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果物の盛り合わせを名前を聞きながら食べ、ついさっき知ったばかりの辞書機能を満喫し、知識欲求をも満たした私は、ずいぶんくつろいでいた。
「果物は好きなんだね、マリカ。食べられないものはあるのかな」
ヘルさんの口調もすっかりくつろいでいる。仲良くなれた気がする。
あの恐ろしげな牙に惑わされてしまったが、体の大きさをのぞけば、そもそも悪い印象ではなかったのだ。たれ目で、笑うと目元に皺が寄って気のいいおじさんといった風だし、鷹揚な気配を漂わせている。もしかしたら偉い人なのかもしれない。そんな人を躓かせたままでいいんだろうか。
「ヘルさんは何をする人なの?」
「私はマリカの一の従者だ。仕え、守るためにいる」
べたべたになった口元を濡れた布でぬぐってくれた。なんてかいがいしい。従者といわれても私にその価値はあるのか。
「私は何も持ってない。こんな風によくしてもらってるのはどうして」
「マリカはこの世界の宝。宝は大事にするものだろう」
「私は人間だよ、宝じゃない」
私はうつむき、目を閉じ、大きく頭を振った。
私が聞きたいのは、そんなことじゃない。もどかしい思いだけが胸にあって、言葉にならない。
「私たちはマリカ達のことを世界の寵児と呼んでいる。
記録に残っている最初のものは、1800年ほど前だ。ある場所にあつまった力の塊から生まれるようにやってきたのは、今まで見たこともないような生き物だった。その生き物は世界を去るとき、力を残していった。それがマナだ。マリカがつけている髪飾りにも使われている」
ヘルさんは手を伸ばしてきて、翻訳カチューシャをそっとなでた。そのまま指で私の髪の毛をくるりくるりと巻いて遊ぶ。
ヘルさんはゆっくりと話した。
「それからずっと、やってきては去っていくのを繰り返した。時間をかけて彼らのことを知っていった。この世界とはつながっていない地からやってくることも、しばらくはわからなかった。まだわかっていないことも多い。
後悔したことはたくさんある。でもその中から、私たちは多くを学んだ。マリカたちが幸せでいてくれると、私たちも幸せだということを知ったのは大きな収穫だった」
なんだか先ほども聞いた様な気がする言葉が出てきた。どれだけ歩いても私のいた場所には戻れないということを言っていたんだろう。異世界ということだ。
「マリカは大地が私たちに与えられた試練と恵み。
いつかこの地を去るときまで、私たちは出来うる限りの幸福を捧げよう」
ヘルさんは笑った。やっぱり牙が見えたけど、もうおびえたりはしない。
「生まれてきてくれてうれしいよ、マリカ」
私の両手は持ち上げられ、彼の両手に包まれた。大事な宝物をしまっておくかのように。