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いない。いないいないいない。
朝、起きたらヘルさんがいなかった。いつもは目が覚めるとすぐに、おはようっていってくれるのに。
「ヘルさん……?」
広い部屋、広いベッドに一人きり。怖い? 寂しい? 世界に一人取り残されたみたいで、不安に体が震える。ドアまで走って、開けようとするけどあんまり重くてびくともしない。たん、たんとドアを叩く。誰もいないの? 私一人?
「うぇええ……」
へたり込んで、涙が出るに任せる。いない、いないよ。ずっと側にいてくれるって、約束したのに。
「マリカ様、何かありましたか?」
ドアが開いて、警備の制服を着た人が顔をのぞかせた。いない、いないと騒ぎ立てる私に、困った顔をしている。戸惑いがちに、頭をなでて慰めてくれる。でも違う。私が欲しいのは。
「マリカ」
「……へるさん……どこいって、わたし……いないって、さがしたのにっ、うそつき」
「ひとりにしてわるかった」
「ほんとだよ、わるいよ、だめなんだから……だめなんだから」
すがりつくと抱き寄せられて、こぼれた涙を舐め取られる。私は壊れたおもちゃみたいに、同じ言葉ばかりを繰り返した。いなかった、だめ、どうして、うそつき。
なかなか涙が止まらなくて、舐められすぎてなんだか顔もふやけてきた気がする。
「どこぉ、どこいってた、の?」
「ウイヴイエルイたちと話を少し。もういいんだ。
着替える? それとも今日は寝台で過ごそうか」
「うん……きがえる。見送らないと、だめだよね」
「必要ない」
「んー、でも……これからお世話になる人なんでしょ?」
別に見送りに行かなきゃとそこまで思っているわけではない。落ち着いてくると、なんだか無性に恥ずかしくなってきたからだ。なんだかおかしいくらいに泣き喚いてしまった。寝起きに姿が見えないからって大騒ぎって、子どもじゃないんだから。大体、添い寝をされるたびに一人で寝れるよ、なんて言ってたというのに。こっちにきてから幼児退行してる気がする。
っていうか……呼び出しボタンだってあったんだけど……すっかり頭から抜けていた。落ち着いてそれ押せばよかっただけじゃないか。
「ごめんね、おかしいよね……ヘルさんだってやることいっぱいあるのに。大騒ぎして、恥ずかしい」
「いいんだ、マリカ。離れた私が悪い」
「あんまり甘やかすとわがままになっちゃうよ、困るよ」
「可愛い、マリカ」
分厚い舌が口に入ってくる。こうしていたら、ずっと離れずにいて、一緒だってわかるのにね。首に腕を回してしがみつく。舌を押し付けてみるけど、私のじゃ小さすぎて、牙を舐めるくらいしかできない。寂しい。
ヘルさんがよくこうするのは、私といつでも一緒につながっていたいと、思っているってことなんだろうか。そうだったら、いいのに。
見送るためにおじ様達のいる所へつくとすぐ、おじ様が私のところへ足早にやってきた。
「そのお顔はどうなさったのですか。腫れているではありませんか。目も赤くなって……」
おじ様が心配そうに顔を近づけてくる。顔を洗ってタオルで冷やしたりしたんだけど、泣いたことがバレバレで恥ずかしい。クイさんも隣にきて、頬を指で触る。
「大丈夫です……心配かけてしまって、ごめんなさい」
おじ様はじっと探るように私を見つめて、私の手を両手で包んで持ち上げる。そしてにっこりと微笑んだ。
「次お会いするときは都にお連れするときですね。そのときを楽しみにしております」
浮遊艇に乗り込み離れていくおじ様に、手を振る。ヘルさん達は不思議そうな顔をしていた。こっちではしないのかもしれない。




