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世界の寵児  作者: もち
私が生まれた日
4/63

 それは甘酸っぱくて塩気のある、イオン飲料の味だった。

 私は動揺をひたすら抑え、まずは飲み物を受け取った。のどが渇いているのは確かで、変な意地を張っていても仕方がない。ごくごくと飲み干すと、果物を楊枝ごと手渡された。よかった、あーんとかされなくて本当によかった。

 彼の手にあった時はなんとも思わなかったが、果物も楊枝も大きい。少し小さめのバナナに黒文字が刺さっているといった様子だ。持つとその重さに指がプルプル震える。私の指はいつからこんなにひ弱になったんだろう。一口かじると、洋ナシの味がした。美味しい。

 食べきって彼を見ると、お皿にきれいに飾り付けられた果物の盛り合わせを私に向かって差し出していた。なんだろう、餌付けでもされてるんだろうか。

 私はそれには手をつけず、ぱちぱちと瞬きをしてから彼に話しかけた。


「あのー……なにがどうなってるんですか?」


 あまりおしゃべりではないらしい彼と、心の会話だけは姦しい私の、口下手同士のもどかしい会話が始まった。


「そうですね……。なんとお呼びすればよいか伺ってもよろしいでしょうか」


 始まった早々くじけそうです。なんて物々しい。

 でも、自分が名乗ってすらいなかったことに驚いた。お風呂にすら一緒に入っておいて……いやそれはもう忘れた。忘れたんだ。


「高橋万理歌です。万理歌って呼んで下さい。

 あの、あの、なんだか色々……してくださってありがとうございました」


 そうだ、本当に色々してくれた。望んでないようなこともあったけど、親切ではあった。お礼もしていなかった。なんたる無礼者か。


「マリカ……マリカ。歌の響きがありますね。美しい名前だ」


 思わずぎょっとした。名前の意味を理解しているようなことにも、口説かれているかのようなその言葉にも。


「万理歌は、よろずの、ことわりの、うた、という字を書くんです。なんで歌、わかるんですか?」

「マリカのいたところでは名前に深い意味をつけるのですね。

 先ほど言葉がわかるようにとお付けしたその頭飾りが、翻訳したのでしょう。よろずのことわり、というのは翻訳しづらい概念のようですから、あまり伝わってきませんでした」


 ここにはなにやらすごく高性能で便利な翻訳機があるようだ。頭につけられたカチューシャをなでた。これがあれば外国でも困らない。英語に苦しむ私からすればすばらしいの一言だ。


「ケケテルはお気に召しませんでしたか」

「ケケテル?」

「はい。ケケテルです」


 なんだケケテルって。ケケテル……。

 ……桃っぽい……果物? さっき食べた洋ナシ風味の。

 あれ……なんでわかるんだろう。


「強く思えば知識を取り出すこともできます。ご活用ください」


 翻訳カチューシャは辞書機能搭載だった。何冊分もの辞書がこれひとつに、が売り文句の電子辞書が欲しくて仕方なかった私にはまさに夢の道具だ。


「すごい……」


 興奮して体が熱くなる。そんな私を、紫の瞳が優しく見つめていた。

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