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飛行艇が着陸し、ホテルに向かうために浮遊艇に乗り込む。外からのぞけないように窓が黒くなっている。でも、びくびくしていたわりに、記者さんに待ち構えられるといったこともなく、何の問題もなくホテルについた。
「誰もいなかったですね」
「ええ。急な予定ですとなかなか行き渡らないところもありますが、できる限りマリカを煩わせるようなことはないようにいたしましょう」
「はい。あの……はい。でも、私、少し考えたんですけど……必要なら、お話ちゃんとします。た、たいした話はできないんですけど!
で、でも、あの、知らないところで、写真取ったりとか、勝手に書かれたりとか、そういうのがないようにしてもらえれば、ですけど。はい」
そう面白みのない人間であるところの私なので、まあ、寵児ってことで一時的に騒がれることがあっても、長続きしないと思うのだ。隠してると暴きたくなるってよく聞くし、取材を受けて、それ以外の無断取材はなしにできれば、その方がはやく収まるんじゃないかな。
「わかりました。許可を与えていない取材情報による記事を載せたものは処罰するということでよろしいでしょうか」
処罰とはまた厳しい言葉がでてきたけど、まあ、おおむねそれでいいような……。ヘルさんを見ると、にこっと笑顔を見せてくれた。反対ではないみたいだ。
「はい、それで、おねがいします……あの、でも……あんまりたくさんにならないようにしてもらえたら」
「許可を与える媒体は私たちに任せていただいてよろしいですか?」
「……はい。私じゃよくわからないし、よろしくお願いします」
「これから調整してまいります。マリカと過ごせる時間が減ってしまうのは残念ですが……夕にはまた伺います」
おじ様と、キューちゃんが部屋を出て行った。残ったのは、いつもの見慣れた人たちばかりで、ほっとして息を吐いた。
「つかれたよー」
クッションに顔を押し付けて寝転ぶ。クイさんが飲み物を用意してくれたので、受け取って飲み干す。
「……外は色々大変なんだね。もうおうちかえりたい」
「あんなに楽しみにしてたのに」
からかうようなくすくす笑いをされる。楽しみは早々に終わってしまったんですよ。クイさんの腕にしがみつく。
「もうクッキー、サフサフは食べられたしやりたいことなくなっちゃったんだもん。うろうろしたら駄目みたいだし、偉い人に会うの緊張してたのに取材も受けることになっちゃったし。何話したらいいのかなあ」
「マリカがやるって決めたんだろう。大丈夫だよ、マリカは可愛いんだから、皆好きになる」
「だって、そうした方がいいのかなって、おもったから……クイさんは、どう思う? 全部断ってもらったほうが良かった?」
「あたしはいい判断だと思ったよ。あの条件なら追い掛け回されることはなくなるだろう」
「……うん」
私が新聞に載るだなんて、思ってもみなかったことになって緊張する。
「どうした。まだ何か悩み事があるのかい?」
大丈夫なんとかなるなる。うん、いけるいける。
「ううん。平気。
あ、ヘルさん、どこ行ってたの?」
「新聞をもらってきた。社は情報が遅くて困る。少し考えないといけないな」
みると、本当に私の写真載ってる。勉強中のマリカ様と称された、眉間にしわを寄せて単語帳を見ている姿や、兵営に行ったときの熊さんの上に乗ったところまで撮られていた。キューちゃん……いつのまに撮ってたんだ。
ただ、提供された写真はそう多くはないようだ。どこの新聞も同じ写真を使っている。写真がなくて記事だけの時も多い。誰が書いてるんだろうコレ。私の好きな食べ物なんてどうでもいいじゃないか。
夕方、ホテルにやってきたおじ様とキューちゃんを出迎えた私は、まっさきに不満を唱えた。
「キューちゃん……隠し撮りなんてひどいです」
「申し訳ありません」
「禁止です」
「申し訳ありません」
「キューちゃん」
「申し訳ありません」
「申し訳ありませんか」
「申し訳ありません」
キューちゃんは、いつも真面目な顔をして、淡々としていて、それでいてちょっと変な人だ。いつまでも申し訳ありませんが続きそうだったので、切り上げて今後の予定を聞いた。
「明日は朝から長と長官達への会見を行います。その後、夕方に合同記者会見を予定しています夕食をウイヴイエルイさんがご一緒したいということで無理やり予定をねじ込まれました。断ってください」
スケジュールぎっちりだ。いままでののんびりとした生活からは考えもつかない。
「昼までには質問の一覧を用意します。今回はそれに答えていただく形になりますのでよろしくお願いします。あさっては各国の使節団との面会と会食、合間に写真撮影と個別の取材を3件。それから……」
ぼんやりとキューちゃんの話を聞いていた。敏腕マネージャーのようですなあ……。滞在は5日の予定で、はじめに聞いていたのは、もっと、こう、ノンビリしたものだったんですけど……。おでかけだっていいっていわれてたのに。ヘルさんが家族に会わせてくれるって言ってたんだけど、それもこの様子だとなしなのかなあ。ちなみに、クイさんの家族は都には住んでいないということで、今回会う予定はない。実は結婚していた?そうで、別れた?旦那さんとの間にお子さんが一人いるらしい。はてなばかりなのは、ここの結婚制度がよくわからないから。頼まれて子どもを産んだだけって言ってたけど、契約結婚?で従者になるまでは一緒に暮らしてたらしい……。
「あと、今からになりますが……内々にということで長が会食を希望しています」
「ついたばかりだぞ。今日くらいはゆっくりさせたい。大体明日も会うだろう」
「明日は長官たちもいるので、その前にのんびりいちゃいちゃしたいとのことです」
「……断れ」
「私はマリカ様に聞いているんです」
「え、な、なにかな?」
ぼんやりしていてよく聞いていなかった。
「これから長が夕食を共にしたいと希望しています。いかがなさいますか?」
「はい? も、もちろんかまいません!」
偉い人の希望にはできるだけ沿うべきだろう。長いものには巻かれるんだ。
「それではマリカ、お召し替えを。私が選ばせていただきました。お手伝いさせてくださいますね」
服を手に、笑顔のおじ様がにじり寄ってきた。着替えはいいけどお手伝いはお断りしたい。
ヘルさんとおじ様が殴りあっている気がするけど見えないことにする。服だけありがたく頂いて、クイさんと一緒に奥にひっこむ。
水色の柔らかいてろんてろんとした素材の袖のないワンピースに、レースのボレロをはおる。足にはぺったんこのサンダル。なんだか妖精みたい。ひらひらしてて可愛い。
ぐるぐる巻くいつもの服より、ずいぶん楽な着心地だ。こういう服もあるんだなあ。
「いいんじゃないか?」
「可愛い服だね。おじ様にお礼言わないと」
「そうしな。きっと喜ぶよ」
部屋を出ると、もう殴り合いは終わっていた。よかった。
「ウイブイエルイ様、とっても可愛い服、選んでくれてありがとうございます」
「喜んでいただけて嬉しく思います。よくお似合いですよ」
その場でくるりと回ると、ひらひらとスカートのすそが翻る。
「ヘルさん、ヘルさん、どう?」
「……マリカ、少し……はしたなくはないか?」
「そう、なの? クイさんはいいって言ってたけど……こういうのは駄目だった?」
ヘルさんは険しい顔をしていて、ちょっと落ち込む。クイさんが普段着てる服に比べたら、露出は少ない位なのに。腕は出てるけど、ボレロでかなり隠れてるし。膝が見えそうなのが駄目なのかな。
手招きされたので近づくと、しばらくすそを引っ張ったりしていたけど、あきらめたのかため息をついた。泣きたい。
「可愛らしすぎる駄目だ誘ってるのかこんなに透けていやらしくはないか腕も足もこんなに見せて胸元も開きすぎだろう」
これでは娘の着る服になんでもケチをつけるお父さんだ。
「だ、大丈夫じゃないかなあ?」
「従者殿、私の見立てに何かご不満が」
「マリカが愛らしすぎるという点以外すべて不満だ私が選べばよかった」
「それほどご不満であれば見なければよろしい。さ、私が付き添いますから、お手をどうぞ」
ヘルさんは私に向かって伸ばされたおじ様の手を払う。ああ、今度はにらみ合ってる……。
「放っておきな。行こう、マリカ」
「うん」
「それではこちらへ」
ヘルさんもおじ様もすぐにこっちにやってきたけど、さっきから衝突してばかりだ。はらはらしてしまうので仲良くして欲しい。
長さんは、青い長い髪のおじいさんだった。いや、おじいさんってほどではないのかなあ……。ごつごつと骨ばっていて皺深い。威厳を感じるような気がする。
足の間にすっぽりと納められて、頭から腕をなでなでされている。
「やわらかいなぁ。かあいらしいなぁ」
やっぱり威厳はなかった。孫にデレデレのおじいちゃんだ。
他にも偉い人がきていて、皆さんになでられまくったけど頑張りました。こっちの人って容赦なく体中触るので、ちょっとゾゾーっとすることもあるけど……うん、よく耐えた。頑張った。偉い人に失礼があったらいけないよね。
非常に疲れたので、部屋に戻った後は寝るまでヘルさんに甘えたおした。