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17才は子どもだろうか。子どもとはいえない気がする。
いい年していじけて無視して泣き出すなんて恥ずかしすぎる。そんなダメな私なのに、ヘルさんは優しく抱き寄せてくれた。それをいいことに、しがみついて顔を押し付けた。この行動も十分子どもっぽいけど、ヘルさんはお父さんだからいいんだ。
隠してた顔はすぐに持ち上げられ晒されて、顔中を舐められる。ちゅうちゅうと口を吸われて、抱きしめられた。なんだか頭がぼうっとする。
こっちで出会った人は当たり前のようにこうするけど、これが普通なのかな。されるのに慣れつつある。私もしたほうが良いんだろうか。……やってみようかな?
伸び上がってヘルさんの頬に口をつけてすぐに離れてみた。普通な顔をしている。もう一度、今度は軽く噛んでみた。硬くて伸びないほっぺだ。膝の上に座って仰ぎ見る。いたって普通。
なんとも思われないってことは普通なのか。口にするのはまだ抵抗があるけど、まあ頬にするくらいならやってもいいかな。
「ぶふっ」
変な音が聞こえたので振り返ると、クイさんが突っ伏して体を震わせていた。笑ってるのだろうか。やっぱり変なことだったのか。でもそれならなんでしてくるのか。
「……クイさん?」
「お、おかし……っ、いや、なんでもないよ……!
あー、あたしは用事があったんだごめんごめん、ちょっとすませてくるねー」
よろよろとしながら部屋を出て行った。なんだろう。しょんぼりしてしまう。
「私、おかしいことしちゃった?」
「……どうして?」
「笑われちゃったし」
「クイグインネのことなら、おかしいのはあいつの方だから気にしなくていい」
頭をなでてくれて、頬にキスしてくれた。ヘルさんは優しい。甘やかされすぎて駄目になっちゃいそうだ。
それから家の中を案内してくれることになった。白い石造りの家出、やたらめったら広い。その割りに人には会わない。従者のひとの二人と、召使いのひとが六人、あとは警備の人がたくさん。警備の人は近くの兵営からやってくるそうだ。自分がそんなにしてもらうほどの存在だとは思えなくて恐縮してしまう。
「ヘルさんはどうして従者になったの?」
「私は、マリカたちほどかわいらしいものを他に知らない。ずっと、側にお仕えしたかった」
ふーん。それって私のことじゃないよね。いいけどね別に!
指をつかんだ手に力を込めると、微笑まれた。好かれていることは間違いない。それならいいか。
「十年以上前からずっと、私はここでマリカが生まれるのを待ってたんだよ」
「そんなに?」
「従者になる訓練と選定があって、私が一の従者に選ばれた。卵のときから、一番側にいるのは私だよ」
自慢げに言われた。クイさんはどうなんだろう。ヘルさんより後から来た人なのかな。
生まれてきた、とか言われた覚えはあるけど、この世界に来たことの比喩だと思ってた。違ったんだろうか。卵生になった覚えはない。
「……卵、って、ほんとに卵だったの?」
「殻があるわけでもないし、卵のように丸くもないけど、それが生き物に変化するから私たちはそう呼んでいる。寵児が世界を去ってしばらく新しい寵児の卵ができる。マリカの年は16位だろう。遠い場所で育つ間、ここでも同じ年月をかけて卵が育っていくんだ。
卵は大地に根ざして動けないから、そこに社を建てる。いつ生まれてくるかはその時々で違うから、ずっと待ってたよ」
なんだか胸が苦しくなる。それだけの時間待ち続けて、来たのがこの私。今のところ可愛がってくれてるけど、そのうちがっかりされそうで怖い。
……まあいいか。それまで甘えたおそう。
「怪しいやつについていったら駄目だからね。マリカはかわいいから、さらわれてしまう」
もしもそんなことがあるとしたら、珍しいからだと思う。真面目な顔でかわいいといわれるとやっぱり照れる。照れ隠しに、近くにあったおきくてつやつやした何かを指差した。
「あれは? あれはなあに?」
「浮遊艇だよ。乗ってみる?」
長細くて飛行機に似た形をしている。側面についたでっぱりを引き下ろすと、中に入れるようになっていた。前に操縦席がある他は、がらんとしている。私だけなら広すぎるほどなのに、ヘルさんが入ってくるととたんに狭くなった。やっぱり大きすぎる。
ヘルさんが操縦席に座って、ヘッドセットのようなものを付ける。前面にいくつかあるボタンをぽちぽちと押した。
「ふおおおお!」
興奮した。外から見たら多分、私の肩ぐらいの高さに浮いてると思う。窓にかじりついた。滑らかに動き出す。
そのまま外に出て、家の周りをぐるりと一回りした。広々とした草原に今暮らしているお屋敷がどーんと建っている。ちらほらと見える人は、警備の人だろうか。遠くに山が黒々としてみえた。
「すこし寂しいところだね」
「マリカはここより町に住みたい? 好きなところに住んでいいいんだよ。マリカが幸せでいられるならどこだって」
「うん……。ヘルさんは、ついてきてくれるんだよね」
「もちろん」
安心した。それならどこでもいい。私はヘルさんにすっかり頼り切っていた。
浮遊艇から降りて、廊下を進む。次はどこへいくんだろう。多分もうお昼は過ぎている。おなかがぐぅとなった。
「ヘルさん……おなかが減りました……」
「マリカ、いままで食事は日に何回していた?」
「3回。朝昼晩だけど……違う?」
「そうか。私たちは朝と夕方の1日2回なんだ。マリカは食べる量が少ないから持たないんだね。ごめんね、今から準備するから……何か食べたいものはあるかな?」
そういえば、朝ベッドの上で一緒に食べてたんだけど、たくさん食べてたなあ。
私は炭水化物が食べたいです。
「ごはんとかパンはあるの? 主食になるような」
「……それはどんな食べ物かな」
「ごはんは、お米っていう穀物を炊いたもので……パンは、ええと、小麦粉をこねて発酵させて焼いたもの……かなあ……。あ、小麦粉も多分、穀物で、あとはおいもとか、そういうのをまとめて主食っていってるんだけど」
難しい顔をしている。面倒な注文をして申し訳ない。
しばらく部屋で待っていると、持ってきてくれたのは、オートミールだった。
なんか違うけど、あまり無理を言ってもいけない。探してみるといってくれたので、どこかにあることを祈ろう。
食べた後はちょっとしたお勉強だ。この世界のことを本を見ながら色々聞いた。ちなみに、字も読める。翻訳カチューシャ様様だ。
「近いうちに、長や他の種族とも会わなければいけない。そのときは、都に行くことになる。飛行艇が迎えに来るはずだから、すぐ着くけどね。
マリカを呼びつけるなんて、なんて傲慢なんだろう」
長というからには偉い人だろうに、私が呼びつけたりしたらその方がよほど傲慢だと思う。
夕食前にはお風呂に入りたいと言ってみると、当然のように一緒に入るという。お年頃なので、男の人とお風呂に入るのは困る。一人で入りたいんだけど、やたらと心配されたので、クイさんと一緒に入ることにした。
ヘルさんは眉根を寄せて渋い顔をしていた。怖いですよ。
「あたしは風呂はそんなに入らないんだけどねえ」
「気持ちいのに」
「熱くなるじゃないか」
入るまでは、非常に和やかだった。おぼれそうとのよくわからない理由で抱きかかえられてからが問題だった。
私の体をぷにっとつまんで、つまんで、つまんで……。
かじられたことを思い出す。二人きりで、お風呂。あれ、どう考えても危険じゃないか。
つまんでいるだけでは満足できなくなったのか、湯船から上げられ、わざわざ柔らかいところを選んでくわえて吸われた。真っ赤になった。胸とか脇腹とか腿の内側とか。
食われない。大丈夫。うん、大丈夫なはずだ。だって私を食べちゃったら、世界が大変なことになっちゃうんだよね。だから大丈夫。
生きた心地がしないとはこのことですが、なんとか無事に洗いあがって帰還しました。
全身真っ赤ですけどね。湯上りだから、ではない理由で。




