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世界の寵児  作者: もち
出会い、はじまり
38/63

ヘルベルクラン 1

ヘルベルクラン視点です。

 会わせたくない。緊張に体を硬くしているマリカをみて、小さくため息をつく。今日は担当の役人が社にやってきたのだ。会わせないというわけには行かないが……会わせたくない。

 今日もマリカは可愛らしい。濃い紫の服の裾から乳白色の肌がちらちらとのぞいて思わず嘗め尽くしたくなる艶やかさだ。この愛くるしいマリカを舐めるように見られるのかと思うとやつらの目をつぶし舌を引き抜いてやりたい。


「本日の面会者、ウイヴイエルイとキュジィギュジィクランの2名です」


 無駄に色気を振りまく年嵩の男に、どこかで見たような地味な眼鏡の若い男だ。なぜこんなやつらに私のマリカを見せなければいけないのか。とっとと名乗りだけ終わらせて出て行け。


「はじめまして、マリカ様。ウイヴイエルイでございます。聞き及んでおりましたとおり、大変愛くるしいお方で、こうして出会えました幸運に胸が高鳴っております」

「万理歌です。あの、様とかはいいので……よろしくお願いします」


 マリカの頭がふらふらと動く。色目を使ってくる男に対してまで丁寧に声をかける。調子に乗るからそんなことしなくてもいいんだ。声などかけず聞いてやるだけでいいじゃないか。しかしマリカは優しいので、それでは気がすまないようだ。

 せっかくマリカが声をかけてやったというのに、ウイヴイエルイは返事をしない。マリカが心配げにおろおろし始めたではないか。まったく何をしているんだこの男は。ようやく顔を上げたと思えばマリカの可愛らしい声を褒め、歌って欲しいなどとあつかましいことを言い出した。こいつの耳をそぎとってやりたい。


「あの、おじ様? 私、そういうのは……」


 おじさま!? こんな不愉快極まりないじじいに様などつけなくていい。マリカがやんわりとではあるが拒否をしているのをいいことに、私からも一言言ってやった。

 私たち従者は、マリカのやりたいことを妨げない。マリカが望んでいることなら、私は何もいえないのだ。しかし、マリカ自身が嫌がっているのであれば私にも手助けができる。マリカは優しいものだから、人を退けるのが苦手なようだ。それもまたマリカの可愛いところではあるが、その性格ゆえにいいように扱われるようなことがあってはならない。

 ウイヴイエルイは不満を口にしていたが、私はマリカを守らなければならないのだ。お前の不満など知ったことか。


「キュジィギュジィクランをこの社付きにいたしました。どうぞ存分にお使いください」


 若い男の名前を聞いて、興味を覚える。私と同じ、クランの名がついているからだ。そういえば、髪の色も紫で私に近い色をしている。あまりに地味で平凡な顔なためにどこであったか思い出せないが、なんとなく見覚えがある気がするので親戚かもしれない。


 報告を兼ねて話があるとのことで、私を指名してきたので不承不承ではあるが執務室へ招き入れる。そろそろマリカの昼の食事時間だ。軽めの食事をかごに詰め、外に布を敷いて食べるのが最近気に入ってるようだ。私はマリカが食事をしているところを見るのが大好きだ。口元の汚れを舐め取ると照れてもじもじと体をゆするのがお約束だ。綺麗に食べられないのが子どものようで恥ずかしいという。汚れを取るなんてマリカを舐めたいがための言い訳に過ぎないというのに真面目に受け取るそんな可愛いマリカの食事の世話をなぜクイグインネにやらせなければいけないのか。


「おや……。マリカはあそこで何をしていらっしゃるのです?」


 執務室の窓から、庭でクイグインネと二人で座っているのが見える。


「マリカは昼も食事を必要とする。ああやって外で食べるのが好きなようだ」

「ああ、確かに報告書にかかれていましたね。あれだけ小さければ食事の量も少ないのでしょうね。小鳥のように。

 ところで 今日の夕食はご一緒させていただけるのでしょうね」

「ことわ」

「従者殿、マリカの言葉も聞かずに決めるおつもりですか」

「……わかった、後で返事をしよう」


 断ろうとしたが、それをさえぎられた。マリカに聞けばいいというに決まっている。それをわかっていっているのだろう。腹の立つ男だ。

 とっとと話とやらを終わらせてこいつから離れたい。キュジィギュジィクランをみると、まだ窓からマリカの様子をのぞいていた。眼鏡に指をそえてまじまじと。お前の視線で穢される。やめろ。


「キュジィギュジィクランは従者殿の甥だと聞いています。まったく見知らぬものより話やすいでしょう。よろしくお願いしますよ」

「……甥? カリナガリナの子供か?」


 クランの名を持つ私の兄弟といえばカリナガリナしかいない。あの姉は押しの強い女だが、この眼鏡はずいぶんと大人しそうで似ていない。甥などいたなと思い出したが、目の前の男であったかは……言われてみればそうかもしれないといった程度の記憶だ。


「キュジィギュジィクランから社の様子を報告させますから、どこか出かけるときにはできれば連れて行ってください」

「わかった」


 自分で報告書を書いていてはマリカと過ごす時間がそれでだけ減ってしまう。仕方がないだろう。後で報告の範囲を詳しく取り決めなければ。あまりべらべらと書かれて、マリカの様子をだれかれなしに知られるのは嫌だ。



 案の定マリカは目障りな役人共との食事を了承した。


「さっき会ったおじ様と眼鏡のひとだよね。一緒にごはん食べるの?」

「断ってもかまわないんだよ」

「ううん、いいよー」


 むしろ断って欲しかった。


「あ、でも、人と食べるときって何か食べ方に気をつけなきゃいけない?」

「いつもの通りで大丈夫だ」

「いつもの……は、駄目じゃないかなあ……」


 首をかしげて困ったような表情を浮かべる。問題ない。私がいつものように食べさせる。



 なるべく離れた場所に二人を座らせる。マリカの口へ、せっせと食事を運ぶ。ただでさえ小さな体を縮こまらせて、恥ずかしそうに咀嚼している様子はもう誰にも見せたくない。クイグインネの雑な給仕が気になる。そんな大きな塊ではマリカの小さな口には入らないだろう。


「いつもそのようにして召し上がっているのですか?」


 マリカに食事をさせることに集中しすぎていた。ウイヴイエルイがマリカを物欲しげに見ている。


「従者のお二人が本当にうらやましい。今日だけなのですから、私にその場所を譲ってくれますね?」


 駄目に決まっている。私のマリカをいやらしい目つきでみるようなやつを側に寄せたくはない。マリカも頭を振り、体をこわばらせていて、拒否しているのがわかる。

 それにも関わらずじわじわと近づいてくる。マリカをおびえさせて何様か。見かねたの部下にまでいさめられている。様を見ろ。


「お、おじ様……あの、あの、あ、」


 声を震わせながら気丈にもマリカが


「あーん」


 ………………。マリカ……私だってしてもらったことがないのに……何故? 何故そんな男に食べさせてやったりするのか。

 マリカの細くて小さな指が男の口に……なにやってるんだしね。もちろんすぐに引き抜いて洗った。その間もマリカに近づこうとする。なにするきだしね。殴りつけてやったがそれでもしつこく言い募ってくる。なんでもいいからしね。

 マリカに激しく拒否されて、ようやく、離れていった。

 あんな変質者までよってきてしまうとはマリカが可愛すぎるのがいけない。私がしっかり守ってやらなくては。


 さっさと食事を終えて部屋に引っ込む。


「マリカ、あんなことしてはいけない。私だってしてもらったことがないのに、私にだけやっていれば良いんだ」


 あの男がよほど怖かったのか涙を浮かべてこくこくと頭を上下に振る。わかってもらえたようで、すこし安心する。


「ウイヴイエルイに奉仕しなくていいんだよ。ちゃんと主としての自覚を持ちな。つけあがるだけなんだからね」


 そのとおりだ。たまにはクイグインネもいいことを言う。


 マリカが風呂に連れて行き、上がるまでに少し用事を済ませようと廊下を進んでいると、酒瓶を抱えたシイジイマールナに出会った。


「それはどうした」

「あ~お客さんに出そうとおもってぇ。久しぶりに都の人と会って皆お話したいっていうんだもん~。いいでしょぉ?」

「……いらないだろう」

「ヘルベルはマリカ様にべったりで忙しくてそれどころじゃないんだろうけどぉ~、外から人が来るなんて珍しいんだからぁ~」


 怒った顔で、責めるように言われてしまう。確かに人が来ることはすくないのだ。村にだってそう気軽に行けるわけではない。召使達が浮かれて話を聞きたいと思うのも当然なのかもしれない。酒を出す必要はないと思うが……強く反対するほどではない。


「わかったわかった。ほどほどにな」

「はぁい。……ねえ、ヘルベルぅ? また遊びましょーね?」

「……ああ」


 マリカが生まれた今、遊ぶ気にはなれないが、この女とはそれなりに深い付き合いだ。気は進まないが、頷いておく。

 シイジイマールナは笑顔で去っていった。


 立ち話などをしていたために用事を済ませたときにはもうマリカは風呂を上がり、寝室へいっていた。クイグインネと寝台に上がって、本を手になにやら楽しそうに会話している。私は楽しくない。

 クイグインネを手招きし、寝台からできるだけ離す。


「なんだ?」

「今日来た二人と、召使達が酒を飲んでいるらしい」

「ふーん。まあいいんじゃないか?」

「クイグインネも行って来たらどうだ」

「あたしは酒は飲まないよ。ヘルベルクランがいけばいいだろう」


 不機嫌そうに手を払って私を追い出そうとする。私がお前を追い出したいんだ。大体なんだ、最近マリカにべたべたべたべたと。お前そんなに興味なかっただろう。いまいましい。


「私がここにいるからクイグインネは休んでいい」

「は、余計だよ。今日はあたしが添い寝するから女のところでも行ってきな」

「添い寝は私の役目だろう」

「いつそんなこと決めたんだ。まあいいよ。マリカが寝るとき呼ぶからあんたはそれまで他の仕事でもしてな」


 そう言うといそいそと天幕をくぐり、マリカの隣に座るのが透けて見えた。


「お話終わったの?」

「ああ。次はどんなのを読みたい?」

「これの続きってでてないのかなあ。続きが気になる~」

「へえ、そういうのが好きなのか。やっぱり若い子だねえ」


 楽しそうに本の話をしているのをみて、疎外感を感じる。クイグインネの頭をつぶしたくなるのを必死で抑えた。今度私もなにかマリカの好みそうな本を見繕おう。



 遅すぎる。いつもならとっくにマリカが寝ている時間になっても呼ばれない。様子を見るため寝室へ行くと、煌々と明かりをつけたまま二人で眠り込んでいた。クイグインネだけをたたき起こす。


「あー……何だよもう。このまま寝かせてくれりゃいいのに」

「さっさとでていけ」

「はいはい」


 睨みつけてやったがまったく気にすることもなく部屋を出て行った。可愛げのない女だ。

 明かりを消して、マリカの隣に寝転ぶ。マリカは薄く唇を開け、涎をたらして幸せそうな寝顔をしている。それはもう愛らしい寝顔だが、私がいてもいなくてもこうして安らかに眠れるのかと思うとモヤモヤとした言い様のない気持ちになる。ずっと側にいて欲しいといっていたのに、もう私はいらないのだろうか。私でなくてもかまわないのか。胸に澱がたまっていくようだ。

 閉じ込めて、誰にも渡さずにいられれば。それができればどんなにかいいだろう。このまま鎖でつないでしまおうか。


 ……駄目だ。マリカは私を優しいから好きだと言う。マリカの期待にはこたえたい。不安な様子がなくなってきたのはいいことだ。こちらに慣れてきたからだ。私が必要とされていないからではない。目を閉じたがなかなか眠ることはできなかった。



 ようやく夜が明けた。ウイヴイエルイが呼んでいると通信が入り、眠るマリカをおいて、部屋を抜け出す。マリカを置いていくのは心配だったが、昨夜のことを思い出してそのままにした。私がいなくても大丈夫だろう……。


「昨夜は皆さんに歓迎していただいてありがとうございます」


 うさんくさくも笑顔を浮かべてウイヴイエルイは言う。そんなことを言うために私をわざわざ呼び出したのか。


「このように都からも遠く不便なのではないかと思っておりましたが、マリカも問題なく過ごせているようで安心しました。

 都に来ていただければもっと楽しく過ごしていただけるのではないかと思いましたが」


 なるほど。マリカを都に住まわせたいのか。確かにその方が便利ではあるだろう。しかし多数の目に触れるようなところにはなるべく行きたくはない。


「マリカが望むならどこへでも行こう」


 望みは何でもかなえよう。だから私だけのマリカでいてほしい。


 くだらない話を聞かされていると、寝室の警護員から通信が入る。マリカが泣いていると言う。すぐに向かった。


 寝室の扉が開いていて、警備員がマリカの体を触っている。殺意が沸いた。


「マリカ」


 声をかけると涙をぼたぼたとこぼしながらしがみついてくる。


「……へるさん……どこいって、わたし……いないって、さがしたのにっ、うそつき」


 求められている。私がいなくては、駄目なのだ。私はそれに歓喜する。泣きながら私を募る様子も愛しい。涙を舐め取る。次から次と溢れて、間に合わずにこぼれてしまう。もったいない。

 抱きしめて謝罪の言葉を繰り返す。ぞわぞわと背を這うのは快感だ。マリカには私が必要だ。責められているというのに、それさえも嬉しいと思う。笑みが浮かんでとまらない。


「どこいってた、の?」

「ウイヴイエルイたちと話を少し。もういいんだ。

 着替える? それとも今日は寝台で過ごそうか」


 落ち着いてきてしまった。残念だ。いつまでも求められていたい。答える私の声も、自分でもそうとわかるほど甘ったるい。こんな声が出せたのか。

 着替えてウイヴイエルイを見送るという。あの男のことなどまったく気にする必要ないというのに、マリカは気を回しすぎるのではないか。変質者が調子に乗ってしまう。


「ごめんね、おかしいよね……ヘルさんだってやることいっぱいあるのに。大騒ぎして、恥ずかしい」


 小さな声でマリカが謝罪の言葉を口にする。


「いいんだ、マリカ。離れた私が悪い」

「あんまり甘やかすとわがままになっちゃうよ、困るよ」


 まったく困らない。私に甘えてくれるなら。顔を赤くして、唇を尖らせている。可愛すぎる。


「可愛い、マリカ」


 口付けて、開いた唇に舌を押し込む。しびれるような感覚がとまらない。しかも私にしがみついてもっと、と口付けをねだられているようだ。……興奮する。

 口の中を嘗め回しているとされるがままだったマリカの舌が動いて私の方へやってくる。これは、このままいたしても問題ないな。うん、問題ない。


 ああ、このびーびーと煩い通信具をつぶしてしまいたい。



 恥らう様も愛くるしい。


「早くしないといっちゃう……」

「いいよ」

「だ、だめだよ、そんなの」


 顔を綺麗に拭いて、服を着替えさせる。見送らないと、とマリカがいうので仕方なくだ。一日中寝台の上で過ごす予定はマリカによって却下された。非常に残念だが少し興奮しすぎている。あいつの不愉快な顔見ればいやでも醒めるだろう。


 案の定だった。私のマリカの手に触れる。クイグインネもべたべたと。

 しかし私はいま非常に機嫌がいい。マリカが求めたのは私だ。あいつらの指をつぶしてやりたいと思うだけに留めて、見送りを済ませた。さっさとでていけ。

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