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世界の寵児  作者: もち
出会い、はじまり
29/63

 いない。いないいないいない。

 朝、起きたらヘルさんがいなかった。いつもは目が覚めるとすぐに、おはようっていってくれるのに。


「ヘルさん……?」


 広い部屋、広いベッドに一人きり。怖い? 寂しい? 世界に一人取り残されたみたいで、不安に体が震える。ドアまで走って、開けようとするけどあんまり重くてびくともしない。たん、たんとドアを叩く。誰もいないの? 私一人?


「うぇええ……」


 へたり込んで、涙が出るに任せる。いない、いないよ。ずっと側にいてくれるって、約束したのに。


「マリカ様、何かありましたか?」


 ドアが開いて、警備の制服を着た人が顔をのぞかせた。いない、いないと騒ぎ立てる私に、困った顔をしている。戸惑いがちに、頭をなでて慰めてくれる。でも違う。私が欲しいのは。


「マリカ」

「……へるさん……どこいって、わたし……いないって、さがしたのにっ、うそつき」

「ひとりにしてわるかった」

「ほんとだよ、わるいよ、だめなんだから……だめなんだから」


 すがりつくと抱き寄せられて、こぼれた涙を舐め取られる。私は壊れたおもちゃみたいに、同じ言葉ばかりを繰り返した。いなかった、だめ、どうして、うそつき。

 なかなか涙が止まらなくて、舐められすぎてなんだか顔もふやけてきた気がする。


「どこぉ、どこいってた、の?」

「ウイヴイエルイたちと話を少し。もういいんだ。

 着替える? それとも今日は寝台で過ごそうか」

「うん……きがえる。見送らないと、だめだよね」

「必要ない」

「んー、でも……これからお世話になる人なんでしょ?」


 別に見送りに行かなきゃとそこまで思っているわけではない。落ち着いてくると、なんだか無性に恥ずかしくなってきたからだ。なんだかおかしいくらいに泣き喚いてしまった。寝起きに姿が見えないからって大騒ぎって、子どもじゃないんだから。大体、添い寝をされるたびに一人で寝れるよ、なんて言ってたというのに。こっちにきてから幼児退行してる気がする。

 っていうか……呼び出しボタンだってあったんだけど……すっかり頭から抜けていた。落ち着いてそれ押せばよかっただけじゃないか。


「ごめんね、おかしいよね……ヘルさんだってやることいっぱいあるのに。大騒ぎして、恥ずかしい」

「いいんだ、マリカ。離れた私が悪い」

「あんまり甘やかすとわがままになっちゃうよ、困るよ」

「可愛い、マリカ」


 分厚い舌が口に入ってくる。こうしていたら、ずっと離れずにいて、一緒だってわかるのにね。首に腕を回してしがみつく。舌を押し付けてみるけど、私のじゃ小さすぎて、牙を舐めるくらいしかできない。寂しい。

 ヘルさんがよくこうするのは、私といつでも一緒につながっていたいと、思っているってことなんだろうか。そうだったら、いいのに。



 見送るためにおじ様達のいる所へつくとすぐ、おじ様が私のところへ足早にやってきた。


「そのお顔はどうなさったのですか。腫れているではありませんか。目も赤くなって……」


 おじ様が心配そうに顔を近づけてくる。顔を洗ってタオルで冷やしたりしたんだけど、泣いたことがバレバレで恥ずかしい。クイさんも隣にきて、頬を指で触る。


「大丈夫です……心配かけてしまって、ごめんなさい」


 おじ様はじっと探るように私を見つめて、私の手を両手で包んで持ち上げる。そしてにっこりと微笑んだ。


「次お会いするときは都にお連れするときですね。そのときを楽しみにしております」


 浮遊艇に乗り込み離れていくおじ様に、手を振る。ヘルさん達は不思議そうな顔をしていた。こっちではしないのかもしれない。

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