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首筋に歯型がつき、薄く血が出ていた。私達の青い血とは違う、赤い血だ。時折皮膚が赤く色づくのはこの血の色のせいなのか。
薬を塗り、絆創膏を貼る。
「死んで詫びろいますぐに」
マリカに怪我を負わせておいて、にやにやしているのが気に障る。悪かったなどといっていたが、まったく誠意が感じられない。あまつさえ、名前を覚えろだと……。マリカの小さな頭に余計なことを詰め込むな。とっとと出て行けば良いのに、なんだかんだと言って側を離れない。べたべたべたべたと体を触っている。
腹をつかんで引き寄せようとしたが、苦しがって身をよじるのでうまくいかない。お前はさっさと手を離せ。
「見るな触るな話しかけるな涎をたらすなマリカが穢れる」
マリカが愛らしすぎて困る。こんな粗暴な女まで魅了してしまうとは。
「こんなにかわいいのに、なんで殺したりしたんだろうね」
クールーエルガの罪と罰の話を持ち出してきた。私がマリカをあんな目にあわせたりしない。私が守るからお前は考えなくていい。マリカの記憶をひとかけらもこいつの頭に残したくない。
「ころす……?」
クイグインネの言葉に不安を覚えたらしく、マリカは不安げにこちらを見ていた。この子は繊細なんだ。物騒な台詞を吐くんじゃない。
本を手に説明する。マリカが不安に思うことは何もない。今ではあんなことは起こらない。
クールーエルガの不幸な出来事を話していると、なぜかフフ様のことを聞かれた。
「前の……寵児のひとは?」
「前の? フフ様のことかな? もっちりして大変かわいらしかったけど」
青緑の透明な生き物で、不定形だと聞いていたが、私がお見かけしたときはシェシェシェ族の女の形を模していた。ぷるぷるとしたさわり心地のよさそうな体だった。触れることはかなわなかったが……。
フフ様のことを思い出していると、マリカが突然私の手を振り払って、クイグインエンに抱きついた。
「マリカ?」
先ほど噛み付かれて悲鳴を上げていたというのに、なぜその女に抱きつく。
膝の上に乗せてくっつく様子を、クイグインネがにやにや笑いながら見せ付けてくる。一体何があってこうなった。私が呆然としていると、クイグインエンが女かどうかとかそんな話をし始めた。声をかけても無視される。
「マリカ! 返事をしてくれ」
こちらを見てくれないマリカにすがりつく。我ながら情けない声を出している。機嫌を損ねるようなことを何かしたのだろうが……。フフ様か? フフ様のことを聞かれて、フフ様のことを……かわいいと言ったから?
嫉妬か。嫉妬して、拗ねているのか。
……可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い
マリカがあまりに可愛いので意識が遠のいた。クイグインネが何か言っているが耳に入ってこない。
「……好きだよ。でも苦しい。
私以外に、心を移さないで」
もちろんだ。誰よりマリカが好きに決まっている。
「おいで、マリカ」
しばらくもぞもぞと目をこすっていたが、やがてゆっくりと私を覗き見る。おずおずと細い小さな指が伸びてくる。その手を取って、引き寄せる。
「可愛い、マリカ。愛してるよ。私はずっと側にいる。私はマリカのものだ」
腕に囲い、囁いた。涙に濡れた頬を舐める。うん、と小さな声で返事をくれた。
その間中ずっと、クイグインネがにやにや笑ってこちらをみていた。人の求婚を何だと思っているのか。なぜ気を利かせて出ていかない。あの女いつかつぶす。