二人とも、強いんですか?」

「従者ですからね。私たちもいますが、マリカ様をお守りできるように、いつも訓練していましたよ。時々うちの訓練所にも来ていました」

「クイグインネが勝つ方に賭ける」

「おれもクイグインネだな」


 私から見るとどちらも強そうなんだけど、クイさんの方が評価が高い模様。体の大きさはあまり変わらないし、いつも一緒にいてもどっちが強いかなんて考えたこともなかったけど。ああ、でもクイさんの方がもしかしたら力は強いのかも。触られるときの感触からして。

 二人とも動きやすそうな、ぴったりした服をきている。向かい合って、ぴりぴりした空気がこっちまで漂ってくるようだ。緊張してきた。目をそらした先に、茶色いわんこがいた。


「エルテさん」


 エルテさんは、柴犬に似たゲオルのひとだ。久しぶりにもふもふさせてもらえないだろうか。


「エルテさん、こっちどうぞ」


 手招きすると、寄って来てくれた。そして隣に座り込み、顎が私の頭上にのった。白い胸毛に顔が埋まる。ふわふわー。幸せ。ふーふーと上から音がする。匂いでもかがれてるんだろうか。ちょっと恥ずかしい。

 抱きついてすりすりしていると、段々私に体重がかかってきて、それを避けていったら押し倒されるような体勢になってしまった。でも毛皮に包まれるような感じで楽しい。

 すこし体を起こしたかと思ったらぺろんぺろんと、舌が伸びてきて顔中がヨダレでべったべたになってきた。首とか舐められるとくすぐったい。


「そこはだめだよー」

「マリカさまあ……」


 体全体ですりすりされて、じゃれているうちに、興奮してきたのか動きが激しくなってきた。流石にちょっと重い。苦しい。


「お、おもい」


 辛くなってきたところで、うめくと、エルテさんが引き剥がされた。警備の人が慌てている。


「うぐ」

「エルテ、何やってんだ!」

「大丈夫ですよ」


 体を起こすと、おなかの辺りがべったり濡れていた。……興奮しすぎておもらし? うわあ。こういうときはどうしたらいいの。そっとしておくべき?


 そのあとはちょっとした騒ぎになった。手合わせどころじゃないです。ヘルさんがその場で私の服をはぐものだから皆さんに裸を見られるし……。たとえ汚れてても裸よりマシだと思うんです。



 お風呂で綺麗に洗ってもらって、服を着替える。

 洗ってもらってるときのヘルさんすごかった。鬼気迫る表情ってこういうのをいうのだろう。あ、お風呂はね、あれしていろいろあって動けなかったりしたのでね。それからずっと一緒に入ってるんですよ。いまさらですよ。


「あんまり怒らないであげてね」


 私も一応偉い?重要人物?なので、それにむかって粗相してしまったわけで、エルテさん怒られてるだろうなあ。しょんぼりしたわんこがリアルに想像できる。きゅんとする。


「大丈夫だマリカ。始末はきちんとつける」


 こ、こわい……。ヘルさんはきっと犬嫌いなんだな。


 応接間に行くと、隊長さんと……外のお庭に茶色いものが。エルテさんだ。なんであんなに遠いところにいるんだろう。隊長さんは土下座している。さっきのあれを謝ってるんだよね。土下座って世界共通だったのか。


「申し訳ありません。私の不行き届きでございます。どのようにでも処分してください」


 大事になってる。どうしよう。


「去勢してやる」

「そいつは除隊でいいんじゃないか。生理現象なんだし、そこまでしなくてもいいだろう。今日の監督官は謹慎だな」

「去勢」

「えっ、え、やめちゃうの?」


 あれくらいで? そうだよ、生理現象なんだよ。犬は興奮しすぎると粗相しちゃうって聞いたことあるよ。それなのに厳しすぎない?

 エルテさんは耳も尻尾もへたって伏せをしている。あまりにもしょんぼりしていて、胸が痛くなる。


「え、ああああ、わ、わたし! ちゃんとしつけもするし、おねがい! 捨てないで!」


 思わずそんなことを口走っていた。



 そんなわけで、エルテさんは私のペットになりました。もっふもふ。

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