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マリカを寝室において、執務室へ向かう。クイグインネが娯楽小説を渡していたが、どんな本なのか気になる。下世話な内容じゃないだろうな。
「近いうちに役所から人をよこすってさ。会見の時期は一月は先になるってことだ。
会見の時の服は向こうで用意するそうだ。あたしたちとそう変わらない形だって知ってずいぶん張り切ってたな」
「形は似ているが大きさが違いすぎるだろう。そこはわかってるのか?
儀礼用の服だとマリカには重くて動けないかもしれない」
「非力だよねえ」
それもマリカの可愛らしいところだろう。
「召使はこれ以上人は増やさなくてもいいよね。マリカはあんまり手のかかるこじゃないし」
「料理人は一人増やしてもいいかもしれないな。種類も量もそれほどいらないが、一食増えるとそれだけ手も必要だろう」
「ああ、そうだね。じゃあ募集を出すか。
しかしほんとにおとなしいよねえ……。何されても嫌がるってことがないし。怪我をしても怒るでもなく」
「クイグインネ、次に噛み付いたら牙を折る」
「こわいねえ。まあ、気をつけるよ。
……もしかしたらさ、向こうで愛玩用だったのかもしれない。逆らわないようにしつけられてるんじゃないか?」
もしそうだったのだとしたら、それは私にとって都合がいい。マリカは私に愛されていればいい。
「ヘルベルクラン。あんたも、マリカを傷つけるようなことはするんじゃない」
「……そんなことはしない」
生まれるまではためらうことなく言えたはずの言葉が、今ではどこかで引っかかる。
クイグインネ。二の従者。私を留めるお前が、私に必要なのは確かだ。そうやって、時々私に思い出させろ。私があの子を傷つけないように。
「あのさ~今いいかなぁ?
明日からは間に一食いるんだよねぇ。作るのはいいんだけど~買出し行くときはどうしたらいいかなぁ。
あとあとマリカ様は私の料理、喜んでくれてるのかなぁ~?」
この女は料理を任せている召使のシイジイマールナだ。この間延びした喋り方は何度言っても直らない。
「一人募集をかける。それがくるまでは他の召使に頼むか」
「マリカの分ならあたしが作ってもいいよ。
あ、さっきの白っぽい肉、美味かったねえ。また作ってくれよ」
「え~クイグインネに食べさせるために作ったんじゃないんだけどぉ」
それから入れ替わり召使達がやってきて、なかなか報告書作りが進まなかった。
ようやくひと段落ついて、寝室へ向かう。思ったより時間がかかってしまった。
マリカは部屋の明かりをつけたまた、寝台の真ん中で上掛けもかけずに眠っているようだった。服が着崩れて足や肩が出て肌が露出している。
そこに吸い付かれたような跡が見えた。
思わず足首をつかんで、よく見えるように広げた。
腿の内側に赤いものがいくつもついている。誰だ私のマリカの柔らかい綺麗な肌にこんなもの残していったのはクイグインネかいつか風呂かあの女口を縫い付けてやる。
「な、なに……?」
寝ぼけているようで、何がおこったかわからないといった顔をしている。可愛くて可愛そうだがこれをそのままにはしておけない。
「これは?」
「え、と……なにが……?」
「この赤いのは?」
「お、ふろで、クイさんが……」
きょろきょろと辺りを見ている。大丈夫だあの女ならいない。黙っているように脅されたのだろうか。
「また噛まれた?」
「うん……で、でも血がよってるだけで」
「噛まれただけじゃこうならないよね」
できるだけ優しく聞いた。
「す、すわれたのかな……?」
おどおどしている。無理強いされたに違いない。可愛そうに。
そんな記憶は残さない方がいい。私が上書きしよう。赤い痣を舐めて舌でこする。くすぐったいのか身をよじる。ああ、こんなところまで。
「あの、ちょ、ダメ、かも……」
「クイグインネに許して、私を拒否するなんて言いませんよね?」
マリカは可愛い。細い、小さな、可愛い声で鳴くということがわかった。