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兵営に出かけることになった。従者の二人に、お役人さんに、警護の人がたくさんという大所帯だ。こんな大層なことになってしまうとやらなきゃよかったと後悔でいっぱいになるが、ここでくじけてはいられない。楽しい異世界ライフにお出掛けは必須だ。出かけるのに慣れればそのうちに一人でうろうろが許されるようにだってなるかもしれない。こんなのは最初だけに違いない。頑張ろう。気をしっかり持て。
浮遊艇に乗り込み、クイさんの運転で出かける。他の同乗者はヘルさんと警護の人が一人だ。前と後ろに警護の人とお役人さんが乗った浮遊挺がついている。
だだっ広い草原を走る。あまり代わり映えのしない景色が続いてるんだけど、日本じゃなかなか見られない風景なのもあって、時々警護の人にこれから行く場所の事を聞いたりしつつ、外を眺めていた。
……兵営というのはなかなかすごいところだ。たくさんの人がぴしっと並んでいて、私を出迎えてくれた。皆さん大層大きくて、がっちりしている。ただでさえ大きいというのに、さらに大きい人が集められているようだ。意外に女性が多い。シムクイエの人は体格に男女差が少ないみたいなので、兵隊さんも男女問わずなのかもしれない。あとは、何人か獣姿の人がいた。本で見たときは犬っぽい感じだったんだけど、そういった姿ばかりではないようだ。熊そっくりの人がいた。こわかわいい。相撲したい。無理か。圧倒的な差をつけて負ける。
「こんにちは……いつもありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
視線がびしびし突き刺さる中、あいさつをした。思わず90度のお辞儀をしてしまった。っていうか、どうしたらいいのかな。普段はできないからちょっとお話してみたりしたかったんだけどな。こんなにかしこまられるとちょっと困る。でも兵隊さんってこういうものなのかな。
中年のおじさんがこちらにやってくる。
「お越しいただきありがとうございます。むさくるしいところで恐縮です。部隊長のテルデルミヤナです。よろしくお見知りおきください」
「マリカです。こちらこそよろしくおねがいします……」
両手を差し出してきたので、私も両手で握手をする。握手というより指をつかんだって感じですけど。ああしかし驚いた。この人女の人だ。おじさんとか思ってごめんなさい。いやでも胸もないけど、髪が刈り上げで超短髪で、背も大きいしごっついし……。声は女の人……だとおもうけどもう自信がない。
「本日は見学をご希望と伺っております。私が案内を勤めさせていただきます」
見学ということになってるのか。まあそれでもいいか。
「ここにいる方たちで、全員なんですか?」
「そうですね。他には社に残した分と、見張りが何人かおりますが、それ以外は皆集まっております。お会いできるのを楽しみにしておりました」
「……あの、獣姿のひともいるんですね」
獣姿、のところは失礼かもとおもって小さな声になった。なんていう種族だったっけ。覚えにくいとか言わずにちゃんと覚えておけばよかった。これからは覚えるようにがんばろう。
「ゲオルですね。呼びましょうか。
エルテ、ユオー、マリベナ、ここへ」
狼さんが二人と熊さんが一人やってきた。青い人たちより背が低いけど、私よりは当たり前のように大きい。皆さん二足歩行だ。ズボンに靴を履いている。かわいい、でっかくて怖いけどかわいい。もっふもふ。耳とか尻尾とかおなかとかさわりたい。うちはマンションでペット不可だったから、動物を飼ったことがない。もふもふを触ることに憧れがある。こっちではお願いすれば飼えそうだけどお世話を誰がするのか。私自身をお世話してもらってる状況ではだめだな。とにかくもふもふしてみたい。
「はじめて見ました……や、社にもきていたんでしょうか。私気が付かなくて」
「警護は何組にも分かれてやっていますから、そのうちお目にすることもあったかと思いますよ」
狼さんがしゃべったあああ! 低いけど、男女がわからない響きのいい声。
「お名前は?」
「ユオーと申します」
もう一人の狼さんがエルテさんで、熊さんはマリベナさんだった。獣の人は短くて割りに覚えやすい名前をしている。
「さ、さわっ、さわってもいいですか」
意を決してお願いしてみる。駄目かな駄目かな失礼かな。
ユオーさんはチラチラっと辺りを見回して、口をにーっと大きく広げた。
「どうぞ、ご存分に」
抱きついた。胸の毛がふっかふかです。ユオーさんはグレーの綺麗な毛並みの狼さんだ。いい匂いがする。腕を背中に回して、思う存分撫で回した。背中の毛はやや固め。
次は茶色と白の毛色の狼さんに突撃した。ちょっと柴犬っぽい。背伸びして頭をなでる。ぴこんとたった耳を揉んでみる。耳が向きを変えるのがおもしろい。
あとは熊さん。熊さんすごい肉球すごい。背中に回って抱きつくと、すこし前に体をかがめてくれたので、背中に乗るような感じになった。なにこれーリアル金太郎さん。乗り回したい。ブイブイいわせたい。
ひとしきり触ったので、離れて、顔を上げてあたりと見回すと……クイさんが口を押さえてぷるぷる震えて笑っていた。うん、これはなんか予想ができたよ。ヘルさんが泣いてるのは予想ができなかったな。
「ど、どうしたの……?」
側によって腕をちょいちょいと触ると、ぎゅーとしがみついてきたので、腕をとんとん叩いて慰めた。
引きこもりな私が他の人と交流できてるのを見て感動したとか? ヘルさんって過保護で心配性だからありうる気がする。……違うか。なんだろう。
「大丈夫だよ」
顔に口を寄せて、私がいつもされてるみたいにこぼれた涙を舐めた。あれ、しょっぱくない。無味無臭で水みたい。そういえば、前、涙に味がついてるとか言われたような。
「マリカ様。ここは社ではありませんよ」
眼鏡さんに淡々と言われた。そうでした。たくさんの人に見られているんでした。気が抜けすぎてるなあ。気をつけよう。赤くなった顔を隠すように、深くベールをかぶった。邪魔だと思ってたけど便利だ。
ヘルさんに抱きかかえられ、隊長さんに案内されて辺りを見て回った。抱きかかえられているのは、もちろん私の歩くのがものすごい遅いから……? 足の長さが違いすぎて困る。
訓練所に、寝泊りするところ、食堂、娯楽室、浮遊艇のあるガレージなどがあり、かなりの広さだ。ガレという騎乗できる鳥がいた厩舎もある。ダチョウをものすごく頑丈そうにした感じ。もちろん、青い人が乗れるくらいなのでものすごくででっかい。小象くらいはありそう。
「今では儀式の時に乗るくらいですが、私たちは皆乗れるように訓練しています。
マリカ様も乗ってみますか?」
「うーん……ちょっと、怖いです。大きいので」
そのうち乗ってみたいけど、今は思い切れない。
「さっきはあんなに大胆でしたのに」
隊長さんが楽しそうにくすくすと笑う。こういうところをみると、柔らかい雰囲気でやっぱり女の人っぽいなあ。
獣の人たちは、こちらでは普通に人扱いな訳で。わかってはいてもちょっとペット感覚だったのは否定できない。そうでなければあんな風に触らないよね。落ち着いてくると、失礼だったかなとか考えてしまう。はしゃいでしまったのも恥ずかしいし。
「私のいたところには、ああいう人たちはいなかったから……つい珍しくて。気を悪くされたでしょうか……」
「いいえ。私もよく撫で回します。ユオーの毛並みは特に手触りがいいですね。本人も手入れに気を使っているようです」
なんだってー!
隊長さんも。もふもふし隊は世界共通か。
「通りで……ふわふわでしかもいい匂いがしました」
触っていいならもっと触りたい。帰る前にまた触ったり……駄目かな。お屋敷で会ったら頼んでみようかな。警護中は無理か。お仕事なわけだし。
お昼をだいぶ過ぎてしまったので、部屋をひとつ借りてお弁当を食べた。周りを大きい人に囲まれて一人で食べるのは大変居たたまれない。いくら朝夕とたくさん食べるからって途中でおなかが減らないんだろうか。この方々は。
「我々と変わらないものを食べていらっしゃるのですね」
お弁当をみて、隊長さんは意外そうに言った。今日のお弁当の中身はゆで卵に、ハムとサラダ、よくわからないもにゃっとした食べ物、カットフルーツになっている。
「そうだ。ここは他の種族がいるだろう。マリカが食べたがっていたごはんやパンというのに似たものを食べているかもしれない。話を聞きたい」
「先ほども会ったゲオルの三人とエーリエーが一人しかいないが、それでいいだろうか」
「かまわない」
ヘルさんが以前話していたことを覚えててくれたようで、隊長さんに四人を呼んでくれるように頼んでくれた。食べたい食べたい炭水化物。これがないと食べてもなんか物足りないんです。
さっきのもふもふトリオと、鳥人間さんがやってきた。鳥人間さんははじめてみた。さっきは別のところにいたんだろう。大きな羽を持っていて、背は他と比べると小さめ。とはいっても私より大きいけど、体は細い。くちばしがついてて、つるっとした肌に見える。羽の生えた河童っぽい。もちろん頭のお皿はない。頭にはふわふわしたヒヨコっぽい毛が生えている。
「おおっ、ちっちゃいですねー! 僕ちょうどよくないですかー? どうですかー?」
……はい? 腕というか羽でばっさばっさと私の肩を叩く。
「好みですっ、つがいになってくださうおっ! なにするんですかあぶないじゃないですかー」
「私のマリカにいいよるつもりかそのうっとおしい羽すべてむしってやる」
「申し訳ありませんよく言い聞かせておきますから」
隊長さんにけられそうになった鳥さんが、熊さんに後ろから羽交い絞めにされていた。ヘルさんの顔が怖い。
しばらく騒いでいたけど、落ち着いたところでパンやごはんの説明をしたら、鳥さんが羽をバサバサさせてアピールを始めた。
「そういうのしってますしってます! 僕、小さいころよく食べたなあー。故郷の味ってたまに食べたくなるんですよね。材料あれば作れますよ」
調理室で作ってもらったそれは、ふくらみの悪いホットケーキ、もしくは分厚いクレープ。
「ね、ね、どうですか? これでしょ? ペカプっていうんですけどー、久しぶりだなー」
鳥さんが喋りながらつまむのでどんどん減っていく。
「マリカ、これがパンなのか?」
「うーん。パンとは違うけど、これに似た食べ物あるよ」
食べるとほんのり甘くてモチモチしている。おやつによさそうな感じ。こういうお菓子系の食べ物ってこっちではでてこないんだよね。
「……美味しい。なんか懐かしいな……」
しんみりしながら食べていたが、鳥さんがうるさかった。あ、柴犬さんがくちばしふさいだ。
「フタフ粉を使った食べ物なら私も知っていますよ。サフサフといいまして、このように柔らかくはありませんが、日持ちしますし、甘くてこど……年若い者にも人気です」
熊さんが教えてくれたサフサフを翻訳カチューシャで辞書検索すると、どうもクッキーっぽい。たべたいーくっきーたべたいー!
お菓子あるじゃないか。甘いものって言ったら果物しかでてこないから、ないのかとあきらめていた。
「食べたいなあ。作り方は知ってますか?」
「……いえ、私はあまりそういうものは作りませんでしたので……。申し訳ありません。都に行けば、ゲオル料理の店もありますから、食べることもできるのではないでしょうか」
「都に行くのが楽しみになってきました。ありがとうございます」
ちなみに、自分で作るという選択肢は今のところない。だって料理なんてしたことがないのに、まともなものができるとは思えない。
用は済んだとばかりに出て行こうとした獣サン+1を、引き止めて三人にハグをした。鳥さんは……うん、ごめんね。あまりに騒がしくて苦手だ。
お屋敷に戻って、部屋でのんびり本を読んでいると、ヘルさんがくっついてきて言った。
「私にもゲオルのように毛があればよかったのに」
「……どうしたの、急に」
「あんなに楽しそうに抱きつくマリカは初めてだった。あの暑苦しい毛皮をうらやましいと思ったのは初めてだ」
「ヘルさんに毛皮……」
雪男を想像した。……ないですね。
「今のままのほうがいいよ」
抱きついてたのがうらやましいとのことだったので、首に腕を回してぎゅうっとした。そうしながらも、あの狼さんのもふっぷりは良かったなあなどと思い返していた。




